物語は進んでいく

誰にも止められない時の歯車は


着々と、崩壊の音を刻んでいった











Jewel.10













『盲目の聖蝶姫・関連データベース


‐個人情報‐
名前  ミリ
誕生日 7月29日
出身地 カントー地方マラサタウン
T.C登録日 20XX年〇月〇日
T.C色 SILVER
職種 ホウエン地方リーグチャンピオン

・経歴…
20XX年〇月〇〇日
シンオウ地方マスターランク優勝
同時期にシンオウ地方特別特設リーグ大会優勝、殿堂入り

20XX年〇月〇〇日
トップコーディネーター及び殿堂入りの登録を行う

20XX年〇月〇〇日
ホウエン地方リーグ大会優勝、チャンピオンに君臨


・所持ポケモン…【画像添付有】
スイクン  ?  水色
セレビィ  ?  紅色
ミュウツー ?  緑色
ダークライ ?  黒銀色
ルカリオ  ♂  朱色
ミロカロス ♀  金色
アゲハント ♂  橙色
キュウコン ♀  銀色
バンギラス ♂  褐色
ラティアス ♀  桃色
ラティオス ♀  空色
??(名前不明ポケモン一匹)
計 12匹
(どうやって所持しているか不明)


・備考…
対象者がシンオウで活躍してから六ヶ月の歳月で二つの頂点を取得する。シンオウからホウエンへ活躍の場を変え、リーグ大会優勝に掛けた時間は僅か二週間という最短でリーグ大会優勝、チャンピオンとなる

「盲目の聖蝶姫」という異名はシンオウ地方ヨスガジムリーダーが命名。誰もが名前を知っているくらい、知名度は高い。リーグ協会支部、ジムリーダー、GF・K協会支部等の有効関係は良好

シンオウから活躍の場を移し、ホウエンで異例の早さで勝ち上がり、前任ホウエンチャンピオン・カズマを打破って最年少チャンピオンとして君臨。チャンピオンとして活動し、同年〇月〇日に新生リーグ協会誕生させる。詳しい詳細は別ページに記載。後に対象者の活躍は止まる事を知らず、常に多忙を極める毎日を送る


他には…―――――』









「――――…おー、なーんか眉間に皺寄せて資料見てんぞランスの奴。そのまま皺が戻らなくなっちまうぜ、アレ」

「ほっときなさい、いつもの事でしょ。遠方から帰って来たばっかで色々と考える事があるんでしょーね。ほらほら、私達は私達でサカキ様のお仕事のお手伝いに行くわよー」

「へーい」






「…――――おや、ランス。帰っていたんですか。タイムカード、付け忘れていましたよ」

「アポロ、」

「短期遠方調査ご苦労様、と言っておくべきでしょうか。…どうですか、その後の調査は。何か進展はありましたか?」

「えぇ、まあ。中々興味深い対象者ですよ、彼女」






とある地方の、とある都会の中

一際立派な高層ビルの建物の中の、一室


男が二人、いた






「興味深い、ですか…お前が他人に興味を持つ事が私には興味深いのですが、まぁいいでしょう。彼女の身辺調査の報告書は出来上がっていますよね?」

「どうぞ。とりあえず、調べれるだけ調べてみました」

「……これだけ、ですか?」

「…これだけ、ですが?」

「ランス…お前…したっぱ達に任せて自分は海の幸を堪能していたという訳ですか。流石は冷酷と自称するだけありますね」

「失礼な、別に調査を疎かにしたわけではありませんよ。それに残念ながら海の幸を食べているほど暇ではありませんでしたよ。…私が興味深いと言うのも一つはソレを指しています。内容を見て頂けたら、説明しなくとも貴方なら分かると思いますよ」

「…………これは、」

「彼女、あまりにも情報が少ないでしょう?これでも優秀な情報屋を捜してあれこれ調べて見たんですけどね、ごっそり綺麗にないんですよ。彼女が生きてきたはずの、経歴そのものを。戸籍も調べてみたんですが…何にも、無かったんですよ。不思議ですよねぇ。出身地はともかく、本当に生まれてシンオウで活躍し始めた17年間の情報が見事なまでの空白真っ白。後になってトレーナーカードを発行してもらっているみたいですが、だからといって彼女が何者かを証明するものではない。トレーナーカードは戸籍の代わりに使われますが、戸籍と比べたらただの紙切れ同然です」

「…出身地はマサラタウン、ですか…この町については?」

「これから調べるつもりです。小さな町なのでシンオウの人間は特に興味を持ってはいないそうですよ。と言うのも、彼女の発祥の地がナギサシティという遥か西にある港町からで、出身地よりも発祥地の方が注目されていたそうです」

「…………」

「………色違いのミュウツー。ソレとスイクンとセレビィの三匹は常に彼女の傍にいるそうですよ。付けられた異名は【三強】。一体いつ、何処で彼女の手持ちになり、一緒にいる様になったかは情報屋でも分からなかったそうです」


「…―――――」

「―――――…マサラの身辺調査が終わったら、次はホウエンに発ちます」








目的は、ただ一つ

対象者の傍に常に寄り添う、緑色のミュウツーを造った自分達の上司の在処を見つけだす為

そして対象者自身も、対象者が所持するポケモンも捕らえてしまおう。我がロケット団の為に献上すればより一層ロケット団の名が知れ渡り、脅威となってくれるだろう。全ては自分達の首領サカキ様の為、使わない手はない

その為にも、手段は選ばない





「ホウエンチャンピオン、盲目の聖蝶姫、またの名を…―――【氷の女王】。高嶺の華と知られ、太陽の存在とも言われたその裏には冷徹無慈悲で絶対零度の闇を持つ。…会うのが、楽しみですよ」









絶対の勝利を核心する男は

この後の、自分の惨事に気付かずに不敵に笑うのだった






――――――――
――――――
―――










今日の仕事は殆ど遠方で施設観光や公開試合ばかりで、やっと一息ついた頃はもう世間で言うおやつの時間帯だった

持参して来た軽食はお腹を空かせた仲間達に分け与えてしまった為、自分が食べようとした時はもうスッカラかんに見事なまでに綺麗に完食されていて、思わず笑ってしまったのもつい先程の出来事。このままリーグに戻るのもよかったが、しかし空腹には耐えられなかったので近くの喫茶店で遅い昼飯を取る事にした


流石に昼のピーク時を過ぎた時間帯なので、客数はまばら。店の店長や従業員はまさか自分が来店するとは思わなかったらしく、あわあわと歓喜と困惑で一時はどうなるかと思うもなんとか穏便且つ無事に場が収まり、やっとご飯に手を付ける事が叶った

長居はするつもりはない。あまりにもお腹が空いていて空腹に耐え抜いた先にあった場所がこの喫茶店だっただけ。それに調子に乗って長居をしてしまったらきっと噂を聞き付けて現れたファンの人達のごった返しで店の迷惑になってしまうかもしれない。次また行くとしたら予約をとって、それこそゆっくり寛ぎたいところ

そう決め込んだミリは気持ちを切り替えて、注文した料理を静かにモサモサと食べ進んでいく

うん、ふわふわ手作りオムライスがうまい






…―――――しかし三強と呼ばれし勇猛な三匹は、普通なら緊張を解いているはずのところを一向に態勢を崩さずにいた

ピリピリと、張り詰めた空気を感じる。冷たい冷気をクリスタルに纏わせる水色のスイクン、ミリの肩で黙って心夢眼を写し続ける紅色のセレビィ。緑色のミュウツーなんて必ず一回はミリの料理を盗み食いしていたというのに、一体どういう事だろう


それもそのはず、


ミリが座っている席からそう離れていない席に座る、一人の男

面白そうにミリを眺める男こそ、彼等を警戒させる元凶だった






「いやはや、それにしたって驚いたものだ。まさか此処に卿等が訪れるとは。テレビで見ていた者がこうして目の前に現れ、昼飯を食べている姿を見れた事は一民間人として光栄に思うべき、か。なるほどなるほど、偶然も時には身を任せてみてもいいかもしれない」

「…何を言いますか。私もただの一民間人、その様に大袈裟に喜ばれる程の人間ではありませんよ」

「面白い事を言うものだ。卿こそ誰もが知るホウエンチャンピオンだというのに、随分謙遜な言葉を言う。卿はまだまだ若いんだ、もっと大きく鼻を高くしていればいいものを」

「…まだまだ若い若輩者の小娘は、踏ん反り返って鼻を高くしてられるほど傲慢で強欲の神経は持ち合わせていませんよ。そういう神経を持つ者ほど、いずれ身を滅ぼしてしまう」

「ククッ、違いない」







喉の奥で噛み締めた笑い方と、特徴的な話し方、渋みの聞いたバリトンの声色

心夢眼で視る男の推定年齢は見積もってザッと60代後半。声色に似合う深みの入った渋さを漂わせる雰囲気と、堀の深い顔立ち。肩下まである髪は黒髪と白髪が混ざりあっていた

そして男は、少々この現代の着る服とは似つかない…―――彼岸花の花柄模様をあしらった、黒の羽織りを着込んでいた






「少し会話してみて分かった事がある。卿は随分冷静に物事を捉えているのだな。冷静に、客観的に且つ、冷淡に。今に生きる若輩者と比べると、随分冷めた考えを持つ人間なのだな」

「…貴方、唐突に面白い事を言いますね」

「ああ、別に卿を馬鹿にしている訳ではない。気を悪くしたら謝ろう。私はね、感心しているのだよ。見た目では分からないもの、会話をして初めて相手の本質を知るというもの。冷めた思考を持ちつつも、しかし卿の本質的思考とも言える性格が上手くバランスを取っている。…そして卿は随分、若輩者に限らず人とは違った苦労をしてきたと見る。その苦労から得た経験、冷静に物事を見抜く観察眼、冴えた思考力、これらの事があったからこそ今のリーグが出来上がり、今の卿があるんだと」

「…随分買い被った発言ですね。私は貴方の言うほど、出来た人間ではありませんよ。…しかし、貴方こそ随分人とは違った思考力をお持ちなんですね。それこそ冷静に、客観的に且つ冷淡に。観察眼もずば抜けて優れているので…もしかして好きな事は人間観察、てところでしょうか」

「ククッ、流石はホウエンチャンピオン。私の見立ても間違ってはいなかった。納得納得、愉快愉快。卿は実に面白い。卿とは考え方が通ずるものがありそうだ。卿が相手なら、茶を交えて色々と談話をしてみたいところ。…どうだね?この後私に付き合ってみるのは」

「この後お仕事が残っているので、慎んでご遠慮致します」

「ククッ、それは残念だ」









この男、一体何を考えている



警戒を露にする三匹なんて気にした様子もなく、悠長に書籍の読破に勤しんでいる。しかし、チラリと見上げた男の視線の先はミリだけを写す

ミリは不快感でいっぱいだった

男の言動、仕草、声色…―――自分でさえ気付かなかった(気付きたくなかった)闇の部分を見抜けたその鋭い眼が、何故かどうしようもなく気に入らなかったから

特徴的で独特な男だ。纏うオーラも他人とは違う。きっと男の人生は他の人達と違って斜め方向に反れて生きているとみた。絶対この男、友達いない



たまたま一緒の店内に居ただけの存在。サッサと食べ終えたらサッサと店から出て行って、気持ちを切り替えて仕事に取り掛かる。さしてさも気にする必要はないただの人

しかし、しかしこの男だけは違った




もっとミリを不快にさせるモノがあった


それは、彼岸花

男の羽織りに施された綺麗な紅い彼岸花が…――――どうしようもなく、視界から受け入れる事が出来なかった











「時に、ホウエンチャンピオン。卿に一つ、聞いてみたい事があるのだよ」

「なんでしょう」

「卿が思う、もっとも美しいモノとは何かね」

「…美しいモノ、ですか」

「眼の見えない盲目の者からしてみればどの様に世界を見て、どの様に捉えているのかと思ってね。美しいと思える定義は何なのか…なぁに、答える必要の無い無粋な質問だ」

「………。美しいと思える定義なんて、人それぞれ。本当に無粋な質問…けれど一つ、私の意見で宜しければ答えるとしましょう」

「ほう」

「悪を知らない、純粋で綺麗な心です」

「―――…ククッ、なるほどなるほど。盲目の者は相手の心で見るという迷信も、卿で証明されたと言う訳か。実に面白い!良い事を聞かせてもらった。そしてまた一つ、分かった事がある」

「それは?」

「盲目の人間相手に、嘘は付けないという事だ」

「…フフッ、どうでしょうね」







この男、一々癇に触る

一体何を考えてこちらに問い掛けているのか。この男の事だ、知っていて敢えて聞いているに違いない

気の抜けない男だ。早く食べてさっさと帰ろう



そう思ってモサモサとご飯を食べ進んでいたら…――――ガタリと、男が先に席を立った







「…――――さて、と。もっと卿と話をしたかったが、本を読み終えてしまった。時間が時間だ、そろそろ私はお暇させて頂こう。…そして、」

「―――…え、あ!」

「楽しい時間を共有してくれた礼だ。お代は私が払っておこう」






テーブルの上に置かれていたレシートが付けられたお勘定の板が、勝手に宙に浮いたと思ったらソレはまっすぐに男の手に渡った

どうやら男のポケモンが超能力を使ったらしい

ぽかんとした顔をしたミリを余所に、受け取ったソレを現れた従業員に自分の分も含めて手渡ししながら、ミリを振り返りクツリと喉の奥で笑った






「ホウエンチャンピオン、今度また会えたら次は一緒に茶を交えようではないか。卿等との再会、心待ちにしている」







そう言って男は、彼岸花を施した羽織りをはためかせながら

不敵な笑みを最後に、喫茶店から姿を消したのだった















「…」
《気に食わんな。主人にあの物言い…初対面だとはいえ、実に気に食わない》

《奴…人とは違うナニかを感じさせる。…危うい人間だ》

《ミリ様、あの人とは絶対に会っちゃダメです。なんか、あの人、僕…怖いです》

「………………そうね」








まるで、嵐の様な男だった

彼は良い意味でも悪い意味でも記憶に残るだろう







「(…もう二度と…彼とは会わない事を、切に願いたいね)」








…――――紅い紅い、彼岸花


不吉を招く、忌々しい紅い彼岸花

ミリは何かが崩壊していく音を感じた



























「―――――…偶然とはいえ、まさか会える日が訪れるとは。いやはや、今日は実に楽しい一時を過ごせる事が出来た。愉快愉快。今日の話をあの者への土産話にしたら喜ぶか、はたまた嫉妬するか…ククッ、反応が実に楽しみだ」







男は笑う

愉快そうに、嘲笑う






「欲望に忠実であれ。欲しい物は奪ってでも手に入れろ。その姿こそ、人間の最も醜く美しい姿だ…――――卿も、そうとは思わないかね?






ホウエンチャンピオン、否…―――氷の女王よ」








男は笑う、嘲笑う

彼岸花の羽織りを靡かせながら、男はまた愉快そうに――――嘲笑った







(微温湯の幸福という平穏が)(徐々に徐々に、冷たくなっていく)



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