「ミリ〜、温泉入りに行きましょうよ!」

「温泉なんてあるんですか?」

「勿論よ!ハードマウンテンの活火山で温泉が湧いているのよ。ちょっと行くと温泉旅館なんてあるから、久々にゆっくり出来るわよ〜!と、言うわけで一緒に行きましょうミリ!裸のお付き合いよ〜!」

「はーい」









「俺も温泉行きてぇな…」

「一緒に温泉入りてぇ…」

「お前そろそろ自重しろよ」





―――――――――
――――――
―――










時間を溯らせようか


時計の針を巻き戻し、

過去の時間へ振り戻そう




時は七年前のあの日


あの子がチャンピオンになってくれた、あの日まで―――




















何十年振りにチャンピオンが入れ替わった

ずっと君臨してきた凄腕のトレーナーを引きずり下ろしたのは、まだ二十歳もいかない若い女の子だった






「チャンピオンは皆の夢、チャンピオンはリーグの象徴。私はチャンピオンになったからには、ホウエンチャンピオンとして職務を全うしていきたいと思っています」






シンオウ地方で一躍有名になっていた、あの聖蝶姫がまさかホウエンに来ていて、しかも大会に出場していたとは流石の私も驚いたけど(二週間でバッチ取得して出場とかギネスに載れるのではないか)、でも新生チャンピオンが現れた事は長年幹部長を務めていた私にとって一番嬉しい限りだった






「よろしく、新ホウエンチャンピオン―――ミリ君」

「アスランさん、お世話になります。よろしくお願いします」










この子を、立派なチャンピオンにさせてあげたい


そう、思えた













ミリ君がホウエンに来て、チャンピオンになってくれた事によってリーグ内部は変わった

勿論、それは良い方向にだ

この件に関してはあまり大きく言えないから省かせてもらうけど、まぁ強いて言えば、情けない事に私でさえてこずっていた揉め事をあの子は改善させてくれた事だった。そのお蔭か、前までの雰囲気がガラッと変わってくれて、古株の人間が見れば驚愕するくらい皆明るくなってくれた。しかも驚く事にチャンピオン就任してから、あまり時間が経っていなかった






「ホウエンを良くする以前に、まず内部を徹底的に改善させないといけませんよ。でなければ変えるにも変えられませんからね」

「ハハッ、よく分かっているね」

「チャンピオンと言えど、私はただの人間です。上に立つ人間は、下の人間が居てこそ成り立っているものです。土台があんな状態だと立つにも立てれませんからね」

「ふむ、確かに君の言う通りだ。―――それで、私は一体何をすればいいのかな?」

「一斉掃除ですよ、アスランさん。そして一からやり直すんです。そうすれば、きっと成果は現れますし―――掃除は結構好きですからね、私」

「――それは、頼もしい限りだ」











それから彼女はホウエンの為に尽くしてくれた




前チャンピオンでさえ逃げ出すくらい膨大な資料の整理管理請求諸々も彼女は嫌な顔をせず黙々とこなしてくれた

ホウエンをもっと多くの人間が観光出来る様に自分自ら赴いて現地アピールをしたり、チャンピオンとして公開試合、そしてリーグとコンテストを連動した行事など彼女は様々に企画を立ち上げ、チャンピオンとしてホウエンに尽くしてくれた




今のホウエンは彼女のお蔭と言っても過言じゃない








彼女は私達にとって、誇だ


彼女以上のチャンピオンを、私は知らない








ミリ君が休みを削ってまで、積み上げてくれたホウエンの土地

彼女が愛した、ホウエンの土地


………それが今、あの集団のせいで災害を起こし悲惨な状態になってしまったと思うと、はらわたが煮えくり返る気持ちだよ






「――――…と、この話は後々置いておくとして、だ。……あの子は本当によくやってくれたよ。何が、どう頑張ってくれたかは説明は要らないね。私はね、歴代のチャンピオンを見てきたけど、あの子も根を上げるんじゃないかと思っていたけど、私の予想以上にやってくれたよ」






それは私生活にも影響していた

ミリ君は私の家に住む事になった。彼女は旅の者だ、チャンピオンになったからにはホウエン住む事になるからセンター暮らしにはさせられない。私の家は人ひとり増えても支障は無かったし、彼女を見過ごせられなかった

彼女はよく気配りが出来る子だった。仕事で疲れているのに手伝おうとする心配りは嬉しいものだったけど、忘れてはならないのは彼女は盲目。気楽にしてと言い聞かすのに時間が掛かったのは今となれば思い出(そして警戒バリバリな彼女の手持ち達を宥めさせるのも今となればいい思い出




チャンピオンを支える事は、幹部長の務め



……けれど、私は気付かない内に求めていた








彼女みたいな、優しい娘を








「私にはね、このまま成長していれば彼女と同じ歳の娘がいたんだよ。……しかし、その娘は小さな頃病気で亡くしてしまってね……。だからかな、あの子を娘と被せて見ていたんだよ。……勿論、勘の鋭いミリ君には私がどんな目で見ていたか気付いていたんだろうね。でもあの子は優しいから、文句も指摘もしてこなかった。…嬉しかったよ、それが仮初の夢だとしてもね」






「アスランさんがお父さんだったら……きっと、幸せな日々を送っていたんでしょうね」







彼女が私の家に来てくれた事で、家の中は明るくなった

私の妻も娘が死んだ事で鬱になって、療養を盾に離婚をした事で帰っても誰もいなかったから彼女の存在は大きかった

久々の家族の団欒は、とても心地が良いものだった







「―――今帰ったよ」

「おかえりなさい、アスランさん。お仕事お疲れ様です」

「…」
「キュー」
「……」

「ハハッ、今日もお互いお疲れ様だよ。さて、今日の夕飯は何かな?」

「今日は" "のお手伝いで久々に豪勢に作っちゃいました!丁度出来上がりましたから一緒に食べましょう、アスランさん」

「あぁ、そうだね」

「ミリ様〜!"  "さんが盗み食いしようとしてますよー!」

「……!」

「おやおや、ハハッ。ポケモン達は元気だな」

「フフッ、そうですね」









「……あの子は本当にエラい子だったよ。真面目で、しっかりしていて、自分の目標をしっかり持っていた。バトルだけじゃない、あの子の心も強くて…綺麗だった」






温厚で、優しくて

楽しくて、面白くて

相手を思いやり、尊重する心配りも出来て


誰もが彼女を憧れの対象と見ていた





………しかし、











「彼女の心は外面と違って、とっても……冷えきっていたんだよ」






彼女の表面だけを見ていれば、違和感なんて普通なら感じられない

何故なら彼女は完璧だから

私が気付けたのは、もしかしたら偶然だったのかもしれない。それだけ完璧だった彼女が、あんな姿を見せる訳がないのだ






「その日は満月が良く輝く、満天の夜空が広がっていた日だった。部屋にいると思って顔を出そうとしたらあの子が居なくてね、何処に行ってしまったんだと心配して捜してみたら……すっごく冷たい目で空を見上げているあの子がいたのだよ。背筋がゾクッとしたよ…まさかあの子があんな目をするなんて微塵にも思わなかったからね」






睨み付ける様に空を見上げていた彼女

まるで、燦々と輝く満月を睨み付けている様で






「だから私は、聞いたのだよ」










「君は、満月が嫌いなのかい?」









「そしたら、彼女はこう言ったよ」










「大っ嫌いですよ」



「前までは好きでしたが、今はもう…大っ嫌いです」











その言葉を呟いた彼女の瞳の奥に見えた、揺らめく感情

あれは、そう、憎悪だ

光がない漆黒の瞳の奥にあった憎悪の光に、私は畏怖した。背筋を走った見えない殺気に、押し潰されてしまいそうな錯覚さえも覚えた







「大っ嫌いですよ……満月なんて、ね」










私が見ている彼女は、普段から見ていた彼女と全然違っていた。纏う空気、回りの空間、彼女の雰囲気全てが、彼女を別人とさせていた

私には、その姿が本当のミリ君だと思えてならなかった

表裏一体、その言葉がある様に彼女には彼女の光があって、闇があった。普段見るキラキラ輝く光の部分と、背筋が凍るほど恐い闇の部分…絶妙なバランスで彼女の心を保っていた

何故、かなんて愚問だ。人には闇がある。闇があるから人は輝ける。光があって闇がある……まさに彼女はこの言葉の良い例えだった






―――しかし、私はまだ彼女を理解しきれていなかった











「私があの子に何かがあるって気付いたのは満月がキッカケだった。だが、本格的にあの子に深い闇がある事に気付けたのは――――そう、全てはあの事件が始まりだった」







それは、あの悲劇の事件





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