盲目の聖蝶姫

彼女の事は嫌でもよく知っている。シンオウで誰一人この人の事を知らないっていう程超有名トレーナーだ。シンオウコンテストマスターで、殿堂入りして……そして今や最南の土地、ホウエン地方のチャンピオンに君臨している凄腕のトレーナー

もはや尊敬に値するトレーナーだった。会えるなら会ってみたい、少しだけでもいいから会って話をして、彼女とバトルをしてみたい。そんなトレーナー魂に火を点けてくれる彼女に、俺は憧れた。けど、会わなくてもいい、そもそも俺っていう非道な人間は彼女と会うべき人間じゃないのは分かっている。彼女は完璧だった。輝いていた。眩しかった。だから、俺みたいな人間があんな超有名トレーナーに会えるなんて、夢のまた夢だった


けど、俺の夢は叶ってくれた


最も望まない、最悪な現状の中で









荒らされた部屋。ボロボロになった机や椅子や家具様々。床に瀕している容疑者の姿、戦闘不能状態で同じように瀕しているポケモンの姿

殴られた頬、額、瞼、身体。強く絞められた痛々しい首下、切れた唇、伝う血。ボロボロな身体、グシャグシャな髪、乱された服


冷たい、彼女の瞳……






「今騒ぎを起こしてしまったら今以上に騒ぎが起きてしまうのは明白です。とにかく今は騒ぎの悪化を防ぐ事を前提に、皆さんは慎重に行動して頂きたい」







彼女は言う

怖い事されて、痛い思いして、辛い事をされたのに彼女は冷静だった。真っ先に自分を取り戻して、真っ先に現状を打開する為に、自分の身体の容態そっちのけで、彼女は俺達に言ったのだった






「まずはこの階の立ち入りを禁止、騒ぎの様子を見に来た職員の皆さんには職場に戻る様に指示を。理由はポケモン達が喧嘩したとでも伝えて下さい。申し訳ありませんがこの部屋の後始末を。それと今倒れている彼等にはテレポートで運んで頂きたい。警察の方々には他の皆さんに情報や騒ぎが漏れない様に内密にお願いします。私も手持ち達の回復を終わらせ、この傷の手当てを終わらせたらすぐにそちらで事情聴取を行います。…が、やはり私がそちらに行く話は内密にお願いします。他にも――…」













俺はその頃、無事に警察学校を卒業して無事に警察庁に所属したばかりの出来立てほやほやな卵だった

…けど残念な事に俺には前科があった。そう、俺は元暴走族グループの一員。俺達がいた所は特別悪さとかはしなかったし、ただ純粋にバイクを走らせたかっただけで作り上げた名もない暴走族グループ。だけど悲しき事に元暴走族の名前だけでも聞いたもんなら冷めた目で見られるのが現実。所詮そんなもんだ。いくらシホウイン道場出身だとしても、他人の目は厳しいものだった


その証拠に研修と名を評して所属されたすぐにホウエン警察庁に移動された。流石に堪忍袋の尾がブチ切れそうだったが、まぁホウエンならいっか、と、あの有名な聖蝶姫がいる地方なら別に行ってもいっかなと軽い気持ちで移動に従った。その頃は既に聖蝶姫はチャンピオンになっていて、聖蝶姫がホウエンをアピールしていたから、ホウエン旅行と思えばいいんじゃね?みたいな。正直ラッキーって思えた俺はルンルンとホウエンに向かったのだった


………場違いだって気付いているから師範長そんな目で見ないで下さい胃がキリキリするッス












言われるままに俺達警察は聖蝶姫の言葉に従った

床に倒れていた容疑者を捕らえ、上司のポケモンのテレポートを使って本部に戻り、奴等を逮捕起訴した。気絶していた彼等を病院に一日入院させるも、奴等の意識が戻ったらすぐに事情聴取を執り行なった

俺はまだ警察に成り立てで本部に配属されたペーペーの新米。そんな奴が聴取を執り行なうなんて夢のまた夢。俺は上司の隣りで見守る事しか出来なかった。口出しは厳禁。俺は憤る気持ちを抑えながら、目の前に座る容疑者の言葉に耳を傾け続けた






「あ、あは……あはははははッ!あぁそうさ!あの女をぶん殴ったのはこの俺さ!はははははっ!堪らなかったぜぇ…あの顔を殴って殴って殴りまくるあの爽快感!綺麗な顔を歪ませるあの高揚感は中々ないぜぇ!首絞めりゃあ苦痛に歪んだ顔!服乱せば顔を青くする表情!フフフ…ハハハハッ!あの表情を垣間見れて俺は大満足なんだけどなあ!」


「あの女が悪いのよ!あの女が私の人生を狂わせたのよ!あの女のせいで…あの女がコンテストに出ていなければ!私は有名人になったのに!そうよ!あの女がいなかったら今頃私が頂点に立っていた筈なのに!女狐め…!私は全然悪くないわ!泥棒猫には当然の報いよ!」


「蝶がね、欲しかったんだ。あの光輝く蝶を、この手に収めたくってね……気付いたら身体が動いていたよ。ハハッ、まさかこんなつもりじゃ…まさか、まさか…まさかまさかまさかまさか!まさかこうなってしまうなんて!フッ、フフフフ…こうなってしまったら最後ぐらいヤるだけの事をヤっておけばよかったよ…!フフッ、フハハハハッ!」


「あの人はあのまま野放しにしちゃいけない。だってあんな完璧な人間、凄いって思うより怖いわ。…おかしいでしょ?あんな完璧なポケモンと完璧な人間…普通はないわ。そもそも、私あの人を見てると……背筋が凍ってしまう何かを感じるのよ。まるで、私達を…見透かしている様な、盲目なのに全てを見抜くあの瞳が、怖いのよ…。なのに何で私、あんな事しちゃったのかしら…あの人の復讐が、恐ろしいわ…」


「あの蝶は俺の蝶だ!アイツを見ていいのは俺だけだ!…フ、フハハハハッ!なのにアイツは、俺がいるにも関わらず、色んな場所に行っちゃ簡単に手ェ差し出しやがって…!あの笑顔は!声は!存在は!全て俺の、俺だけのものだ!俺は!アイツのゴシュジンサマなんだ!…………だから俺はアイツにその事を分からす為にわざわざアイツの元へ行ったんだ。優しいだろう?ククッ…これでアイツも無駄に他人に顔を見せずにすむってか?ククッ、ハハハハハハッ!」


「私は天のお告げを聞いた。そして私はお告げに従った。『欲望は欲望のままに進み、欲しいものは奪ってでも手に入れろ』………天は私の背中を押してくれた。だから私は天の導きのままに、彼女を手に入れようとした。愛しい蝶を、この手にする為に」
























「胸糞悪い…!全部奴等の身勝手な考えじゃないか!」






聞いていくだけでも無意味な証言に苛々が募っていくばかり

まだあの場で奴等に掴み掛からなかった俺はマジで偉いと思う。他の暴走族の仲間が聞いたらそりゃもう乱闘騒ぎになっちまうくらいくだらない理由だった






「熱くなるなセキ。…所詮そんなもんだ。犯罪者は意外な理由でも犯行に及ぶ。奴等もそんな所だろう」

「けど!納得がいかないッスよ!どうして!どうして聖蝶姫が…あんな思いしなくちゃなんねぇんスか!?聖蝶姫はホウエンを、皆を支えている人なのに!」

「………お前の気持ちも分かる。お前の気持ちは俺達も一緒だ。だがな、俺達は警察だ。警察は犯罪を裁く立場にある。私情は入れちゃいけない。最も冷静に事を解決しなくちゃいけない身だ」

「だからなセキさん、俺達刑事の立場にいる限り冷静に捜査を進めなくちゃならない。…俺達が唯一出来る事とすりゃあ、被害者の為に事件をいち早く解決させる事だ。分かったな?」

「……ッス」








犯罪を犯す人間の心理は様々だ

上司の言う通り、ちょっとした事でも犯罪は起きてしまう。俺達警察は冷静に事件の真相を捜して犯人を逮捕する。被害にあった被害者を救う為にも

そう、それは頭で分かっている。師範長からもアンナ師範長からも武道を通して常に冷静であれと言われ続けてきた。…けど実際に現場に立って、聴取に立ち会うと訳が違う。それを一番に身に染みた








「―――…だが、この事件は容疑者の私情で済む話じゃなさそうだ。…セキ、お前この事件…何か感じたか?」

「何か、スか」

「この事件…誰かが裏で操っている可能性があるに違いないって事だ」

「じゃなきゃ初対面の人間が都合良く一緒に犯行、ハッカーだけが持っている情報を全員が知っていた。裏がある、そう想定してもおかしくない話だ」








アレから詳しい聴取を執り行なったが、確かに上司の言う通りだった

初対面の筈なのにまるで話を付けた様な都合良く一緒に犯行、ハッカーだけしか知らない情報を何故か全員が知っていた、そして最後の「まるで操られている様な感じだった」発言……

最後の発言が犯行に対する自分を庇う逃げだとしても、最初の二つには全員が頭を捻った






プルルルルル……







本部の受話器が鳴り響いた












「はい、ホウエン警察庁刑事部一課。……はい、分かりました。今からそちらに向かいます」






ガチャッ…





「誰からだ?」

「ホウエンリーグの副幹部長からです。聖蝶姫の手当てが済んだみたいです。彼女自身も落ち着いてくれたようで、明日にでも話をしたいそうです」

「そうか。…なら明日、彼女の元に行こう。セキ、お前も立ち会え。同情するのは構わないが、熱くなるなよ」

「…ッス」











次の日俺達はリーグへ直行した






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