ありふれた優しい日常


それがなによりのご褒美




それ以上、何も望まない










Jewel.30













表舞台での輝かしき時間はあっという間に過ぎ去っていき―――裏舞台では丁度最後の残党一人を闇に堕とした時期へと針を進める





最後の一人を倒した次の日は誰一人小島にやって来ることはなかった。つまりそれはやっとミリにとっての平和を取り戻す事に成功したという意味を示す。これでやっと、ゆっくりした時間を過ごせるはず。ミリは安堵し、手持ちのポケモン達も声を上げて喜んだ

しかし平和の代わりに取り戻した代償はあまりにも大きくて―――【盲目の聖蝶姫】から【氷の女王】へ。ミリの心は完全に冷たい氷によって氷結されてしまっていた

この心の氷は中々溶ける事は出来ないだろう。それだけミリは苦しめられてきた。何度も心を殺し、自分を偽ってきた。本人でさえ気付かない傷は心の氷によって傷みを麻痺させた。…もう修復は不可能だろう、よほどの事がない限り


それでもミリはよかった

皆が安心して暮らせる為にも

この穏やかで平和な日常が戻ってくれるなら――――




















《マスター》

「どうしたの?朱翔」

《今こちらにまっすぐ向かう一つの波動をキャッチしました。…敵ではありません、見知った波動です。久しく感じなかった…あの男のモノかと。会われる約束を交わしていましたか?》

「え?いや全然?約束なにそれ知らないよ?」

《あと男とは誰だ?》
《うーんあの人かな?》
「…」






暫くして……







「やあミリ!探したよ!」

「……あらーダイゴじゃーん」








ダイゴが現れた







「久しぶり〜元気にしてたー?」

「あぁ、この通りね。…ミリの方も変わらず元気そうでよかった」

「元気よー。…にしてもどうしたの?ダイゴが来てくれるなんて」

「…………、全然来てくれないからこっちから会いに来たって言ったら?」

「ちょっとダイゴちゃん今の台詞と仕草にキュンとしちゃったよ今のかなり可愛いよおいで頭よしよししてあげる!」






此処はムロタウンの浜辺

久しぶりの休暇を利用してのんびり日向ぼっこしていたミリ達の元へ、ダイゴという珍しい来客が現れた

こんな場所にも関わらずビシッとスーツを決めていたダイゴの姿は相変わらず爽やかで、数ヶ月振りに会う彼は全然何も変わっていなかった







「(思い切って会って思い切って言ってみるものだね…)……軽く半年振りだね」

「半年も経ってたんだね…フフッ、久しぶりだね!」

「…ミクリから話は聞いたよ。トップコーディネーターになったんだってね。ニュースでも見たよ。今更かもしれないけど…おめでとう、ミリ」

「えへへ、ありがとう」

「………(ツーン」

「……ダイゴ?もしも〜し?」

「……………(ツーン」

「もしかして…拗ねてる?拗ねちゃった?ダイゴに会いに行かなかったから拗ねちゃった?え、なにこれ胸キュンなんですけどもし拗ねちゃったらダイゴちゃん今すっごく可愛いよ!おねーさん頭よしよししてギューッてしてあげる!ダイゴちゃんおいで!」

「…(スパーンッ!」

「あたぁッ!」








ただ違ったのは珍しくダイゴが気に入らない様な拗ねた様子でいた事だ。爽やかさは最初だけ。普段では想像つかない本当に珍しい姿で彼はミリの隣に腰を降ろした

ムスッとしたツーンな顔をするダイゴに始めは戸惑うミリだったが、ダイゴが拗ねてる事に気付くとニヤニヤと腕を広げて歓迎しようとするも―――隣に腰を落ち着かせていた蒼華に容赦なく紐で頭を叩かれた。とてもいい壮快な音だった






「むー…蒼華め…今のはちょっぴり脳に響いたよ…」

「…」

「ハハッ、スイクンも変わってないね」

「あ、ダイゴの機嫌が戻った!」

「甘い。僕の機嫌を直すのはとびっきり凄い石を持ってきてくれるかミリがよしよししてくれるかだよ」

「よし分かったダイゴ膝枕してあげる!そうすればいっぱいよしよししてあげるよ!さあさあ遠慮しないで!」

「仕方ないなぁ。なら遠慮なく」

《あ!それずるいー!》

《眠い》






ポンポンと自分の太腿にウエルカム!と言ってきたミリにダイゴは嬉しそうに且つ遠慮無くと言った感じにミリの太腿に頭を乗せる

柔らかい太腿の感触を味わい、優しくダイゴの頭を撫でるミリの手―――心地良さにダイゴは目を細めた






「…これはいいね。居心地が最高だ」

「眩しくない?眩しかったらパラソルの位置を調整するけど」

「いや、このままで平気さ。………僕はもしかしたら幸福者かもしれないね。チャンピオンの膝枕だなんて中々夢叶わないだろう?」

「…そういうもの?」

「そういうものさ」






コテンと頭を傾げるミリにダイゴは笑う。あまり自分の存在価値の重要さに気付いていないだろうミリに「だからあまり簡単に人に膝枕はしてはいけないよ」とダイゴは言う

更に首を傾げるミリにダイゴは腕を伸ばしてミリの頬に触れる。突然やられた行動が予想外だったらしくビクリと身体を強張らすミリに苦笑を零し、けれど優しい手つきでミリの両頬を包み込んだ

クスクスとくすぐったそうにミリは笑う。くすぐったそうに、愛しそうに。しかしその光の無い瞳は憂いを帯びたモノで―――スッとその瞳が細まれた







「………ねぇ、ダイゴ」

「ん?」

「えっとね、その…あのね、」

「うん」

「…えっと……あはー」

「ミリ、」

「……ちょっとね、やらなくちゃいけない事がたくさんあって、中々時間も無ければ余裕がなかったんだ。……ダイゴって鋭いから…気付いちゃうんじゃないかって、正直怖かった。ちょっと弱い時があったから尚更ね。だからズルズル後になっちゃったんだ。寂しい思いをさせてしまったのなら、謝るよ。ごめんなさい」

「…………」

「でも今は平気。やらなくちゃいけない事、全て片付いたから。暫くゆっくり過ごせそうなの。…だからさ、またダイゴのところへ遊びに行ってもいいかな?」

「勿論、僕はいつでも歓迎するさ。とびっきり美味しいケーキを用意して……でもね、ミリ」

「うん」

「少しくらい、誰かを頼ってもバチは当たらないはずさ。弱い姿を隠さなくてもいい。少しでもミリの力になりたいと思う人はたくさんいる。四天王の皆さんや、リーグの人達……僕だってそうさ。僕だってミリの力になりたいっていつも思っている。…だから遠慮しないでくれ。君の悪い癖だぞ」

「……そうだね、」








ありがとう、ダイゴ





ふんわり笑みを零すその表情は―――仮面を被らない、久しく無かったミリの本当の微笑みで

―――ダイゴは気付かない。ミリが浮かべる表情が仮面の微笑みなのか本当の微笑みなのか、その区別を

少し前のミリの様子なら、気付けたのかもしれない。襲撃を受け、討伐中だった、ミリの歪んだ変わり様を

しかし今は気付かなくてもいい。まだダイゴにミリの表情を見抜ける力は無い。ミリはあまりにも完璧に隠していたのだから。ミリの様子に気付き見抜くとしたら、もう何年先の話になるだろう―――


今が幸せならそれでいい


何も知らない方が、シアワセだから









「…そういえば暫くバトルしてなかったね」

「そうだったね」

「久しぶりにバトルでもやろっか。ダイゴがどれだけ強くなったかこの目で確認しなきゃね!あ、目は見えないけど」

「いいよ。でもその前に暫くこのままがいいかな。色々堪能しておかないと勿体ない」

「…そういうもの?」

「そういうものさ」








二人は笑った






























嗚呼、なんて平和なんだろう

平和で、平穏な、微温湯みたいな日常





取り返す事が出来てよかった

また笑い合える日常が戻ってよかった

喩えそれが仮面をつけていたとしても







「…また、頑張ろう」








全てが報われた様な気持ちにさせる―――そんな一日を代表する日となったのだった










(凍ってしまった心には)(目もくれずに)


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