同じ大変な経験をさせない為に 暫く滞在しますよ Jewel.46 生放送で新しいチャンピオンが就任し、四天王も退任から就任のニュースが放送されてから――――約数日が経過した 思いのほかダイゴの就任はホウエンに住む人々から温かく歓迎を受けていた。リーグが厳重に審査を重ねた結果、そしてミリが認めた人物という言葉で人々はすんなりとダイゴの就任を認め、新チャンピオンを称えた 覚悟していた批判などが出ず、穏便に済んでくれて―――リーグ側もミリもダイゴ本人も安堵したのも記憶に新しい 「――――予選選抜試験、毎日やっていたなんて凄いね。流石ミリが率いる四天王の皆だ。かなり多忙の毎日を過ごしていたんだね。その予選選抜試験の責任者がチャンピオン…身が引き締まる思いだよ」 その本人達―――現チャンピオンのダイゴと前チャンピオンのミリは チャンピオン室の中にいた 「その予選選抜試験、毎日行なわずに週一か週二ペースにしてもらった方がいいのかもしれない。…ここだけの話、実は大会の出場者が前年の倍にまで膨れ上がっちゃって…調整を考えた方がいいと思う。それに毎日バトルを繰り返したらゲンジとプリムはともかく、あの二人が根を上げちゃうから」 「あぁ…だから本試験っていう枠が改めて設けられたってわけか。あの時感じた違和感は間違いじゃなかったってわけか」 「ご察しの通り。今後は前回の反省点も兼ねてダイゴに任せるね」 「分かった。この件は四天王と相談して会議に進言しよう」 「…」 「キュー」 「……」 チャンピオン室にある、まるで社長室にある机とふかふかの椅子に腰を掛け、山積みになった資料を眺めるダイゴと、部屋の中に別として置かれた応接テーブルの椅子に腰を掛けているミリと三強達 彼等は今―――チャンピオンとして仕事の引継ぎをしていた 「デポンコーポレーションの立場とチャンピオンの立場を両立しての仕事は大変だと思う。アスランさんもリンカさんも此処の従業員の方々も重々承知の上だから、あまり根を詰めないでいいから。…お父さんは、仕事の事で何か言っていた?」 「『任されたのならしっかりこなしてこい』、って言っていたよ。意外に僕の就任を喜んでくれた。あちらの仕事は当分先来る事はない、特に大きい仕事とかはね。親父が元気な内は。だから安心して暫くこちらに専念するよ」 「そっか。よかったね」 リーグ大会を終わらせ、チャンピオンや四天王が退任し就任した場合―――引継ぎの時間が設けられ、チャンピオンや四天王の仕事…ひいてはリーグの仕事が一時的にストップされる 前回は四天王の退任が無く、チャンピオンだけの退任と就任で本来だったら引継ぎが設けられたはずだったが―――前任チャンピオンが早々にリーグを去ってしまった事で設けられた事が無く終わってしまったが 今回はミリの進言もあって、しっかりとその期間が設けられた。ミリはダイゴへ、ロイドはカゲツにミレイはフヨウへと各自引継ぎを進めていた 「そうそう、『ミリというポケモンマスターに認められたという事はポケモントレーナーとして名誉ある事だぞ』、とも言われたよ。……まだポケモンマスターがリーグにとってどういう立場で、どういう意味で凄いのかは正直理解していない。親父があそこまで言ったんだ…やっぱりミリって凄いんだね」 「うーん…とりあえず友人として任された、って事にしておいて。…流石にその感情で任せただなんて立場上簡単に言えないけど…」 「お口チャック、だね?」 「そうそう、お口チャック」 ダイゴという男はミリが認めるほど仕事を完璧にこなす秀才タイプだ 始めはチャンピオンの仕事量を垣間見たダイゴはそれはそれはかなり驚いていた。驚く理由はけして仕事の内容ではなく―――こんなにたくさんあった仕事を、全てミリがこなしてきたという意味で まだまだ遊び足りない年代にも関わらずチャンピオンに縛られて、しかもこんなに大変でたくさんの量を毎日毎日―――日々疲れてこちらに癒しを求めてやってくるミリの心情がここでやっと理解出来たダイゴ。しかもいつの日か全く顔を出さずこちらが不貞腐れるという、男としてみっともない醜態を晒してしまった時があったが―――こんなに大変なら、顔を出せなかったのも無理はない。ダイゴは申し訳ない気持ちでいっぱいだった チャンピオンの仕事に関してはさほど問題はない。秀才なダイゴはそつなく仕事をこなせるだろう。しかも次からは(ミリ本人が首を締めた)予選選抜試験の時間縮小の案も提出していく方向性でいくから、色々と落ち着いてくれるはず ミリに説明を受けながら、黙々さくさく進めていくダイゴに―――不意にミリはダイゴに言う 「ダイゴって真面目で秀才で器量がいいよね」 「…………、藪から棒に突然どうしたんだい?」 「そしてダイゴはイケメンに間違いない。私のイケメンセンサーが反応しているからダイゴは絶対にイケメン!」 「キュー(コクコク」 「………えーっと?」 突拍子もない台詞を言うミリに、ダイゴはぎこちない笑みを浮かべて頭を傾げるしかない ミリは心夢眼の力で相手の顔はしっかり視えている為、初めからダイゴがイケメンだと気付いているが―――あくまでも盲目で心夢眼の力は関係ない設定で通しているので、あくまでも"もしかしたら"という表現だが―――まあそんな事ダイゴに説明する意味もないとして 首を縦に動かすセレビィに「ねー?ダイゴてらいけめすだよねーモテ男だふぅ〜」と茶茶を入れつつミリは続ける 「――――私、一時的にホウエンに止どまっているのは知っているよね?」 「………僕に、色々と仕事を教えてくれる為だよね?」 「そう。…私の前任だったチャンピオンは、私に仕事を教えずにさっさと辞めていった事もあって……すっごく苦労してさぁ……二か月間はもう何がなんだか分からなくて……腱鞘炎にもなったりさ…(遠い目)」 「(………チャンピオンになって暫くの間、すっごく疲れた様子だったのはこの為だったのか……)」 「ダイゴにはそんな大変な思いはさせたくない。ダイゴにとって私は前任チャンピオン、前任は前任らしく全てをダイゴに教えようと思ってる」 「ミリ……」 目線は合わないが、その面持ちはまさに元ホウエンチャンピオンの表現を浮かべていて 今まで見てこなかった友人の、チャンピオンとして浮かばす別の一面 美しく聡明で、頼もしくて優しくて、師でもあり、尊敬し続け、ずっと恋焦がれていた身近な存在が―――遠い存在になるなんて 今のダイゴは、全く想像したくなかった 「でもダイゴって真面目で秀才で器量がよくてイケメンだよね」 「は、」 「ダイゴって真面目で秀才で器量がよくてイケメンだよね」 「(……二度も言う必要あったのか…?)」 「流石伊達にデポンコーポレーションの副社長としてお仕事をこなしてきただけはあるよ。本当にすごいよ、ダイゴ」 「えっと、ありがとうと言っておけばいいのかな…?」 「この調子ならつきっきりでお仕事教えなくても大丈夫そうだね」 「………」 「ホウエン地方も安泰だよ〜。この調子ならちょっと予定早めにシンオウに帰れそうだねー」 「…」 「キュー!」 「……」 「………………ミリ」 「うん?」 「…ここがよく分からなくて……教えてくれるかい?」 「あれ?でもさっきそれ理解したって…」 「他にもこれもこれも、あとこれも、もう一度復習の為に説明をお願いしたい」 「???いいよ〜」 まだまだミリにはいてもらわないとね ―――――― ――― ― 時刻は過ぎ去り、業務時間も終了し―――現在の時刻は夜の七時を回った 「――――どうかね、ダイゴ君の仕事の方は?」 「順調です。やっぱり常日頃から副社長としてのお仕事をこなしていっただけあって、物覚えがよく仕事もこなしてくれています。彼はまさに秀才タイプですから、今後期待十分な人です」 「ミクリ君、そして君が強く進めるだけの人材というわけか…一時はどうなるかと思ったが、安心したよ」 「少々強引過ぎたかな、とは思いますけどね」 「ハハッ。まあそこは大目に見てもらおうではないか」 自宅にてアスランとミリは一緒に食卓を囲んでいた 残り少ない一緒の時間を共有する。唯一二人が"親子"として時間を共有出来る時は、一緒に食卓を囲む ミリの表情には微笑が浮かんでいる。…その微笑は相変わらず仮面のままだ。本人は全く気付いていないが。一時浮かばせた本物の笑顔はまた影を潜めていしまっている。一体本人は、いつになったら本当の笑顔に気付いてくれるんだろうか 「そうそう!ダイゴにお仕事教えていく中で…秀才タイプでもあって、結構用心深い人なんだなぁと改めて思いました」 「用心深い?」 「そつなく仕事の内容に理解を示してくれていると思いきや、間違いを防ぐ心掛けを持っているみたいで何度も確認してくるんですよ。そんなに心配しなくてもダイゴなら大丈夫なのに……」 「(………なるほど、そうやって時間を稼ぐつもりなんだね…)」 ―――実はダイゴを筆頭に、シンオウに帰ってしまうミリの為にとホウエンジムリーダーを集め、びっくりさせようという企画を練っている話を聞いていた 中々都合が合わず、尚且ジムリーダーも退任就任引継ぎと忙しい日々を送っているらしく、もう少し時間が掛かるとの事。何事にも上手く事が進まないものだ 優秀で秀才で物分かりのよいダイゴだからこそさくさくと仕事が進んでいく。ダイゴ本人も自覚しているからこそ、らしくない事をしてミリを引き止める。いつまで続けるのだろうか 勿論ホウエン支部としても送別会を計画している為、正直引き止め作戦はアスランにとっても有り難い。ミリという人間を知っているからこそ、送別会なんて自分が受ける身ではないとシンオウにさっさと行ってしまうのは目に見えていたから 何も知らず何も気付かないミリは呑気に味噌汁を啜っていた 「なのでもう少し、ダイゴの指導に回ります」 「全て君に一任している。よろしく頼んだよ、ミリ君」 「はい」 「――――さてと。愛来、時杜」 《《はい!》》 「愛来は便箋、買ってきてくれた?」 《はい!ミリ様らしいぴったりの便箋とシールを買ってきました!》 「どれどれ…うーん、この肌触りがいいねぇ。デザインもシンプルでよろしい。ありがとう、愛来」 《いいえ!ミリ様の為なら!》 「時杜、お仕事して疲れているかもしれないけど心夢眼をよろしくね」 《はい!》 食事を終わらせ、此処はミリの自室 手持ちのポケモン達は各自自由に過ごしている中、時杜と愛来を呼んだミリはテーブルを前に腰を落ち着かせていた 愛来から受け取った便箋を開き、時杜を自分の肩に乗せて眼前の光景を映してもらう そう、ミリは手紙を書こうとしていた 「シロナ、びっくりするかな?」 シンオウ地方にいる、かつてのライバルであり―――自分にとって、可愛い存在に 同じチャンピオンとして頑張っているシロナにささやかな自分の気持ちを、素直に綴って ミリはボールペンを手にした 『久し振り、シロナ。ミリです。私がシンオウからホウエンに行ってから、約一年が経ちましたね。お元気でしょうか?てか手紙が来てびっくりした?これでも私、盲目でも字をちゃんと書けれるんだよね〜。今回は初めて手紙をシロナに送ってみました。無事に届いているでしょうか? こちらではホウエンリーグが開催され、無事に終了しました。…この意味、シロナなら分かってくれると思います。私は、ホウエンリーグチャンピオンを、チャンピオンマントを脱ぎます。ホウエンは、もう私が手を貸さなくても誇り持てるまで成長してくれました。架け橋としての役目を十分に果たしました。シロナが頑張ってくれたお蔭で、そちらとこちらの友好関係も良い方向に向かってくれています。私はもう、大変満足しています。一年という月日は歴代チャンピオンの中でも最短で、まだ居て欲しいと支部から言われています。確かに短いかと思います。けれど、私もポケモン達も――悔いはありません。一年過ごした日々は、とても有意義でした それに私がチャンピオンをし続けていたら、新たな芽吹きを潰す事になってしまう。リーグの皆さんや色んな人が、私を頼っているのも知っています。でも駄目なんです。私がチャンピオンを辞めるのは、彼らにとって新たな一歩になって欲しいから。私を頼っても自分で足を踏み出す事が出来なくなるから。――これは、最初で最後の私の我儘です ホウエン地方チャンピオンになったトレーナーは、ダイゴという男性です。彼はとても良い人です。彼なら、チャンピオンを任せれる。彼は信用出来ます。シロナと歳が近いからきっと話が弾むと思います。今度彼を紹介しますね。シロナの事を話したら是非会ってみたいっていっていたから、シロナの美貌に惚れるなよって言っておいたからね 彼がチャンピオン就任後、必要な引継ぎを終えたら私はホウエンを去ります。そして、シンオウに戻って貴女との約束を果たしに行きます。貴女と交わした約束は三つ…一つを終え、二つ三つと――貴女の親友でありライバルでもあり、ポケモンマスターとしてシンオウに戻って来ます その日が来るのを、今か今かと楽しみにしています。他の皆にも会いたいし、皆と交わした約束もあるからね またね、シロナ―――』 「ふう…こんな感じかな」 《お疲れ様です、ミリ様》 「時杜もありがとう。ゆっくり眼の神経を休ませてね」 《はい》 びっしりと書かれた便箋 歳相応に見えない、綺麗で達筆な文字 丁寧に住所と切手を添えて、封を閉じる 「自分の書きたい気持ちは全て込めた。後は受け取ったシロナが手紙を見てどう思うか………」 《大丈夫です。シロナさんならミリさんの気持ちをしっかり理解してくれますよ》 《信じましょう、シロナさんを。そして、シンオウに住むミリ様のご友人方を》 「フフッ、そうだね」 ミリの瞼の裏に浮かぶ、シンオウ地方に住む仲間達 交わした約束、交わした小指 皆の嬉しそうな笑顔―――― 「ダイゴには頑張って仕事を覚えてもらって―――早く会いたいよ、シンオウに住む私達の友達に」 ルンルンと気持ちを高ぶらすミリを余所に 何処かでまた、鈴の音が鳴った (残念な事に)(彼女は故郷に帰る事が出来ずに終わる) |