さっきまで楽しそうに談笑し合い笑いでいっぱいになっていた店内がトムの鶴の一声で一気に静かになった





「…トムさん、」

「現実から目を背けるな。先程の会話から彼女が本当に記憶がない事くらい分かっているはずだ。そこまでお前達は馬鹿じゃないはずだ」

「…………っ」

「「「「…………」」」」

「ミリ、いや…聖燐の舞姫。すまなかったな、混乱させてしまったみたいで」

「…いえ」





表情を歪め、顔を伏せる五人

先程の笑顔がまるで嘘のようだ。よほど真実を受け入れたくないのかデンジは唇を噛み締め、オーバは拳をキツく握り締めている。とても気まずくて不穏な空気が店内を覆った。けれどそんな空気をもろともせず、カウンターに立つトムは相変わらずコップを磨いている

始めミリはトムの言っている意味がよく分からなかった。が、ある単語を聞いてトムが指す言葉の意味を理解した。途端、彼等が何故こんなにも自分にフレンドリーでいるのかも全ての答えに辿り着いた






「―――盲目の聖蝶姫」

「「「「「「!!!!」」」」」」

「今、この地方で有名なトレーナーさんらしいじゃないですか。今ではあのポケモンマスターになった無敗の伝説のトレーナー…そういえば週刊誌にデカデカと書いてあった気がしましたね。……なるほど、話を聞く限り、特に皆さんはその盲目の聖蝶姫さんと親しい間柄だったんですね?」






船の中で読んだあの週刊誌

週刊誌を見た時、確かな衝撃がミリを貫いた。嫌な予感かどうかはまだ分からないが、Zさんが言う事はこの事だったのか、と特に混乱する事なくすんなりと受け入れる事が出来た






「皆さんがわざわざ港まで来てくれた理由は…指図め騒動回避、でしょうか。盲目の聖蝶姫はシンオウにとって、いわば国民的スターなくらい有名でずっと行方不明だった人。確かに私とあの人は容姿がかなり酷似している。そんな私が普通に道端歩いていたら大騒動になる事は間違ないはず。一体どうやって私がこちらに来るって情報が分かったのかは敢えて聞きませんが」







パフェの容器に残る最後の生クリームを掬い、口に含めながらミリは言う

ミリの言い分は確かにある。盲目の聖蝶姫、彼女は今行方不明で、しかも民間の記憶にも蘇ってきている。その中で瓜二つとも言える人間が街中をふらふらしてみようものならそれこそ大混乱だ


すっかり空になったパフェの容器の前に、ミリは手を合わして小さく「ご馳走様でした」と呟く。容器をトムに返却し、近くに置いてある白い紙を取り出して口を拭う







「だけど私は盲目の聖蝶姫じゃない。チャンピオンにもなってないし、ましてやポケモンマスターだなんてまだまだ私には到底遠い未来の話。私は盲目の聖蝶姫じゃなくて、聖燐の舞姫ただ一r「―――違う」」








ミリの言葉を遮る声


それは、デンジの声だった








「…お前は盲目の聖蝶姫だ。聖蝶姫で絶対に間違ない。…俺達がお前を見間違えるはずねぇだろ」

「……根拠は?」

「根拠はあるさ。…そうだろ?ゲンさん」

「…ミリ、君の波動から彼女と同じ波動を感じる。波動は指紋と同じだ、同じ波動がある筈はない。…彼女の波動を、私が間違える筈かない」

「………」

「容姿、仕草、声…数えきれないくらい君を証明出来るものがたくさんある。…伊達に僕らは君と過ごしてきていないんだよ?ミリ」

「…………」

「ミリ、お前俺の名前を言ってみろよ」

「…………、名前?」

「なぁに、間違えても怒りやしねぇぜ。週刊誌で俺達の名前があったはずだ。その文字を、お前はどう読んだ?」

「……オーバー」

「………そうだ、お前は俺の事をそう呼んでいた。幾ら俺がオーバだって言っても一向に変える気配がなかった。…ハハッ、久々に聞いたなぁ…その呼び名」

「………」

「ちなみにデンジはデンジレンジ(笑」

「テメェ殺すぞ」

「あなたが私達の事を忘れてしまったのはすっごく悲しいわ。…でも、いいのよ。あなたが生きていてくれただけで十分なの。…ミリ、信じられないと思うのも無理はないわ、でも、簡単よ。失った記憶は蘇れる。少しずつでいい、一緒に記憶…取り戻しましょ?」

「………………っ」









失った記憶は、取り戻せない


蘇れる?馬鹿げている

私にとって簡単に言える問題じゃない




(蘇れる事が分かっていたら、)
(最初っからこんなに苦しい思いなんてしていないのに)














「かといって彼女を引っ張り回したりとかするなよ?無理強いは彼女を錯乱させる恐れがある。あくまで彼女の意思を主張させるんだぞ」

「トムさん…それくらい分かってますって」

「だといいんだがな。…記憶喪失をした事はそれだけ彼女の精神は不安定だ。私としてみれば、まず一度改めてお友達になった方が彼女の為だと思うがな」









トムの言いたい事はよく分かる

記憶喪失の人間に無理強いしてしまえば頭の整理がつかなくなり混乱を起こしてしまったり、もしかしたら相手を傷つける場合がある








「…そうですね。マスターの言う通りだ、時間が掛かってもいいから少しずつ私達が教えていけばいい。せっかく戻ってくれたんだ。今ミリは目が見えている…なら全ての景色が彼女にとって全てが初めてな筈だ」

「だな。うだうだ言っても仕方ねぇや」

「そうよ!今から改めて自己紹介し合いましょうよ!と言う事でまずは私からよ!ミリ、私の名前はシロナって言うのよ〜改めてよろしくね!」

「抜け駆けだぞチャンピオン。ミリ、俺の名はデンジだ。…よろしくな」

「俺はオーバだぜ!オーバーじゃねぇからなー間違えんなよ発音を!」

「僕の名前はダイゴだ。改めてよろしくね」

「ゲンだ。色々と大変だと思うけど一緒に乗り切ろうじゃないか。ミリ、改めてよろしく」

「―――と、言うわけだ。ミリ、暫く彼等と共に行動してもらいたい。彼等はこれでもチャンピオンや四天王、ジムリーダーだったりするんだ。君の安全の確保としても私からも頼む」












「(むっさ面倒くさい事になっていくんですけどー…)………ミリです。よろしくお願いします」








ミリは小さく溜め息を吐いた



(先が思いやられる)


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