ホウエンに行った彼女は最短記録の二週間でホウエンリーグ大会に滑り込みして見事チャンピオンに登り詰めた、と聞いた時はもう開いた口が塞がらなかった。とうとう彼女はそこまでやってしまったのか、と笑ったのを覚えている。テレビは絶えず彼女を報道し、人々の噂は専ら彼女の話ばかり。小さな子ども達でさえ、「大きくなったら聖蝶姫みたいなすごいトレーナーになってやる!」なんて意気込むくらいに。若いなぁ、なんて思ってしまったのは私だけじゃないはず

それからいつしか報道はホウエントップコーディネーターを伝え――彼女が最も目標としていたポケモンマスターになった、という事も伝えた

回りは勿論喜び騒いだ。トウガンさんも、ヒョウタ君も、こうてつじままで運んでくれるミナトさんも、それからシンオウ全土の人々も。ホウエンに発つ際に見送りに来ていた彼女の仲間達とお蔭様で仲良くなり、彼女の祝いとして祝盃を上げた。彼らも全員が彼女を祝い、自分の様に喜び合った。…流石に喜び過ぎて勢いがあったせいで皆泥酔してしまったのは置いておこう


そして彼らは彼女との再会を心から待ち望んだ。シンオウに帰還して、彼女に「おめでとう」と言う為に。約束を、果たしてもらう為に。それからシロナ宛に一通の手紙が届いたらしく、そろそろ帰還してくると意気揚々に伝えてくれたシロナの言葉で、彼らは今か今かと再会を待ち望んだ。―――勿論、待ち望んでいるのは彼らだけではなく、私も含まれている。彼らの中で、彼らと一緒に、彼女の帰還を心から待っていた





だが、しかし

シロナの報告を聞いてから数日後、彼女が行方不明になったとテレビの報道は伝えた






愕然とした、否定した、目の前が真っ暗になった――…これは私だけではない。全員が全員、情報を否定した。否定するのも無理は無い――もうすぐ帰還できると聞いたすぐに行方不明だと聞けば誰だって有り得ないと思ってしまう

リーグは動いた。一番ショックをした筈なシロナがシンオウチャンピオンとして前に立ち、彼女の後を引き継いだホウエンチャンピオンのダイゴ(後に、こうてつじまにて鋼タイプを持つ者として知り合いになる)と共に彼女の捜索にあたった。彼女は生きている、彼女は無事だと――誰もが全員、必死だった

私もトウガンさんの下の元に、少しでも早く彼女を見つけ出せる為にもこうてつじまを離れて様々な土地に足を運んだ。彼女の独特で分かりやすい波動を捜せばきっと見つかる筈だ――そう思っていたが、現実はそう甘くは無く、彼女を見つけ出す事は出来なかったのだった





そして

人々はさっぱりと、本当にさっぱりと彼女の存在を忘れてしまったのだ







「ゲン、お前…気付いたか?いや、ちゃんと覚えているか?」

「それは、この状況と彼女の事ですよね?…勿論、あんなに彼女を想い無事を願った人達が彼女の事を忘れてしまった現状と、私はしっかりと彼女の事を覚えている」

「なら、いい。――悪い知らせだ。リーグ上部から捜索の打ち切りを宣告されてしまった。私達は強制的にジムに戻らなくてはいけなくなってしまった…」

「上が…?聞けば上も彼女を探していた筈ですよね?…まさか上も彼女の事を…」

「あぁ、そうだ、お前の考えている通りだ。上層部は、彼女の事を忘れてしまった。忘れてしまったからこそ、私達の行動を無意味と決めたのだ。…不甲斐ない思いのままジムに戻る事なってしまったのが、悔しい」

「…トウガンさん…」

「息子のヒョウタはしっかりと覚えてくれている。他のジムリーダーも、四天王も、チャンピオンも。しかし本当に、他の人々は忘れてしまっている。――何故、こうなったのか…私には分からない。どうして彼女と最も親しかった者以外の全員が記憶を無くしてしまっているのかも…」

「…信じましょう、彼女の無事を。それから…後は私に任せて下さい。ジムリーダーはリーグの管轄内…下手に動けないのは理解してます。リーグに属していない私なら、動けるはずです」

「――気をつけてくれ、ゲン。もしリーグが彼女の存在を消したとならば…彼女を捜すお前を黙って見過ごすとは思えん。リーグには表の顔もあれば裏の顔もある。…頼んだぞ、ゲン」






彼女は、何者かに陥れられたのではないか

それが、彼女の消息不明になった原因だと考えている。話に聞けば聞く分、彼女が約束を破るわけもなければむしろ彼女は約束を果たそうとしていた。無断で私達の前に消えるわけが無い。他の地方に行ったのなら、必ず前々から報道が伝わるはずだ

――…嫌な予感が止まらなかった。いや、今でも嫌な予感は止まらない。彼女は不思議な力がある。不思議な力を使える。不思議な力を――欲しがる者達は数多く存在するだろう。力の存在は知らなくても、彼女に付き纏う不審者に突然襲われたかもしれない。いくらポケモンの壁があったとしても、彼女自身は脆くて弱い。正直言って可能性は大だし、あまり考えたく無い。きっと全員必ずは頭によぎっているのだろう。口には言わないだけで。もう一つ考えられるのは、何かの事件に巻き込まれてしまったのではないか。…だが残念な事に、マスコミもその考えに至ったのだが、調べによると大きな事件は最近起きていないと伝えていたのだ。…しかし、私の中では何かがあると思えてしょうがなかった



しかし、結局私も彼女の捜索にピリオドを付ける事となる

私も、ルカリオも、トウガンさんも、最後まで彼女を探していた者達全員が――彼女の事を、忘れてしまったのだから

















「他の地方に行って探してみるのも手かもしれない。…しかし、どうも私はこのこうてつじまを、シンオウを離れる気が起きてはくれない…彼女を忘れた六年間もシンオウを発たなかったが…やはり心の何処かでは彼女を待っているのかもしれないね」

《…ポケモンも、あの方の帰りを待っています。またあの時の様に、あの方お手製のポフィンを食べてなで手もらえる様にと…彼らは、待っています》






最近になって、野生のポケモン達が咆哮を上げ、涙を流すのは此所のこうてつじまだけではなかった

シンオウ全土の野生のポケモン、ホウエン全土の野生のポケモン等々――彼女を思い出しては、涙を流し、彼女の名を叫ぶ様に咆哮を上げていた。民間は不思議だと頭を捻り、有名な博士や研究員も理由を突き詰めているそうだが――…理由が分かる日が来るのは、そう遠くはない







「―――行こう、ルカリオ。彼らの為にも、空白の六年間を埋める為にも――彼女を、捜すんだ」

《はい》












何の唄かは分からない



昔から伝えられた、鎮魂歌

唄は遥か先にまで響き渡る




優しい様で、切なくて

それでいて何処か懐かしいメロディー









リーン―――…








「ゲン、また会おうね」













あぁ…でも何故だろう




顔は、声は、波動は思い出せても


どうして、彼女の名前が思い出せないのだろうか―――






(こうてつじまに、また一つの咆哮が、轟いた)

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