「…早いものだ。君と出会って共に旅をしてから、もう一週間が経ってしまった」 「あっという間だね」 ―――こうてつじま あの日、私達が出会った場所 「今思えば、君のマイペースに振り回された一週間だった気がするよ…」 「あはは。ゲンには本当にお世話になったよ。…で、結局何か分かったかしら?」 「お蔭でゆっくり考える暇も無かったよ…」 「あらあら」 優雅に海色のたてがみを靡かせるスイクンの背に座り、隣りに立つミュウツーの頭を撫でながら彼女は笑う。紅いセレビィは私のルカリオと仲良く会話をしていて、彼女がセレビィの名を呼ぶと淡い光りを零しながら彼女の胸に飛んでいく。ルカリオ、と鈴の鳴る声で呼ぶとルカリオは彼女の元に近付き、彼女の手がルカリオの頭に乗せられて「ルカリオ、ゲンをよろしくね」と、そんな事を言ってくれている 今日は、彼女とお別れの日 一週間の期限が過ぎたのなら、もう私と彼女が共に旅をする理由は無くなった。これから彼女はこうてつじまから、ミオシティから離れてシンオウを駆ける。まだゲットしていないバッチやリボンを取得していき、頂点に登り詰める為に。私は彼女の邪魔を、してはいけない いや、もう満足だった。一週間でもあの盲目の聖蝶姫と共に行動し、仲間になり、彼女の砕けた一面を垣間見れたりと、彼女と知りえただけでも私は十分だった 「――――…" "、君のその力は…強大な力だと思う。けれど、凶悪じゃない。君の力はそう、善の力だ。ポケモンが君を慕うくらいだ。それだけは、分かったと言っておこう」 「………そう、ですか」 「現に君は、綺麗なフルートを吹いては空気を澄ませている。ただ吹いているだけじゃない。私には、何か理由があって吹いているのではないのか、とも思っている。敢えてソレが何かは……いつかの時にでも、聞かせてもらう」 「…………」 今でもあのフルートを聞く度に懐かしいと感じる理由が分からない。随分と昔に…遥か昔に聞いた様な、そんな感覚さえも思えてしまう それにいつかだなんて、そんな日が来ても彼女が話すわけが無い。彼女は秘密主義者。いくら打ち解けあった仲だとしても教えてくれるわけが無いと知っていたし、無理して聞くつもりもない。彼女は言わない事で、私達を守ってくれている。知ってしまうと後戻りが出来ない事をその光りが無い瞳は語っていたのだから だから私は聞かない それが互いの、境界線なのだから 「" "、ありがとう。私の我儘で一週間も付き合わせてしまって。…頑張ってくれ。今の私には君を応援する事しか出来ない。君の活躍をトウガンさんやヒョウタ君と一緒に応援している」 「私の方こそ言わせて欲しい。ゲン、ありがとう。楽しかったよ、ゲンと過ごした日々を。私は忘れないよ、ゲンという素敵な人を」 「私も君に出会えた事を忘れない。博識で聡明でしっかりしている一面もあればマイペースでフラフラする危なっかしい" "を、忘れたりはしない」 細くて綺麗な手に触れ、握ってあげれば答える様に握りかえしてきた。頭に手を乗せ撫でてあげればくすぐったそうに彼女は笑う。幼いこの一面を知っている人はいるのだろうか。綺麗だけど可愛いらしい彼女を、いつの間にか吸い込まれていただなんて 「―――…また会いましょう、ゲン」 その言葉を最後に―――彼女は、地平線の彼方に消えていった 「――――…懐かしい、本当に」 閉じていた瞼を開き、未だに眠りの片足に突っ込んでいる身体に鞭を入れて私はベットから起き上がる 仮眠をするだけだったのにどうやら寝過ぎてしまった様だ。時間はもう夕方に近い。窓の外は茜色に染まっていて――…本当に懐かしいと、頭が訴えている 《目が覚まされましたか》 「ルカリオか…」 《体調の方は如何ですか?》 「あぁ、お蔭で楽になった」 《それは良かったです》 ベットの横で静かに瞑想をしていたルカリオを尻目に私はベットから降りる。椅子にかかっていた自分の服を掴み袖を通し、置いてあった帽子を手に取った 瞑想を止め、こちらに近付いてきたルカリオを見る。…夢に出てきた昔のルカリオと今のルカリオは相変わらず変わっていない。《何でしょう?》と疑問の言葉を投げ掛けてくるルカリオに小さく笑みが零れる 「変わらないな、ルカリオ。今も昔も…七年前も、いや、私達は変わっていないな」 《……それは、》 「久々に、随分と懐かしい夢を見たんだ。彼女と私達が初めて出会った、あの日から――…別れたあの日まで」 《……………》 「" "、久し振りだね」 「ゲン!」 「あら?その方は…」 「初めまして、チャンピオン。私の名前はゲンだ。君の話は" "から聞いていた。あの時のバトル、中継で見させてもらった。とても素晴らしいバトルだった」 「ほら、一週間共に旅をした仲間だよ!ルカリオを連れたイケメンお兄さん」 「イケメンって…」 「そうだったの!ゲン、この子がお世話になったわね。よろしく。大変だったでしょう?」 「あぁ、お蔭様でね。彼女には本当に手を焼かせたよ。今じゃトップコーディネーターになって殿堂入りして、しかも今度はホウエン…向こうでまたマイペースを発揮してしまうのかと考えると心配になってしまう」 「気が合うわね!そうなのよねー、この子ったら本当に目を離すとフラッとしちゃうから困ったものよね!」 「(´A`)えー…」 「キュー」 「…」 「……」 「…ちょっとそこ、今頷いた?ねぇちょっと今頷いたでしょ気配で分かっちゃったんだけどもしもし?」 「キュー」 「……」 「あ、こら逃げた!」 「―――…そうよ、あなたもこの子に約束してみない?」 「約束?」 「私は再会と再戦と健闘を約束したのよ。此所にいる殆どの人は約束していったわ。…この子ってフラフラしているでしょう?この子がちゃんと帰ってくる為にも、あなたも何か一つでもいいから付けてあげて頂戴」 「…テレビや君の話を聞く度に思うけど、君は本当に大切にしているんだね。…盲目の聖蝶姫じゃなくて、" "を」 「勿論よ。…で、約束は?」 「"また一緒に、あの時の様にこうてつじまでピクニックをしよう。今度は君の友達と一緒に、ポケモンも一緒に楽しいピクニックをしよう"…――そう、約束したんだったな」 《覚えています。回りの皆さんもゲン様の言葉に賛同していたのも、昨日の様に目に浮かびます》 「…本当に、懐かしい…」 「良い約束ね!ならその時は是非私達を呼んで頂戴ね!こうてつじまねぇ…こうてつじまでピクニックだなんてスリリングがあるわね」 「" "の前では野生のポケモンも大人しくなってくれるから大丈夫な筈だ。君にも私にも、その日が来るのを願っている」 「えぇ!という訳だから分かったかしら?…あら、" "?……え、" "!?…はぁ、またあの子ったら…!」 「(変わらないな…)」 「" "ーーッ!」 《しかし何故、今になってその話を…?》 「分からない。…突然、水が沸騰したみたいに記憶がわき出てね…どうやらダイゴの話を聞き過ぎたらしい。細部の記憶まで蘇ってくれた」 《………………》 彼女と別れて数ヶ月、こうてつじまを拠点としミオシティでのんびりと寛いでいた自分達と裏腹に、彼女は手の届かない位置にまで歩を進め、テレビや報道は彼女をトップコーディネーターを伝え、現チャンピオン主催の特設リーグ大会に勝利し殿堂入りを果たした事を伝えた 偉業な早さにほとほと驚かされるばかりだった。しかし、私達は純粋に喜んだ。彼女の夢が叶ってくれた事を、一人の仲間として、人間として。テレビは何度も彼女を報道し、そこに映る彼女はとても輝いていて眩しく、彼女の隣りに立つスイクンもセレビィもミュウツーも一段と頼もしく感じた。新聞は彼女達とライバルのシロナのツーショットを大きく報じ、二人の顔は微笑ましいと感じてしまう程に、笑顔だった それから幾日が経ち、世間が落ち着きを取り戻した矢先――トウガンさんから、彼女がホウエンに歩を進めると聞いた。驚いたが、心では妙に納得できた。彼女は、止まる事を知らない蝶だから。そう思うと笑えてしまう。きっと今回も彼女の突発的な言葉とマイペースで決まったんだろう、と。そして明朝の港にて、沢山の仲間に囲まれた彼女と再会を果たした 自分の事を覚えてくれているのだろうか、と無駄に心配になったが彼女はしっかりと覚えてくれていた。いつもの笑顔で、私達を迎えてくれた。自分の上をいってしまった彼女だったが、話してみれば全然変わっていなくてホッとした。沢山の仲間に囲まれた彼女は輝いていた。皆が皆、彼女を慕ってわざわざ集まっていると考えるだけで、彼女という存在はそれほどまでに大きいんだと改めて再確認させた 「ゲン、ルカリオ 約束は絶対に守るからね それまで、どうか元気でね」 またね――――… 船に乗った彼女は、あの時と同じで地平線の彼方に吸い込まれる様に消えていったのだった 《私も、そして此所のポケモン達もあの方の事を思い出しています。何故、今になって記憶が蘇っているかは分かりませんが――あの方を思い出した野生のポケモン達は、地平線へと消えた海に向かっては涙を流している。波動が、あの方を想い涙を流す悲しみの波動が、伝わってきます》 ギンガ団騒動もあり、野生のポケモン達の咆哮が響き渡り続けたこのこうてつじま 最近になり、咆哮が少し違った響きを放つので疑問を浮かべていた。しかしルカリオの言葉で納得した――…この咆哮は、彼女を想い彼女が消えた悲しみからの、咆哮だったのだから 「彼女も消えた日も…そういえばポケモン達が騒がしかったな…」 彼女と別れてから一年後 ――盲目の聖蝶姫が、行方不明になった → |