彼の名はチトセといい、この喫茶店の店長だとアスランは全員に彼の紹介をした

他の従業員と違い、全身が黒で統一された服を着こなす彼。推定年齢はザッと見て三十いくかいかないか。その黒斑眼鏡の下から覗く紺碧色の瞳と雰囲気からして、確かに彼が店長だと頷ける

此処の「予約部屋」に座れたのも、アスランと彼が親しい間柄だったお蔭でもある。アスランさんにはいつもご贔屓にさせてもらっています、と胸に手を添えて丁寧に頭を下げた







「このお饅頭はシンオウ産の小豆を使用した漉し餡に、カリントウを煉った事でカリッとした生地の食感が味わえます。是非ご堪能下さり、感想を頂けたら嬉しいです」

「初めて見る饅頭だ。うん、カリントウの良い香りがするね」

「なるほど、本当にサクッとしている。カリントウの饅頭か…カラシナ博士にお土産で持って帰るのもアリかもしれない」

「きっと彼女も喜ぶよ。…うん、これは美味い。優しい味がしていて美味しいよ、チトセ君」

「頂きま〜す。…んー!これ美味しい!サックサクしたカリントウの生地とまったりとした漉し餡が絶妙にマッチしていて……!んー!新食感!これお土産に持ち帰ってデンジさんやオーバーさんにも食べさせてあげましょうよ!」

「そうねぇ、あの二人もきっと喜ぶ筈だわ。にしてもワッフルの他にもお饅頭が食べれるなんて今日はついているわねー」

「「ブイブイ!」」

「気に入って頂けた様で嬉しいです。ありがとう御座います」






それぞれ思い思いに感想を述べる彼等に、チトセはクスリと小さく笑みを浮かべながら頭を下げる

カリントウ饅頭。最近ちょっと巷で有名になってきているカリントウ饅頭


皆が美味しそうに饅頭を食べている最中を利用して、チトセは手際良く食べ終えた食器を下げ始める。何皿かお盆の上に乗せ、後数枚手の届かない場所にある皿を取りに行こうと足を運ばせようとした時だった

スッと、細くて白い手がその残った皿を重ね合わせ、纏めた皿をチトセに差し出した






「どうぞ。ご馳走様でした」

「「ブイ!」」

「――――ありがとう御座います」






食器を差し出し、笑顔と共に御礼を言うミリにチトセは目を張って驚く素振りを見せるも―――小さく笑い、ミリの手から食器を受け取った

チトセに微笑を浮かべるも、すぐにミリは視線を逸し美味しかったね〜、と残りのカリントウ饅頭を口に含めて笑う。お腹が満たされ、大変満足した白亜と黒恋はピョン、とミリの膝の上に飛び乗ると喉を鳴らして甘え始めた。クスクスと笑って二匹の頭を撫でるその姿を、チトセはただ黙って眼鏡を光らせながら見つめていた


(その瞳の奥は、)

(とても鋭く、彼女を見つめていた――)








「すまないねチトセ君、もし良かったら彼女達の分のカリントウ饅頭をお土産として包んでくれないかね?あぁ、勿論私の分もお願いしたい。家に帰ったらゆっくり食べたいものだからね」

「はい、畏まりました。ただ今用意致しますので少々お待ち下さい」

「やったわねミリ、またカリントウ饅頭食べれるわよ〜」

「嬉しいですね〜」

「「ブ〜イ」」







――
――――
――――――










「さて、会計は私が払おう」

「いえ、此処は僕が払いますよ」

「いやいや、遠慮は要らないよ。此処を紹介したのは私だし、年輩の私がやはり払うべきかと」

「いえいえ、そんな、お気遣いは要りませんよアスランさん。いつもお世話になっていますから、やはりここは僕が」

「いやいやダイゴ君、」

「いえいえアスランさん、」






「……やはりここは私達も自分の分は払うべきだと思うんだが…」

「そうねぇ、いつもダイゴに任せっきりだったから……でもあの中に入る勇気が湧かないわ」

「………あのー、此処は間を取って私が払いましょうか?」

「「「「ミリ(君)は駄目」」」」

「Σ全員で拒否!?」

「「ブ〜イ」」

「フフッ…」






食事を楽しみ、会話に華を咲かせていけば簡単に時が過ぎていき、気付けば軽く三時間は軽く経過をしていて

時刻はもうじき四時になろうとしていた







「二人共、一旦落ち着こうじゃないか。埒が明かないし店長さんも困っているから、自分達の分は自分達で支払い、ミリの分は割り勘して支払う方法の方が私達も罪悪感が無い」

「…ふむ、君がそう言うならそうしよう」

「此処は個別会計は出来るかい?」

「はい、出来ますよ」

「なんかすみません私の分まで…」

「いいんだ、むしろ払わせてもらいたいくらいだよ。君は何も気にしないで素直に奢ってもらいなさい。分かったかい?」

「…はい、ありがとう御座います皆さん」

「「ブイブイ!」」






昔からその謙虚さは変わらないんだね、と申し訳なさそうに眉を下げるミリを見てアスランは苦笑を浮かべながらその頭を優しく撫でる

懐かしいものだ。いつの日か共に外食をしたあの時もこうして遠慮しては逆に自分の懐から出そうとしていたのを

少しこそばゆいと表情を照れながら、しかし拒絶はせずに静かに撫でられるミリの姿に自然と笑みが生まれる。腕の中にいる白亜と肩に乗っている黒恋にも頬をくすぐってやれば気持ち良さそうに喉を鳴らす。その仲睦まじい姿を、会計を済ませたシロナはあらあらと微笑ましそうに見つめていた






「こちらがカリントウ饅頭のお土産の品になります」

「ありがとう、ゆっくり食べさせてもらうよ」

「ご馳走さまでした。美味しかったです。ジンさんに宜しくと伝えて下さい」

「「ブイ!」」

「はい、必ず伝えておきますね。またの御来店、心よりお待ちしております」






受け取ったカリントウ饅頭が入った手提げ袋を持ち、店長であるチトセの手厚い見送りを背に、喫茶店の扉を開く

カランと軽やかな鈴が鳴り響き、彼等は喫茶店―――「リコリスの花」を後にした。チトセは彼等の姿が人込みで隠れて見えなくなるまで、頭を垂れて見送り続けるのだった






















「――――…心よりお待ちしておりますよ、我が愛しの聖蝶姫」








その表情は歪んだ笑みを浮かべていた







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