私を破った彼女はチャンピオンになった。チャンピオンを捨てる気で臨んだあの試合に負けたのだから、私がチャンピオンを辞退して彼女がチャンピオンになる事になるけれど、彼女はそれを断った。「チャンピオンはシロナで良いよ。私はシロナと戦っただけでも十分だしこだわっていないから」と笑い、殿堂入りという形で幕を閉じ彼女は一日だけのチャンピオンとなった


「だってシロナがチャンピオンになればその特権で考古学色々学べるし顔も広くなるから一石二鳥でしょー?」


後から聞けばそんな事を言ってきたものだから、本当にびっくりした。確かに私の故郷は考古学を盛んに勉強していて、事実私もシンオウの考古学に興味があって実家に帰っては考古学を学んでいた。でもだからってこんな事彼女に一言も言っていなかったのに、彼女は知っていた。チャンピオンという立場なら、シンオウに限らず他地方の考古学も顔一つで調べる事が出来るのも、彼女は知っていたし私が最もチャンピオンになりたかった理由でもあった

彼女はちゃんと私の事を考えてくれていた。まぁ多分チャンピオンになる気は無かったと思うけど、視えない筈のその漆黒の瞳は全てを視ていてくれていた。敵わない、本当にそう思い初めて口に出せば彼女は笑い、「私に不可能は無いのさ!」と子どもっぽくピースして言うものだから声を上げて笑った








「え、次の旅がしたいって?」

「そーなのー」





大会の後処理に追われ、新チャンピオン新トップコーディネーターとしての報道やらなにやらで互いに忙しく動き回り、やっと一息着いて改めて再会した矢先に彼女は私に言ってきた

ガトーショコラのケーキを口に含め幸せそうな顔をしながらのんびりと言ってくる彼女は本当に突然過ぎる。まぁ今更な事だから指摘する事は諦めたけど、しかし何でまた急に。「ずっと考えていたんだ」と言いながら眼前の彼女はまた一口ガトーショコラを口に含める。隣りに立つミュウツーがつまみ食いしているのを視界に入れながら、私はチョコレートバナナパフェを突っ突いていたスプーンをビシッと彼女に指して言う







「あなたトップコーディネーターになれて殿堂入りを果たしてもまだ旅がしたいと思っているのかしら?」

「勿論、ポケモントレーナーに旅の終わりは無いからね!」

「良いわねー若いって!トップコーディネーターとしての仕事はどうするのよ?」

「まだ未成年だから、旅がしたければ沢山してきて人生の勉強として励んで来なさい。そして色んな地方でまたトップコーディネーターになって、新のトップコーディネーターになって帰ってきなさい。って幹部長に言われたから晴れて私は自由の身!」

「うっそ!?あの幹部長が!?」

「そしたらリーグ協会代表取締役の人が、チャンピオンにもなって社会勉強してくるのもいいかもしれない、って言ってくれたからね〜噂に聞くより皆さんとても優しい方々ばかりだよ!」

「うっそー…」






有り得ない、頭の中に出て来た所謂お偉いさん方の顔を思い描く。私の知っている限り昔の考えとか風習とか、堅い人ばかりで私が一日だけの特別会場を作り上げるのに反対をするくらいに厳しい方々だったのに――どうしたこの極限の差は

やっぱりこの彼女から醸し出す老若男女構わずに慕われる見えないオーラと容姿のお蔭かもしれない。彼女の前ならあの堅物幹部もお父さんか、と考えたら吹き出してしまった







「まぁあの人達の目的も大体想像つくし、別に私は構わないからいっかなってね」

「……他地方のリーグとの、架け橋って事かしら?」

「そう。聞けば地方リーグ協会ってなんだか対立している部分があるらしいじゃないの。仲立ち役、みたいな感じかな」

「へぇ〜」

「それでどの地方に行こうか迷っているんだよねー」

「それだったらホウエンに行ってみたらどうかしら?」






オレンジにしようかなー、ジョウトにしようかなー、カントーにしようかなー、と指を折りながら数える彼女に私は言う

ホウエンという言葉に頭を傾げる彼女に、私は自分のパフェから一口分スプーンに掬って彼女の口に運んであげる。甘い味の中で特にチョコレートが好きな彼女はほんわかと表情を緩め味を堪能するその仕草はとても可愛いらしい。チャンピオンになって色々忙しかったのもあるから、彼女の一つ一つの表情は癒しの部類に入る。癒されながらも私は彼女に言ってあげる







「最南にある地方で、此所よりもっと暖かい場所よ。雑誌で見たけど、観光名所が色々あって見どころだしコンテストもあって中々強いジムもあるらしいの。此所にはいないポケモンも生息しているから、探求心バリバリなあなたにはぴったりな場所かもよ」

「へぇ〜」

「ある場所には有名な温泉が湧いていたり宇宙センターがあったり海中洞窟が存在したり…ホウエンもシンオウみたいに歴史深い場所だからねぇ。勿論向こうにもリーグ協会がちゃんと存在するわ。…互いの協会のお偉いさん方が堅物な人ばっかみたいだし、やっぱり北と南じゃかなり情報が乏しいし仲も良くならないし…もしあなたが仲だち役になってくれるのなら、チャンピオンとして私はホウエン地方をお勧めするわ」

「ほー、なるほどねぇ。やっぱり何処の地方も大変なんだねー。…分かった、なら私はホウエンに行くよ」

「あら、本当に?」

「シロナがシンオウという最北で頑張って、私がホウエンという最南で頑張る。そうだね…――うん、よし!私ホウエンでチャンピオンになってホウエンとシンオウの架け橋になるよ。シロナがチャンピオンしてくれるなら、私向こうで頑張ってみるよ」

「!本当に!?ホウエンでチャンピオンになってくれるならそれこそ私あなたをホウエンへ勧めるわ!本当はあなたとずっと一緒にシンオウに居てこうしてパフェ食べていたかったけど…チャンピオンになってくれるなら話は違うわ!あなたを応援するわ!"  "!」

「ありがとう、シロナ」






協会側の考えでいけば、彼女がホウエンのチャンピオンになってくれれば協会同士の交流が深まり、どちらの協会に有益となってくれる。しかも私と彼女というチャンピオンの繋がりがあれば、現状は良い方向に変わってくれる

それよりも私は嬉しかった。彼女が他地方に旅をすると言う事は、私と別れる事になる。でも彼女は私と別れる所か、私と繋がりを持ってくれようとしている。しかも自分もチャンピオンになって互いに頑張ろうと言ってくれているじゃないか。嬉しかった。寂しい気持ちには嘘は無い。離れて欲しくない気持ちも、変わらない。でも彼女は自分から頑張ろうとしてくれている。なら私は彼女を応援しよう


そして―――…








「貴女と交わした約束、絶対に果たしてみせるから。それまでお互い頑張りましょうね、シロナ」







またね―――




スイクンとミュウツーを隣りに、肩にセレビィを乗せた彼女は綺麗に笑った

船の汽笛が鳴り響き、船は出航した。彼女を見送る色んな人達の中に囲まれながら、一緒になって彼女に手を振った。視えない目で、でも心で見えるその瞳で彼女は私達を見て、いつもの笑みで笑いながら手を振った。明朝の、陽の光りが眩しくて――いつの間にか流れてしまった涙を堪えながら、私は最後まで見送ったのだった








ホウエンに行った彼女の情報は、尽きる事無く私達の耳に入ってきた

彼女はそりゃ凄いスピードでバッチを取得していって、最初に来た情報がバッチ五個取得した、と報道され次の情報が、まさかチャンピオンになっていた報道を聞いた時は私含め全員が唖然とした。だって日数数えても全然日にちが経っていないのだから。どうしてそんなに早く取得したねかと後々聞けば、「だってすぐにリーグ大会があるんだもん。盗んだ軍馬で走り出す勢いで取っちゃった」なんて言うものだから、彼女の言葉を聞いた全員はそりゃもう大爆笑。見た目に似合わず大胆な事をしでかす彼女は本当に何処に行っても変わらなかった。――…そして、その報道は彼女をポケモンマスターになった事を伝え、その情報は瞬く間にシンオウ全土に広がった

自分の様に喜んだわ。だってポケモンマスターこそ、彼女が最終目標だったのだから。チャンピオンにも、トップコーディネーターになれた事にも、全員で泥酔するくらいに喜び合ったわ。流石にこれ言っちゃうと呆れそうだから言っていないけど









「"  "さん…本当、彼女は凄い方ですよね。短期間でトップコーディネーターやチャンピオンになったと思ったら、まさかポケモンマスターになれるなんて」

「有言実行、よねぇ。お蔭であの子がチャンピオンになってくれたお蔭でこっちとあっちのリーグ協会も仲良く出来たし。あの子が行ってくれなきゃ今の関係なんて築けなかったわ」

「本当よねぇ。彼女は本当に嵐だわ。シロナさん、"  "さんが送ってくれたフエンの温泉の元、中々良かったわ」

「あら本当に?だったら是非とも疲れた身体を癒させてもらおうかしら!」







彼女がホウエンでチャンピオンになった事によって、私の読み通りシンオウとホウエンの協会が仲良くなって対立する事は無くなった。彼女のお蔭で、彼女が架け橋になったお蔭で今では良い友好関係を築いている

向こうでは彼女が率先してゴタゴタだった内部を改善させたり、色々な企業と手を組んで民間の為に働き貢献していたり、あまつさえホウエンの歴史文化を文書で送ってくれたりなんてしてくれた。彼女はホウエンの中で、誰よりも慕われていた。誰よりも愛されていた。ポケモンにも、人々にも。それはこちら側のシンオウでも変わらない。彼女は違う土地に行っても、違う土地でチャンピオンになっても――誰もが皆、彼女を慕い愛していたのだから









『久し振り、シロナ。"  "です。私がシンオウからホウエンに行ってから、約一年が経ちましたね。お元気でしょうか?てか手紙が来てびっくりした?これでも私、盲目でも字をちゃんと書けれるんだよね〜。今回は初めて手紙をシロナに送ってみました。無事に届いているでしょうか?』






私の元に一通の手紙が届かれた

可愛く、彼女らしい蝶の便箋に年相応に見えないくらい達筆で書かれた手紙

まさか手紙が来るとは思わなく、しかもまさか彼女が文字を書く事が出来たなんて。貰った時は彼女の想像通りびっくりしたけど、手紙を初めて私に送ってくれた事が嬉しくて頬を緩ませて読ませてもらった







『こちらではホウエンリーグが開催され、無事に終了しました。…この意味、シロナなら分かってくれると思います。私は、ホウエンリーグチャンピオンを、チャンピオンマントを脱ぎます。ホウエンは、もう私が手を貸さなくても誇り持てるまで成長してくれました。架け橋としての役目を十分に果たしました。シロナが頑張ってくれたお蔭で、そちらとこちらの友好関係も良い方向に向かってくれています。私はもう、大変満足しています。一年という月日は歴代チャンピオンの中でも最短で、まだ居て欲しいと協会から言われています。確かに短いかと思います。けれど、私もポケモン達も――悔いはありません。一年過ごした日々は、とても有意義でした

それに私がチャンピオンをし続けていたら、新たな芽吹きを潰す事になってしまう。リーグの皆さんや色んな人が、私を頼っているのも知っています。でも駄目なんです。私がチャンピオンを辞めるのは、彼らにとって新たな一歩になって欲しいから。私を頼っても自分で足を踏み出す事が出来なくなるから。――これは、最初で最後の私の我儘です

ホウエン地方チャンピオンになったトレーナーは、ダイゴという男性です。彼はとても良い人です。彼なら、チャンピオンを任せれる。彼は信用出来ます。シロナと歳が近いからきっと話が弾むと思います。今度彼を紹介しますね。シロナの事を話したら是非会ってみたいっていっていたから、シロナの美貌に惚れるなよって言っておいたからね

彼がチャンピオン就任後、必要な引継ぎを終えたら私はホウエンを去ります。そして、シンオウに戻って貴女との約束を果たしに行きます。貴女と交わした約束は三つ…一つを終え、二つ三つと――貴女の親友でありライバルでもあり、ポケモンマスターとしてシンオウに戻って来ます


その日が来るのを、今か今かと楽しみにしています。他の皆にも会いたいし、皆と交わした約束もあるからね』






この手紙に書かれた内容は、彼女がどれだけ頑張ってきたのかを伝え、彼女の覚悟も全てこの手紙から感じ取れた

彼女は本当に頑張ってくれた。その事は、遠くの地方にいる私達が一番に理解している



そして彼女は、帰ってくる

ポケモンマスターとして

一人の、友人として

約束を、果たしに―――







『またね、シロナ―――』











手紙を貰ってから数日後、



彼女が、行方不明になった













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