初めてだった

あんなに、ぼろくそに叩き付けられ、実力の差を思い知らされたのは






「―――――…また来たのね。貴方もまた、私達の命を狙いに来た…可哀相な人。今日も倒されると分かっていてもまたやってくるなんてね…」






盲目の聖蝶姫

又の名を、氷の女王


その艶やかで美しい姿はまさに女王と呼ぶに相応しい容姿に、彼女の光り無い眼は深い深い闇を写す





―――私にとって、彼女は悪夢でしかない









「貴方は弱い。そんな程度のレベルでは、この子達は愚か、私の命さえも奪えない…」








背筋が凍る程冷たい眼差し

身も凍り付き凍死してしまうかの様な、息が詰まってしまう位の恐ろしい威圧




彼女の闇より深い瞳が恐ろしい

彼女の纏う絶対零度が、死よりも恐ろしい







「去りなさい、愚かな人よ




 貴方にはもう、興味が無いわ」











彼女の存在が、私を苦しめる

何度彼女の夢を見て、その恐ろしい悪夢で飛び起きたか



彼女に勝たなければ―――この恐ろしい悪夢から、一生目覚める事が出来ないのだから










―――
――――――












ずっとこのまま、平穏な生活を送りたかったのに


魔の手は目の前までに、迫っていた






「ガブリアス、りゅうのいぶき!ルカリオ、はどうだん!」

「メタグロス、サイコウエーブ!ボスゴドラ、じしんだ!」

「「ブイブイ!」」






目まぐるしい数のポケモンを相手にする六匹のポケモンと二人の人間が丘の上の草原で激しいバトルを繰り広げていた


襲いかかって来る野生のポケモン。ただの野生のポケモンではなく、どれもこれも腕っ節が強い実力のあるポケモンばかりだった。小さなポケモン、大きなポケモン等様々に、殺気を放ち闘争心むき出しのまま襲いかかっていた。現状は圧倒的に不利の中―――対抗するのは、僅か六匹のポケモンだけだった





ガブリアスの口から灼熱の息吹が野生のゴーリキーを始め、回りにいた他のポケモンもろとも攻撃を繰り出す。ルカリオの拳から放たれた気合いのはどうだんは相手を的確に命中させ、一匹、また一匹と戦闘不能にさせる

電磁浮遊で宙に浮いたメタグロスは自由に動ける身体を器用に使い相手の攻撃を躱しながら、強い念力の塊を相手にぶつけさせた。「皆ジャンプするんだ!」と別に掛かった指示ですぐさま地面に足を付けていた四匹が高くジャンプすれば、タイミング良く地面は強い地震で足場を揺らした。強い衝撃が野生のポケモン達を無慈悲にも襲い、揺れの衝撃で軽々と吹っ飛ばした

勇猛果敢に立ち向かう四匹に負けじと、小さな身体を俊敏に駆使しながら白と黒のイーブイは草原を掛け、相手を翻弄させる。絶妙なコンビネーションで好きなだけ相手を翻弄し続けた後は、自身の尻尾を光らせて相手に強い一撃を与えた。アイアンテールだった。二匹のアイアンテールを食らったポケモンは威力負けして吹っ飛び、後ろに立っていた数匹のポケモンを巻き込んで吹っ飛ばされていった。上機嫌に、得意そうに声を上げるも、次の攻撃の手がまた襲いかかる


ポケモンに降り懸かる強烈な衝撃音に、地面に叩き付けられる男など、様々な爆発音が響き渡る

本来ならばこの場所は激しいバトルを繰り広げる場所では無く、もっと穏やかな場所だったはず。折角の気持ちの良い海風も、草原も、美しい海の景色も―――全てが全て、台無しだった






「――――…流石はシンオウチャンピオンとホウエンチャンピオン、というべきでしょうか。これだけの数を相手にしても劣勢にならず、むしろ押しているその実力には感服ですね」






数多のポケモン達を引き連れ、事の発端の引き金を引いた男は冷ややかな視線はそのままに、口許には作り笑いを浮かべる


緑色の髪、浅葱色の瞳

黒い服に身を纏ったその胸元には「R」の刺繍が施され、彼の頭にある黒い帽子には赤いブローチが太陽光でキラリと光っていた





彼の事は知らないが、彼という存在は知っていた










「ロケット団………おかしいわねぇ、話ではもう解散させられたって聞いていたのに。どうやらまだ残党が転がっていたみたいね」





男の呟きが引き金になったのか、六匹のポケモンに襲いかかってきた野生のポケモン達が嘘の様に動きを止めた。まるで、そう、彼の一つ一つの言葉で操られている様に

動きを見せなくなったポケモン達に終始警戒を続けながらもシロナは男―――ランスに言葉を掛ける。ランスはただ笑みを浮かべるだけで、冷ややかな目線は真っ直ぐに白と黒のイーブイ―――白亜と黒恋に向けられた






「随分と久しい顔を見たものですよ。あの時の実験サンプルが、こんな場所で生きていたとは。「S-siro」、「S-kuro」…あぁ、そういえば彼女にはこう呼ばれていた様ですね。白亜と黒恋、とね」

「ブイブイ!」
「ブイブイ…!ブイ!」

「ククッ…当時は何も出来ない出来損ないだった貴方達が、この私に盾突きますか」






愛くるしい顔や可愛らしい容姿が一変した、小さな身体を逆立て息を呑むくらい凄まじい威嚇だった

白亜と黒恋はランスの事を知っていた。知っていたからこそ、遠くにいたランスの存在に気付いた。敵がやってくる、と。記憶にある弱々しい姿が一変し、逞しくなった小さな小動物を、ランスはクツリと喉の奥で嘲笑った






「…実験サンプルだなんて、えらい物騒な事を言ってくれるな。……なるほど、この子達が人間嫌いになったのはお前達の仕業か」

「さて、どうでしょうね。ソレは私の上司が実験サンプルとして扱っていて、しかも脱走してしまいましたからね。その後の事は知りませんでしたが…その上司もソレも生きていた様で。しかもびっくりなのが、ソレがあの彼女の元にいるんですからねぇ。驚きましたよ」

「"ソレ"だなんて言わないで頂戴。この子達はちゃんとした名前がある。…あの子が聞いたら怒るし、この子達に失礼なんじゃないかしら?」

「…ふむ、それもそうですね。氷の女王の名に相応しい…怒る姿はそれこそ死以上に恐ろしいですので」






クスクスと面白そうに笑うランスの目は先程から変わらず冷たくも、浅葱色の瞳の奥には恐怖の感情が浮かんでいた


(しかしその感情は)

(瞳を閉じた事で、気付く事はなかった)












「まぁいいです。どうせその二匹も捕らえろと命じられていましたので」

「!……白亜、黒恋!」

「「………ブイ!」」






冷たく告げられたランスの言葉に威嚇を強める白亜と黒恋だったが、シロナの声掛けで虚を付かれるも―――シロナの言いたい事を瞬時に悟った二匹は、種を返して駆け出した

小さな白と黒の身体はダイゴとシロナを通り抜け、野生のポケモンを通り過ぎ、懸命に道を引き返して行った。戻る場所はただ一つ、しかし―――ランスは何も指示を出す訳でも無く、ただ笑って二匹を見送るだけだった













向かう先は、ただ一つ






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