世の中同じ考えを持つ者など存在しない。誰しも様々な思考を持っている。そう、誰しも一人の人物に対して同じ思いでいる訳がない



憧れ、敬愛、目標、尊敬、友情、愛情

嫉妬、畏怖、狂愛、憎悪、愛憎、卑下…






ある人間は蝶の存在に嫉妬した

ある人間は蝶の存在を畏怖した

ある人間は蝶の存在を愛して愛して狂いまくった

ある人間は蝶の存在を憎悪した

ある人間は蝶の存在を愛と憎しみの狭間で歪んでいた

ある人間は蝶の存在を自分のモノにしまいたかった











彼等は、動いた

邪悪な思考を、巡らせながら







それは、突然だった


試合で活躍し、疲労したポケモンを回復機器で回復させていた、まさにその時に奴等は現われた

与えられた部屋で休憩をしていた彼女に、来訪客がやってきた。その者達はそう、来てはならない来訪客だった


彼等の目的は、ただ一つ










「………強姦、か」

「はっきり言えばそうでしょうね」

「っ…」

「丁度その頃月末決算や他の行事でドタバタとしていた時期を狙っての犯行でした。…………叫び声と、爆発音が轟いた事でやっと従業員は何かあると駆け込んで行ったんです。そこには……」

「………………」

「………そこには荒れ果てた部屋に、倒れている数名の人間と数匹のポケモンに―――暴行を加えられ、衣類を乱されたミリさんが…静かに加害者を見ていたそうです」






一体何があったかなんて、愚問

彼女の身体中至る所に殴られた後があった。唇は切れ、口の中も切れていたのか血塗れだった。綺麗な髪の毛はグシャグシャになっていて、衣類は肌が見えるほどに乱されていた





床に瀕していた奴等を、ただ彼女は静かに―――視えない筈の眼で、冷たく見下ろしていた









「一体何があったのかは、分からない。何故なら彼女が一言も話さないからだ。話したくない気持ちも分かります……どこまでヤられたのかなんて、言いたくないでしょうからね」

「……………」

「けど後に逮捕された奴等に問い出してやれば奴等は「ヤっていない」と頭を振ったので…少しは安心なんですが、ね」








それから警察の調べで発覚した事が幾つかあった




一つは「情報の漏れ」

犯人の中にハッカーがいて、情報を盗み、彼女の行動パターンを推測した。他にもリーグに通じていた外部の人間がリーグ内が手薄だと漏らしたからだ。しかも防犯カメラも警備員の位置を把握しての行動。その為、誰にも気付かれる事なく進入出来たのだ



二つ目は「犯人は全て初対面の人間の集まり」

犯人は六人の集団で形成されていた。男が四人、女が二人の計六人。彼等は彼女に対して歪んだ感情を携えていた。それがいつしか爆発して犯行に及んだのだろう―――だが、彼等は初対面だった。初めは嘘だと思った。こういったケースは必ずどっかで出会っているものだ。例を上げればインターネットなど非公式交流場所かなにかで。しかし厳重な調べで彼等全員が本当に初対面だという事が発覚した



三つ目は「犯行が同一日に重なった」

彼等は何かしらの原因で感情が爆発した。そして単身で犯行に臨んだ。しかしそれは自分一人だけではなかった。同じ考えや思考を持ち、犯行に及ぼうとした彼等全員が初めてその場に揃っていたのだ。そして彼等は初対面な筈なのに―――自分が揃っている事を当たり前の様に、共に犯行に及んだ



四つ目は―――――









「彼等の中にはハッカーやリーグに通じていた人間がいた。しかしリーグに通じていた人間は今回の犯行に加わってはおらず、その人間はハッカーの友達だったのです。きっと会話の弾みでハッカーに言ってしまったのでしょう。ハッカーはソレを使い、自分で情報を収集した。なのでハッカー本人がリーグ内の事も彼女の行動も監視員や防犯カメラの位置も全て把握していた。調べた本人が知っているのは当たり前です。本人も自白してます。ですが…―――」







四つ目、

「ハッカーだけしか知らない情報を彼等全員が知っていた」








「ハッカー以外の犯人達はコンピュータの無縁な生活を送っていました。コンピュータを使っていても技術がない者、リーグには無縁な者、むしろ情報に乏しい者までいました。勿論様々な可能性を見て彼等と繋がりのある者達を調べましたが、結果は白。本当にハッカー以外の人間は何も出来なかった。なのに彼等は知っていた。今、リーグ内がどういう状態で、今彼女が何処にいて、何をしているのか、防犯カメラや警備員の位置等………おかしな話ですよね?」









そして、最後の五つ目








「『まるで何かに操られている感覚だった』…彼等全員、そう証言しました」

「……それは自分を守る言葉のバリアにしか過ぎん」

「えぇ、そうです。結局そうなんです。罪を償うならまだしも、自分は悪くないと言い張る者も中にはいます。勿論、それは犯人の中にもいました。彼等は『悪くない』と、『悪いのはあの女なんだ』、とね」

「…くだらん」

「えぇ、本当に。―――その中で一人、妙な事を言ってきた者がいました」









「私は天のお告げを聞いた。そして私はお告げに従った。『欲望は欲望のままに進み、欲しいものは奪ってでも手に入れろ』………天は私の背中を押してくれた。だから私は天の導きのままに、彼女を手に入れようとした。愛しい蝶を、この手にする為に」









「それこそくだらぬ戯言に過ぎん。…胸糞悪い」

「えぇ、本当に」

「…奴等はどうなった」

「暴行猥褻行為及び殺人未遂によって全員逮捕です。今頃刑務所の中でしょう。勿論、これら全てにおいて秘密裏に処分した様ですが」

「暴行猥褻行為は頷ける。が、何故殺人容疑が?」

「彼等には殺意があった。その証拠にポケモンを携え、あまつさえナイフまで持参していました」

「…他の者は、この事は…」

「シンオウで知っているのは私と幹部長と当時の情報管理部長だけです。ホウエンは当時勤めていた役員と救出した従業員……勿論他の従業員にも守秘義務として厳密に対処しましたので、外部やマスコミには公にされていません」








だから、シロナは勿論、ダイゴやミクリも、誰も彼女が襲われた事も、何も知らない


そう、何も―――








「…大事の事件の筈なのに何故他の者は知らんのだ?」

「勿論、これは大きな事件です。襲われたのがあのチャンピオンなら、尚更」

「――…リーグの立場としては深手を追う大打撃になる…――闇に葬ったな」

「えぇ、事実上そうなりましょう」






ですが、とジンは言葉を切る






「そういう処置をなされたのは、何を隠そう盲目の聖蝶姫本人なのです」

「………!」

「彼女は冷静でした。無駄に冷静でした。普通なら癇癪起こして錯乱状態になってもおかしくないのに、彼女は逆に冷静に後処理に徹底した。見事なものだったと、当時その場にいた従業員は語ってくれました」








盲目の聖蝶姫は冷静だった

そして、回りがよく分かっていた


今リーグは月末決算で誰もが忙しい時期だ。猫の手も借りたいくらいに。そんな中こんな事件を起こしてしまえばリーグ内は大パニックだ。情報が漏れ、すぐにマスコミ各社はスクープだと取り上げる。被害にあった人の気持ちを知らずに

聖蝶姫はすぐに行動に移した。信用出来る人間だけを呼び、内部に事件が浸透する前に的確な指示で防いだ。犯人は秘密裏に警察に引き渡され、爆発音で荒れた部屋はポケモンが喧嘩したからと嘘を通した

迅速で的確な判断と、自分は被害者なのにも関わらず臆する事も恐怖する事もなかった盲目の聖蝶姫には、同情よりも尊敬を抱かせた







「暴行され痣になった箇所は数知れず。首には絞められた跡、口の中は二針を縫う大怪我、精神的にも大打撃。全治二週間、医師はそう判断しました」

「……………」

「彼女はすぐに処置を施し、二週間の有給を与えるという事で話は纏まりました。…彼女は最後まで申し訳ないと言っていたそうです。自分だけ休ませてもらうなんて、と」

「…他人を優先し、自分を後回しにする。やはり、そうか…」







そう、聖燐の舞姫もそんな人間だった






「…但し、少々謎が増えたのです」

「謎?」

「救出に向かった従業員が見たのは既に犯人が床に瀕している姿だ。ポケモンまでもね。どうやって彼女はあんな人数を相手に出来たのか――…今も真相は謎のままですが」

「……………」

「それから彼女は二週間後、無事に復帰されました。事件も無事に解決されましたので、この事件は一件落着と幕を閉じました。知っているのは、極僅かな人間だけでいい――…彼女は、そう言ったそうです」

「………………」









簡単に浮かんだ

平気だと笑顔を浮かばせながら、大丈夫だと一点張りをしては逆に回りを宥める、その姿を











お前はそうやって自分を追い込むのか









ゴウキは憤る気持ちを隠す事無く舌打ちをした











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