一瞬の出来事だった。黒煙の中に閃光が走った次の瞬間―――爆発と共に、炎が広がり回りの樹々や氷、そして地面も覆い焼き付くした 喩えるならそう、まるで花火の様な一瞬で――― 《皆、無事か?》 「キュー!」 「…」 「っ…あぁ、サンキューお前ら。命拾いした」 爆発に巻き込まれただろうレン達は、刹那のバリアーと時杜の空間で間一髪助けられていた。彼等を包むのは透明な、しかし薄い緑が入った壁と、薄緑の壁を包む紅い空間―――この二匹が居なければ、今頃巻き込まれて一体どういう末路を向かえたのか 回りの樹々は爆発の影響で燃えていた。スイクンのぜったいれいどで凍った氷結にも火が移り、ゆっくりと溶けていた。地面は黒煙の煤がこびりつき、爆発の威力を物語っていた 「一体今のは…」 「…粉塵爆発だ。黒煙の塵を利用して爆発をさせたんだ」 「!…アイツは何処だ!?」 《此所にはもう居ない。今の爆発を利用して逃げたのだろう》 「クソッ!」 粉塵爆発、それは大気の気体中にある一定の濃度の可燃性の粉塵が浮遊した状態で、花火などにより引火して爆発を起こす現象である マタドガスの放出したえんまくにヘルガーとデルビルが放ったオーバーヒート。爆発したオーバーヒートの火花がえんまくの中に含まれる塵に引火して、さらに大きな爆発を引き起こした 粉塵爆発を起こしたアポロは、もうそこには居なかった 「回りの樹に引火をしている…このままでは此所は大火事になってしまう!」 「キュー!キュッキュッ…キュー!」 「スイクン、蒼華!この火を消すんだ!」 「「…」」 樹が燃えていく惨事にあわあわと慌てる時杜を余所に、レンはすぐさまスイクンと蒼華に命令を下す スイクンと蒼華は互いに頷くと、空を扇いだ。すると、晴れ晴れとした上空が突如雨雲が渦を巻き始め、雨を降らせた―――そう、これはスイクンと蒼華によるあまごいだった。空から落ちてくる雨粒は燃え盛る炎を鎮火し、氷から溶けたポケモン達に優しく降り注いだ あまごいは広範囲によって降られていく。勿論レン達も同様にその身体を、服を雨で濡らせていった。しとしとと落ちてくる雨は回りを静寂にさせていき、沈黙へと導いた 雨が降っている間、全員誰も口を開かなかった あまごいを発動しているスイクンと蒼華は静かに空を見上げ、時杜は鎮火されていく樹に安堵の表情を浮かべながらくるくると回りを心配そうに飛び回る。刹那は地べたに事切れた様に横たわる野生のポケモンを、レンとゴウキとナズナ、そしてカイリキーとフーディンは三匹の姿を静かに見つめていた 空が晴れた あまごいの効果が終わったのだろう。雨雲が渦を巻いていた雲はたちまち引いていき、先程の青天が空一面に広がった しかしレン達の視線は三匹に向けられたまま 蒼華は己の力の効力が完全に解かれ、改めて現状を見つめた後、時杜と刹那に視線を向ける。刹那は頷き、時杜も回りの樹々を心配しつつも頷くと――― 彼等から、背を向けた 「!待て!まだ…まだ話は終わっていない!」 《残念だが、私達には時間がない。早急に主の元へ行かなければならない》 「ッ!先程の言った事は本当なのか!?ミリさんの身に危険が…!」 《通信が途絶えた今、そう思ってもいいだろう。外部からの遮断…妙な事が無い限り、主は突然通信を切らない。主の身に危険が来たのは明白》 「「ッ!!」」 立ち去ろうとする三匹に、声を荒げる三人。蒼華も時杜は振り向かない。刹那も振り向かずに返答だけ返していく 「そもそも何でお前らがこの事を調べていた!?お前らには関係無い事だ!一体誰の差し金だ!?ミリが指示したってのは、本当なのか…!?」 レンとゴウキとナズナは未だに彼等の存在を呑み込められなかった。彼等が知らない内に独自で『彼岸花』の存在を調べていて、しかもミリから直々の命令…―――つまりミリは知っていたのだ。シンオウの裏に蠢く奴等を、『彼岸花』の存在を ミリには知って欲しくなかった。『彼岸花』は盲目の聖蝶姫を陥れた存在で、敵だ。記憶の無いミリは恰好の的だ、守らなければいけない。ミリを調べ、聖蝶姫を調べていく事で判明した驚愕的事態は一刻を争い―――彼等を倒さなければならない理由も出来た。そんな中に、ミリを巻き込ませるわけにはいかない。巻き込ませては、いけない ――――それなのに、何故 《差し金ではない、善意だ。私達はその者の為にも動き、兼ねてはシンオウの為に動いている》 「一体そいつは誰だ!」 《主の友、だ。それ以上の事は私達の口から言えん》 友、とは一体誰なのか レンはあらんかぎりの記憶を掘り起こすも、該当する人物が浮上してこない事に盛大に舌打ちをするばかり。善意だと思っても、利用されている場合もある。その"友"と呼ばれる者を殴りたい衝動に駆られた 「…お前達、この件から身を引け。無論、ミリさんもだ。お前達が手を下ずとも、俺達がアイツらを潰す」 《それは無理だ》 「ッ、何故だ!お前達の身に危険が迫るんだぞ!?」 《『彼岸花』の存在が脅威だと知り―――お前達の因縁の相手だと知った今、退くわけにはいかない。既にお前達の会話も主の耳に届いている。主は引く気は無い。お前達を守る為なら尚更な》 「「「!!!!!」」」 「キュー」 「…」 《あぁ、私達も行こう。主が心配だ》 「!!待て!行くなら俺達も連れて行け!」 時杜が宙を舞えば開かれる、お馴染みの紅い空間 その先を進もうとする彼等を阻もうとレンが駆け出すが―――緑色の瞳がレンを写し、キラリと光った瞬間にレンは強い衝撃で後ろに吹き飛ばされた 「――――…グッ……ッ!!」 「白皇!!」 「ねんりき…ッ刹那!一体何をする!?」 《残念だが、お前達を連れて行くわけにはいかない》 「何だと!?」 《此所に倒れている者達の介抱が今のお前達のするべき事。この者達は心身ともに衰弱している。主がいない今、私達にはどうする事も出来ない》 「「!!」」 刹那の視線の先、 怪電波によって操られた、野生のポケモンの無惨な姿 息は、ある。しかしこれ以上放置してしまえば命に関わる大惨事になりかねない。何せ彼等は戦闘不能になっても尚、強制的にバトルを起こさせられた。身体への負担、心の負担さえも大きいだろう。此処にもしミリが居れば回復が可能だが、今は此処にそのミリはいない。回復をさせる手筈を知る者は、レンとゴウキとナズナしかいない ポケモンセンターに連れてくれ、遠回しの頼みにゴウキとナズナは頷くしかなかった 「ッざけんな!俺達がミリを守らないで…誰がミリを守る!?…―――そもそも!またアイツは黙って勝手に行動しやがって…!どうしてまた!…この件は、アイツは知らなくていい事ばかりだった。知られたくなかった!なのにアイツは…、アイツは…!」 忘れるはずもない あの日、あの出来事を ミリはレンに何も語らず黙認し、勝手に行動をしようと目論んでいた。それは自分でしか解決出来ないと思っていたから。しかしそれをレンは許さなかった。自分に黙っていた事を、勝手に行動しようとしたミリを 今回の件、裏を返せばあの時のミリと同じ行動をしているレン達だったが―――全てはミリの為、ミリを守る為。矛盾な点は致し方ない、しかしやはりミリはミリだった。自分達より先に気付き、しかも何も言わずに刹那達を使って調査をしていた事。何より奴等の存在がミリの耳に知れ渡り、ミリの存在も奴等に知れ渡ってしまっている―――… 《私達を、信じろ》 言葉を詰まらせた 《今は急を要する。私達からはそれしか言えないが、約束しよう。主は私達が必ず、命を掛けて守り通すと。そして主もまた、無事に帰りお前と交わした約束を果たす》 「…」 「キュー」 《主はお前達という居場所に必ず帰ってくる。その居場所を守る為―――私達は戦う。主の為に、お前達の為にも》 まだ、この時は気付かない 紅い空間を背後に立つ蒼華と時杜と刹那 これが―――自分達の知る三匹と交わす、最後の言葉になるなんて まだ…気付かない (そして紅い空間は閉じられた) |