あの頃も同じでした、とチトセは言う






「送別会を終わらせ、彼女の帰宅を狙いました。自宅を襲撃しようかと思いましたがいつの間にか見知らぬ小島に迷い込みましてね……そこにいたのが氷の女王と三凶、そして五勇士達だったのです。圧巻でしたよ、なにせ彼女の手持ち全員お披露目されていたのですから」






あの衝撃は、今でも忘れられません

眼鏡の下にある紺碧色の瞳は、恍惚な光をちらつかせ、チトセは当時の記憶を振り返る






「少々女王の様子がおかしかったのですが、捕らえてその後に治療を施せば済む話。私達は彼女を捕らえようとしましたが、彼女のポケモン達が許さなかった。熟練した技の数々…やはりポケモンマスターが従わすポケモンだけあって、素晴らしい実力でした」

「―――えぇ、そうでしょうね!氷の女王、三凶、五勇士……嗚呼、聞いただけでも寒気がしますよ!」

「で、どうやって女王を?」

「手の内は秘密にしておきましょう。…しかし、結果として彼女は三凶と共に海の中に沈んでしましましたが…」









「私は貴方達を許さない」










ボロボロの身体、痛々しい姿

それでも気高く美しい蝶は、凛々しく輝いていて








「―――女王!行かないで下さい!!」








手を伸ばしても、届かない

落下していく愛しい蝶を―――掴む事が出来なかった、あの時の記憶は六年経っても忘れる事はない







「あの時の海は荒れていました。その海に落ちたとなったら少なくとも命は無事ではすまない。三凶も瀕死だったので彼女を助ける可能性は低い。…しかし、結果的に彼女は生きてくれた。記憶という、大切なモノを代償にして」

「……世間は女王が行方不明になった後、彼女を忘れてしまった。その点に関しても、貴方達が?」

「いえ、それは私達ではありません」

「!…てっきり私は貴方達の仕業かと」

「………私達も、同じなんですよ。世間同様、私達『彼岸花』も彼女の存在を忘れてしまった。…半年前までは」







不思議な話があったものだ

あんなに焦がれ、手に入れようとした幻想の蝶を取り逃がした上に―――彼女の記憶をも、簡単に失ってしまった

チトセもこの摩訶不思議な現象に頭を振るばかり。それはチトセだけではない―――この場にはいない、『彼岸花』の現リーダーもまた然り







「個人的でしたら、私は再度また彼女を捕らえたい。あの美しい蝶を、私の手にしたい。『彼岸花』としても彼女の存在は無視出来ない。是非こちらに引き入れたいくらいですよ」







チトセはある食器に触れる

その食器は―――いつの日かこの場所を訪れ、この食器に触れ、一瞬であれ自分と繋がったあの食器

サラリと撫でるその表情は、

愛しそうに、そして

黒く歪んだ笑みを深めていた






「美しい蝶を手に入れたい……クスッ、貴方も随分歪んでますねぇ。敢えてその後の話は聞かないでおきましょう」

「…彼女は私が倒します。それは譲りませんよ?」

「ご安心を。貴方に敗れ、倒れたところを貰いますので」






一体何故、この男はミリに対して歪んだ感情を向けるのだろうか

真相はまだまだ、闇の中

いずれ知られる事だろう。チトセの狙いも、『彼岸花』の狙いも

全てを知った時、自分達も含め世間はどう行動するのかは―――それこそ今はまだ、闇の中








「…では、私達が次に起こす行動は?」

「それは――――」









全てはサカキ様の為、ロケット団の為に


ただただ自分達は任務を遂行していくのみ

アポロとランスは次なる指示を受けるのだった







* * * * * *













カタカタカタ…



カタカタカタ…






暗い部屋に響き渡る、キーボードを滑らせる音







カタカタカタ…



カタカタカタ…





カタッ……








「……ふむ、此処にもいないか…」








数あるコンピュータが部屋を囲み、目を張るほどの大画面を前に、一人男は呟く


男が羽織る彼岸花の模様がやけに印象的で、反射される光によって、より不気味さを漂わせていた







「いやはやいやはや…せっかく見つけたというのに、女王はよほど隠れ事が好きらしい。この私が見つけ出せないとは、いやはや…不思議極まりない事ばかりだ」







男は数時間前に女王捕獲の為にわざわざ自身の足で現場に訪れ、その全てを見届けるつもりで采配を振るった

しかし自分達が描いていたものとは真逆の方向に進んでしまい、二度も取り逃がしてしまう結果に終わってしまう









「この私が目的なの?だったら私だけを狙えばいい。自分達の力で私を狙いなさい。どうしてこの子達を使うの?使わないと貴方達は私を狙えないの?―――だったらとても、滑稽だわ」


「私は、貴方になんて屈しない。貴方達になんて、負けない。せいぜい高見の見物でもしていなさい。すぐにでも後悔させてあげる」



「私は死なない、倒されない。この地に住む人々の為にも、貴方達の非道な行いを絶対に許さない」









思い出すのは、先程見たミリの姿

その強い光を宿す瞳は真っ直ぐこちらを向いていて、けして屈する事のない強き心は昔と一切変わらない

氷の女王、と呼ぶには些か疑問を感じさせる様な熱い心を持った印象。ただひたすらに真っ直ぐ相手を見据える彼女の姿は―――六年前、そして新しい部下となった男の話を聞いた限りでは、少々合点がつかない



温かく慈愛の心を持ち、聖母の笑みで真っ直ぐこちらを見つめる彼女

冷たい氷で心を閉ざし、冷酷冷笑絶対零度で相手を見下す彼女



嗚呼、一体どれが本当の彼女だろうか









「まあ、女王が死んでいたところで私の計画に支障は無い」









――――しかし、この男にとってそんな事、どうでもいい話だった








「欲望に忠実であれ。欲しい物は奪ってでも手に入れろ。その姿こそ、人間の最も美しい姿だ」








ただ欲望のままに、忠実に


自分の目的の為なら犠牲をも振り返らない


男は笑う、歪んだ嘲笑で








「さぁ、采配は振るわれた!卿等が一体どのような行動を起こし、『彼岸花』に立ち向かってくるのかを!我々は高見で見物をさせてもらおう、美味しい紅茶と一緒に!」













Jewelly flower -6-

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(蝶は一体、何処にいる?)


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