迷惑をかけちゃ、いけない でも――― 「ぅ、く…はっ」 ベットの中、身体を丸め苦しい嗚咽を零すのはミリ。身体を震わせ、ベットのシーツを強く握り締めて耐える。ハァ、と出る息はとても熱く、瞼を開いた瞳は潤んでいる 今回も過去の夢、悪夢とも言える夢に翻弄され身体を蝕ませる。苦しい動悸、怠い身体、瞳を閉じて見える夢に吐き気を覚える。眠る事が出来ないミリは、肩で息をしながらも――隣りで眠る存在を起こさせないように、ゆっくり身体を起こさせた 「ゲホッ、っ…ぅ」 クラリと視界が霞むと同時に咳が出る。沈黙する部屋に咳の音は大きく響いた。慌てて口を手で覆わせ、噎せる咳をなんとか耐える。肩で息をしながらチラリと視線を隣りに向ける 同じベット、同じ布団の中に眠る一人の青年…こちらに側臥座(身体を横に向ける)で静かに眠る、彼。ミリにとって大切な人でもある――レンに、ミリは安堵の息を零した 「………レン」 ピクリとも動かずに眠るレンの表情は、至って普通で穏やかだが…ミリの目には、レンが疲れて眠っているしか見えなかった ミリが体調を悪くしてうなされていた時、真夜中にも関わらずレンはずっと起きてミリを落ち着かせていた。お蔭様でミリは何度も救われたが…自分のせいで、もし体調を悪化させたなら…と、疑心暗鬼に陥っていた 「…………」 しばらくミリはレンの寝顔を眺め、彼を起こさせない様にゆっくりとベットから降りる 足を着け、立ち上がろうとするがガクンと膝の力が抜け、転びそうになるがなんとか持ち堪える。苦しい吐息が口から漏れるも、身体に叱咤を入れながらゆっくりと身体を動かす。ベットに眠るレンの横に近付き、降りた拍子にずれた掛け布団を掛け直してあげる グッスリ眠るレンは勿論そんな事には気付かない。ミリは微笑を零しながらレンの頭を撫で、そして動かない身体を引きずる様に部屋から出て行った ****** レンが家に来る前は、満月の影響で不安定になる度にミリは一人部屋から抜け出して一回のリビングのソファーに、居た。なるべく隅っこの、光りが入らない影になる場所で、身体を丸めて恐怖に耐えていた。カーテンは勿論月光の光を遮る為に閉められているので、ソコはもっと暗くなる。外壁から光を遮断したその場所は、たった一つの逃げ場でもあった 今日もこの場所で悪夢に耐える 「う、…ゃ……ひっ」 瞳が閉じても開いていても悪夢はミリを蝕み、恐怖に染め上げる。走馬灯に流れる、前世の【記憶】は無情にも本人が体験したように恐怖を刻み込む 彼女は一体、どんな悪夢を見ているのだろうか 推し量る事の出来ない恐怖は、誰にも理解はされない。体験した本人達にしか、分かりあえない だからミリは一人で耐える 「……れ、ん…」 薄い艶やかな唇から漏れるのは愛しい存在。その名前を呟くだけでミリを救い、正気をなんとか取り戻していた 本当だったら今すぐに彼の胸に飛び込みたい。しかしミリはしたくても出来なかった。昼間は自分がするはずだった家事を受け持ってくれて、しかも身体が悲鳴を上げた時必ず助けてくれた。それだけでも充分なのに、これ以上レンに迷惑をかけちゃいけない 寝る時は、しっかり寝てもらいたい。だからこそ、自分は耐えなくちゃいけない。これくらい、どうってことはない。だって、いつも一人で耐えて来たんだ。そう、言い聞かせミリは瞳を閉じる。そうだ、いつも一人で頑張ってきたんだ…甘えちゃ、いけない ――ガタッ、バタン! 「っ!!」 ――ドタドタドタドタ! 上から動く、気配 神経過敏になっているミリに、小さな気配と小さな震動はビクッと身体を震わせた 慌てて部屋から出て、荒々しく階段を下りて来る気配…それは誰なのか、すぐに分かった。瞳を開けて廊下に目を向けたのと同時に、ソレは現れた 「っ、ミリ…」 「れ…ん…」 「…焦った、そこに居たのかよ」 壁に手を付け、安堵の息を零すレン。目が覚めたら腕にミリがいない事に気付いた様で、慌てて一階に下りて来たんだろう。安堵するも…暗闇の中、ミリがソファーに膝を抱えて丸まる姿を見て…レンは眉間に皺を寄せる 「…ミリ、何こんな所で一人になってんだよ…」 「だ、って…」 「だってじゃねーだろ」 ソファーに近寄りながら問うレンに、ミリは言葉を漏らすもピシャリと切られる。ミリが座るソファーの前に歩み寄り、隣りに腰を掛け、腕を伸ばしてミリの肩を抱き、引き寄せる 意図も簡単に身体を引き寄せられたミリは目を丸くする。後ろめたさに逃れようと抵抗をするが、見兼ねたレンは今度は自分の膝の上にヒョイッとミリを乗せた。所謂姫抱きに座らせたミリを、ビクッと身体を震わすミリをその逞しい腕で優しく包み込む 「悪夢を見たのか…」 「……っ」 「…何で俺を起こさないんだ。悪夢を見たら俺を起こせって言った筈だぞ」 「…だって、寝ているレンを…起こすなんて…せっかくグッスリ寝てるから、夜だけでも…迷惑を、」 「馬鹿…何でお前はそう考えるんだよ。迷惑とか関係ねーだろ…いい加減、そういう考えなんとかしろ」 「っ、それに…こんなの、悪夢に、いつも…一人で、耐えていたから…」 「…………」 「だから、夜は耐えなくちゃ、って…」 レンが家に来て滞在し始めた時から、充分甘えさせてもらった。…これ以上は、甘えてしまったら罰が起きそうだとミリは思っていた 視線から逃れる様に、逞しいレンの胸板に顔を擦り付け、腕はキュッと衣服を掴む。大体こういう思考に入ってしまうと、どんどんネガティブに入ってしまう。その思考を悟られない為にも、顔を隠す事しか手段は無かった しかしその手段もレンには筒抜けで、ミリの頭上でレンの溜め息が聞こえた。キュッと包まれる力が強くなり――怒られる、とミリはギュッと瞳を閉じる。…しかし、降り懸かったのはレンの手で、ミリの頭をポンと置くだけだった 「…!」 「怒られる、とでも思ったか?」 「っ…」 「別に怒っちゃいねーよ」 「な、んで…」 「お前がこんな場所で一人で耐えていた原因は、俺なんだろ?…怒れないさ、そのせいで辛い思いをさせちまったんだ。…本当に、優しい奴だな…ミリ」 頭に乗せられた手は優しくミリの頭を撫でる。恐る恐る顔を上げてレンを見れば、レンは優しい表情でミリを見つめていた。小さな衝撃がミリを襲い、瞳から一筋の涙が頬を伝った 涙に気付き、自分で拭う前にはレンのもう片方の手がミリの涙を拭う。頭を撫でる手を止め、拭った手をミリの顎に滑らせる。クイッと上に向ければ容易く動かされるソレに、レンは小さく口元をつり上げる 「怒っちゃいねーよ…怒ってなんか、な」 「…嘘、その顔は怒ってる…」 「フッ…強いて言うなら、俺を頼らなかったお前が…ムカつく」 「……っ…」 「起こさなくても、抱き着く位は出来た筈だぜ?…心配した俺の気持ちを考えろ…それに頼ってもらわないと俺の立場が無ぇだろ」 「…やっぱ、怒ってる…」 「気のせいだ」 心配するも多少の棘が含まれる言葉。少しずつ力が強くなる抱擁にミリの面に苦笑が漏れる その証拠に互いに重なった唇は、夜にも関わらず濃厚で執拗に攻められ、口内に入って来た舌から感じた感情に…ミリはもう、苦笑いしか起きなかった 弱くなった私を、どうか赦して 「…今度ミリに手錠でも付けとくか…勝手にどっか消えねぇ様に」 「…や、それはちょーっと…」 「だったらもう、一人で抱える様な事はするな。…頼むから」 「…うん」 ------------* その後 レン「手錠を警察から買おうとしたらエルレイドに止められた」 ミリ「エルレイドありがとう大好きお礼にポフィンあげるね」 |