嗚呼、やっぱりそうだ

来る、アレが来る


【私達】が一番忌み嫌う、あの存在が













Jewel.09













今日の夕飯は手によりを掛けて、美味しいご飯を作りましょう





「チュリィィ…」
「ふりぃ〜」
「ガァアア」
《主、腹が減った》

「はいはい、ちょーっと待っててね〜。あともう少ししたら完成だよー」

「ミロー」
「キューン」
「ミリ様、味見お願いします!」

「はーい。…ん、イイ感じ。それじゃ愛来、手分けして盛り付けよっか。炎妃、皆を呼んできて。水姫は刹那を監視。おーけー?」

「はい!精一杯頑張ります!」
「キューン」
「ミロー!」
《ぬ。水姫、この私を阻むというのか(グゥゥゥ》






彩りを良く、雰囲気を大切に

料理をお皿に盛り付けて、食卓に並べれば準備オッケー







「…」

《マスター、アスランの波動をキャッチしました。このまま数分もしたら帰宅してくるかと》

「ありがとう、朱翔。後数分だったら皆このまま待っていられるね〜?」

「チュリィィ…(クゥゥゥ」
「ふりぃぃぃ…(キュゥゥ」
「ガァァァァ…(ゴギゥゥ」
《無理だ》

《少しは我慢しろ》

《確かにいい匂いをさせた料理を前にお預けは辛いだろうな》

「ごめんね〜」








お腹を空かせた可愛い子達を宥めつつも、この豪邸の主人の帰りを待つ

今日は彼の好きな物も作ってあるから、喜んでくれる顔を視るのが楽しみだ



…―――お、どうやら帰ってきたみたい








「―――今帰ったよ」

「おかえりなさい、アスランさん。お仕事お疲れ様です」

「…」
《おかえりなさーい》
《やっと帰ってきたか。ではさっそく、》

「ハハッ、今日もお互いお疲れ様だよ。さて、今日の夕飯は何かな?」

「今日は愛来のお手伝いで久々に豪勢に作っちゃいました!丁度出来上がりましたから一緒に食べましょう、アスランさん」

「あぁ、そうだね」

「ミリ様〜!刹那さんが盗み食いしようとしてますよー!」

《バレてしまったか…!》

《あ!こら風彩!まだいただきますしてないのに食べちゃダメ!こらあああああ!》

《主、大変だ。桜花が腹を空かせ過ぎて今にも泣きそうだ》

《…な、泣くな桜花!それくらい我慢しろ!今此処で泣いてしまったらマスターの迷惑になるだろ!》

「おやおや、ハハッ。ポケモン達は元気だな」

「フフッ、そうですね」










さてさて、アスランさんが帰って来た事だし

料理が冷める前に、皆がお腹を空かせて暴れちゃう前にそろそろご飯に手を付けちゃいましょうか







「さあ皆、手を合わせましょう




 …――――いただきます」







嗚呼、幸せだね

まるで心地良い微温湯に浸っている様な、そんな気分だよ






―――――――――
―――――――
――――








風が心地良い。勿論全然寒くない。ホウエンは最南端、対して気温の差も感じられないから薄着で十分なくらい。これからどんどん暑くなるホウエンだけど、シンオウの故郷はやっと温かくなってきた頃なのかな。…ちょっぴり、あの故郷が恋しいかなー、なーんてね

昼間はあんなに眩しかっただろう大空は、今となれば闇夜となり、空はキラキラと数々の星が姿を現している。きっと今まさに、その存在を存分に輝かせているんだろう。特にこの場所は高層ビル等が無いから、さぞかし綺麗な星空が私達の頭上を輝かせているに違いない

そして、もう一つ

かつては好きだった、しかし今となれば大っ嫌いになってしまった存在も―――…憎たらしいくらい、燦々と輝いていた






「―――――……満月、か…」






嗚呼、やっぱり

やっぱり原因は、アレのせいだったのね


見えなくても分かる。視なくても分かる

私の頭上を遥かに超えた場所に輝くこの存在は、この地球上に生息する生きとし生ける存在を優しく照らすと共に、徐々に徐々に…私を蝕んでいくんだ

来てしまう、逃れられない


…―――"紅い満月"から







《…―――――主、あまり皆から離れると怪しまれるぞ》

「…あらー、闇夜ちゃん。トイレに行っただけなのによく此処が分かったねー」

《影は常に傍にいるもの、故に主の行動はお見通しだ。…残念だが、夜の事がある以上一人にする事は出来ない。夜だけはこの私が、蒼華達の代わりに主の傍にいると誓ったのだからな》

「…もー、一人にさせてよー」

《断る。まあ安心しろ、影の中に潜っている。何かあったら声を掛けてくれ、私は影らしく静観している》

「…それも一人になった気がしないんだけど…」






心夢眼のシンクロをしていないから、眼前の世界も、隣にいる私の影が一体どんな状態でいるかは分からない。傍に感じる気配とテノールを響かせるテレパシーに私はやれやれと苦笑を零す

そんなに心配しなくてもいいのに。どっかに徘徊して野たれ死ぬわけじゃないのにさ。全く、この子も忠誠心固くて過保護といいますか

他の手持ちの仲間達は、それぞれ楽しく一時を過ごしている。風に乗って、皆の声が聞こえてくる。嗚呼、平和だなぁ。遠くから、炎妃の唄も聞こえてきた。桜花に子守歌でも唄ってあげているのかな

嗚呼、本当に平和だよ








「(…………嫌、だなぁ)」







この平和が、崩れてしまう事が




少なくとも、皆には影響はないはず

これは私自身、ううん【私達】自身の問題だ

此処最近不調気味だったのは、もうじき訪れる紅い満月の予兆。紅い満月は【私達】を、何処の世界に行こうがずっと苦しめてくる。しかし、紅い満月が無ければ、私は先代の【異界の万人】の記憶と力を引き継ぐ事が出来ない。紅い満月はただの引き金、けれど力を、記憶を得るもあまりの膨大な力や記憶の量、そして副作用からくる反動で動けなくなる。必要なのは分かっている、だけど、なるべく避けたい忌々しい存在

…だって、紅い満月がキッカケで掴んだ幸せが崩れてしまう恐れだって、あるんだから

崩れたよ、前だって。もう昔の話、先代の記憶からも【私達】が何度紅い満月に苦しめられ、手にした幸せを幾度となく奪われてきた。先代の記憶を受け継げば、【私達】の記憶は私の記憶の一部になる――――…昔は好きだった満月も、過去の記憶<トラウマ>の所為で恐怖の対象になってしまうのも、無理もないかもしれない。だからかな、見上げる満月を見る眼が、憎悪と嫌悪で歪んでしまうのは…―――

…ま、今となれば昔の話。過去は過去で、私自身の過去じゃない

でも……―――










カツン――――……








「…―――アスラン、さん?」

「――――――…っ、すまない。びっくり、させてしまったかね?」

「いえ、大丈夫ですよ」







遠くから小さな足音が聞こえてきたと思っていたけど、足音の主はアスランさんだった

何やら一瞬反応がぎこちないものを感じたけど、些細なもの。もしかしたらきっと私の気のせいなんだろうと思い、アスランさんの来訪を受け入れる

彼の足音が隣に並んだと思ったら、ふわりと肩に布の様なものを被せられた





「!―――…これは、」

「一枚、預かってきた。…部屋に顔を出しても君がいなかった。一体何処に行ったのかと思ったら、こんな所にいるなんてね。…いくらホウエン地方とはいえ、夜に薄着をしていたら風邪を引いてしまう」

「あ…ありがとう御座います、アスランさん。…部屋の皆、どんな様子でした?ちゃんといい子にしてましたか?」

「勿論、君が心配する事じゃない。よく躾がなっている、いい子達だ」

「そうですか」







わざわざ私を捜しにきてくれるなんて、本当にアスランさんは優しい人。一つ一つの気遣いが、本当に有り難いものばかり。私は羽織られたストールをキュッと握り締めた

…どうやら闇夜とアスランさんだけじゃなくて、手持ちの皆にも気を使われていただなんてね。彼の会話で分かった。きっとこの服は、愛来から預かってきたものだろう。このストールは、記憶が正しければ洋服棚の中にハンガーと一緒にかけられていたはず。保管場所を、いやストールそのものを持っていた事すら知らないアスランさんが、こうして持って来てくれたという事は…第三者がアスランさんにこれを託した事になる

きっとストール渡した相手は愛来かもしれない。だとしたら、それを指示したのは蒼空だ。そして、今この瞬間まで闇夜以外の子達が私を捜して来ないのは、蒼華が皆を引き止めているから。なんでそんな事をするかなんて…聡い蒼華なら、私が一人になりたがっている事なんて、すぐに気付いていたんでしょう。そして賢い時杜と刹那なら蒼華の行動の意図に気付くはず

…全く、本当にいい子達を仲間にもったよ






「……今日は、綺麗な満月ですね」

「…よく、分かったね。今日が満月だという事を」

「私に、視えないモノはありませんよ。…フフッ、なーんてね」

「…………ミリ君」

「はい」

「君は、満月が嫌いなのかい?」

「………―――――」








唐突に問われた言葉に、一瞬だけ言葉を失う






「眼が視えないはずの君が、満月を見上げていた時の様子が…………いや、やはり今のは無粋な質問をしてしまった。今の言葉は無かった事に…――――」

「大っ嫌いですよ」

「!」

「前までは好きでしたが、今はもう…大っ嫌いです」






私らしくない、そうアスランさんが言いたいのは分かっている

見られていた。私の姿を、誰にも見せたくなかった、私の眼を、姿を

分かっているよ、自分でも分かってる。私らしくないって。分かってる、分かっているんだよ。人に言われなくても、ずっとずっと前から気付いていたよ

でもね、これはもう、どうしようもないんだよ






「大っ嫌いですよ……満月なんて、ね」







【私達】が月を嫌っている以上、必然的私も月に対して嫌悪感を抱いてしまう。そして、私自身月の所為で苦しめられた経験を持っていれば、尚更


月なんて、嫌いだ

大っ嫌いだよ。月も、紅い満月も




………大っ嫌いだよ、本当に








「…月は嫌いですが、月には感謝してます。皮肉にも、月のお蔭で出会えた仲間がいる…内緒にしてくださいね?この事を知ってしまったら、悲しむのはあの子達なんですから」

「………」

「それに嫌いと言っても、嫌いにも波がありまして(紅い満月の影響が及んでなかったら平気なんだけどね)…こんな事、アスランさんが気にする事ではありませんよ。これはあくまで、私の独り言なので。私のどうでもいい好みなんか、それこそ人に一々広言するつもりもありませんし」

「…………………」

「ちなみに、アスランさんはどうです?…月は、好きですか?」

「………好きか嫌いかと言われたら、好きの部類に入るが、敢えて普通と答えておこう。しかし私も満月だけはどうにも好きじゃないな…――――亡くしてしまった娘の事を、思い出してしまう」

「…そうですか」

「………ミリ君の姿を確認出来たから、私は部屋に戻るよ。早く休むといい、明日もまた仕事だ」

「はい、おやすみなさいアスランさん」

「あぁ、おやすみミリ君」







そう言いうも、アスランさんは暫くその場に止どまっていたけど、踵を返して部屋に戻って行く

足音が遠ざかっていく。何処か足取りが重い気がする。私の気のせいだろうか、でも想像は付く。アスランさんの足音が完全に消えるのを耳で確認しつつ、私はまた正面に顔を向け、今もなお輝き続ける満月を仰いだ










「(…紅い満月が近付く……五代目の【異界の万人】の引継ぎが迫ってくる……――――けど、なにか違う……あの悪夢は、かつての【私】と関係がある夢なの……?)」







分からない、意味が分からない

あの悪夢は先代の記憶からくるものなの?

それとも、シンオウに来る前までの、失っていた記憶なの?


…分かりたくもないし、知りたくもない

先代の記憶の引継ぎだったら構わない。けどそうじゃなかったら本当に勘弁してもらいたい

失ったままなら、ずっとそのままにしておきたい

思い出してしまったら、私は…――――











《………そろそろ部屋に戻った方がいい。気配を感じる。もしかしたら姿を消した刹那が近付いてきているかもしれない》

「………闇夜、君は月が好き?」

《主、今はそんな事を聞いている場合では…》

「ね、闇夜。…君は、月が好き?」

《……私にとって、月は必要不可欠なモノ。月の力、三日月の力を無くしたら周りの種族や人間を、このナイトメアの呪縛から解き放つ事が出来ない。…好き嫌いなど、今まで考えた事がなかった。しかし改めて問われてみると…そうだな、好きの部類に入るな》

「…………」

《闇の中に同化してしまう影より、月の光で照らされる影でありたい。…今の主は太陽ではなく、月だ。私は主に照らされて出来た影…故に、私は月が好きなのかもしれない。主の存在が在るからこそ、私がいられるのだから》

「…カッコいい事、言ってくれるねぇ。惚れちゃうぞ、もう」

《……何度も言うが、今の主の姿を誰にも言うつもりはない。誰にも、悟らせはしない。だから、私の前では隠さなくていい。…アスランがこちらに顔を出してきたのは予想外だったが》

「…………別に、構わない。それにアスランさんは、言わないよ。言ったところで何も変わらない、その事はアスランさん自身がよく分かっているはず」

《……………》

「…戻ろっか、闇夜」









願わくば、このままでいて欲しい

何も起こらず、何も知らずに

この微温湯の幸福感の中に、包まれていたい










「…」
《お帰りなさーい》
《随分遅い散歩だったな》

「夜風、気持ち良かったよ。…ねぇ、皆」

《はい?》

「……ううん、なんでもない。皆も寝ている事だし、明日も早いから早く寝よう。明日も忙しいぞー」

《…………》

《《「………」》》










それが喩え叶わぬ願いでも

願わずには、いられないのです






(嗚呼、嫌になる)(この幸せが崩れてしまう、そんな焦燥感が)

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