「ミリちゃん、ミリちゃんって幽霊信じている?」





出来上がったご飯を食卓に並べて、さぁご飯に手を付けようと箸を動かした時だった。私の前方に座るマツバさんが、えらいニコニコした顔で問い掛けてきた

今日はマツバさんの家で夕飯を皆で食べよう!と言う事で、私とレンとゴウキさんの三人でお邪魔する事になった。ミナキさんは珍しくも仕事の関係で参加出来ないみたいで電話先ですっごく嘆いていたのを思い出す(アレには苦笑しか出なかった)そんな訳で四人という珍しい組み合わせの中で、久々の食卓に自慢の腕を奮っていた私。家政婦さんのお手伝いもよろしく、満足な出来でちょっとテンションが上がっていた中だった

ニコニコと笑みを深めるマツバさんに、彼の隣りに座るゴウキさんもニヒルに小さく笑い私の言葉を待っている様子。隣りに座るレンは…なんだろう、無言無表情。珍しい。私が台所に立っていた最中にこちらではかなり盛り上がっていたみたいで、面白い話からこうして私に話を振ってきた、って所だろう。幽霊、と言う単語を口に零しながら私は小さく頭を傾げる




「………信じるも信じないも…幽霊の存在を否定しちゃったら、ゲンガー達の存在を否定すると同時に、マツバさんの職も否定する事になっちゃいますよ?」

「最もな事を言ってきたね。流石はミリちゃん、言う事が違う。確かにソレを否定しちゃったらゴーストタイプや僕の職の存在を疑う事になるからねぇ…うーん、そうだね。ポケモンを抜きにした幽霊…例えば、人間の幽霊とかミリちゃんは信じる?」

「人間の幽霊、ですか」





どうやらマツバさんが聞きたかった幽霊はポケモンの方じゃなくて、一般的に知られている幽霊の方。このポケモンの世界の幽霊は人間の残留意思だけじゃなくてポケモンの残留意思もあるから、幽霊って言われるとどうもゴーストタイプが浮かんできてしまうのはしょうがないとして

でも問われた内容が、異世界各世間一般に知られる幽霊なら、話は簡単だ。私は口元に笑みを浮かべ、頭を縦に振った





「勿論、私は信じていますよ。ポケモンのゴーストタイプも、人間の幽霊も」

「やっぱり!良かった、ミリちゃんはそう言ってくれるって信じていたよ」




炊きたての白米を箸で摘み、嬉しそうに頬を緩め口に含めるマツバさん。やっぱり、信じていた、…今の台詞で大方の話の主旨が理解出来た私はマツバさんの隣りにご飯を口に運ぶゴウキさんに視線を向ける。私の視線に気付いたゴウキさんは、いつもの変わらない笑みを浮かべ、フッと小さく笑う






「俺は幽霊など信じてはいない。ゴーストタイプならまだしも、人間の幽霊なら尚更だ」

「ですよねー。ゴウキさんは期待を裏切りませんね〜」

「やっぱり格闘家って言うものって、幽霊を信じない人が多いのかな?」

「私の知っている格闘家の方々は大体『気合いで吹き飛ばそ!』とか叫んでいる場合が多いですね…。幽霊は目に見えるモノじゃないし、信憑性もないですからね。百聞は一見に如かず、という言葉がある通り、幽霊を見た人や経験した人やその道の人でしか分かりませんからね」

「舞姫の言う通りだ。俺は自分自身の眼で見て判断する。幽霊など、それ以前の問題だ」

「言うね、ゴウキさん」

「やー、ゴウキさんカッコいい!」






幽霊なんて、と思う人間は山程いる。見えていないから、知らないから、自分の目に映らないものを否定する。非科学的なものを否定するのと同じだ

ゴウキさんは格闘家の出で、幽霊と無縁な生活を送ってきた。己の拳を信じ、拳に当たらない存在を否定する。対するマツバさんは家柄、伝統、修験者と言われるだけあってそーゆう話には強い。実際にマツバさんはそれらが視えている。嫌でも信じてしまうのはしょうがない。勿論、そんな事から幽霊に関しての意見が食い違うのもまた然り

私は箸でおかずを摘みながら、二人の会話を聞き入る。「でも実際にいるんだよ?」「だったら何故俺は幽霊が視れない?」「うーん、それは分からないけど居るものは居るんだよ」「知らんな」ちょっと聞いていて面白い。ゴウキさんは幽霊を信じないっていうよりも、幽霊に興味は無いって言った方がしっくりくるのは私だけ?






「あはは、二人共幽霊の話で盛り上がっているね」

「……………」

「レンはどうなの?…レン?」

「………あ、あぁ…俺もゴウキと一緒だ。幽霊は、信じないぜ?」

「そっか」






今まで無言で、無表情で大人しく黙々とご飯を進めていたレン。珍しいなぁ話に加わらないなんて、と多少の疑問を浮かばせながらも問い掛ければ、隣の彼は遅い反応で返ってきた言葉とヒクリと口元を引きつらせる

珍しい反応だなぁ、と思った。あまり追求するのもアレだし、丁度マツバさんからまた話を振られた為視線をレンから外し、マツバさんに向ける。だからレンが今どんな表情でどんな気持ちにいるかなんて分からないまま、私はマツバさんの言葉に耳を傾けるのだった






「ミリちゃん、ミリちゃんも言ってあげてよ。ゴウキさんに幽霊はうじゃうじゃいるよって」

「くだらん」

「あはは。残念ですが私は信じる信じないかは強要はしませんよ。個人の自由ですからね。……でも私の口から言える事は、視えない方が幸せな時もありますよ。それくらいでしょうか」

「ほう。そういえば舞姫も視えるんだったな。…例えばどんな事があるんだ?」

「たまに居ますよ〜、身体半分ない幽霊から空中散歩していたり、人の肩に乗っていたり。他にも頭血だらけにして苦しそうにもがきながらそこを通り過ぎていたり、」

「…………ちょ、ミリちゃんそこってこの家の廊下の事かい!?今の聞き捨てならないんだけど!?」

「後は…あぁ、胸に包丁突き付けられて口から血を流している女の霊も居ましたね。話に聞いたら浮気相手の方にグサリとされた様で…痛かったでしょうに〜、って。意外と元気そうに笑っていましたよ彼女。とりあえず念仏唱えてあげたら成仏していきましたよ。そこで」

「ええぇええええ!?」

「……幽霊にも、色々あるんだな」

「………………」

「あ、そういえばこの間…」








* * * * * *









この世界でもポケモンの幽霊も居れば人間の幽霊もいる。実際に口にしないだけで、上を見上げればふよふよと浮かんでは風に流されている浮遊霊がちらほらいる。エンジュシティは祓霊を頻繁に行うだけあって、お経を聞いて彷徨う霊が自然と集まってしまうのはしょうがない

時刻は深夜を過ぎた、自宅。幽霊話に花を咲かせ、マツバさんと別れた私達は時杜の力で帰宅を済ませていた。ゴウキさんは用があるみたいで、時杜の力を使わずにタンバまでシジマさんに会いに行ってしまっている。家の中にいるのは私とレンとポケモン達だけだ。けれど深夜過ぎているからポケモン達はボールの中にグッスリとしちゃっているから、私とレンだけ






「……………」

「〜♪」







リビングのソファーに腰を下ろし、レンにもたれながら黙々と編み物を作っていく私。先程のテンションもあるおかげで、サクサクと上手く進んでいく。対するレンの方は手に持つ書籍に視線を向け、文字を追ってはページを捲っている

ボンヤリと明るいオレンジの光に、私の鼻歌以外は沈黙が広がる。楽しかったなぁ、マツバさんとの食事。フフッっと口から出た笑みに書籍に移していたレンの視線がこちらに向いた






「どうした?」

「ん〜?ううん、なんでもないよ。さっきは楽しかったなぁーって思っていたんだ」

「…………そうか」

「幽霊話はかなり盛り上がっちゃったよ。心霊写真まで見せてくれるなんて、やっぱりマツバさんの副業は凄いんだね」

「……」






ちょっとみて欲しい、と言われて持ってきたモノに私は驚いて、でもルンルンと写真を手にしてはマツバさんに助言なんてしてあげたのを思い出す。やっぱりどの世界も幽霊に困っている人はいるんだね、とつくづく思い知らされるばかりだ

心霊写真を見てゴウキさんは珍しく興味津々で見ていたなぁ。やっぱり普段目にしないものを見るから興味が出るのも分かるよ。けど対するレンは心霊写真を一切手を振れずに遠くから見つめていたんだっけ…あの時心霊写真に目を向けていたから分からないけど、本当に今日のレンは珍しい。いや、おかしい。変←







「(気になるなぁ…)」







信じていない、興味ないにしては…心霊写真を視界にすら入れなかった様な無かった様な。そもそも心霊写真だなんて興味本位に見るものじゃないから、レンのしたことはある意味正しい様な、いくない様な…←

そんな事を悶々と考えながら編み物を着々と進めていく。でも時間も時間なので、途中までにして仮止めを施して編み物を片付ける事にする。ゴウキさんはそのままタンバで一夜を過ごすからゴウキさんの帰宅を待たなくて済む。編み物を袋の中に入れて、ソファーから立ち上がろうと腰を浮かせた






「…………」

「…?レン?」







パシッと、レンの手が私の腕を掴んだ。立ち上がろうとした為、少しバランスを崩しかけたけどなんとか持ち堪えてレンを見る。読んでいた書籍を閉じ、一点を見つめこちらに視線を向けないレンに私は頭を傾げる

本当に今日のレンはおかしいと思う。いや、おかしいよ改めて思うけど。どうしたの?と再度問い掛けても彼は黙ったまま。掴まれた腕から感情を読み取ろうとした時、キュッと掴む手に力が込められる






「……なぁ、ミリ」

「ん?」

「お前、視えるんだよな?」

「あー、まぁそうだね。普段は視ないように視界から省いているけど。…どうしたの?」

「…この家に…」

「?」

「…居たりするのか?…幽霊」







ぎこちなく、いや恐る恐る問い掛けるレンに疑問を浮かばすも、私は視線を逸して部屋の中をグルリと見る

人間に気配があると同時に幽霊にも気配がある。独特な気配だからすぐにわかる。でもこの家にはいないから、私はレンに視線を戻して頭を振る。居ないよ、ハッキリと告げればこちらを向いたピジョンブラッドの瞳が小さく揺らぐ






「本当、だな?」

「本当だよ。そもそも居たら追い返しているし、強制的に成仏させてあげているから大丈夫だよ」

「………そう、か」

「……………」






表情は変わらずとも、瞳の奥は安堵の色を浮かべ、伝わる感情も安堵感に満ち溢れている

先程この手から感じた感情と、今の感じた感情、そして幽霊話に盛り上がった時のレンの様子。明らかにおかしい、いや大人しいレンに――考えられる事は、一つしかない


―ー―あ、もしかして…


ピンときた答えに、自分の口が徐々につり上がっていくのを感じた。慌てて表情を殺そうとしても目敏いレンは気付いてしまった様だ。眉間に皺を寄せ、プイッとそっぽを向くもんだからもう腹の中の笑いが止まらない






「……レン」

「……………んだよ」

「…………、ううんやっぱり何でもない。…今日はどうする?一緒に寝る?それとも別々にする?」

「……一緒に寝る」

「分かった。今日も遅いし早く寝よっか、レン」

「……あぁ」






今までレンは苦手なモノが無い完璧人間かと思っていた。でもそれは私の偏見なだけで、やっぱりレンにも苦手なモノはちゃんとあった

言いたくなくて、認めたくないのなら、それでいい。意外な一面でもあるけれど、少しでもレンの事が知れて良かったと、なんだか嬉しくなってきて。可愛いなぁと、相手が聞けば失礼かも知れないけどそう思うしかなくて私は小さく笑った




とりあえず寝室に行ったら一緒にベットの中に入って、彼が寝るまで手を繋ごう。幽霊なんて恐くないよって、安心感の中で一緒に眠ろう。一緒に居れば、恐いモノなんてなんにもないんだから










幽霊なんて恐くないよ




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -