「ではサラツキ博士、これを気に友好の意を示しましょう」

「は?」

「ゼル様は貴方に忠誠を誓わせるつもりはなく、ミリ様がお救いになられた者として友好的に貴方を受け入れるつもりです。かといって貴方は、特に私に対して何か勘違いをされている様で……それを払拭させる為にも、今一度友好の意を示しましょう」

「断る。何が友好の意だふざけるな」

「遠慮なさらず。ただの握手ですよ、握手。全く種も仕掛けもありませんのでご安心を」

「おい待て寄るなふざけるなお前の手から凄まじい熱気を感じるぞ離れろ熱い!!」








「(アイツ何気に楽しんでやがる…)」






―――――――
――――
――










数時間前に起きた襲撃が嘘の様に静寂に包まれたこのリゾートエリアは、唯一別荘だけ痛々しい傷を残したまま平穏に保っている。かといって襲撃にあった別荘の回りは警察の手が既に入っていて、進入禁止テープが至る所に貼られていた。野次馬も居なく、警察の人間の姿も見当たらないという事は、もう波がひいた後だったのだろう

ダイゴとシロナとゲンが撃退し、助っ人として現れ最後の手段として一手を加えられ氷結されたあのポケモン達は無事にポケモンセンターに運ばれていき、無事治療が済んだと連絡を受けた。身体は凄くボロボロで、このまま戦っていたら心身共に危険だったと担当したジョーイやドクターが言った。暫くメンタルケアも必要だと表情を曇らす医療関係の人の言葉を聞き―――此処まで残酷な事をしてなお高見の見物とやらをする奴等に、言い様のない怒りが込み上げてくる





「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」






ダイゴ、シロナ、ゲン、デンジ、オーバ

彼等五人は、襲撃された別荘のリビングの中にいた



破壊された別荘は、運がいいのか何なのか…不思議な事にミリだけの部屋が破壊されていて、他の者達の部屋は一切被害が無かった。衝撃が起きて割れ物が割れた事もなく、まるで何か摩訶不思議な現象が起きていたかの様に―――襲撃が嘘だったと疑いたくなるくらい、回りの部屋はあまりにも何も被害がなかったのだ

だからこそ、五人はこうして別荘に入る事が出来た。警察の許可も下りているし、衣食住は変わらず可能だと聞く。本当だったら、本来帰るべきであろう居場所に帰った方がよかったのかもしれないが―――五人は何も言わず、真っ直ぐにこの別荘の元へ帰ってきた


今はもう、行方不明になってしまったミリの残像を追い求めて

実はひょっこり帰ってきたと、笑うミリの姿を思い浮かべて




―――リビングにあるテーブルの上には、ミリの私物"だった"モノ







本当だったら、それこそ警察が証拠として押収されるはずなのだが、シロナの頼みもあってか押収されずに済む事に成功する

テーブルの上には、ミリの手提げバックの中身が並べられていた

カントーの自宅に殆ど置いてきたらしく、中身は必要最低限のモノばかりだ。簡単な服、傷薬、きのみ袋―――爆発に巻き込まれてしまった為、バックもろとも中身もすごくボロボロだった。中に入っていたポケモン図鑑も、今となったら大半が壊れて形も崩れて図鑑だと認識しずらい状態へ。勿論一切機能しなくなっている為、カントーからシンオウにかけて全部揃っていたポケモン述べ493匹―――ミリがこの図鑑の惨事を見たら「いやああああ私のマイ図鑑んんんんんッ!!!!」と嘆いたであろう(しかしすぐにでも自分の力で元通りにさせるから叫びは最初の一瞬だけ

あのゴールドに輝くトレーナーカードも、爆発に巻き込まれてしまったのか破片しか残っていなかった。破片を集めるにしても、絶望的に無理な話。彼女の頼みの綱であり唯一主張出来る個人情報が、これで全て無くなってしまったという事だ








「―――…ミリ…」










「男四名、女二名の計六名の集団で、ポケモンを全て回復に回し無防備になってしまった聖蝶姫を狙った行為。奴等は無抵抗な聖蝶姫をいいように、暴行等を繰り返したそうだ。結果的に聖蝶姫が奴等を倒した事で難を逃れたそうだが、身体に受けた傷は深刻なもの。医者は全治二週間と言い渡されたくらい酷いモノだった。…これは俺の門下生も事故現場に駆け付けたから間違いはない。苦しいのに辛いのに、被害者でもあるのに毅然とチャンピオンとして、状況を纏めた冷静さには驚いた。そう、言っていた」


「罪名は『暴行猥褻行為及び殺人未遂の疑い』。加害者の六名は無事に逮捕、起訴され、今は刑務所にでも入っているのだろう。これがただの突発的犯行だと思ったが、思わぬ疑惑が浮上した」


「警察も聖蝶姫も、この事に疑問を持っていた。しかし聖蝶姫は全てを警察に任せ、二週間の有休休暇を使って休養に入った。聖蝶姫や幹部長の手回しで結果的に聖蝶姫が襲われた事実が世間に明るみにならずに終わり、また聖蝶姫も休暇明けは通常通り仕事に復帰した。時期的に決算で大変忙しかったにも関わらず、誰もが皆、聖蝶姫の休暇に疑問を持つ者はいなかったそうだ」


「結果的に事件が解決された。警察も容疑者共を送検した事で、もう聖蝶姫を狙う輩は居なくなる。聖蝶姫は公にされる事を拒んだ。新しく立て直したリーグに傷が付かない為にも、アイツは自分の身を犠牲にしたんだ。だから聖蝶姫はこの事件を公にせず、そのまま闇に葬った。誰にも気付かれず、知らされず、心に傷を負ったままな








思い返すのは、先程の話


自分達の知らないところで彼女は傷つき、心の傷を負った。だけど彼女は逃げる事も泣く事もせず、ひたすらにチャンピオンに君臨し続けた

何故、何も言ってくれなかったのか

どうして、自分達を頼ってくれなかったのか







「【氷の女王】この名前の由来はお前等の言う通り、馬鹿馬鹿しい理由で付けられた。人の噂も七十五日、いずれ風化され消えゆく名前。実際に名前を聞いて聖蝶姫を見た者は大変驚いたそうだ。あまりにも、名前と本人が一致していなかったとな」


「けれど、実際は違った。聖蝶姫は、まさに【氷の女王】に相応しい姿をしていた」


「ランス達は決まって夜を狙った。真夜中の、夜―――ある小島に奴等は集う。その小島は本来名前は無い島だったが、人知れず「絶望の島」と呼ばれる様になった。…何故かって?答えは至って簡単でシンプルだ







―――聖蝶姫、否【氷の女王】が待ち構え、容赦無く相手を絶望に堕としまくっていたんだからな」











キッカケが笑っちゃうしょうもない異名だったというのに、裏ではとんでもない事になっていただなんて、誰が想像したか

何故、そこまでして奴等と戦い続けたのか

何故、そんなに恐ろしい仕打ちが出来たのか










「ミリ君がそこまでチャンピオンを続けたのは―――そう、全ては君達の為なのだよ」


「シンオウを去る時に交わした君達との約束を、あの子は大切にしていた。大切にしていたからこそ、ミリ君はどんなに大変な仕事も頑張ってきた。あんな事件があったのに、心を殺し、仮面を付けて、体調を崩していても、ひたすらに約束の為にチャンピオンを続けていたよ」


「"チャンピオンとして、ポケモンマスターとして、立派なトレーナーになってシンオウに帰って、交わした約束を果たしたい"…最後にあの子はそう言っていた






君達との再会を、あの子は本当に心から楽しみにしていたよ」












全てはアスランの言葉に意味があった



交わした約束、結んだ小指

後になって彼女が指切りが嫌いだったと知ったにせよ、確かに彼女は笑っていた。笑って、自分達と楽しく約束を交わしてくれた

細く綺麗な小指が自分達の小指と重なったあの感触は今でも忘れていない






まさか、

まさかその指切りの所為で、


自分達が彼女を"約束"で縛り付け、追い込ませてしまっていただなんて――――














「……ば、かね……誰も望んでいないわよ…」









約束の為に

自分を追い込み、犠牲にして

ボロボロになってでも果たされた約束なんて、誰も望んでいないのに




嗚呼、なんて彼女は


律義で、真面目で、優しいの











「……なぁ皆、そろそろ寝ようぜ。明日もきっと早いんだし、ミリの捜索は明日頑張ろうぜ」

「……そうだね、寝ようか」

「…………アイツに指示されるの、なんか気に食わねぇ」

「指示が来るまで自宅待機だったな…私はひとまず職場に顔を出す。カラシナ博士に事情を説明してくる」

「えぇ…お願いするわ…」











「シロナさん!おかえりなさい!今日お仕事頑張ったシロナさんには美味しい美味しい手作りロールケーキですよ〜!皆に内緒で一緒に食べちゃいましょう!」



「ダイゴさーん!ちょっとこれ見て下さいよ!ダイヤモンドの原石ですよ原石!あとこれってひかりの石ですよね?まさかひかりの石も取れるとは思いませんでしたよ〜」



「あ、ゲンさんおかえりなさ……え?服が泥だらけ?あぁ、今日ダイゴさんと地下通路に行ってきましてね!色々探索してきたんですよ〜。また後でお話聞いて下さいね!」



「オーバーさー……え、発音が違う?まあまあいいじゃないですか!細かい事は気にしちゃいけませーん!だって言いやすいんですもんブーバーみたいで!…あ!怒った!ブーバーみたいに口から火を噴いている!逃げろーー!」



「デンジさーん、何してるんです?…お、改造中でしたか。楽しいです?…へー。……デンジさん、ちょっと手が空いているので勉強も兼ねて隣で眺めていてもいいですか?」












出し切った涙はもう、流れる事はなかった







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