一ヶ月前から交わしてきた、たった一つの交友方法

シンオウに行くと聞き、懐かしい気持ちで文書を綴り、楽しんで欲しい気持ちを込めて―――しかし、奴等に対する警戒の意味を込めて彼女にシグナルを送ったつもりだった。安易に、踏み込むなと。そしてきっとシンオウに行ったら確実に聖蝶姫の事で巻き込まれてしまうのは目に見えて分かっていたから、自分は貴女の味方だからと安心させたかった

その手紙限りでミリはシンオウに行ってしまう。急いてしまった所為もあり、配慮が足りなかったのかもしれない

まさか、まさかだ

あの手紙をキッカケで、まさかミリ本人が進んで足を踏み入れてしまっただなんて






「―――…どの道、あの御方がシンオウに来たところで不穏な存在には気付かれただろうな」







お互い力を持つ者同士、そういう"不穏な存在"にはとても敏感だから





テーブルの上にはミリと交わした手紙の数々。汚れや傷を付かせない様に大切に扱いながら、一枚一枚丁寧に手紙を読み返す

年頃の女の子にしたら達筆で見やすい筆記体。つい癖で英文で書いてしまって後々失敗したと後悔したが―――まさか手紙の返事、しかもあちらも英文で返ってくるとは思わず、予期せぬ返事に嬉しい意味で驚いたのは記憶に新しい。一ヶ月で交わした手紙の数は少なかったとはいえ、ゼルにとってとても幸せな一時だったのは間違いない

手紙を交わしていく毎にミリの人柄、回数を増すごとに手紙から感じる向こうからの感情、それらの気持ちに触れていく事でさらにゼルのミリを想う気持ちが募っていった

早くお会いしたい。今すぐにでも。レンがいないのはサーナイトの偵察で分かっていたから、誘拐なりさっさと迎えに行きたい気持ちを押し殺し、かつての故郷を楽しんでもらいたい気持ちで見送ったというのに―――嗚呼、あの御方の行く手を阻む奴等がとてもとても忌々しい




ゼルは小さくため息を吐いた







「――――ガイル、状況は」

「シンオウ支部、警察、研究所等関係者が今もなお『彼岸花』の居所を探し、ミリ様の捜索を続けています。が、状況は変わらず平行線で御座います」

「……本部でも限界があったんだ、支部でも難しいか…奴等の動きは?」

「『彼岸花』に動きはありません」

「そうか」





読み返していたミリの手紙を一枚一枚丁寧に封筒の中にしまい、さらに厳重且つ高級そうなレターボックスの中に入れる

ガイルの報告を聞きながらもゼルの手は止まらない。ひとしきり全てを片付け終わったソレを、自身の座る仕事机の引き出しの中に入れた

手を止めても常にミリの事を思案する―――眉間に皺を寄せるそんなゼルを前に、不意にガイルは口を開く






「…ゼル様、一つ宜しいですか?」

「なんだ」

「ゼル様ならば、ミリ様の居所が分かるのでは御座いませんか?あの時、ミリ様の存在に気付けた貴方様だからこそ、先にミリ様の居所を見つけ出す事が出来るのでは、と思いまして」

「…………そう、だとよかったな」

「と、申しますと?」

「………」






ゼルは席を立ち、ベランダへと出る

空は真っ青、地上はフラワーロードが咲き誇り、漆黒のリザードンのオブジェが見える。海原からくる海風がゼルの髪を、服を優しく靡かせる

地平線の彼方の向こう側にいるであろう愛しい存在を、想い焦がれながら―――ゼルは答えを待つガイルに言う

悲しそうに、悔しそうに






「ミリ様の存在に気付き、実際に会い、口付けを交わし、あの御方の力を心に刻み付けたあの日から………純白で美しく、強い力を感じ取っていたミリ様の力が……………今は嘘の様に何も、感じねぇ」

「……それは、」

「あの御方が死んだとは考えられない。不死であるあの御方に死の概念は無いに等しい。仮に敵に捕らわれていたとても、必ず力を感じるはずだ。なのに、感じられない。考えられるのはただ一つ………ミリは、この世界から消えた」

「……………」

「あの御方の存在は強く気高く尊いもの。そしてその力は強大だ。強大だからこそ不安定だ。…ちょっとした事でも発動してしまうんだ、あの御方に何かあったのかは明白……あの御方が生まれ、17歳までの歩みが今でも不明で証明出来ないにしても―――………仮に半年前に力を覚醒したとしたら、力の不安定が仇になったか」

「…………」

「全ては俺の憶測だ。仮定が成り立たねぇと全ての真実を解き明かす事が出来ねぇ。聖蝶姫の事もある…………今は、支部の奴等に任せるしかねぇ」






これがもし、行方不明になった段階でミリの力の波長を感じ取れていたら―――ゼルは真っ先にでもミリの救出に入っていただろう。単独で、独断で―――ミリに手を出し、親の敵でもある奴等を再起不能にするまでぼっこぼこにさせていたのは安易に想像付いていた

それから後から救出しにきたレン達に実力の差を思い知らせてやるのだ。お前等にミリを守る事が出来ない愚か者なのだと。そしてミリをこちらに引き入れる。アイツ等に任せてられなければ、元々ミリは本部の人間なんだからと―――






「……ガイル、何か言いたそうだな?」

「…いえ、」

「言ってみろ。お前の考えを」

「………………。この世界を見捨てた、という可能性は?」

「…見捨てた、だと?」

「はい」

「…………。あのイーブイ達、そしてソウカとトキトを置いて行方を眩ますのは考えにくい。世界を見捨てる……ハッ、この俺が許すはずがねぇよ。あの御方が、また俺を見捨てるなんてな」

「………」

「そもそもあの御方は此処の世界の人間だ。俺達は出会うべくして生まれ変わったんだ。その世界を、俺を、見捨てるはずがない。……ガイル、考え過ぎるのはいいがあまり変な事まで考えるんじゃねぇ」

「…失礼しました」







ガイルの疑問を聞いたゼルの綺麗なカシミヤブルーの瞳は―――…一気に狂気と憎しみの色を浮かばせ、凄みを聞かせてガイルを睨んだ

雰囲気も威圧的になり、不機嫌になるゼルにガイルは頭を下げ、押し黙った




――――ゼルはミリが【異界の万人】である事は知っているが、何故か違う異世界からやってきたとは思っておらず、此処の世界の人間だと核心している

しかもミリを知っている様で、あまり知らない事だらけだと受け取れる。いつしかミナキがゼルに質問し、「何も知らない」と返答したその真意はあながち間違いではなかった

何故、ミリを狂気と憎しみを抱えながらも一途に想い続けているのだろう。何故、"見捨てる"という言葉に強く敏感なのか―――その真相は未だ明らかにはされない。今、此処では。しかしいつの日かこの謎が解明される時が訪れるだろう

全てはミリが見つかってからの話―――










「ミリ様………どうか、どうか無事でいて下さい」








ゼルは想う。一途に、真摯に

己に出来る事は支部に捜索や討伐の采配を振るうだけで、ほぼ無力な自分を忌々しく思いつつ

ただひたすらにミリの無事を願い続ける




気高く、尊く、麗しい

嗚呼、あの御方は一体何処に消えてしまったというんだ







「―――――…」







ガイルはただ、ゼルの後ろ姿を黙って見つめていた









(世界から消えた蝶は)(今、何処にいる?)


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