いつもと変わらない日常だった




はずなのに








Jewel.11













この日、リーグは年に一度の大忙しである決算前を迎えていた

リーグ内部にある総務部、経理部、人事部等様々な部署が決算を迎え、各部署の資料や印鑑を求めて現在進行形で忙しさのあまりごった返していた。ちょっと刹那が覗きに行ってみれば、鳴り止まない電話のコール音に振り回られる人達、部署を梯子して廊下を走り回る人達、資料をブチまけて舞う白い紙、それを怒る上司に謝る部下、栄養剤を飲んでなんとか凌ごうとする人達等々―――これぞ、まさに戦場。刹那の目を通して視ていたミリは流石に顔が引きつった。この時期は何処の会社も企業も状況は同じなはずだが、リーグはそれ以上に多忙だった

勿論、こんな時期にリーグ大会予選選抜試験なんて出来る訳がない。試合は従業員達の連携によって成り立っているといってもいい。選抜試験担当の殆どの従業員達は他の部署のヘルプに行っていて手薄状態、なのでこの数日は選抜試験は午前中だけとしていた

特に今日、試合は七試合しか行わなわれなかった。理由はそう、リーグ四天王の四人全員が休暇を取っていたからだ。ロイドとプリムは前々から有休休暇を希望、急遽親戚の危篤にゲンジが休みを希望、そしてミレイは体調を崩してしまうなど、タイミング悪く休みが重なってしまっていたのだ。今回は事前に予約してあったトレーナーのみ、という事でチャンピオンのミリ直々にフィールドに立っていた

勿論七試合も試合を続けていれば、ミリも始めポケモン達の疲労が蓄積されていく。七試合とはいえ、チャンピオン一人で回すのは時間が掛かる。早めに試合を始めたとはいえ、終わったのは正午を回ろうとしていた


流石に四天王全員お休みとなれば、今日ミリの手持ちは全員総出のフルメンバーパーティ。彼等はよく働いてくれた。試合が終わってすぐにミリは蒼華と時杜と刹那を含め手持ちの皆を回復しにリーグ専属のジョーイに預けた後、自分も休憩しようと休暇室に向かった

一人で休憩室に向かったのは指で数えるくらい。普段から皆の音で溢れてた部屋が、やけに静かに感じた

休憩といっても、水分補給や保存していたお菓子を摘む程度。この休憩室はミリがよく使うだけあって冷蔵庫や戸棚の中にはミリ達の好きなお菓子や飲み物が並んでいた。まだ特にお腹も減ってないし飲み物も飲まなくても平気っぽいから、皆が戻って来るまで軽く仮眠でもしようかと思っていた





―――…そんな矢先だった





ブルリと背筋を走らす、イヤな予感

同時に遠くから聞こえる、荒々しくもまっすぐこちらに向かって来る複数の足音

勢いに任せて開かれた扉


そして―――――…

















「残念だったな、チャンピオン。助けなんて呼んでも誰も来やしねーよ。こちらにはポケモンだっている。痛い目に会いたくなきゃ大人しくしてるんだな!」




ドカッ!!!




「カハッ!!…ッ…」

「三強達の回復に要する時間は約一時間、下の階の連中は全員こちらに来る予定は無い。制限時間は約30分…―――しばらく、楽しもうぜ?聖蝶姫さんよォ。ほらよ!!」

「ッ…ァ……!!」






来訪者を知らすノックも無しに無断で入って来た招かれざる者達からの、突然襲いかかる奇襲

こちらが戦闘態勢に入るよりも前に相手の一人がミリの頬に一発平手を加え、床に倒れたのを好機に襲いかかって来たのだ

顔を平手で叩かれ、拳で殴られ、腹を蹴られ、好き放題にやりまくる。あまつさえエスパータイプのポケモンを繰り出していたのか、自分の身体を金縛りで拘束し身動きを封じられた

状況も把握出来ずに襲いかかってくる激痛や衝撃。容赦ないそれらの一手の前に、流石のミリも受身で堪えるしかなかった






「おいお前達、そんなに乱暴にしてはいけない。彼女の綺麗な顔に傷が付いてしまったじゃないか。扱うなら丁寧にしてくれ」

「うるさいわね傷が付いたくらい!むしろこんな女の顔なんて傷付いてなんぼよ!あああもう!相変わらず憎たらしい顔!そんなアンタはボロボロの姿がお似合いよ!」




パンッ!パァンッ!



「ッ!!!」

「嗚呼…近くで見れば見るほど美しい…フフッ、フフフフフ…この美しい人が、ボクの、ボクの手の中に…!」





ギリギリギリ……!!




「ッ――…クッ……ッ!!」













喉元を強く絞められている。息は勿論、出来ない。突然の痛みと衝撃でグワングワンと脳が警戒を鳴らす。強く引っ張られる長い自分の髪。踏まれ、蹴られた腹が痛い。唇から血が出たのか血の味がした。イヤらしく撫でられる誰かの手に吐き気を覚える…―――


相手に一方的にやられている状況―――しかしミリは不思議と落ち着いていて、思考は冷静に物事を分析していた






「(……さて、どうしたもんかな)」






気配で分かったのは、相手は六人

男は四人、女は二人

こちらに好き放題手を出しているのは男三人に女が一人…残りの二人が手を出してきてないところを考えてみると、こちらを静観してるか外の監視役をしているか


しかし、今日はほとほと厄日らしい。ミリは心の中で悪態を付く


今日に限って四天王は不在だし、決算前で従業員達は多忙を極めてれば、こちらはこんな状態だし、手持ちの皆は現在回復中…嗚呼、こんな事が事前に分かっていればまだ蒼華だけでも残しておけばよかったと、ミリは殴られながらも溜息を吐きたい思いだった



…――――ビリィィッッ





「!!!??」

「ハッ!イイ顔じゃねーのチャンピオン!もっとその顔を歪ませてやりてーなぁ!」

「(待て待て待てちょっとまってぇぇぇぇ)」






耳に聞こえたのは、何かが破ける音

それが服なのはすぐに理解した

胸元部分を無理矢理破られたらしい。スースーしている。露出したそこをヌメリと粘着質なモノがなぞられる不快感極まりない感触は、きっとこちらに乗り上げている誰かの舌なのだろう…―――簡単に理解した

ミリは顔を蒼白した

この顔を見れば、この先にある結末を予感した顔だと相手は思うだろう。ミリの表情に満足した男はイヤらしく笑うと、その行為を続けていく


しかし、ミリが顔を蒼白したのは別の理由からだった







「(このワンピース…お気に入りだったんですけどォォォ!!)」








服なんて作れば簡単なのに珍しく高いお金を出して買ったブランドの服なのにぃぃぃぃ!!


とミリの心は荒ぶっていた






「(…嗚呼、汚らわしい)」






ふつふつ込み上げて来る怒りの感情、そして腹の底から込み上げてくる強い嫌悪感

…―――襲われるのは何度も経験してる。しかしただの人間相手にこのままされるがままになれるほど、自分は優しくない。こちらがちょっと軽く捻るだけでも簡単に壊れる相手を前に、あくまでも寛大な心でいてあげているというのに…

何もしていない事をいいように彼等の行為は続く。殴られ、蹴られ、踏みつぶされる。ふと暴力の手が止まったと思うも次にくる魔の手なんて安易に想像出来る。奴等の、汚ならしい複数の手が自分の身体をまさぐっていく――



ミリの瞳がスッと細くなり、人には視えない胸元の水晶体がキラリと小さく光を帯びてきた






その時だった










「…ちょっと待って!見て!この人の身体…ちょっとおかしくない!?傷が無くなってる!」

「ッ…!!」









息を詰まらせるミリ

声を聞いて手が止まる行為


息を飲む、彼等の気配






「……本当だ。さっきまで青くなったところが治ってやがる…」

「ちょっと待ってろ。…へぇ、切れた唇も治ってる。俺がさっきまで殴ったところもまぁキレイになくなってるじゃねーの」

「これは素晴らしい。ゆっくりだが、確実に治っていく…初めて見る光景だ」

「ね、ねぇ…もうそろそろ逃げた方が…」

「こいつ、刃物で傷つけたらどうなるんだろうな?」

「ちょっとやめてよ!物騒な事言わないで!」

「そうだ、流石にそこまでしてしまうとこちらの身が危うくなる。あくまでも私達の目的は……―――」







ドクン、ドクン




自分の心臓の鼓動の音しか聞こえない




ドクン、ドクン

ドクン、ドクン、ドクン









「もし私達の気のせいなんかじゃなければ…





アンタ、すっごくキモチワルい」









ドクン…――――







「…いい加減にしなさい、貴方達」

「あ?」

「早急にこの汚ならしい手を放し、この場から離れなさい。これ以上好き勝手にやり続け、リーグに支障をきたすような事になろうなら、この私が許さない」

「おーおー今まで黙ってされるがままになってた奴が威勢の言い事を言ってくれるじゃねーの」

「アンタ、自分の状況が分かって言ってんの?」

「もう一度言ってあげる。早急にこの汚ならしい手を放し、この場から離れなさい







…―――これ以上、私を怒らせないで」









ドカアアアァァアアン!!!













音が、空気が、部屋が、


私の感情が――爆発した








(キモチワルいのは)(貴方達の方よ)



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