「――――…それで、あの子を離れさせて一体私に何を聞きたいのかね?」 五匹のポケモンと、野生のポケモンを交えながら花の絨毯の上で楽しげにはしゃぎ回るミリの姿を見守りながら、視線は向けずにアスランは二人に静かに問い掛ける 二人の表情は、先程の優しい表情とは一変し、息を飲む程の真剣な表情をしてアスランの後ろ姿を見据えていた。まさにその表情や姿はシンオウチャンピオン、ホウエンチャンピオンとして上に立つ者の顔付きそのもの。二人の回りだけ、音が消える錯覚さえも覚え、空間が止まり、雲の流れさえも止まってしまったような感覚さえも感じる 昔はまだまだ板に付いてないチャンピオンの卵だと思っていたが、六年の歳月はこうも二人を成長させていたのかと、アスランは一人嘲笑を浮かべた。二人はこうして立派なチャンピオンへと成長したのに、自分は全然成長していないんだな、と 空気が張り詰める最中、遠くにいる楽しそうに笑うミリ達の声が、何故か場違いの様に聞こえてくる。余程普段から行動を制限させられていたのか、それとも久々に再会できたのかは分からないが、ミリの表情はとても、楽しそうだった 「質問したい事はなんとなく理解している。―――レンガルス君の事だろう?先程、レンガルス君の名前を出してミリ君が反応した時のシロナ君の反応やダイゴ君の表情があまりよろしくなかったからね。君達は少々ミリ君に執着している所がある。だからこそ、ミリ君にレンガルス君の話を余計に聞かせたくなかった。………違うかね?」 「「……」」 「無言は肯定と受け取らせて貰おう。たかが数時間の再会、いくら六年の歳月が流れようとも私のこの眼は誤魔化せない」 彼女を想う気持ちはそれぞれ違うかもしれないが、彼女の事を好きな事には変わりはない 只、彼等の場合は執着し過ぎている。六年間の反動がそうさせているのか分からないが―――アスランの目でも、彼等がミリに執着し、依存しつつあるのを感じ取っていた 「―――…アスランさん、彼等は一体何が目的なのでしょうか」 「目的、とな?」 「彼等は今、私達でも把握出来ない行動を取っています。ゴウキとナズナさんはともかく、あのレンガルスまでも一緒に行動している。彼等三人が手を組んで、一体何を企んでいるのか……アスランさんなら、ご存じでしょう?」 「企み、か……企みかどうか分からないが、確かに彼等が今どういう目的で共に行動している理由は耳にしている」 「では、」 「しかしね、二人とも。残念だが今の私には彼等の事は一切話すつもりは無い。…いや、話せない、と言った方が正しい」 「……彼等に口止めを?」 「口止めではなく、これは私の判断だ。それに安易に言ってしまい、君達に不安と誤解を招きたくないからね」 「「…………」」 「まぁ安心しなさい。少なくとも君達に危害を加えるつもりはない。…ミリ君を引き取りにくる事は今のところ考えてないからね。とにかく君達は自分達の出来る行動をすればいい。彼等が何故、不可解な行動をしているか―――それはもうすぐ明かされるはずだ」 アスランは全てを把握している レンとゴウキとナズナが、何の為に、何の目的で独自に行動しているのかを だが、まだ語る時ではない 全ては、そう、全ては後々明かされる。今はまだ、束の間の幸せを過ごせばいい。何も出来ない自分は、ただ時が来るのを待っている 全てが語られる、その時を 「…君達は、ミリ君をどうするつもりなのかい?」 「どうもこうも、私達は彼女を守る為に共に行動しています。もうじきスズラン大会を控えています。騒動回避の為にも、私達は―――…」 「あぁ、その話は既に耳にしている。ふむ、そうだね…言い方を変えよう。――――君達は、彼女を束縛してどうするつもりかね?」 「っ!」 「っ、束縛なんて!そんな、…そんなつもりはありません!私達は、私は…あの子を第一に考えて!」 「第一に、か。…彼女の自由を奪ってまで?」 「っ!私は…!」 「シロナさん!」 我を忘れかけ、先程の冴えた真剣な顔が破顔し、切羽詰まった表情でアスランに突っ掛かろうとしたシロナを、ダイゴはその肩を掴んで止めた。離してと、振り返ってダイゴを睨むシロナだったが、対するダイゴの表情もとても真剣にシロナを真っ直ぐ見つめていた その時、ミリの楽しそうな笑い声が風に乗って耳に届いた まさに、一陣の風。鶴の一声。我に返り、正気に戻ったシロナが見たのは、花畑の中でポケモン達と一緒に遊ぶミリの姿。花に囲まれ、ポケモンに囲まれた彼女の表情は、とても笑顔に満ち溢れていた。ミリが来てから一週間、笑顔を見る事は何度かあっても―――太陽を連想する様な、あんな笑顔を見る事が今まで叶う事は無かった。本当に、楽しそうで…シロナはただ、ミリの姿を見る事しか出来なくて 「―――…君達が彼女を大切にする気持ちは十分に分かる。六年前の過ちから、大切に想うからこそ手放したくないと躍起になる。彼女はいい子だからね、それに一緒に居て居心地が良いから、執着関係無しに一緒に居たい気持ちがあるかもしれない―――…けど、いつかは別れが来る。今はリーグ大会の理由で一緒に居られているかもしれないが、終わってしまったら…どうする?」 「それ、は…」 「……………」 「認めたくないのは分かるし、しょうがない事だ。今の彼女は私達の知らない新たな生活を迎え、私達とは別の大切な仲間もいる。…あまり顔や態度に出さないが、レンガルス君もミリ君の再会を望んでいるし、ミリ君を想い続けている。今はまだ再会する時じゃないから我慢しているが…その真っ直ぐで健気な気持ちは見事なものだ。微笑ましい限りだよ」 「「……………」」 「だから君達は、何も考えず"その日"が来るまで今を楽しみなさい。彼等は逃げないし、真相も逃げない。リーグ大会も着々と迫っている事だ、時が来るのをゆっくり待ちなさい。私が言える事は、それだけだ」 もうこれ以上何も言う事は無いとばかりに、二人に向けていた視線を眼前に向け、花畑に立つミリを写す 花畑を駆け出すイーブイ達とゴクリンと野生のポケモン達の姿を、ハピナスとミルタンクの間に立って見守っている彼女の後ろ姿。風に吹かれて綺麗に靡く漆黒のツインテールの髪が印象的で、彼女の着るオレンジ色をした服が鮮やかで、赤いリボンももっと色を濃く立たせる 表情は残念ながら見えない。しかし、きっと優しい瞳の色と慈愛を込めた笑みを浮かべている事は間違ない ――――…このまま何も知らないでいて欲しいだなんて、この考えは浅はかなのだろうか 「(私は、結局…何も出来ない)」 彼等によって明かされた真実は、きっとこの二人の顔を驚愕に染め上げるだろう。それこそ何も気付けなかった自分を悔やみ、責めるだろう。大切にしているからこそ、身近にいたからこそ、衝撃は強烈になって突き刺さる 分かっていても、自分は何も出来ない。責務から席を離れ、自由になっても、結局何も出来ない自分を…どうか許して欲しい ただ積み上げられるのは、罪の意識ばかり 「アスランさーん!シロナさーん!ダイゴさーん!皆さんも一緒に遊びましょうよ!それこそ手持ちのポケモン皆と一緒に!」 「「ブイブイ!」」 「ハッピー!」 「ミルゥー!」 「こお!」 「―――…ハハッ、そういう事だ。この話は此所で終わりにしよう。さぁ、そんな表情は隠して彼女達の元に行こうじゃないか」 「――――…はい」 「そう、ですね…」 いつかはあの笑顔が、仮面に変わるのが―――辛い → |