重く、強く

降り懸かった、見えない重圧




まるで重力が何十倍にもなって上から押し潰される様な重い圧力に加え、気温がまた一段と下がった感覚が二人を襲った。鋭い刃が足背を深々と刺し、足下が竦んでしまうこの恐怖、息を詰まらせる程の胸の締め付けは並大抵のポケモンも、勿論人間もこんなプレッシャーを放つ事は出来ないだろう

このプレッシャーを軽々と放てるのは、一人しかいない

その者こそ、眼前の先に立つ―――氷の女王だけ






「―――…どうやら、話は本当だったみたいですね」






アポロは言う

しかし、内心冷汗を流しながら

三凶達に囲まれて立つ彼女は、先程のおちゃらけた雰囲気とは一変した―――まさに"氷の女王"の出で立ちそのものだった。圧倒する存在感、ヒヤリと冷たい重圧、ただ違うのはその眼差しは強い光りを放ち、真っ直ぐこちらを見つめている

確かに目の前に立ってこのプレッシャーを己の肌で感じてこそ実感出来る



彼女こそ、誰もが恐怖してしまう真の強者だ



アポロはしみじみと圧巻していると――…隣の様子がおかしい事に気付く










「…っ…………」

「ランス…お前、大丈夫ですか?」

「くっ…………ッ!!」






久々に受ける身の凍る冷たくて鋭いプレッシャーにランスの身体が過敏に反応し、ガタガタと震え始める。意思とは関係無しに拒絶反応をし始める己の身体にランスは舌打ちをする。六年前の一年間、長い月日に渡って受けた精神的ダメージは瞬く間にランスの身体を蝕む事になる。なんとか耐えようと踏ん張り、身体を正気にさせる為にも強く拳を握り締めてもランスの我慢も虚しく、一歩、また一歩と衝動的に後退してしまう。やがては足が竦んでしまい、ドサリと尻を着かしてしまう

まさかこれ程にまで追い詰められていたのかと、隣りに立つアポロ同様に、ランス自身も驚愕を隠せない。額にはいつの間にか汗が滲み出ていた。昔なら絶対に見せつけなかった自分の不格好さに悪態を吐き舌打ちをするも、「誰かに膝かっくんされた様です」と嘯いて無理矢理立ち上がった

その時、頭の中に声が響いた






《―――――…無理をするな。その身体ではお前自身が自滅してしまうぞ》






無機質で無感情のテノールの声色

テレパシーの元はそう、今まで黙って沈黙を守っていたミュウツーからだった

初めて聞いたテレパシーにランスは目を張る。先程アポロから事の事情は耳にしたというものの、テレパシーが出来た事と、まさかミュウツーが自分達にテレパシーをしてくる事に驚きを隠せない

驚きを露にするランスを余所に、アポロはクスリと笑い「改めて先程振りですね、【沈黙の暗殺者】」とこのプレッシャーに負けじと眼前に立つ【三凶】に向かって言う






「しかし驚きましたよ。あの爆発から逃れ、それから私達よりも前に女王と合流出来たとは。テレポートでも無理はあるのに、見事無事に合流出来たと拍手を送りたいですよ。お前達がいる、と言う事は勿論ナズナ様もご無事という事になりますね。それは良かったですよ、安心しました」

《私達より一歩前を出ていると思っているなら大間違いだ》

「でしょうね。私達もお前達より早く女王捕獲を狙って早急にこちらに来たつもりでしたが…先を越されてしまいましたね」

《そのわりにはあの距離からよく此処までたどり着けたな。お前は私の知る限りエスパーポケモンを持っていない。いくら粉塵爆発で戦場を離脱出来たとはいえ、此処まで来るのに軽くても数時間は掛かってしまう》

「おや、そこまで私を覚えてくれていたとは驚きですね。ですが…どうやって此処まで来れたかは、今はまだ秘密にしておきましょう」






試験管の中に居たとはいえ、その記憶力は侮れない。やはりナズナの細胞が組み込まれているお蔭なのだろうか。粉塵爆発の知識を持ち、喋り方まで…まるでナズナとそっくりだった

アポロはミュウツーから視線をミリに移した






「…もう説明しなくても我々が何故お前を狙っているのかは、きっとご存じなはず。そのミュウツーから全てを聞いているはずです」

「――――…14年前に解散した犯罪組織『彼岸花』…まさかロケット団が手を組んでいるなんて流石の私も予想外でしたよ」

「ミュウツーの話を聞いて私は勿論、彼等も随分と驚かされましたよ。流石、やはり腐っても女王、嘘や隠し事が通用出来る相手ではない」

「…それで?私の事を聞いた上司達はどんな対策を練っているのかしら?」

「さて、そこまでは。とりあえず私達はお前を捕らえる事だけです。あぁ、ランスはお前を倒すつもりらしいですけど」

「あらー、…その身体で?」

「ですよねぇ。流石に私も心配ですよ」

「無駄な心配は無用ですよ、アポロ。………ッ女王!任務では貴女を捕らえる事になっていますが、私は貴女を倒して、貴女を捕らえる!その点に関しては特別言われていませんしね。そして貴女を倒して、私は貴女という恐怖から解放される!私はその為なら、何だって………ッ!」

「…どうやら本気らしいね、彼」






いきり立つランスを、その浅葱色の瞳を復讐に燃やすランスを見て、ミリはただ静かにランスを見つめるだけ

記憶が無い彼女。記憶が無いからランスが何故自身に向ける復讐の意味が分からない。しかし、だからといって弁解するわけもなくランスの憎しみの感情を振り切る真似はしなかった。ただ静かに、憐れむ事も見下す事もせずに真っ直ぐにランスを見つめていた






「私はランスみたいにお前に恨みなんてありませんが、悪く思わないで下さいね。全てはサカキ様の為、ロケット団の復興の為の一歩にしか過ぎませんので」

「サカキ様の為、ねぇ…本当にそうかな」

「…何か言いたい事があったら受け付けますが」

「いえ、別に。ただ…サカキさんは本当にロケット団の復興を望んでいるのかなってね」

「知った口振りを…」

「知ってるよ、あの人の事。あの人が今、何処で何をしているかなんてね。これでも私達、仲が良いし」

「……――――」






全てを見通す瞳、全てが分かっている口振りに、アポロは初めてミリに対して苛つきを感じた

それと同時に、彼女の交友の範囲は一体どれくらい広いんだと逆に興味が湧いた

仮にも元チャンピオン、聖蝶姫で女王となれば広いのは当たり前だが、何よりアポロを驚かされたのはその交友の中にナズナがいて、サカキまでいるという事。二人は自分達の上司、上下関係はあってもけして友好関係という生温い関係ではなかったから、だからこそ気になる

思案しているアポロをランスは「時間ですよ」と視線はミリに睨み据えたまま促す。そうですね、と装着してある自分の腕時計を見てアポロは言った






「…だったら是非、お前を捕らえてゆっくりサカキ様の居場所を吐いてもらいましょうか」









アポロは不意に手を空に突き出し、パチン!と指を鳴らした














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