此所はテンガンザン付近にある豪邸

その敷地内にある、研究所






「―――…そうか。やはり俺の読み通り、か…」






薄暗い研究室の中でナズナは数多くあるパソコンの前で一人呟く

画面の一つひとつに表示された文字は複雑なものばかりで解読が不可能。複雑な記号や文字もあれば、多くの情報を表示した窓が沢山連なっている





『―――…流石にこれ以上の事は今の私には限界だ。…調べると約束を果たしたというもの、私にも立場がある…それにそういったテクニックは生憎持ち合わせていない。少ないが、私の現時点で知り得る情報を送らせてもらった』





ナズナが座る位置にある丁度目の前の画面には、一人の男が映し出されていた

映像付電話で、ナズナと男は先程から中継をとって長い会話を進めていた。早朝にも関わらず、彼らはずっとパソコンを片手に情報を飛び交わし続けた






「確かに少ない、と言わせてもらおう。だが逆にこちらにとって大きな情報だ。礼を言う、ミナキ」






カタカタとキーボードのキーを忙しなく動かし、エンターキーを押すナズナの長い指

また一つの窓が開き、画面に映る男――ミナキから添付された情報を開く



友人の頼み、大切な妹的存在の為。友人等がシンオウに帰郷し、自分の仕事をこなす中で合間を縫って調べあげた情報。文書で分かりやすく書かれた文字を隻眼の眼は一文字も零さずに全てを見る

お世辞にも、多いとは言えない情報量。むしろ少な過ぎるとも取れる情報量。だが、ナズナの言う通りこれが逆に大きな情報へと変わっていく






「すまなかったな。早朝から無理強いさせてしまって」

『いや、構わない。彼女の為ならこれくらいどうって事はない。…それは、そちらにも言えた話だろう?ナズナさん』

「あぁ」






二人にとって、"彼女"という存在は大切で掛け替えのないもの

妹的存在なのは二人も同じ。しかもナズナにとっては彼女は自分の命の恩人でもある。幾度となく自分を救い、助けてくれた彼女の為ならば、仕事など放り投げてでも助けてやりたい








『…だが、これだけの少ない情報をこれからどうやって調べるつもりなのだ?』

「確かに正規での調べでこれだけしか検出されなければ……普通なら、これ以上の情報は得る事は難しい」

『…普通、なら?…まさか、』

「……その、まさかだ」







画面に映るミナキの表情は驚愕し、画面を見つめるナズナの口元は不敵に吊り上がる


―――そう、普通なら不可能な域を、この男は不可能を可能にする方法を熟知していた







『だが!…そんな事をしてもしバレてしまったとすればお前は…!』

「捕まる、だろうな」

『分かっているなら尚更だ!』

「…これも全て、彼女の為だ」








忘れてはいけない

ナズナは元、ロケット団


科学者として、補佐として

掛け替えのない生命体を実験で使い、命や生きる資格を失わせた。補佐としてもけして善い事はしていない


いわばナズナは、犯罪者だ


ロケット団にいた事でも犯罪者扱いにもなりうるレッテルを彼は背中に背負っている。いくら逃亡したとしても沢山の命を奪い、積み重ねてきた犯罪も付き纏ってくる。彼には償うしか、道はないのだ








「捕まったら捕まったでそれで終わりだ。だが、俺は捕まるつもりは毛頭に無い」







元より、ナズナは逃げるつもりもない

捕まるつもりも、更々ない






こうして表の世界で生きていけるのも、"彼女"がいたお蔭だ

聖地が無ければ、対照的なイーブイがいなければ、造った者がいなければ、"彼女"がいなければ

確実に、自分はこの場にはいなかった





もしあのまま摩訶不思議な事が起こらなかったら――…シルフカンパニーの件で自分は捕まっていたか、また別の場所で捕まっていたか。どの道にしろ、警察にお世話になる事は明白だ








「ミナキ、後は俺に任せてくれ。情報が分かり次第、早急にそちらに連絡をする」

『…分かった。私は仕事に戻らせてもらう。だが、一つだけ』

「何だ?」

『…お前が一体何者なのかは、もはや私から何も詮索はしない。……へまをしてはならない。もしお前が警察に厄介になってしまったなら、それこそ彼女は悲しんでしまう』

「…肝に銘じておく」








ナズナという男はゴウキの異母兄

ミナキにとって彼の認識はその程度。突然ゴウキから連絡が入り、ナズナを紹介された。そのナズナは以前言っていたゴウキの探し物でもあり、少なくともマツバが千里眼で探していた何かと関係があるかもしれない、と薄々は感じていた

ミナキも馬鹿な男ではない。スイクンの事になると我を忘れて暴走なんてしまうが、本当の彼は真面目で勤勉で頭も良い。何かある、と思っていてもだからと言って安易に口を出すつもりはない

いずれ知る事になるだろう、しかし、今は知らなくていい。二人に繋がるのは一人の少女。いわば利害一致の関係なのだから








『では次の報告を待っている。また会おう、ナズナさん』







ミナキの言葉を最後に、プッツンと映像が途切れる

目の前にある画面は一気に真っ黒になり、蛍光灯の反射でぼんやりと自分の姿が映し出された

















「―――…まさかまたこの手を使う事になるとは思わなかったな…」







暫く沈黙が広がるも、ナズナの行動は早かった

肩甲骨まである長い茶髪の髪を一つに束ねるとそれを一気に高く持ち上げる。左手首にハメておいたゴムを口で器用に取り出し、そのゴムで慣れた手つきで自分の髪を一つ縛りにさせた

今着ている黒いコートの胸ポケットの中。そこに手を突っ込み、あるモノを取り出す

小さな長方形なるものだ。黒色のソレのキャップを外せば、銀色の何かがキラリと光る。ソレをすぐさまパソコンに繋げ、起動させれば沢山の窓枠が開き、ものすごい量の文字や記号が瞬く間に流れ始める






「……何年振り、か…久々に腕が鳴るな」






そう呟くナズナの口元は、笑み

不敵な笑みを、零していた



数十年前、自分がまだ若かりし時に習得したこの技術

だが今ではもう、封印したモノ

もうする事は無いと思っていた。けれど、今回ばかりは綺麗事など言っている場合なんかじゃない







「時間は…少し掛かるな。だが問題は無い…すぐにでも見つけ出してやる」







不敵な笑みはそのままに、

残された隻眼の瞳が鋭く輝いた








(キーボードの音が木霊した)



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