知って欲しかった

分かって欲しかった

助けて欲しかった



私は誰も、苦しめたくない事を













Jewel.09













遠くの土地から何か強い巨大な力を持つ者が現れたと気付いたのはつい最近、いやその存在が現れてすぐに気付いた。私だけではなく、隣の島に住む対照的な存在であるクレセリアも、そして他の種族達もただならぬ存在に気付いていた。この力は一体、しかし分かるのはこの力は善の力で、私達に害を成す様な悪の力ではない事は確かだった

数週間後、その力の源は私の前に現れた

その日は月のない暗い夜だった。私の力が一番強く発動してしまうそんな時間帯に―――女は現れた。私の目の前で、不自然で不可解な紅い空間から、突然に。珍しい種族達を連れた女は盲目で、初めて見た光りのない瞳が綺麗だと思った。水色と紅色と緑色の光が淡く放つ事でまるで月の代わりに辺りを照らす道標になる、しかし盲目の女にはいくら暗くても明るくても関係ないのだろう。今まで見てきた人間の中で最も美しいと思った女は優雅な足取りで真っ直ぐ私の前に現れ、そしてこう言ったのだ






「――――…ダークライ、君の力は強い。君が望まなくてもまわりの人に ポケモンに恐ろしい夢を見せてしまう。だから君は一人で此処に居るんでしょう?誰よりも優しい君だから、皆を苦しませたくないから孤独を選んだ」





君の声が聞こえたよ、そう言って女はフワリと笑う。君の嘆きと悲しみが遠くから感じていたよ、そうも言った。見えない筈なのに女は眼前に立つ私の頬を躊躇無く触れ、撫でたじゃないか

女は私に全く恐怖を感じなかった。他の種族に、人間に、この能力の所為で恐れられ嫌われてきたこの私を、女は簡単に触れてきた。何故、どうして、私には分からなかった

初めて触れられた人間の手。女の手はとても脆く、儚く、優しい手付きで…とても、とても温かかった





「ねぇ、君も一緒に行かない?」





君がその力を恐れているなら、その心配ないよ。私がいる限り、君が自分の力に悩む心配は無くなるよ

紅いポケモンが言った、《一緒に行こう。ミリ様は君を見放したりはしないよ》。緑のポケモンは言った、《主と共に歩める事は光栄な事だぞ》。水色のポケモンは言った、《悩む必要はない。仮にお前の力が及んでもそれしきの事で我等がお前を突き放したりはしない》。人間にも別の種族でも初めて言われたその言葉に――――初めて喜びを感じ、心が踊った






「さぁ、行こう。君も光ある世界に行くべきだ。私達と一緒に世界を見よう」







そして私は光ある世界に飛び込んだ





――――――――
―――――
――












《えーっと、これは………こう、ですか?》

「そうそう、いい感じいい感じ」

《!ならこれは…こうですか?》

「うんうん、上手いねー時杜。偉い偉い。自分の名前を書ける様になれるなんておねーさん嬉しいよ〜」

《えへへ〜これもミリ様のご指導のお蔭ですよ!次は皆の名前を書ける様に頑張りますよー!蒼華ー、刹那ー、見て見て僕の書いた漢字上手いでしょー!》







穏やかな、一時。ポケモンセンター宿泊施設の一室に彼女達はいた

部屋の中にある、何処にでもある木製の机の上でノートを広げ、ミリの指導を受けながら時杜は念力を使いながら鉛筆を動かして字を書いていた。此処最近、盲目であるミリの代わりに字を書きたい、と日々こうして時杜はミリから字を習っていた。《昔の字とアンノーンの字と違って人間の字って複雑!だけどミリ様の為に僕が頑張らないと!》と意気込む時杜は自分が書いた力作でもあるノートを意気揚々と掲げ、自由気儘にしている蒼華と刹那の元へ飛んで行く。その姿をミリはクスクスと笑って見送った






「時杜は物覚えのいい子だから、きっとこのままいけば人間の共通言語を制覇しちゃったりしてね、フフッ」

《―――――……不思議だな。眼が見えないのに字が分かるのか?》







ミリの脳に響くバリトンの声色

彼女の足下に伸びる影の中から、金色の瞳が不気味に光る





「分かるよ。生まれた時から盲目だった訳じゃなかったからね。私の眼は視力を無くしているけれど、皆の眼を借りてみているから支障は無いんだ。今のだって時杜の眼を借りて視ていたんだ。ほら、皆の眼…色が変わったりしてない?アレはシンクロしている証なんだよ」

《…確かにあの者達の瞳の色が変わっている様にも見えるが……言っている意味がよく分からん》

「フフッ。大丈夫、君にもお世話になるから私の言いたい事がすぐに理解するよ





――――――…闇夜」








ユラリと影の中から上半身を現すポケモン―――ダークライ、名を「闇夜」にミリはクスクスと笑みを浮かべながら光沢輝く黒銀色の身体に触れる

闇夜―――しんげつじまで出会い、仲間となった彼をミリはそう名付けた

彼は仲間になった後、ボールには入らずに殆どをミリの影の中で過ごしていた。勿論、彼専用の黒銀色のボールが存在するが、中に入っている時間は極僅か。余程ミリの影の中が心地好いのだろう、ボールの外に居れば好きな時にミリに触れ、彼女の慈愛を一身に受けられるのだから








――――…この女は人間の中でも異質な存在で、不思議な存在だ

私の姿を見ても驚くわけでもなく、恐怖するわけもなく、好意的にこの嫌われ者の私を仲間に率いれた。それだけでも異質な女は後に共に過ごしていく事によって、より一層濃厚さを増していく

本来、人間…いや別の種族(後にソレをポケモンと指す事を知る)でも難しい事を、女は出来た

喩えば、その盲目。人間も私達も視力は一番重要な感覚を女は使えないにも関わらず、女はまるで初めから眼が見えている様に完璧に振る舞う。優雅な動き、仕種…―――眼が見えていなければ手探りで眼前の障害物を触れたり避けたりするものを、女は平然と、余裕に、他の人間同様に全てをやりのけた。普通ならありえない。しかし女はやった。本当に盲目かと疑ってしまいたいくらいだ。だが、やはり女の黒曜石にも近い漆黒の瞳には何の光も宿していなかった。それは現在も言え、こうして女は私の身体に触れ、微笑んでいるがその眼は焦点があってなく、一向に私の眼と合う事は叶わない。そこで改めて、嗚呼、この者は盲目だったんだと改めて気づかされる

他にも様々ある。警戒心が強い別の種族達がこの女の前では簡単に懐き(まあ気持ちは分からなくもないが)、しかも従えさせていたのもあるが―――何より女は不思議な力を使えた。私の想像を遥かに超えた、不思議な力を。勿論―――他にいる三匹の種族達にも言える話だが


一番恐れていた自身の能力も(後にナイトメアという特性だと知る)女がそばに居るだけで何故か一度も発動する事は無かった。これにはかなり驚かされた。本来なら、寝静まった頃の真夜中に私の近くにいた別の種族や人間が居れば必ず悪夢を見て苦しんでしまうというのに、女は悪夢を見なかった。三匹も悪夢を見なかった。何故、と聞いても女はただ静かに笑うだけ。結局、今でも真相は闇のまま







《つくづく不思議な女だ》







本当に不思議な女だ

こんな人間を、私は知らない


そう言えば女は意味深に笑みを深め、「何を今更、」と妖しく笑った









《だが、私が外の世界に居れるのもまた事実》

「どう?外の世界は」

《…眩しいな》

「うん、眩しいよね。眩しくて、美しくて…暖かいよね。明るいから色んなものが見える。それが一番素敵で、美しい事」

《しかし、お前には光が見えない》

「えぇ、そうだね」

《…その為に、あの三匹がいるのか》

「そう、彼等は私の眼でもあり大切な仲間だよ。…勿論、君もね」

《……………》








光の在る世界は眩しくて美しく、陽の光がとても温かい

女の手の温もりも、女の優しい微笑も、存在も、全てが初めてで、温かかった。女から醸し出す特別な、他の人間には分からない私達が分かる雰囲気には、惹かれるものもあり、また圧倒的な力にも惹かれるのもあったが、ずっと一人でいた私には女の存在は太陽に近いものを感じさせていた


(そして後に知る事になる)
(女の、真の正体を)










「一緒に世界を楽しみましょう、闇夜。そして、これからもよろしくね」

《―――…あぁ》










―――――…こんな私を必要としてくれるなら、私はお前の期待に応えよう。喩えそれが、闇に染まったとしても


そして―――…








《闇夜〜!君も見てよこの僕の力作!後で君の字も書いてみせるから楽しみにしててねー!》

《主、私も人間のカンジとやらを書いてみたい》

《その前に日本語という複雑な言語をしっかり覚えるべきだ》

「あらあら、それじゃ皆で日本語のお勉強でもしましょうかね〜」









お前が喩え―――この世に存在しない、異端者だとしても







(何処までも行こう、我が主)

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