改めて眼が見えない事が


あまりに不便でしょうがないよ















Jewel.34













本部の扉(自動ドアだった)を叩き、受付までの距離は視界が見えない私からしてみればとてつもなく長いものだった

感覚を研ぎ澄まし、波動に近い聖性の力で距離や物体や人の感情全てを把握した上で前に進む。胸元にある水晶体が、発動している事を知らせる光を纏わせる。久しく使わなかった能力に若干慣れない感じを振り切り、なんとかやりこなしながら進んでいく

長い距離、反響する音、空まで突き上げる広さはこの場所がどれだけ広いのかを示していて―――嗚呼、出来れば眼が視える時にこの門を叩き、この道を歩きたかった

受付に着くとさっそくといった様子で手際よくエントリーの手続きが進み、私は【10】という―――なんというか、とても馴染みのある数字のエントリーナンバーを頂いた。嫌でもすっごく覚えやすいエントリーナンバーをありがとう

飛行機から此処まで案内してくれた人とは此処でお別れ。バトンタッチとして現れた別の案内人の方に試験場まで案内を受ける事に。その人は視覚障害者の扱いに慣れている方だったらしく、行く先々の通路で私が転んだりぶつからない様にと色々と気を配ってくれた(まあそんなヘマしないけど

暫くするとある部屋にたどり着いた

此処が試験会場…エントリーナンバーが【10】なだけがあるから十人はいるのかな?それにしても気配が殆ど感じないのはどうして?

そう疑問に感じた私は、すぐにでもその答えを知る事になる








「………。もしかして、誰もいません?」

「はい、そうですね」








案内された試験会場には、誰一人としていなかった

……もしかして私、ぼっち?

それともハブられた?いやもしかして他の皆さんまだ来てないのかな?

ぐるぐると疑惑が頭の中に動いている中、私はされるがままに椅子に座らされる。机は無さそうだ。気配を探ると…部屋の中央に座らされてる気がする

まるで、そう、これから面接される様な、そんな妙な緊張感――――









「ウルシバさん、今日一日貴女はこの部屋で試験を行ないます」

「…部屋で行なわれる試験と言えば、筆記試験ですね?」

「はい。本来なら貴女は他の選出同様に別室の試験会場で筆記試験を行なうところですが、貴女は盲目です。これから行なわれる筆記試験は全て口頭で試験が出されます。貴女は出された問題に答えてもらいます。やはり全て口頭の為、時間も通常より多めに取ってありますので、どうしても会場を分ける必要がありました」

「そうでしたか…」

「試験問題につきましては、一問につき制限時間は約3分とまでとします。問題数は500問、予定では5時間を目安にしています。2時間30分経過しましたら10分間の休憩を認めます。此処までは宜しいですか?」

「はい(こりゃ大変だ…)」








配慮して下さったとはいえ、口頭での問題となると時間もかかるし相手の負担にもなるし、こちらもゆっくり考える時間が無くなる、というわけになる。分からない問題を飛ばし、後でもう一度考えてやり直す事も出来ない

眼が見える方が確実に有利なこの試験。つくづく盲目という立場は肩身が狭い思いだ。蒼華達を連れてこれないと分かった以上、こうなる事は予想していたけど…分かっていても、中々難しいものがある。まあ確実に不正は防げるけどね。むしろ出来ないレベルだよね。やらないけど

しかも500問って…気が遠くなるんですが(遠い眼







「試験開始する際、この部屋には問題を出題する人以外にも数名の監視者が貴女の様子を見張ります。ご了承下さい」

「(監視カメラでいいんじゃないかな…)」

「筆記試験は30分後に行なわれます。もし今の内に休憩しておきたいのでしたら案内しますが…」

「(トイレ休憩ね)いえ、大丈夫です」

「そうですか。では時間になるまで私は席を外します。ゆっくり気を楽にして下さい。試験開始10分前にはこちらに戻ってきますのでそのつもりでお願いします」

「はい」









うーん、この何もない部屋の中でぼっち状態のままゆっくり気を楽にしてって言われても…眼も視えないし

内心複雑のまま返事を返すと、案内人は軽い足取りでこの部屋から出ていった


遠ざかっていく足音。無音になる部屋の中。廊下も隣の部屋も、むしろ外も無音で…此処に、本当に人がいるのだろうかと心配になる静けさだった






「(さーて、どうしたものかなぁ…)」








一問丁寧に出題される、本来だったら自力で問題を解いていくはずだった試験

いったいどんな問題がくるんだろう。超難易度クッソ高いレベルだって言われるくらいだから、生半可な気持ちで太刀打ち出来る程甘くはないはず

勉強はしてきたつもりだ。でも今までの勉強はあくまでも一般常識レベルの範囲内。いくら資格を取得したからといって、ポケモンマスターの試験とは内容がかけ離れているだろうし、関わりがあるかと言われたら全くないと言ってもいいかもしれない

果たして、私の勉強と知識が何処まで通用出来るんだろうか…

今更になって一抹の不安が頭の中を過ぎった




その時だった







コン、コン、コン、コン


扉を鳴らす、来訪者を知らせるノック音








「!…はい、開いています」









あれ…もう休憩時間終わったの?早くない?

ゆっくりと扉が開かれ、誰かがこの部屋の中に入ってきた





カツ、カツ、カツ…





誰かの足音がこちらに向かってくる





カツ、カツ…






いったい誰だろう

靴の音の響きからして男、歩き方からして初老…感じるオーラからはこちらに対する敵意は何も感じられない

むしろ好意的で興味的なナニかを私に向けている。…私の眼が見えないのをいいように野次馬精神で来たのかな?だったら別にいいんだけど





カツン――――






音は私の前で止まった










「………ウルシバ・ミリという子は、君かな?」






渋みと厳格を含ませた声色

問われる、私の存在







「……えっと…」

「嗚呼、そう畏まらなくていい。別に取って食べるわけじゃないし、君を傷付ける事もしない。大丈夫だ、私は君の"味方"だ」

「(味方?)…はい、ウルシバ・ミリです。すみません私、眼が見えないもので…」

「分かっている。私だけじゃない、此処で働く者は全員知っているよ。だから気を張らなくていい。……私の名前はリチャードだ。親しみを込めてリチャと呼びたまえ」

「リチャ、さん。…よろしく、お願いします」








この状況で親しみを込めてって…少々場違いな気がするんだけどこのおじさま…

ひきつる私の内情を余所に、彼は「少しばかり年寄りの休憩に付き合ってくれないかね」と言って近くにあった椅子を持ってきて私の目の前に座った気配を感じた

いや、別に構いませんよ?試験になる前まででしたら







「なるほど。君は美しいね」

「……はい?」

「今まで色んな女性を見てきたけど、18の歳でそんな美貌を持つ子は初めてだ。18なのに、幼く見えずむしろ大人の美しさを兼ね備えている…老若男女問わず、誰もが君の事を美しいと表現するだろう」

「…いえ、そんな事はありません。買い被りですよ、私なんかよりもっと綺麗な人はたくさんいますよ」

「ハッハッハ!謙遜しなさんな!」







開口第一の言葉がそれって…いやまあ褒めてくれるのは照れくさいというかなんて言いますか

うーん、リチャさんが読めない…






「君は、オレンジだね」

「お、オレンジ?」

「私にはね、一人の息子がいるんだ。君と同い年でね。息子は生意気で頑固で負けず嫌いで…けれどね、アイツが唯一心を許せるのがオレンジ色を前にした時なんだ。…君は気付いているかな?本部の前にオレンジ色中心としたフラワーロードが咲いていたのを」

「存じています。私がいたホウエン地方のリーグ協会前にもフラワーロードを手掛けていましたが…こちらのフラワーロードも、とっても綺麗で素敵でした」

「そうか、それは嬉しいね。そうそう、あのフラワーロードには不思議な話があってね、ずっと咲いているんだよ。季節が変わっても、一向に散りもしない。しかも色は全てオレンジや黄色のものばかり。……不思議だろう?」

「それは…不思議ですね」








えー…私のところも同じように力を使って散らせない様にしてます。すんません←

そう思うとこの島自体が力に溢れているというわけになるんだけど…力を知る者が、私みたいな事をやっていてもおかしくない、か…



リチャさんの笑う声が部屋に響く







「君をいつか、息子に会わせてみたいよ。そして息子の反応を楽しみたいね」

「フフッ、その息子さんは今何をされているんです?」

「修業に行かせてるのさ。手持ち一匹とサバイバルナイフ一本持たせて屈強な野生のポケモンが住む山に置いてきてやった。大丈夫大丈夫、アイツはあんなことで簡単にやられる人間じゃないさ。ハッハッハ」

「(あれ?なんかすっごく馴染みのあることやってるね!なんか大変だね頑張って!!)」








そんな調子で暫く会話が続いた





――――――
――――
――












「――――おっと、もうこんな時間か。そろそろ行かないと怒られてしまいそうだ」







リチャさんが席を立った

今の時間が何時かは分からないけど、彼と会話してそれなりに時間は確実に経過していた






「不思議だね、君との会話は楽しい。話術の天才なのかな?時間があったら色んな話をしてしまいそうだ。…これから試験前だというのに、すまないね」

「いえ、こちらもリチャさんのお蔭でリラックス出来ました。万全の体制で試験に望めます」

「ハッハッハ!それはなによりだ!また機会があったら…私の息子の話を聞いてくれ」

「勿論です」






私も私で暇つぶしになったのと、緊張もしていたのもあってリチャさんの突然の訪問の意味はかなり大きい

とりあえず息子さんをもっとご慈愛下さい可哀相だから、と心の中で飲み込みつつもリチャさんに頭を下げた






「時に聞きたい事があるんだが…」

「はい?」

「君はスイクンとセレビィを手持ちに入れている話を聞いた。…あの二匹は今どちらに?」

「蒼華と時杜ですか?…でしたら今日付き添ってくれたホウエン幹部長と一緒にいます。今度お会い出来た時にでもお見せしますよ」

「それは楽しみだ。あの二匹とは…いつ頃の仲かね?」

「昔から、でしょうか…フフッ、忘れてしまいました」

「そうかそうか。仲良き事はいいことだ。………二匹を大切にするんだよ、あの二匹は君を導いてくれるだろう」

「?はい、勿論です」

「ではまた会おう、ミリ君」

「はい。リチャさんもお元気で」








何処か含みのある、意味深な言葉を言うリチャさん

何故、蒼華と時杜の事を聞いてきたのかは分からない

特に言葉の意味を考えずに、私は部屋から出ていくリチャさんの存在を見送ったのだった







「うーん、息子さんとは仲良くなれそう。色んな意味で。まあ息子さんの場合ポケモンがいるからよかったけど…やっぱりサバイバルナイフ一本でサバイバルはマズいよ。うんうん、仲良くなれそう」






コン、コン、コン、コン






「失礼します。ウルシバさん、お待たせしました――――おや?誰か来ていたんでしょうか…さっきまで無かった椅子が…」

「リチャードと名乗る方が先程いらっしゃいまして、今お帰りになられましたよ」

「!!!!」

「楽しくお話が出来ました。…フフッ、これからポケモンマスター認定試験が始まるというのに私ったら、場違いもいいところですね」

「………そうでしたか。楽しく過ごせたようでなによりです。それではこれから試験の準備に入ります。今から部屋に監視の者が入ります。つきましては―――――」











































「ふむ、予想以上か。これは大いに期待出来そうだ」






誰もいない長い廊下を歩きながら、リチャードは懐からあるモノを取り出す




手には二枚の写真があった


一枚はミリに連れ添う三強達の姿

一枚は―――端整な顔立ちにカシミヤブルーの瞳、白銀の髪をした…誰かを思い出させる青年の姿…








「私はキッカケを与えてやったに過ぎない。彼女が此処で脱落したら彼女の実力は所詮その程度。もし難関を突破し、這い上がってきたのなら―――








――――ゼルジース、お前の言う古の再会とやらが果たせる日が来るのかもしれないな」










此処にはいない―――今頃悪態吐きながら悪戦苦闘しつつ修業に励む息子の姿を思い描きながら


リチャードは、笑うのだった









(彼の目的は一体何?)



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