これから、また

始まる











Jewel.60













…――――リーグ協会ホウエン支部。ホウエン地方では最も最南端にある島、サイユウシティにその場を置く。サイユウシティはリーグ協会のみその場を置くだけに、ポケモントレーナーが目指しポケモントレーナーが辿り着く最終地点としてもその名が知られているのはご存じの通り

過酷なチャンピオンロードを抜け、フラワーロードで一時の間を迎えた先にあるのがポケモンリーグ協会

リーグ協会に鎮座する、最高で最強のトレーナーといえば言わずと知れた存在。ポケモントレーナーが最も倒すべき相手がチャンピオンであり、そのチャンピオンを守る為にトレーナーの行く手を阻むのが四天王。彼等の圧倒的強さ、そして彼等の存在力こそがトレーナーは勿論、世間により一層影響を与えているのは確実だ

四天王は、四天王の名の元、チャンピオンを守る為に挑戦者達に己の牙を奮う

チャンピオンは、チャンピオンにだけ認められた王座に座り、四天王という猛威を掻い潜った挑戦者の来訪をただ静かに待つ

ポケモントレーナーにとって、彼等の存在はまさに高嶺の存在だ。将来の夢はチャンピオンになる、四天王になると言う若きトレーナーの卵も言うくらいに。彼等の強さに尊敬し、時には畏怖し、しかしそれでも彼等の高見を踏み越えたい。憧望と羨望の眼差しを一身に浴びる彼等の背には、一体どんな重みを抱えているのだろう







――――…ドガァアアアアアアン!!!!!






そしてその彼等は、今

リーグ協会内部にある特設フィールドにて、壮大なバトルを繰り広げていた









「アブソル、戦闘不能!このバトル、アゲハントの勝利!




よって四天王・ロイドVSチャンピオン・ミリの3対3のバトルは―――…0対3で、チャンピオンの勝利です!」



「アブソル、よくやってくれました。戻りなさい」

「ご苦労様、風彩。後はゆっくり休んでね」

「ふりぃ〜」
「…」
「キュー!」
「……」

『審判の決断が降り、これにてロイド氏とチャンピオンのバトルが終了しました。結果は残念ながら三試合勝利を収める事叶いませんでしたが、外科医師故の的確で鋭い攻撃は見ているこちらが圧倒してしまう圧巻なバトルでした』

『しかしやはりチャンピオンですねぇ〜あのロイドさんまで勝利を収めるなんて。使用ポケモンは違っても連続してバトルを行っているというのに。次の試合も楽しみですね〜』

『そうですねぇ〜この日の為にめいいっぱい放送時間を確保しただけありますね』







チャンピオンと四天王で繰り広げられる、地方放送によるエキビジョンマッチ

その内容は至ってシンプル。新生チャンピオンと四天王の実力を、地方にいるトレーナー達に知らしめ、より一層活気づける為に。そして、新たに生まれ変わったリーグ協会による第一歩の為に

リーグ特設フィールドの中に立つのは、第二関門を守る悪タイプの使い手、ロイド

そして対するのは―――…ホウエン地方で最も最強のトレーナー。傍らに三強を従わすホウエンチャンピオン、ミリ






「流石ですね、ミリさん。結局貴女に勝利する事が敵わなかった…しかし、だからといって諦めませんよ。私達の道は、これから始まるのですから、ね」

「楽しみにしてるよ、ロイド。これから始まる私達の道で、貴方がどのように成長していくのか…フフッ、見守らせてもらおうかしら」

「是非。このまま私の成長を最期まで見守って頂けたら最高なんですけどねぇ、クスッ」

『(ガタッ!)お、おおおおお!?(ガタガタッ!)ここでまさかのアプローチ!?ミステリアスで有名なロイド氏が甘い顔でアプローチ!これは中々インパクトありますよ…!きっと女性の方々が彼にあのように言われたら落ちる事間違いなしですね!対するチャンピオンは…』

「勿論。チャンピオンとして、貴方の成長を最後まで見させてもらうからね」

『おおおおお!素敵な笑顔でロイド氏のアプローチに答えたあああ!っしかし!だがしかしっ!彼女はアプローチに気付いてない!あれは気付いてない!なんてことだ、ロイド氏の甘い顔に盲目である彼女の前では通用しなかったあああッ!さ、流石はチャンピオンと言ったところでしょうか…天然でこういう恋路地には鈍感、彼女を落とすのは並大抵の事では通用しない事だけは分かりました』

『ロイド氏の"最期"とチャンピオンの"最後"の意味のすれ違いが伺えますねぇ』

「おやおや、クスッ。貴女も罪なお方だ」

「?」

「はーいそこまでっ!ちょっとロイド!どさくさに紛れてミリちゃんを口説かない!放送されてんのよー!」

「おや、ミレイ。それではカメラが回っていなければ口説いてもよろしいと?」

「カメラ回ってもダメなものはダメよー!」

「あの二人仲いいねー」

「…(ペシッ」
「キュー」
「……」
「ふりり〜」

『ああダメだ。チャンピオンまるで気付いてません。無垢な笑顔です、眩しいです、流石にスイクンも彼女にツッコミを入れましたよ見ましたか今のアレを』

『これはロイド氏に関わらず、頑張ってもらいたいものですねぇ』

「あ、あのぉ〜…みなさーん…」

「………お主ら、仲良くするのもいいがそろそろ儂とのバトルをさせてくれんか。審判が困っとるじゃろ」

「生放送という事を忘れてはなりませんよ、皆さん」

「はいはーい!」







フィールドの中央に、和気藹々と笑い合う彼等の姿を放送局の従業員一同は微笑ましく見守る

本来ならフィールドを囲む観客席には沢山の人で埋め尽くされているのだが、今はその姿は無い。今日はテレビ放送でのエキビジョンマッチ、故に観客席にはリーグの職員を始め、様々な箇所にカメラが設置されている。今もきっとこの状況が流されているのだろう、もしくは運良くCMが流れているかどちらか

若干空気状態でオロオロする審判を見兼ねてゲンジが呆れた様子で声を掛け、やっとこさ次の試合へと気持ちを切り替える

エキビジョンマッチ、四天王全員がチャンピオンに挑戦する3対3の勝ち抜き戦

第一試合のミレイの挑戦から始まり、プリム、ロイドと続き、早くも最終戦になろうとしていた







…―――――地方によって特色が様々なリーグ協会。地方独特な風習も然り、そしてかの有名で壮大に行われるリーグ大会の形式も大いに関係してくる

リーグ大会―――…リーグ大会といえば、地方に存在する認可されたジムバッチを八つ取得出来たトレーナーが集い、バトルをし、優勝を競い合うのが主流と言われている。それに関してはきっと何処の地方でも形式は同じなはずだ。しかし、基本的な形式は同じでもやはり地方によって開催方法や運営方法も違ってくる。リーグ協会本部とすれば、最終的に殿堂入りもしくはチャンピオンが新たに誕生すれば内容は個々に自由だとしている為だけに、リーグ大会の内容一つだけに地方の特色が伺える

勿論、これはリーグ大会だけの事ではない。小さな行事からも実を結ぶ。それこそ、始めは企画として始まったコンテストの様にいずれ実は華となって開花する

リーグ協会本部が支部を信頼して出来る、絆からもたらした事。これが厳重な規則や法則にがんじがらめに拘束されては、様々な可能性が絶えてしまう。何故このような形を本部がとっているのかはともかくとして、そのお蔭で今のリーグが成り立っているといえよう




ホウエン支部は変貌を遂げた




シンオウで活躍したあの盲目の聖蝶姫がチャンピオンになった事で、ホウエン支部は変わった。勿論、それは良い方向へ。何があったかは今となれば闇の中、ホウエン支部の上層部が続々と退職した事で一時期大変忙しい日々を余儀なくされたが、それはもう過去の話。昔を知る者達が今のホウエン支部を見れば、見違えるほど変わっていると口を揃えて言うだろう

今までにない新たな光、新たな道

現チャンピオンであるミリを筆頭とし、「自分達で新しいリーグ協会を築いていこう」という言葉を胸に彼等は一から全ての事を改正し、新たなリーグを築き上げた。本来なら途方もない事で大きな時間を費やす事になるのだが、こうも早く片を付ける事が出来たのもミリの器量と博識な知識で導き、上に立つ者としての存在感―――…否、やはりなんといってもミリの下に集い、働く、自慢の従業員達による仕事の早さとミリを囲む沢山の仲間達の支えがあっての事。彼等の結束力が無ければ、何も始まる事は出来ない。「皆さんの存在があってのチャンピオン」と言って彼等の事を認め、感謝していただけにミリを慕い、集いし掲げた結束力は解ける事を知らない

なによりこのエキビジョンマッチこそ、新たに生まれ変わった新生ホウエン支部初のお披露目でもある

そして同時に、リーグ大会の形式も変わる事になる。今までこのホウエン地方のリーグ大会では、八つのバッチをゲットした者が無条件でリーグ大会の出場権を手に入れれるものだったが、新生リーグ協会になった事により出場条件が『四天王・チャンピオンの勝ち抜き戦を行い、彼等のうち一人でも実力を認められた者に出場権を与えるものとする』と変更になった。簡単に言えばあのゲームと同じリーグ戦と言うべきか。何故このような形を取る事になったかは色々理由があるのだが、やはりリーグ大会出場を目指す若きトレーナー達の良い活力になってもらいたかったから。勿論、出場権はこれに限る事では無い。説明すると長くなるので置いておくとして

顰蹙や批判を買われるかと思ったが、どうやらその心配は無さそうだと誰かは口コミでその事を耳にする。むしろこの変更は逆にトレーナー魂に火を着けた様なものだ。何故なら、そう。チャンピオンや四天王は彼等若きトレーナーからすれば高嶺の存在、彼等とのバトルがリーグ大会前に出来るという絶好のチャンスにそれはそれは盛り上がっている事だろう。高嶺の存在故に、身近になった親近感、それ故にまた彼等は闘志を燃やしまくる。これこそ、ミリが彼等の心理を踏まえた決断だった



…―――――ただ王座に座り、来客を待つだけでは物語も何も始まらない

私達が彼等に歩み寄り、手を差し出さなければ全ての物語は始まらない



そう断言したミリの眼には、固い決意を秘めた光が燈っていたのは記憶に新しい。この言葉に勿論四天王は賛同し、結束を強めた。これから忙しくなるだろう毎日に、期待と覚悟を抱いて

そしてこの言葉が彼女の名言となり、いつしか彼等を支える力になっていく事となる










「これより、四天王・ゲンジとチャンピオン・ミリによる3対3のバトルを始めます!皆さん、準備は宜しいですか?」

「あぁ、いつでもいけるぞ」

「こちらも同じく」

『気を改めまして、次に挑戦するのは四天王最後の砦、第四の関門であるゲンジ氏の登場になります』

『四天王の中で最も最年長であり、最も最強の男。そして竜タイプの使い手として、ホウエン地方の中で一番屈指の実力を持つ男…―――この挑戦は、まだまだヒヨッコのチャンピオンに対する、年輩者からの直々のご指導とも取れますねぇ。そうでなくても、四天王の仲間が倒されてしまった以上、負けられない戦いになりましょう』

『そしてチャンピオンも負けられない戦いになっていく事間違いなしです。チャンピオンという重き荷を背負い、これから始まる新しい道のりを先頭きって進んでいく為にも』

『私達は最後までこのバトルを見届ける義務がある。…―――この生放送を見て、このバトルを見て是非、若きトレーナー達を活気づけてもらいたいものですね』









フィールドに立つ覇気を纏いしその出で立ちは、まさに四天王、まさにチャンピオンに相応しい

威厳に満ちた強い眼光とオーラを発する、四天王の中で一番の実力を持つゲンジ。船帽の下に隠された瞳にはこれから始まる壮絶なるバトルに期待する強き光、そしてその口元には楽しみだといわんばかりの笑みが浮かべられていた。ミリの下に居たからこそ、ミリの実力を一番に理解している彼だからこそ、こうしてバトルの場を設けられたこの瞬間が待ち遠しいかった。自分よりかなり年下の小娘に、果たして自分はどれくらい通用するのかを。そして彼女とのバトルで自分がどれくらい成長出来るのかを

勿論、ゲンジに限った事ではない。先程戦ったロイドも、プリムもミレイも同じ。チャンピオンであるミリに挑戦する事は容易ではない、しかし、彼女のバトルでどれだけの事を吸収し、得る事が大事なのだ

これから始まる、自分達の新しき道を歩む為にも






「お主と戦うのは、初めてだったな」

「えぇ、そうね」

「前回のリーグ、殿堂入りを果たしたお主はそのまま前任との勝負に勝ち、チャンピオンとなった。チャンピオンになったのはいいものの、バトル出来るかと思いきやどうも機会に恵まれずにおったからな…今日という日を、心底楽しみにしていた。さっきのバトルといい、早く儂の番にならんかとウズウズしとったわ」

「フフッ、それは随分待たせちゃったみたいね」







先程から連続して行われたバトル。四天王という強者を三人相手にしてきたというのに、ミリの様子は至って平常で一切の乱れも無い

並のトレーナーなら極度の緊張と集中の連発で何処かで必ず根を上げてしまう。しかもゲンジという四天王最強のトレーナーを前にしたら、彼の威厳に圧倒されてしまうトレーナーが殆どなところ、まだまだ若輩者であるこの娘は臆する事もない。まるで聖母の様に、向かってくる相手を慈悲の抱擁で包み込んでくれる様な出で立ちだ。しかしゲンジは知っていた。この、か弱い聖母は慈愛を持って相手を容赦無く叩きのめすのだ

他者の介入を許さず、誰にも囚われる事のない高嶺の蝶

まさに孤高のチャンピオンに相応しく、年相応にしてみればあまりにも不釣合いでアンバランス過ぎる彼女。彼女を支えている根源は一体何だろうか。そんな事を見定めつつも、ゲンジは口を開く





「ミリ、バトルを始める前に言っておこう。…チャンピオンとして、お主は頑張ってくれた。此処までこれた事は並大抵の事ではない…その裏にはお主の血の滲んだ努力の賜だと儂は断言する。無論、その事は我等四天王も、リーグの者達も重々理解しとる。そして、感謝もしとる」

「!ゲンジ…」

「もっと誇りを持て、ミリ。お主こそ、誰もが認める立派なチャンピオンだ。お主ほど芯の強く、人やポケモンの為に一生懸命になれる心の優しいチャンピオンを儂は知らん。…儂らに遠慮しているのなら、それは大間違いだ。此処までこれたのも全て、お主の実力。儂はお主に出会えた事に感謝をし、お主の四天王でいられる事に誇りを持とう」

「…………」

「ミリよ、まっすぐ突き進むのだ。お主が歩む道は、儂らの光だ、新しき道だ。その道は既にもう開かれている







…―――――我等がチャンピオンよ!何も囚われず、何も振り向かず、己の道を突き進め!迷う必要はどこにもない、自分の思うがままに突き進め!我等四天王はどこまでも着いて行こう!」








本当に何も、謙遜する事はない

胸を張れ、堂々と

誰もが皆、お前をチャンピオンだと認めているのだから



高らかと言い放つのと同時にゲンジは自分の相棒が入っているボールを高らかと投げ放つ

ボールが開き、光と共にフィールドに現れたのはボーマンダ。ゲンジが最も信頼し、また一番強いポケモン。ボーマンダもボールの中からずっと機会を待っていたのか、地面が揺れるくらい威圧が籠った咆哮を轟かせた

ブワリと風がはためいた。それは、ボーマンダの背に生やす翼が羽ばたいた為に起きた突風。風は眼前に立つスイクンを、セレビィを、ミュウツーを、そしてミリの身体を吹き抜け、彼女の漆黒の長い髪とスイクンの海色のたてがみを靡かせる



スゥ…、と此処でミリの眼が細められ、そしてゆっくりと瞼が閉じられる



眼を閉じても開いても、ずっと変わらない暗闇の視界

しかし、彼女には視えていた

この先にある光を、世界を

そして新たに進んでいく、光輝く未来を――――…








「…―――――えぇ、勿論。このまま私は私の道を切り開いていくよ、その先に幸せが訪れ、平和がもたらされるのなら。こんな私に、貴方達が着いて来てくれると言うのなら…たとえどんなに茨の道だとしても、私は貴方達皆の期待に、想いに答えましょう」








瞼が開かれ、漆黒の瞳が姿を現す

相変わらず、彼女の瞳には光が無い

光は無いが、強く鋭い眼光が光っていた。その眼はまさに、覚悟の眼。迷いの色も見えない強い眼は、眼前に立つ相手を鋭く突き刺す







―――――リーン…






何処かで鈴の音が、鳴った








「さあ、ゲンジ。始めましょう、私達のバトルを。貴方は私に、一体どんな光を見せてくれるのかしら







…――――見せて頂戴!この眼に届くくらいの、強く眩しい光を!」

























どんな事があっても、守ってみせる



最北の地で交わした約束も

この地に住む、生きとし生けるものたちも

新たに手に入れた第二の居場所も

新たに出会えた、仲間達も








「…――――頑張ろうね、皆」

「…」
「キュー!」
「……」








覚悟を決めし蝶は、前へ進む

止まる事は許されない

頂点に立つ者として、

そして本当の帰る場所を、見つけ出すまでは―――…








(忘れたモノ)(失ったモノ)(そんなモノには、見ないフリを)


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