盲目の聖蝶姫との出会いは、約七年前に行われた特設リーグ大会後までに溯る―――









「初めまして、リーグ幹部長、副幹部長。並びにこの場にいるリーグ役員の皆さん。私の名前はミリと言います。この度は、シンオウチャンピオンであるシロナとのバトルを認め、盛大に戦わせてくれた事を厚く御礼申し上げます」






その光の宿らない漆黒の瞳は視線を合わずとも、凛とした姿で目の前のリーグ関係者の前でそう礼を告げた彼女


彼女の名前はミリ

人々は彼女の事を、盲目の聖蝶姫と言った







「貴女の噂は伺っています。盲目の聖蝶姫、そしてリーグ大会の別に開催されたコンテスト大会で見事優勝を飾ったトップコーディネーター。先程の白熱したバトル、とても良いものを見させてもらいました」

「我がチャンピオンであるシロナを倒し、見事殿堂入りを果たした事を、私達幹部共々リーグ役員全員は君の活躍を盛大に祝おう」

「光栄です」

「…」
「キュー!」
「……」







聖蝶姫の後ろに控えるのは、【三強】と名を評し、彼女を守る強大な壁として鎮座している三匹のポケモン

噂通りの強さと醸し出す神秘的なオーラは他のポケモンと別格だと言わんばかりの存在感。そう、三匹のうち二匹はジョウトで最も有名とされている伝説のポケモンと幻のポケモン。もう一匹は初めて見るポケモンで、その生態は未だ明らかにされてはいない。しかし、三匹が改めて自分達の目の前で並んだ姿を見るのは、彼女自身の存在感も含め、圧倒されるばかりだ


先程シロナと白熱したバトルを繰り広げてきた後なのに、一切疲労した様子は見受けられない。幹部長のコウダイ、そして副幹部長のジンの激励の言葉に紅いポケモンは嬉しそうに聖蝶姫と二人の回りを翔び、緑色のポケモンはその尻尾を揺らし、水色のポケモンは静かに二人を見返した

彼等の後ろに控えているのは、彼女達とバトルを繰り広げていた張本人であり、この特設リーグ大会を開いたシロナの姿。その隣には彼女の後ろ盾をしてくれたタマランゼ会長の姿があった。たまらんのぅ、と今も昔も変わらない名前通りの口癖で聖蝶姫の祝福を祝うタマランゼ会長に、シロナは親友の後ろ姿を誇らしく嬉しそうに微笑んでいた







「聖蝶姫、貴女の活躍はこのシンオウに住むトレーナーの魂に火を燈してくれた。貴女の存在はシンオウにとって欠かせないものになったでしょう」

「シンオウリーグ一同は君の殿堂入りを認めよう。君と共に歩み、共に闘ってきた仲間達と共に、この日を忘れられないものにしようではないか」

「はい」








それが始まりで、出会いだった









―――
――――――
















机を挟んでソファに座る二人は、普段なら絶対に見せない行動を起こしていた









二人は、深々と頭を下げていた

誰に?

勿論、彼等と対面して座っている―――聖蝶姫と酷似している少女に向かって






「――――…私達は、君を使ってシンオウとホウエンの掛け橋として、君の存在を大いに利用していた。…君が行方不明になっても、君を見つけ出す事が出来ずに終わってしまった」

「そして私達は貴女の存在を忘れてしまった。…これは、悔やんでも悔やみきれない私達の過ちです」






嗚呼、自分達は愚かだ

掛け替えのない一人の仲間を、見捨ててしまったのだから




否、それは自分達だけではない

他の人間も彼女の存在を忘れてしまった



皆、同罪なのだ

時の流れで人の記憶から徐々に薄れていくのではない。全員が全員、同時に忘れたのだ


あんなに、必死になって捜し

あんなに、焦がれた幻想の蝶を



嗚呼、なんて無神経で

なんて、哀れで愚かだろうか








空を翔び世界を架ける蝶を、チャンピオンという名で捕らえ、籠の中に押し込め、自由を奪い、束縛し、結果――その蝶を、自ら潰してしまった









「本当に――――…すまなかった」







蝶は行方を眩まして、早六年

人々の存在からその姿を消した蝶は、帰ってきた


帰ってきてくれた―――が、


蝶は大切なモノを犠牲にしてしまっていた







「―――――…顔を上げて下さい」






昔と変わらない

凛とした声が、響く







「お二人が何を思って私を前にしている、その心中は察します。その後悔も、罪悪感も、察します。―――しかし、私には貴方達の謝罪を受ける身ではありません。御存じなはずです。二人が目の前にしているのは聖蝶姫ではなく――聖燐の舞姫だという、現実を」

「―――あぁ、そうだ。今私達が目の前にしているのは聖蝶姫ではない、聖燐の舞姫だ」

「…記憶を無くしてしまった貴女に、初対面でもある私達にいきなり謝罪されても困ってしまうのも分かっています」

「聖蝶姫ではない以上、聖燐の舞姫の私にその謝罪は無意味です。お二人の気持ちを謝罪で受け止めても、聖蝶姫に届く事はありません」

「分かっている。無意味な事くらい…分かっているんだ」

「…ですが、私達は謝罪せずにはいられないんです」






ミリの言い分は最もだ

むしろ彼女の言葉は二人の心を、否、シロナとダイゴの心を深々と突き刺していた


目の前にいる少女は、自分達の知っている少女ではない


【聖燐の舞姫】、それが彼女の二つの異名。カントーとジョウトで一躍有名になった凄腕のトレーナー。容姿や声、仕草は酷似していても、新しい記憶を持って輝く彼女は自分達の知っている少女ではない






「……謝罪をして、懺悔をして、貴方達は何を望んでいるんですか?私に何を、求めているんですか?」






ミリは静かに言う

その言葉は、罪の意識を高めるには十分なものでもあり、自分を見つめ直すにも十分に足りていて






「残念ですが、私が盲目の聖蝶姫ではなく聖燐の舞姫である以上、二人の思いは届く事はないでしょう。……今の私には、貴方達が求め、満足出来る相応しい言葉を掛ける事は出来ません」






その光が宿す漆黒の瞳は真剣に、鋭く、相手を見透かす様で

しかし小さな子供を慰める様な、優しい声色で、ミリは言い―――フワリと笑う







「謝らないで下さい」







ミリは笑う


微笑んで、微笑して、女神の笑みで







「謝らないで下さい。貴方達は幹部の方々です…そう簡単に頭を下げないで。………私だったら、貴方達には頭を下げて欲しくありません」

「ミリさん…」

「仮に私と彼女が同一人物だとしても、きっと彼女も同じ事を思うはずです。…そうでしょう?」

「あぁ…そうだな…」

「もし、まだ謝りたい気持ちがあるのだとしたら、その言葉は聖蝶姫に言ってあげて下さい。…利用されるされない関係なく、彼女はきっと、貴方達の為、皆の為に頑張ってきたはずです。…どうか彼女の努力を無駄にしないで下さい」







確かに自分達は聖蝶姫を利用してきた

きっと本人も知っていたのだろう、でも、彼女は何も言わなかった。しかし、彼女はそれでもチャンピオンを、その身を削ってまで頑張って務めてきた


誰の為でもない―――皆の為に










「彼女にはもっと別の言葉を掛けるべきです。―――その言葉こそ、彼女にとって一番欲しい言葉に違いありませんから」








だから笑って下さい


「おかえり」の一言だけで、彼女は救われるのだから










(だからもう、自分を責めないで)




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