世間はポケモン凶暴走化現象に怯え、外は事件解決の為にギラギラと燃える警察官やジュンサーで縦横しているというのに、此処は嘘の様に静かだ。外界から完全にシャットアウトされたこの空間は、現実を忘れてしまいそうなくらい穏やかなものだった

此処は、コトブキシティにある一角

『リコリスの花』の喫茶店にゲンの姿があった





《ゲン様、やっと入れましたね》

「凄く人気なんだな…疲れた」






コトブキシティの喫茶店の中で一位を争うくらい大人気なお店として知られている『リコリスの花』。ポケモンが人間食を気兼ねなく食べれる様に工夫したポケモン食を置き、こだわりの珈琲や紅茶、リーグ副幹部長がオーナーで、且つ此処の店長の容姿等で人気が今もなお急上昇だ

今日も行列に並ばないと入れないくらい、開店から凄い人で溢れていた。回りが殆ど女性ばかりで、いくら手持ちのルカリオが同伴しているとはいえ一人男の自分が入るのもかなり抵抗を覚えていたが、今回ばかりは仕方が無い

本来だったら、絶対に一人では来なかった

しかし、ゲンには此処に来る理由があった








「―――いらっしゃいませ、大変お待たせしました。当店をご利用頂きありがとう御座います」







黒斑眼鏡の下には紺碧色の瞳

黒いバーテンダーの服を纏った、この店を切り盛りする店長

小さく微笑を浮かばし、慣れた動作で接客をする彼こそ―――ゲンが最も怪しむ男、チトセ







「……」

「こちらはお冷やになります。ご注文がお決まりでしたらお伺い致します」

「…私は珈琲を、ブラックで。ルカリオ、お前は?」

《私は水で十分です》

「そうか。…ルカリオは結構だそうだ」

「畏まりました」






少々お待ち下さい、と一礼をし颯爽と厨房に戻るチトセ

よほどチトセ本人に人気があるのか、回りの女性客が小声でキャーキャー言って頬を赤く染めているのが見える

しかし当然ゲンにはそんな事は関係無いし眼中にも無い。珈琲を飲みに来た訳でもないし軽食を取りに来た訳でもない。ゲンがわざわざ此処を訪れた原因こそが、彼だった

正確には―――彼に感じた、黒い波動を探る為









「どうぞ。ご馳走様でした」

「「ブイ!」」

「――――ありがとう御座います」











「お待たせしました。珈琲のブラックになります」

「あぁ、ありがとう」

「遅くなりましたが、この前はご贔屓頂きありがとう御座いました」

「!…私の事を覚えていたのか」

「勿論です。職業柄、人を覚える事には長けていまして……今日は、お一人なんですね」

「あぁ、休みを貰っていてね。…近くに来ていたから、寄らせてもらった」

「そうでしたか。ご来店頂きありがとう御座います。どうぞ、時間が許される限りごゆっくりお過ごし下さい」







ニコリと営業スマイルを浮かばせたチトセは、ゲンに軽く一礼をし、また颯爽とその場から立ち去った

今は混み時だ。一度顔を合わせた客相手とはいえ長話は出来ない。勿論ゲンも話をするつもりはないし、此処に長く止まるつもりはない

ゲンは提供された淹れたての珈琲に口を付けた。美味しい。飲んだのはこれで二度目だが、あのオーナーがこだわりにこだわった珈琲は人気になるのも頷ける深い味わいだ。珈琲はブラックで飲むに限る。これがダイゴだったら構わず砂糖やミルクを入れるだろうし、ミリは珈琲は飲まず紅茶にいくだろう。勿体ない

珈琲を嗜みながら、ゲンの眼は鋭くチトセの後ろ姿を追う






「………」

《…至って普通、何も感じられません》

「……あぁ、私の方も同じだ。何も感じられない。…しかし、だからといって見過ごすわけにもいかない」






厨房と会計、注文に提供と他の従業員達と忙しなく動き回るチトセの、"今の姿"は何一つ違和感は無い。あの時浮かばせた黒い波動すら何も無かったかの様な、他の人間と変わらない波長を出している

だが、あの時感じた波動に嘘は付けない。ミリに向けたあの黒い感情は、危険極まりない。随分と感情を殺すのが上手いんだな、ゲンは小さく呟いた







「『リコリスの花』店長、チトセ…今一度、調べた方がいいな」

《ではゲン様、》

「あぁ、まずは私達で調べよう。クロかシロか、決着がついたら皆に話す。私も彼も一般人、行動に制限があるにしろ…それからでもいいだろう。最悪レンに情報を集めて貰うのも手だ」

《はい》






彼とこの一件が関係しているのかは、分からない。もしかしたら要らぬ疑いを掛けてしまっているのかもしれないが、どうしてもあの時感じた波動が気になって気になってしょうがない

あの波動の意味はなんなのかを、知りたい。何故、まだミリが帰って来た事を知らない彼が、ミリに向けてあの感情を、波動を向けて来たのかを

何事も無ければいい。何事も無かったらそれでいい。自分の勘が間違っていたのなら構わない。ただ、自分の勘は時に残酷なくらい当たる場合があるのだ


遠回りかもしれない

しかし、ミリを見つけ出す為にも

どんなに小さな疑惑にも、立ち向かっていかないと








「こうてつじまのピクニック、楽しかったよね。今度は皆と?あはは!それはもっと楽しいピクニックになりそうだよね!いいよ、それが私とゲンの約束ね―――」












ミリ、ちょっと待っていてくれ

必ず君を、見つけ出す

謝るのも怒るのも、その後だ








(皆が皆)(行方知らずの蝶を想う)


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