さあ、気持ちを入れ替えて

戻りましょう


私達の居場所に













Jewel.20













彼は一時間早くこちらに訪れた。その感情と心夢眼で視えた彼の表情は意気揚々としていて――――無事解決してくれたんだろうと踏んで、私は彼の来訪を歓迎した

警備が始まった当初と比べて、彼に対する皆の態度はある程度落ち着いてくれていた

いつも通りちょっと早めのおやつを提供しようと台所に行こうとした私を彼は引き止めた。今回は遠慮すると。最後の最後はチャンピオンに甘えず警察らしい事をしたい、と彼はニカリと笑って言った




彼は全てを話した




この二週間の捜査状況と、事件性が見つからなかった事による「暴行猥褻及び殺人未遂」の容疑で確定し、つい数時間前に無事検察の方へ送検された

全てを洗いざらいに自白した容疑者達は留置所から刑務所に入り、数年は拘留される事になった。起訴猶予などはこれから裁判が執行う予定である為、まだ未定の事らしいが確実に言えるのは彼等はもう私に手出しする事は無い

ここまでの話を彼は真剣な面持ちで話してくれた





「そう、ですか…これで無事に解決してくれたんですね。…ありがとう御座います、セキさん。皆さんにもお伝え下さい。本当に、ありがとう御座います、と」

「はい」






安堵の息を吐きながら私は彼に微笑みを浮かべた

容疑者が検察に送検された以上、彼等があの場所から出られる可能性は無い。安心と安全が確定されたも同然と言ってもいい。彼等には全く興味は無いけど、せめてもの慈悲として今後の未来を真っ当に生きてもらいたい


これで私は明日、安心してチャンピオンに戻れる







「これで俺は警察に…いえ、シンオウ警察庁へ戻ります。なのでチャンピオンとこうして会話するのも、今日で最後になります」

「フフッ、話は聞いてますよ。研修が終わったからですよね。貴方の上司から話を伺っていました(私の話し相手だけで研修とかこの世界の警察は大丈夫なのだろうか…」

「ってえぇええ…まさか知っていたとか……」

「…」
《当然だよね》
《じゃなきゃお前に主がおもてなしするわけがない》

「ま、いいッス。細かい事は置いといて、…――今までありがとうございました。研修とはいえ、チャンピオンと過ごした時間は忘れません」

「こちらこそ、ありがとう御座いました。―――次会った時は立派な刑事として、また会いましょう」

「チャンピオンも頑張って下さい。俺は、いや…"俺達"は、アンタの活躍を遠くで応援しています」









"俺達"、と彼は言う

セキさんを含めた故郷であるシンオウ地方の仲間達と一緒に、という意味で彼は言った

セキさんはシンオウ地方出身だった。警察になる前はその見た目通り暴走族をやっていたと彼は私に話していた。今となればナギサシティで暴走族を懲らしめたあの日が懐かしく感じるし、この話を聞いたセキさんが恐怖に震え上がった姿を視て笑ったのもいい思い出

短い間だったけど素敵な思い出を作ってくれた彼に私は感謝したい。そして彼の為にも皆の為にも、それこそ頑張らなくちゃいけない気持ちに駆られた

私達が故郷へ帰るその時まで、自分達に恥じないトレーナーになれる為にも―――







リーゼントが似つかない、しかし一際立派な姿になった彼は最後の最後に私達に向かって敬礼をしてくれた


そんな彼に、私は笑った







「セキさん、最初で最後です。……貴方に、お願いがあります」








ゆらりと光の無い瞳を青色に曇らせ、

最初で最後、初めてのお願いを彼に言った








「セキさん。この事件は闇に葬るべき事件です。…こんな事で、私は大事にさせるつもりは毛頭ありません。チャンピオンとして、一人の女として。セキさん達の活躍のお蔭で事件は無事に解決されました。…だからお願い、このまま誰にも言わずに闇に葬って下さい。…私の知り合いと呼ぶ人達には、特に」









脳裏に浮かぶのは、皆の姿

四天王の皆やリーグの従業員を始めとした、ダイゴやミクリ、親しくしている各ジムリーダーの皆

最北の土地、私達の故郷に住む………そう、デンジやオーバにシロナといった数少ない心許した大切な、仲間達…―――









「―――…この事はアンタの名誉に関わる事だ。俺はこの事を、口外するつもりはないッスよ。それがアンタの頼みであり願いなら、尚更」

「…上司の方々にも、」

「分かってるッス。俺から上司に伝えておく。元より、上司達もこの事件を口外するつもりはないッスからね。…だからチャンピオンは安心して下さい」

「…はい」








それだけ聞ければ満足です


貴方の瞳に、嘘は無かった







「それではチャンピオン、お元気で」











それが今生の別れになる事を


私は気付きもせず、またの再会を期待するのであった





―――――――――
――――――
―――









リン、と小さく鳴る大小クリスタルのイヤリング

肩まで切った漆黒の髪

首に巻かれる白いシルクのスカーフ

聖蝶姫を主張するオレンジ色のコート

その下には、真っ黒い服



全てを覆い隠してくれる、チャンピオンマント









「皆さん、おはよう御座います」

「おはよう諸君」

「「「「おはようございます!!」」」」








此処はリーグの従業員全員が集合し、主に催し物や集会など開かれる広場

各部署の従業員様々な人達がこの広場に集い、全員がステージに立つ私達を見上げ、私の言葉を待っていた

ステージに立つ私の手には後ろまで聞こえる様にとマイクが握られている。リーグの従業員全員なだけあって、凄い人数だった。その大勢の前で話すなんて内心萎縮しそうな思いだけど、そんな事は言っていられない



今日から、改めて――――私はチャンピオンに戻ったのだから









「この度は、急とはいえ二週間という長いお休みを頂きました。決算前で忙しいのにも関わらず、皆さんはむしろ喜んで私の休みを認めてくれた、と副幹部長から聞きました。お蔭様で、充実したお休みを過ごす事が出来ました。皆さんに感謝します…ありがとう御座いました」

「…」
「キュー」
「……」

「今日から気を引き締めチャンピオンとしてリーグに尽したいと思います。また皆さんの足手纏いにならないように精一杯務めたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します」

「「「「はい!」」」」









声色、そして彼等から纏う感情は私の歓迎と歓喜でいっぱいで

心夢眼から視える景色も皆さんの笑顔でいっぱいだった



嗚呼、よかった

彼等は何も、知らない







「ミリちゃん!ひっさしぶり〜会いたかったよ!もう風邪で一日お休みした次の日にミリちゃん突然お休みしちゃうからびっくりしたよー!お休みどうだったー?ゆっくり出来たー?」

「!ミレイ、」

「クスッ、お顔の色が良い。この休みで無事身体が休めたようでこのロイド、安心しました」

「ロイド、」

「ミリさん、やはり貴女がいないとリーグの皆さんのモチベーションも上がらなくてよ。勿論、それは私達にも言える事です」

「プリム、」

「カッカッカッ!お前さんが采配振らぬリーグなどやり甲斐など感じぬわ!」

「ゲンジ…」







集会を終わらせ、各自持ち場に戻ろうとアスランさんと別れ自室へ足を運ばせようとしていた私を、ミレイを筆頭に四天王の皆がこちらにやってきてくれた

キャピキャピと私の前でパァアッと笑顔の花を咲かせるミレイと相変わらずミステリアスな面持ちでクスッと笑みを浮かべるロイド、微笑ましくこちらを優しい瞳で見つめるプリムに豪快に私を歓迎したゲンジ



よかった、彼等も何も知らない

何も気付いていなくて、何も変わっていなかった










「クスッ、ミリさん」

「ミリちゃん!」

「ミリさん、」

「ミリ、」









「「「「おかえりなさい」」」」









嗚呼、やっと私は皆の元へ戻ってこれた








「ただいま、皆」

「…」
「キュー!」
「……」
















皆に悟られぬ様にと

私は自分が気付かないところで笑顔という仮面を被り

変わらない日常に戻れたことに、心を踊らせるのだった






(しかしその日常も呆気なく崩れてしまう事に)(私は何も気付けずにいた)

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