「お前等、まず【氷の女王】の異名は知っているな?」

「……そんなの、ナギサシティでスイクンのぜったいれいどで暴走族の奴等を沈めた時に付けられた名だろ?」

「この話は有名だよな。実際ミリに聞いたら…そうそう!確かタマムシシティっつーところで暴走族ぼっこぼこにしたとか言ってたしな!根本は一緒だったよな、アイツ」

「…………、その話は後日改めて聞くとして」





聞き捨てならない妙な言葉にヒクリと顔を引きつらせながら、

レンは続ける






「【氷の女王】この名前の由来はお前等の言う通り、馬鹿馬鹿しい理由で付けられた。人の噂も七十五日、いずれ風化され消えゆく名前。実際に名前を聞いて聖蝶姫を見た者は大変驚いたそうだ。あまりにも、名前と本人が一致していなかったとな」






太陽みたいな、暖かな光を連想させるか弱く脆い存在。身に余り過ぎるポケモン達が傍がいるからこその栄光にのっかかっているだけ

だからこそ、

所詮は名ばかりだと、誰もがそう思っていた







「けれど、実際は違った。聖蝶姫は、まさに【氷の女王】に相応しい姿をしていた」








氷の微笑、氷の囁き

冷徹無慈悲の絶対零度


光の無い漆黒の瞳が、相手の滑稽な姿を静かに写す








「ある日を境に、聖蝶姫を狙う犯罪組織が現れた。奴等は姑息に聖蝶姫を、そしてそのポケモン達を狙った。理由なんて、そんなの敢えて言う必要はねぇな。犯罪組織は当時潜伏していたアクア団やマグマ団―――それからまだ拠点を広げていなかったロケット団までもが聖蝶姫を狙い続けた。…ロケット団に関して今一番分かっている事は、コイツだ」





レンの視線に気付いたナズナは、黙ってキーボードを操作する

タン、とエンターキーが押され―――先程の画面が映し出された






「「!!!」」

「アポロの証言で分かった事だが、この男は聖蝶姫を狙った張本人。ある目的の為にコイツはアポロの命令でホウエンに行き、聖蝶姫を狙い始めた。コイツ等をキッカケに、他の奴等も遅れをとるまいと聖蝶姫を狙い始めた。…さぞ聖蝶姫もびっくりしただろうな、自分達を狙う奴等がたくさんいた事にな」







―――ロケット団、アクア団、マグマ団

終わりを知らない無限連鎖

美味しい餌の前に蟻の様に群がるうっとうしい奴等







「ランス達は決まって夜を狙った。真夜中の、夜―――ある小島に奴等は集う。その小島は本来名前は無い島だったが、人知れず「絶望の島」と呼ばれる様になった。…何故かって?答えは至って簡単でシンプルだ







―――聖蝶姫、否【氷の女王】が待ち構え、容赦無く相手を絶望に堕としまくっていたんだからな」











「絶望という、罪の鎖を戒めに罪の意識と共に苦しみなさい。愚かな貴方達には無様な姿がお似合いよ」








感情の全く無い

深い深い闇を宿した漆黒の瞳は、

無様に散っていく愚かな者達を

ただ静かに、鏡のような冷たさで見下す









「【三強】…コイツ等は表では聖蝶姫を守る強大な壁。しかし裏では【三凶】と呼ばれていた。コイツ等だけじゃねぇ、他の手持ちのポケモンも異名がしっかりついてるぜ。ご丁寧に、一匹一匹それぞれ名前が付いているから、それだけ奴等にとったら脅威だったんだろう。…ナズナ、」

「……あぁ」










また新たな画面が現れた



―――それは、【氷の女王】に集う【三凶】と【五勇士】の姿







【三凶】

【冷徹ノ氷帝】……色違いのスイクン
【紅き悪鬼】………色違いのセレビィ
【沈黙の暗殺者】…色違いのミュウツー




【五勇士】

【夢魔の影】………色違いのダークライ
【鮮血の騎士】……色違いのルカリオ
【暴君の破壊神】…色違いのバンギラス
【音無蝶】…………色違いのアゲハント
【冷酷監視者】……色違いのラティオス







見覚えがあり、親しみのあったポケモン達

まさか、まさか裏ではこの様な名前で呼ばれていただなんて、誰が想像していたか









「【氷の女王】はこう恐れられた」







「女王を怒らせてはいけない」


「女王を怒らせたら生きて帰れると思うな」


「女王を怒らせたら最後、存在すら消されると思え」


「女王に存在を見放されたら、その者の末路は最期となり、死を意味する」


「女王の闇は悪夢となりて自身の罪の意識を、過ちの深さを責め立てるだろう」


「女王の命を狙った者は、逆に刈り取られるだろう」








「―――何故、女王が敢えて小島で奴等を撃退し続けていたかは分からねぇ。これは流石に本人しか分からない事だからな。奴等が女王を狙った期間は半年間―――…少なくても【氷の女王】の脅威はどの組織にも手に負えなかったって事だ」










「――――…そういえば貴方達は彼女のお知り合いだそうですね。シンオウチャンピオン、貴方は共にライバル関係でホウエンチャンピオン、貴方はチャンピオンという上下関係…だからこそ貴方達は彼女と共に暮らしている。一番彼女の事をよく知っているんでしょうね―――…ですが、本当に貴方達は彼女の事を知っているんですか?」

「何…?」

「氷の女王、この名前は…どうやらご存じの様ですね。表で輝く聖蝶姫の名とは別に付けられたもう一つの名前……その名前が、氷の女王」

「…?確かにあの子はちょっとした事で氷の女王って呼ばれる様になったけど、あの子はあの子よ。…それが何だって言うのよ」

「ククッ……ハハハハハッ!本当に何も知らないんですねぇ、彼女の事を、女王の事を!…あぁ、そうですよねぇ…知るわけありませんよね。彼女の、裏の顔なんてね」

「…何が言いたい?」

「貴方達が見ている彼女は、本当の彼女でしょうか?彼女の笑顔は本当の笑顔?彼女は本当に貴方達が知っている彼女なんでしょうかねぇ…あの笑顔は、偽りの笑顔だったらどうします?」

「!あなた…まさか記憶の事まで!」

「記憶?あぁ…そういえば彼女、記憶が失っているみたいですね。ですが記憶の問題ではなく、貴方達が知っている聖蝶姫の事を言っているんですよ。彼女の裏の顔…女王としての裏の顔をね―――…口に出すだけでもあの時の恐怖が蘇ってきますよ…お陰様で悪夢にまで出てくれば思い返す度に武者震いが止まりません。あのダークライの技を、食らい過ぎたせいでしょうか…今となればいい思い出ですよ」





「いずれ知る事になるでしょう。彼女の本当の素顔を、あの美しい顔のの下に眠る…―――冷徹で冷酷な恐ろしい顔をね」









「…ッだから彼は、あんな事を…!!!!」







あの時の、ランスの姿

何も知らないこちらの様子をおかしそうに嘲笑っていたが―――その浅葱色をした瞳は、氷の女王に対する異常なまでの恐怖と憎しみを直隠しにしていて

彼の心は今もなお、罪の鎖を巻き付かれ、悪夢というトラウマに苦しんでいる








ありえない、とアスランは身体を震わせ被りを振った










「ありえない…そう、ありえない!……あの優しいミリ君が、何故そんな名が………そもそも!私は彼女と共に暮らしてきたんだぞ!?真夜中だなんて…そんな事、すぐにでも私は気付けたはずだ!」

「…聖蝶姫は他にミロカロスとキュウコンとラティアスがいた。そいつらの姿はどうだ?そいつらはずっと家にいたのか?」

「あぁ、いた。彼女達はよく女の子チームとかいって一緒にいた姿を度々見て、い…………………、………ッ、そういえば………一時期、その子達しか見掛けなかった様な………、まさか、その時に…!?」

「可能性はあるだろうな」

「いや、しかし、………ッ、思い返したら不自然だ。疑問に思ってもおかしくなかったのに、何故あの時気付けないでいたのか…!?まるで疑問すら、浮かばせない様な…………ッそもそも、だったら、何故…あの時、部屋には…あの子がいたんだ!?」

「…………」







当時の記憶を振り返るアスランの脳裏には、「おやすみなさい、アスランさん」と温和な笑みでそういう彼女の姿と、ミロカロスとキュウコンとラティアス達の姿。彼女の腕の中にはチュリネが幸せそうに眠りについていて、自分は彼女達の後ろ姿を微笑ましくに眺めるのだ。たとえ仮面を被ってしまっていたとしても、大切な娘には変わりはないのだから

レンの衝撃的真実に改めて記憶の中身を探ってみても―――確かにいつも彼女の傍にいた【三強】は勿論、他のポケモン達の姿が無かったのだ。あの事件をキッカケに、過剰ではないかと思ってしまうくらいずっと傍にいたのに―――今考えたら、今更考えたら…違和感だらけだった








「(………ま、こちらは大方察しがつくけどな)」






苦悶するアスランの姿を眺めながらレンは知らず溜息を吐いた

ミリには不思議な力がある。ミリ=聖蝶姫と揺るぎない確信があるからこそ、この不可解な現象にも納得がいく。ミリはその不思議な力で"ナニ"かをした、だからこそ鋭いアスランの目を盗む事が出来た―――

何よりその力で随分助けてもらった事があったレンだからこそ(精神的症状が出た時にナニかしてた事には気付いていた)、アスランの言葉で少なくともミリの力の所為だと気付いていた。それは、ゴウキもナズナも―――ゼルも気付いていた











「…………僕は、僕は…何も、何も知らなかった…」

「!…ダイゴ君、」

「…………」

「う、そだ、と思いたい。だって、そうだろ?僕はミリがチャンピオンになってからずっと…定期的に交流はしていた。していたから、すぐにでも、そんな目にあっていただなんて、……――――すぐに分かったはずなのにッッ!!!!」

「ダイゴ!」

「ダイゴさん!」

「考えてみればおかしいことだらけだった!あのコートの下はミリらしい服を着ていたのに、気付いたら黒い服…暑いのにコートを脱ごうとしなかったし、いつの日か全く会えなかった時期があった……この話が、本当だったら…この時期に、ミリは…………ッ僕は愚かだ…!一体僕はミリの何を見ていたというんだ…ッ!!!!」






バァアンッ!と、普段のダイゴなら絶対しないだろう―――感情のままに、ダイゴはテーブルを強く叩き付けた

苦悶の表情を、拳を握り締め、己の愚かさに打ち震えるダイゴを誰も責める事は出来ない、否、責める事はなかった




―――――忌々しい事件だけでも衝撃的だったのに、この話はさらに彼等にとどめをさした





部屋は一気に沈黙が広がった


















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