鈴の音が、鳴っている





小さな小さな、か細い音

それでいて透き通る様な綺麗な音は、確かに今―――鳴っている





『――――…この音の旋律は…』

『あらあら、こんな時に鳴っちゃうのね』

『……………』







鈴は鳴る

小さく鳴る


鈴の音が、響く

余韻が響く







警告が、鳴り響く――――…







―――――――――
――――――
―――










空を支配する三日月が、燦々と輝いている

月光が淡く儚くこのシンオウ地方を優しく照らしている。月光の光を便りに、夜行性のポケモンは動き出し、その他のポケモンは眠りに着く。輝く三日月を視界に入れながら、月光の光に抱かれて

月が支配するこの世界、もう既に暗闇が支配していた。電灯が無いこの場所は月明りでしか、光の頼るものが無い。燦々と輝く三日月の光が唯一世界を照らした






「―――――…えーっと、アポロさん、ですか…随分とまぁ…ちょっとお菓子を連想する可愛らしい名前の方ですねぇ。あ、今手元にそのお菓子ありますが、要ります?美味しいですよ」

「シバき倒しますよ」

「それから、えーっと…ランスさん、でしたっけ?最も冷酷と恐れられたランスさんでしたっけ?すみません…私、自称冷酷とか言っちゃう痛い人と知り合いになった覚えが全くもってないんですが…ププッ!…自称冷酷…自分で自称って言っちゃった…ププッ!ヤバい私この世界で初めて見ちゃったよププッこんな稀な人っているんだねププッ!自称冷酷…冷酷…ブフゥッ!!(噴出」

「ハッ倒しますよ」






此処はファイトエリアと229番道路を繋ぐ、長い海が広がる230番水道


その中央に存在する離島に、彼等はいた


リゾートエリアから229番道路、そこから此処の離島にやってきたアポロとランス。二人の数m先にいるのは彼女の姿。やはり二人の読み通り、悪運強い彼女は白と黒のイーブイが間一髪辿り着けた事で爆発から無事逃れられた。その証拠に、彼女の纏う姿はけして準備された服装ではなく、赤橙色のワンピースと素足という無防備な恰好で二人を迎える事となる


彼女の足元には白と黒のイーブイ

彼女の背後に立つのは黒銀色のダークライ


そして彼女の前に立つのは、水色のスイクンと紅色のセレビィと緑色のミュウツー





"あの時"と、同じ








「…っ」






カタカタと震える身体に叱咤を入れる

無意識に強張る身体にランスはつくづく己に嘲笑するしかない

対面して分かった。彼女は自分の知っている彼女ではない。光がある瞳、真っ直ぐな眼差し、そして柔らかな印象を持たせる目の前の彼女は昔の知っている彼女とはえらい違う。しかし記憶を無くして牙を失った彼女を前にしてもやはり根強く残った恐怖は変わらない

葛藤と内なる恐怖に堪え忍ぶランスを余所に、彼女は(昔なら絶対にありえない)おちゃらけた素振りでなお口を開く






「うーん、皆聞いた?私、記憶が正しければあんな人達は初めて見たんだけどなぁ」

「…」
「キュー」

「だよね、そうだよねー私達あんなちょっぴり痛くて危なくて怪しいお友達とかいないもんね。解散したはずのロケット団の残党がまさか私の前に現れるだなんてちょっと私聞いてないなぁ」

「さっきから好き放題言ってくれるじゃありませんか。ランスはともかく私はちょっぴり痛くて怪しい人間ではありませんよ。失礼な方ですね」

「貴方の言葉も十分失礼ですよ私に」

「………」

「…え?それ本当?会った事あるの?最も冷酷と恐れられたランスさんと?えー、なんかヤダ」

「ヤダとはなんですかヤダとは…!アレだけ私に仕打ちをしておきながらそんな台詞を吐くんですか!相変わらず酷い人ですね!それから一々名前が長過ぎます!私はランスですよランス!最も冷酷からのくだりはいりません!」

「そんなまさか!」

「………」

「え?何?ふむふむ、最も冷酷ランスさんにダークホール連発、徹底的にボッコボコにしたんだね。そんな惨い命令をしただなんて…なんて酷い人!」

「命令したのは貴女ですよ貴女!」

「そんな馬鹿な!」






私まだ何もしてませーんよ!心外だ!と批判の声を上げるミリにランスは拳を握って耐える。"まだ"って何が"まだ"だ。相手は仮にも記憶喪失で自分を忘れている、とはいえやはり恐怖の裏に隠れた怒りが顔を覗かせる。どの口でよくそんな事が言えたものですね!とランスは悪態を付く

完璧に遊ばれているランスにアポロは面白そうに、しかしやれやれと憐れんだ目線を送っていた











「しかし…どうやら本当にランスの事は記憶にないようですね。そのダークライはランスの事を覚えていたようですが」





ふむ、とアポロは腕を組み顎に手を置きながらミリの後ろに控えるダークライを見る

初めて見たダークライ。月夜で黒色が銀色に光る、まるで鋼の様な光沢の輝き。彼女の影となって存在する彼はただ静かに金色の瞳は自分達を写していた。会話は聞こえなくても彼女の発する言葉の内容を聞く限り、ランスの事は覚えていた事になる

しかしミリは勿論、スイクンとセレビィは「こんな人知らない」とばかりにランスを見ている。足下にいるイーブイ達は絶えずこちらに毛を逆立てて威嚇し続けている。先程自分達に爆弾発言を言い放った上司が造ったミュウツーも、ただ静かにこちらを見つめていた


ランスは不意に笑った






「私はずっと忘れた事はありませんよ…女王。貴女を倒す日を、どんなに待ちわびた事か…!」

「えーすみません、多分それ人違いです」

「何を今更。そう言ってもお前が聖蝶姫だという事には変わりはないんですよ」

「貴女に、いえ…貴女達に与えられたこの屈辱を、恐怖を、戒めの鎖から解き放つ。今日はまさにうってつけの日です―――…見て下さい女王!空を!海を!まさにあの時と同じ状況を!貴女を倒せば私は…―――貴女から、解放される!」

「えーっと…最も冷酷と恐れられたランスさん、あの人色々と大丈夫ですか?」

「それこそ今更ですね。お前がどんな仕打ちでランスを返り討ちにしたかは知りませんが、お陰様で鬱っぽくなってしまいましてね」

「あらー」

「全く、ウチのランスをどうしてくれるんですか」

「えーすみません私、貴方のランスさんに手を出した覚えは全くありません。貴方のランスさんに」

「だ れ の で す か 二度も言わないで下さい人聞きの悪い」

「…貴方達、私の話聞いていました?」

「「痛い人ですねぇと思いながら」」

「シバき倒しますよ!」






キィイイッ!と荒れるランスにミリは「イケメンが台無しですよー」と茶茶を入れる。「貴女の所為ですよ!」と叫んでも「そんなバナナ!」とまたランスの癪に触れる返答を繰り返す。この時点で言えるのは、完璧にランスは遊ばれていた

あの冷酷と恐れられたランスも、彼女の前ではただの人間か


アポロはわざとらしくゴホンと嗜める






「――――…さて、そろそろ本題に戻りましょうか。ランスを弄っていては時間の無駄になりますし、あのチャンピオン達がこちらの居場所に気付き、追いつかれてしまう」

「弄っていたとか何なんですかアポロ貴方アジトに戻ったら覚悟しなさい」

「すみません私、物覚え悪いのでヤドンの様にど忘れするかもしれません」

「嘘おっしゃい」

「とにかく、彼女を含めた全員を捕らえる。その秘めた復讐心を使って彼女を捕らえる事に専念しますよ。彼女とイーブイ、スイクンとセレビィとダークライ、そしてあのミュウツーもn…―――」










その時だった





ズン、とこの場の空気が一気に重くなった

















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