資料の整理をしていた最中だった。普段から絶対に耳にしない大きな爆発音がリーグ内に響き、私がいた自室を揺らした。一体何が起きたのだろうと、こちらに駆け付けて来た副幹部長のリンカと共に、私はすぐさま爆発音があった場所まで足を運んだ

大きな爆発音だった。何処かでバトルをして技が流れたのだろう、そう思うもどうもこの己にある嫌な予感が胸の内から離れなかった。ある一人の従業員がこちらに駆け付けて来て、話を伺うよりも先に急かす様に休憩室に案内された

従業員の顔は真っ青だった。一体何があったのだと聞くよりも先に、案内された休憩室はミリ君が主に使用していた休憩室でもあった。その休憩室の扉が、半壊しているじゃないか。一気にサッと何かが身体を貫いた感覚を覚えた。慌てて半壊した扉を開けて中に入って―――私達は愕然として、顔を真っ青にした





そこに居たのは、

ボロボロになった――彼女の姿…









「…今でもあの光景を覚えている。荒れ果てた部屋、知らない人間が床に倒れていて、彼等の手持ちらしきポケモンも倒れていた姿に……彼等以上にボロボロになっていた、ミリ君の姿。……部屋の状況はともかく、あの子の姿を見れば何があったなんて一目瞭然。…思い出すよ、あの時見たあの子の冷たい目を。満月の件もあったから、あの目はただ彼等を一瞥している目だけじゃなかったのはすぐに分かったよ」






光りのない漆黒の瞳に宿る別の光、それは一瞬だけで彼女が私達と、従業員が連絡を入れて駆け付けてきた警察の方々の姿を視界に入れた事ですぐに調子を取り戻したので、他の人にはきっと彼女が冷たい目をしただけしか見えなかったのだろう


あの冷たい目の奥に潜む光は、恐怖と軽蔑と、嫌悪


その感情を見て、あぁ…彼女はずっと前から"人間"が嫌いだったんだろう、とすんなりと理解出来た。あの目は被害にあって出来る目じゃない。前々から抱き続けてきた、隠された本当の感情そのものだったのだから






「あの後のミリ君の行動はたまげたものだったよ。自分が被害にあったっていうのにも関わらず、率先して被害拡大を抑えてくれたよ。その時リーグは決算報告でエネコの手も借りたかった頃だったから、あの子の配慮には拍手を送りたいものだった。警察の方々も驚いていたくらいだったからね」







「まずはこの階の立ち入りを禁止、騒ぎの様子を見に来た職員の皆さんには職場に戻る様に指示を。理由はポケモン達が喧嘩したとでも伝えて下さい。申し訳ありませんがこの部屋の後始末を。それと今倒れている彼等にはテレポートで運んで頂きたい。警察の方々には他の皆さんに情報や騒ぎが漏れない様に内密にお願いします。私も手持ち達の回復を終わらせ、この傷の手当てを終わらせたらすぐにそちらで事情聴取を行います。…が、やはり私がそちらに行く話は内密にお願いします。他にも――…」









容疑者と思われる六人の人間達には警察に任せ、リーグはリンカに任せて私とミリ君はすぐさま病院に直行した

連絡はとってあったのですぐに診察は始まった。彼女の姿は痛々しいだけでは済まされなかった。医師からは全治二週間と言われ、身体と心を休めた方がいいとも言われたので私達は医師の言葉に従う事にした。元より、ミリ君はチャンピオンの仕事を休みを削ってまで働いていた事もあったから(キッカケがキッカケだったが)、良い機会だと私は安堵した。彼女には、休息が必要だと薄々思っていたから






「キューッッ!!!」
「…!」
「……!!」


「わわっ、皆…そんな勢いで来ちゃったらびっくりしちゃうでしょ?」


「キューン…」
「ミロー…」
「……」
「ふりぃ…!」
「…ばう、ばう」
「ガルルッ…」
「…ラティ」
「ミリ様…!御身体の方は、大丈夫ですか…?」


「大丈夫だよ。心配かけちゃってごめんね」


「っ、違うんです!私達がミリ様のおそばにいたらこんな事には…!」
「キューッ!!キュッキュッ!」
「ばう!」
「「……!」」


「よしよし。ありがとうね、皆。…大丈夫だよ、もう皆が居るから安心だからさ。皆が負い目を感じる事は無いんだから、ね?」


「チュリ、チュリネ…?」


「傷はもう痛くないよ。だからそんな痛そうに涙を流さないの。私は大丈夫だから」


「…」
「……」
「……」


「こらこら、"  "と"  "と"  "。物騒な事言っちゃ駄目でしょ?…ほら、皆、一緒にお菓子タイムにしましょう。ね?―――」







彼女のそばにずっといたスイクンとセレビィとミュウツーは勿論、他のポケモン達は暫く彼女のそばから離れる事もボールに戻る事も無かった

自分達にとって大切な主人でもあるミリ君。その痛々しい姿に涙を流す彼女のポケモン。勿論、憤怒に燃え上がるポケモンも中にはいて、今から殺りに行かんとばかりに怒りを露にする彼等の殺気は凄まじいもの

只でさえ彼女のポケモン達は人間嫌いな子や人間をよく思っていない子達ばかりだ。その人間が、誰よりも大切な主に怪我を負わせたという事態は彼等の人間に対する嫌悪を悪化させるだけでは済まされない。きっとこれから先、この子達は彼女以外人間に懐く事は…無いのかもしれない。そう考えると悲しみを覚えてしょうがなかった

勿論、ミリ君にも






「―――…ミリ君、暫く休みを入れよう。君には休養が必要だ」

「ですが…まだ仕事が、」

「君はチャンピオンとして頑張ってくれた。それに休みを削ってまで働いてくれていたじゃないか。プリムやゲンやロイドも心配していたぞ?疲労で倒れるんじゃないか、とね。君が休みを入れてもむしろ皆君を見送ってくれる筈だ。…そうだろう?」

「…はい、分かりました。ならケジメとして…二週間の有休を使わせて下さい。その間、ゆっくり…この子達と過ごしたいと思います」

「…」
「キュー」
「……」

「分かった。そう手配しておこう。………ミリ君、」

「はい?」

「………いや、何でもないよ。今日はゆっくり休んでくれ」

「はい。ありがとう御座います、アスランさん」







顔の至る所に湿布を貼り、首元には痛々しく包帯が巻かれている、彼女の姿。腰まであった長い漆黒の髪はグシャグシャにされた事で、リンカによって肩下まで切られてしまっている

フワリと笑うその優しい笑みは、いつもの微笑みそのものだけど……私には、その笑みさえも痛々しいものだった












「それからだ。ポケモン達の心の傷、そして……あの子の心の傷は私生活でも現れる様になったのは」






彼女は大丈夫だと笑った

しかし、それは仮面の笑み


本当の彼女の心は…どんどん闇に閉じ籠っていくばかり






「女性の心の辺境は身嗜みで良く分かると言われるだろう?まさにそれさ。ミリ君の場合、服の趣向が変わったよ。あの子のイメージ色はオレンジ、それは変わらない。チャンピオンとして表に立っていた時はオレンジのコートとチャンピオンマントを羽織っていたから人々は些細な違いに気付かなかったが……、私生活ではハッキリ違いが出ていたよ」






彼女はホウエンに来てから、ワンピースの服を中心としたモノをよく好んで着ていた

着やすいし涼しいから、と彼女は言った。盲目だから、もあるかもしれない。そもそも彼女は盲目だから、着る服は何でも良いと若干興味が無い一面もちらほら見受けられた訳で、彼女が「めんどくさい」と言ったものなら回りがそういう訳にはいかないんだ!と彼女に叱っていたのも今では良い記憶だ

しかし、ちょっと面倒臭がりなミリ君も普段コートやマントの下で隠れていても、明るくて歳相応な服をちゃんと彼女は着ていたのだ

可愛らしい、彼女らしい服を






「普段着ていた服の色が黒に変わったよ。首には白いスカーフだったけど…黒の長袖、スカート、黒の靴下…あぁ、ハイソックスってのかな?とにかく真逆な服を着る様になってしまってね……ホウエンは此処と違って暑いだろ?あの時期も暑くてしょうがなかったのに、あの子は肌の露出さえも拒んだ。リーグ内ではコート、外だとプラスしてチャンピオンマント……体内温度を疑う徹底振りだったよ」






「…ミリさん、貴女そんなに着込んで…暑くないかしら?」

「そーよミリちゃん。いくらリーグの中は冷房効いているからって、コートは縫いでもいいと思うんだけど……見ていてこっちがあっついわ」

「そうですよ、ミリさん。そんなに着込んでは熱中症になって倒れてしまう恐れもありますよ。クス…まぁ私はチャンピオンが倒れたら倒れたで看病するまでですが、ね」

「ちょっとロイド、アンタふしだらな目でミリちゃんを見るな!」

「おや、心外ですねミレイ。私は医師として最もな事を言ったまでですよ?」

「アンタの場合は色々危ないのよ!」

「ミリ、何があったかは知らんが、あまり無理するでないぞ?チャンピオンを支えるのが、儂ら四天王の役目なのだからな」

「…ゲン、プリム、ロイド、ミレイ、ありがとう。私は…大丈夫だから」






大丈夫……――――――














「今のミリ君は…ちゃんとあの子らしい服を、着てくれているのだろうか…」






服は心の表れだから






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