焦らなくていい ゆっくり考えていけば良い 迷って、迷って、迷って そして見つければいい 自分の夢を、目標を Jewel.05 「――――……俺達の、夢?」 「うん」 今日も今日とてナギサの西海岸には見知った彼等の姿があった 波が静かに押し寄せる砂場にはポケモン達が仲良く楽しげに遊んでいる姿があった。普段はトレーナー達とのバトルに互いに牙を向け合っていたが、本来彼等はとても仲が良かった。パシャッ、パシャッと海に足を漬けて楽しげにはしゃぎ回るイーブイ二匹とピカチュウの水飛沫に、水が苦手なヒコザルはあわあわと自身の身体に水が掛からない様に逃げ回り、彼等の姿を時杜と刹那が近くで見守っていた 対するトレーナー達はというと砂浜の上にブルーシートを広げ、いつもと同じく他愛ない話で盛り上がっていた。真ん中にはミリを、彼女の後ろには蒼華を、そして左右にはデンジとオーバを。今日も彼等は楽しそうに笑い合っていた。現在の時刻は午後の二時を回り、何処かでは船の汽笛が鳴っていた そんな中、会話の流れでミリが二人に質問でもしたのだろう。彼女の問いに二人は目をパチくりさせた 「なんだよミリ、急に」 「うん、二人の夢って何かな〜って」 「夢かぁ、そうだよなー俺達直に大人なるんだもんな。将来の話とかしてもおかしくねーな」 彼等は三人共同い年で齢17だ。中には最近17になったばかりの人もいる。後二、三年もすれば彼等も大人の仲間入りとなる そうすれば将来の夢を語る年齢になっていき、まだ見ぬ世界に想いを馳せる。デンジもオーバもまた、夢を描く青年に過ぎないのだ。改めてミリに問われた質問に、うーんとオーバは頭を捻る 「将来に、夢かぁ…」 「オーバーは夢、ある?」 「あー、夢っていってもぼんやりとしか浮かんでないけどなぁ」 「つーか夢語る前に俺達、一度もナギサから出た事ねーだろ」 「ハハッ!違いねぇ!」 「あらー」 ハァ、と溜め息を吐くデンジにそりゃそうだ、と豪快に笑うオーバ 言葉通り、二人はまだ一度もナギサシティを出た事が無かった。勿論、トレーナーとして色んな土地に訪れるなんて論外だった。トレーナーに憧れは持っていた。しかし二人は今の現状に満足していた。こうして馬鹿みたいに笑い合って、二人…否、三人で一緒にいる事を ある意味現実から逃げてきた。それが今こうしてミリに問い掛けられている。言葉を詰まらせてしまうも、考えてみればミリの質問は当たり前の内容だ。今更言い逃れ出来る事じゃない 純粋にこちらの言葉を待つミリに、デンジは小さく息を付いて空を見上げた 「……………夢とは違うが、好きな事ならある」 「え?」 「電機を扱う回線を繋ぎ合わせたり、機械を使って物造るのが好きなんだ。ほら、俺…ピカチュウ持ってんだろ?電気タイプが好きだからもあるんだけどな。イーブイもいつかサンダースに進化させるし。…………で、いつかでいいから俺の得意な事を生かせたらな、とは思っている。勿論、いつか俺もポケモントレーナーになって大会に出てみてぇし」 「なんだよお前、やる気なさそうにしていながらんな事考えていたのかよ」 「やる気なさそうってなんだよやる気なさそうって。そういうお前は何だよ。お前だけ言わないのは無しだぞ」 「わーってるっつーの。そうだなぁ、やっぱ俺は色んな奴と熱いバトルして強いトレーナーになる事だな!…ただその先の事を考えてないだけなんだけどな」 夢にしては曖昧で 曖昧だけど、確かな思い 胸の内に秘めていた想いをポロリと語る二人の姿を、ミリは微笑を浮かべながら静かに耳を傾けていた 慈愛を込めた笑みを浮かべるミリにデンジはこそばゆい気持ちを隠し、お前はどうなんだよ、とぶっきらぼうに逆に質問を返した 「私の夢?」 「あぁ、俺達に聞いてお前だけ言わないのは無しだぜ?」 「そうそう!俺もミリの夢とか気になっていたしな。やっぱミリはアレか?モデルか?女優か?キャリアウーマンか?」 「えー、チョイスがまさかのそれ?あはー無理無理。盲目の私がカメラ目線が合うわけじゃないし、私演劇とか恥ずかしくてむーりー!」 「おいおい、茶化すなよミリ」 「フフッ、分かってるって。………私はね、皆と一緒にポケモンマスターになりたいの」 「あ?ポケモンマスター?」 「ハハッ、偉いデカく来たな!」 誰もが必ず目指す最大の目標、それがポケモンマスター ポケモントレーナーなら誰もが口にする目標でもあり、しかし気の遠くなる位に過酷な夢でもある。口ではなんとでもいえる。けれど大半の人間が挫折をし、諦めていくのだ。ポケモンマスターは五十年に一人も出ないくらい超難関、殆どの人間は一体どうやってポケモンマスターになれるかさえ分からない現実なのだ それでもミリは笑った 「途方の無い話だと思うでしょ?笑っちゃう気持ちも分からなくもないよ。それに私、こんな眼しているから尚更無理だって思われてもしょうがないよ。……でも、見えなくなってしまった私の眼の代わりに、この子達が視てくれる。この子達が居れば怖くない。一緒に旅をして、色んな場所で色んな景色を感じたい。仲間も出来たら最高だよね。それから、いつかでいい、高みを極めて…―――こんな眼の私を認めてくれて、必要だと思ってくれるそんな立派な人間になりたいの」 自分の背中にいる蒼華の頬を撫でながら、ミリは静かに言う。その表情はとても穏やかなものだった 想像していたものよりも随分しっかりした夢を掲げている彼女にデンジは驚く。しかしすぐにデンジは小さく笑うと、立派な夢だな、と素直に自分の口から感嘆の言葉を言った。コイツはコイツなりにちゃんと考えていたんだな、と。彼の言葉にミリは嬉しそうに、ありがとうと言って綺麗に笑った だったら応援しねーとな!とオーバは笑いながらミリの背中をバシバシ叩いた 「やっぱお前ってすげぇな!俺達より一歩先を見てるっつーか。それこそダチとしてお前の夢、応援してやんねーとな!そうだろデンジ!」 「あた!あたたた!」 「おいオーバ、ミリが痛がってんぞ」 「お、悪い悪い!ま!アレだ、夢はデッカくいこうぜ!ミリ、応援してるぜ!」 「うん!オーバーありがとう!」 「オーバな、オーバ」 「うん!ブーバーありがとう!」 「もはやそれ名前じゃねーよ!?」 ケラケラと笑うミリに今日も今日とてオーバはツッコミを入れる ミリがオーバの事を「オーバー」と聞き間違え、しまいには言葉の響きから「ブーバー」と言ってオーバは度々からかわれていた。流石にもう慣れてしまったのかツッコミを入れるのに疲れたのか、ダハァァと盛大に溜め息を付いてオーバは仕返しとばかりにミリの頬をムニッと摘んだ。ヒアルロン酸がたっぷり詰まった弾力性が良いピッチピチの肌はとても触り心地が宜しい様で、プニプニ触っていたオーバの手をデンジははたき落とした。花火がバチバチと迸った 「?どうしたの?」 「お前は気にしなくていい」 「??」 「ったく。………なぁ、デンジ」 「あ?」 「俺達もミリを見習っていい加減将来考えねーとな」 「……そう、だな」 「将来かー。つーか、俺達がもうじき大人になるっつーのも変な話だぜ」 「酒は呑める事に関しては嬉しいけどな」 「殺人や事件犯したら簡単に名前と顔が出ちまって色々税金払わなくちゃなんねーし」 「面倒くせぇな」 「面倒くせーな」 「あはは。…確かに私達の年齢から将来に対する不安と焦りがあるかもしれない。今はまだすぐに決めなくてもいいんじゃない?これは私達の人生さ、決めるのは結局自分なんだから」 「……なら、お前は俺達にどんな大人を求める?」 「いやいやデンジ、それを私に聞いちゃう?」 「いいから。参考程度に」 「うーん…」 ある意味無茶振りなデンジの問いに、ミリはコテンと頭を傾けながら思案に暮れる そもそも聞く事事態間違えている気がするのだが。しかしミリはこの中では一番にしっかりしていて、一番知識があって、一番大人だった。自分の親に相談するよりもミリに相談した方が利益にもなるし、何より彼女が求める将来の自分に興味があったから。内心わくわくしている二人を余所に、ミリは静かに言葉を紡ぐ 「二人には…誰にでも優しくて誰にでも信頼される、誰もが目標とする様な素敵な人になってもらいたいな」 「誰にでも優しく、誰にでも信頼される、」 「誰もが目標とする様な人間に、か…」 「あ、勿論今の二人も充分に素敵だよ?」 「お、おいおい、照れるじゃねーの。へへっ」 「……………で、具体的に俺はどうすりゃいい?」 「Σ結局聞くつもりかよ」 「デンジだったら…そうだね、デンジの特技で何か人の役に立つ物を造ってみたらいいんじゃないかな?ほら…さっき言っていた機械弄りってのでさ。このナギサシティの為に貢献出来る物を造って、皆を笑顔にさせてみるとか。手軽に発電所とかデンジの専門分野だったりしてね」 「発電所、か……なるほどな」 「オーバーだったら、強いトレーナーになりたいんだよね?なら皆の目標となるチャンピオンとか、それか四天王になってみたらどうかな?それに具体的な先が見えていなくても、旅をしてバトルをして色んな人と関わって…それから決めれば良いよ」 「チャンピオン、四天王かぁ…」 ミリに言われた単語を復唱する様に、ゆっくりと馴染ませながら 一通り語り終えたミリは苦笑を漏らした 「あはは、あくまでもこれは私の思った事だから、二人には強制するつもりは全然無いからね?これは二人の人生なんだからね〜」 「ハハッ、わーってるっつーの。…ま、でもいい事聞けたな、デンジ」 「だな。ま、参考にさせてもらうぜ」 「そう?少しでもお役に立てたら嬉しいかな。へへっ」 この会話をして、デンジとオーバの中では確かな夢が出来上がったのは間違ない そしてミリの助言でその後の将来に大きく影響していくなんて―――…今のミリには全くもって考えもつかなかった (今はまだ、このままで) |