「ねぇ"  "。そろそろ私と本気のバトルをして頂戴よ。さっきのバトル、また手を抜いていたでしょう?」










センターにポケモンを預けて一段落ついた頃。宿泊施設の部屋で私は眼前の彼女に抗議をする

椅子に腰掛け、隣りに立つミュウツーの頭を撫でていた彼女は私の言葉に反応して撫でていた手を止めて顔をこちらに向ける。頭を傾げ、私を視る姿は相変わらず美しくて可愛い。けれどこちらに向けられた瞳はこちらの視点とは合わず、綺麗な漆黒の瞳にある光は無い。私は彼女のそばに歩み寄り、椅子の隣りにしゃがみこんで彼女の細い手を握った

私の前に座る彼女は、盲目だった







「あらシロナ、またその台詞?私は何時だって何処だって本気だよ?」

「嘘ね、絶対に嘘!私には分かるわ、あなたのスイクン…どう見たって手を抜いているとしか見えなかったわ!これは負け惜しみなんかじゃないわ。私はあなたと、真剣勝負がしたいのよ!」









クスクスと鈴を鳴らす様に小さく笑う彼女に私は抗議の声を上げる。隣りに立つミュウツーは表情は変わらなくても、またかと言っているのは目に見えていたけどこの際無視。

先程、私は彼女にポケモンバトルを申し込んだ。久々に会って、強くなった私達を見て欲しくて。今の私の実力じゃ勝てない事は承知の上でバトルを吹っ掛け、彼女は嫌な顔をせずに挑戦を受けてくれた。結果、やっぱり負けてしまった。いつもの事だし彼女と勝負する事で色々と学べる事があるから、別に構わないし彼女とバトルをする事が好きだったから

でも、今日もまた彼女はバトルを手を抜いた。私の実力に合わせて自分達の力を調整してくれているなんて、最初っから分かっていた。分かっていたけど、でもそれが許せなくて。もうバトルする度にこの台詞を言うのが毎回になってきて、対する彼女毎回の様に決まった言葉を言って私を宥めさせるんだから








「貴女がもう少しまた強くなったら、戦ってあげる。それまでの辛抱だよ?大丈夫、貴女の実力ならすぐにでも戦える時期が来るんだから。楽しみは、取っておくものよ?シロナ」








自分より年下にも関わらず、自分よりも大人びいている盲目の彼女

細い手が私の頭を撫でて、宥める様に撫でて来る手につくづく私も弱くて、結局私の抗議は幕を閉じる事になる。敵わない、改めてそう思うも口には出さない。彼女の座る太腿に頭を乗せて、撫でて来る手の気持ち良さに私はゆっくりと瞳を閉じるのだった












私とあの子が出会ったのは、自分がまだチャンピオンじゃ無かったあの頃。まだトレーナーとしてチャンピオンを目指していた、若かりし頃。バトルが楽しくて、ガブリアスがまだガバルドだった頃にがむしゃらにバトルをして自分の力を身に着けていた、修業中だったあの頃


当時の私は無敵だって言われるくらい無敗を突き通していた。今思えばあの頃の自分は高飛車になっていて、私が最強だと信じて疑わなかった。あの頃の自分の考えがあまりにも馬鹿げていて恥ずかしくて、逆に振り返ると本当に懐かしい。でも、あの頃は本当にそう信じていていた。回りのトレーナーが弱いんじゃなくて私達が強いのよ、と












「こんにちは。今日は良い天気ですね」








無敗絶頂更新中な私達の前に、彼女はフラリと現れた

カンナギタウンの外れの山並みで、私達は初めて出会った。海色のスイクンの背に座り、肩には紅色のセレビィを乗せ、隣りに立つ緑色のミュウツーに囲まれた彼女は、美しかった。目に引いく鮮やかなオレンジのコートを着用し、風に靡いて漆黒の髪が揺らめくその出で立ちは美しいしか言い表せず、焦点が合わない漆黒の瞳に私は吸い込まれた。スラリとした華奢な身体、美しい顔立ち――その顔から優しく微笑まれたら、老若男女構わずに彼女に魅入ってしまうだろう。私もその一人で、絶世の美少女の彼女という蝶に魅入ってしまっていた

彼女が盲目な事に気付いたのは数秒も掛からなかった。でも盲目だと思わせない素振りは立派なものだった。私の手が、彼女の細い手に包まれたものならすぐに彼女は私がどんな人物なのかすぐに当てて、実際に視えない筈なのに私の髪や瞳や今着ている服の色なんて当ててくれたから、かなりびっくりしたのを覚えている









「私の名前はシロナっていうの。あなたの名前は?」

「私の名前は、"  "と言います」

「そう、"  "ね。ねぇ、"  "。今から私とポケモンバトルしてもらってもいいかしら?」

「えぇ、勿論です」










結果は勿論、惨敗

初めてだった、一匹も傷を負わす事なく負けてしまったのは


カンナギタウンの外れでこんな綺麗な美少女に出会っただけでもびっくりなのに、初めて負けた事にもびっくりした。「楽しいバトルをありがとう御座います」と穏和な表情で微笑み、立ち去ろうとした彼女に私は柄にも無く高ぶる気持ちを抑えずに声を上げ彼女を引き止めた








「すごいわ!私あなたみたいな強い人と出会ったのは初めてよ!……ねぇ!また、私とバトルしてもらってもいいかしら?」

「勿論です。貴女が旅をして、強くなって、また巡り逢う事が出来たなら――幾らでもバトルをしましょう」

「今度は絶対に勝たせてもらうわ!それからあなたを絶対に捜し出して、バトルを申し込んだから―――……」










その日から、私は彼女という蝶を追い掛けた。いつしか彼女の隣りに立って、彼女と同じ目線で世界を見たいと思った

あの日のお蔭で随分と私は変わった。やっぱり人間は一度敗北を味わった方がバネとして伸びやすくなるのは本当で、お蔭様で強くなれた。でもやっぱり彼女に勝てる事は出来なくて、彼女を見つけてはバトルしても、全然勝つ事が出来なかった

それでも良かった

彼女の隣りに、少しでも居れれば良かったから










「聞いてよ"  "!面白い事が記事に書いてあるわよ!」










たまたま通り掛かった本屋にあった雑誌を見つけ、早く見せたいと思ってセンターに戻って、勢いを殺さずに彼女の元に行けば「どうしたのー?」と優雅に紅茶を飲んでいた手を止める

彼女の座るソファーに腰を降ろし、早速私は雑誌を持ち直してペラペラと見せたいページを捲っていく。ふよふよ浮かんでいたセレビィが雑誌を興味津々に覗いて来る中、私は注目するページを彼女に見せる様に持ち上げた








「此所の写真に写っているの、私とあなたよ!ほら、数週間前あったイベントのバトルがあったでしょう?それが見事写っているのよ!『ライバル同士のコンビネーションは最強無敵!』ですって!これ見たらつい嬉しくなって買ってきちゃったの!」

「へぇー、そんな事が書かれているんだ。楽しかったなぁ、初めてシロナと組んだタッグバトル。景品欲しさにシロナ頑張っていたもんね」

「まぁね!あ、こんな事も書いてあるわよ?『盲目の聖蝶姫、今回のリーグ大会とコンテスト大会はどっちに出場するのか!?』……"  "、あなたどっちに出るの?」

「うーん、どうしようね〜」









私が一方的に勝負を挑んだり一方的に彼女を振り回していた姿を見られていたのか、丁度バッチを取得していくスピードが同じだったのもあって、マスコミ各社は私達を互いに競い合うライバル同士と断定付けて色々テレビに報道していた。事実を知った時は驚いて慌てて彼女に言えば、「良いじゃない、そのままでも私は構わないよ」と笑顔一つで話は終わってしまった。まだ私は対等にすら行けていないというのにと、申し訳ない気持ちが浮上するも、少なくとも私は彼女に認められているんだと、そう思うと嬉しかった

彼女は実力容姿知識諸々ですぐに有名になり、『盲目の聖蝶姫』と名付けられていて、バッチをゲットする中でコンテストに出場してリボンを着々と取得していた。バトルセンスも良ければ、彼女はコンテストにも才を秀でていた。この調子なら予定されているリーグ大会やマスターランクのコンテストに出場出来るだろう。――けれどそこには問題があった


二つの大会が、同時日だったのだ


元々予定していたのもあり、協会側もコンテスト側も今更予定出来ないそうだ。その事実を知った彼女は「まぁなんとかなるよ」と、見た目に反して随分のんびりな構えなものだからずっこけた事がある。今でもそののんびりな構えは健全で、日にちが着々と迫っているにも関わらず相変わらず綺麗な動作で紅茶を飲んでは「うまー」と言っている。本当に拍子抜けしてしまうし力が抜ける







「シロナはリーグ大会の方だよね?」

「えぇ、勿論よ。"  "と対決出来る相応しいチャンピオンとなってみせるわ」

「――…よし、決めた!シロナがリーグ大会に出るなら私は…コンテストに出場するよ」

「え!?コンテスト!?どうしてよ"  "、リーグ大会はどうするのよ!」

「フフン、それはですね〜」








紅茶の芳香を楽しみながら飲んでいた手を止め、カタリと静かにカップを置いた彼女は私に向かってニコッと――普段の大人びいた笑みなんかじゃなく、年相応な笑みをして笑った







「私達は世間に認められているライバル同士。同時日に行われる大会に別々に出場して、私達がトップを奪う。シロナがチャンピオン、私がトップコーディネーター……なんだかそれって、素敵じゃない?」







悪戯っぽく笑う彼女にポカンとなるも、彼女の言いたい事が分かった私は声を上げて笑った










「いいわ、私がチャンピオンになって――トップコーディネーターになったあなたに、勝負を挑ませてもらうわ!あなたのコンテストが見れないのは残念だけど…絶対にチャンピオンになって、大舞台で勝負をしましょう!チャンピオンの権限使ってね!」

「互いに頑張りましょう、シロナ。そして是非ともその権限とやらでシロナが作る大舞台を作り上げて、私をそこに連れてってね」

「勿論よ!―――約束よ」









約束―――――………












そして月日が流れて、シンオウリーグ大会とマスターランクコンテスト大会が開催された


互いに約束した誓いを胸に秘め、共に歩んできたガブリアス達と一緒に戦った。そして私は最終決戦まで登り詰めて、見事チャンピオンになって殿堂入りを果たした。対するコンテストに出場していた彼女も見事勝利を飾り、シンオウトップコーディネーターとして名を馳せる事となった







「おめでとう、シロナ」

「そっちこそおめでとう"  "!待っていてね、すぐにでもあなたとバトル出来るようにするからね」

「フフッ、楽しみにしているよ」









そしてチャンピオンとなった私は、チャンピオンという権限をフル活用し、リーグ協会に協力を要請し(反対を押し切って)シンオウ初の特別会場を作り上げた


一日だけの、リーグ大会


観客は沢山集まってくれた。一日だけなのに私達のバトルが見たいが為に集まってくれた。全員が私達を応援してくれた。新米チャンピオンと新米トップコーディネーターの、共にライバル同士の戦いを

そして彼女はやって来た








「―――シロナ、私と貴女が出会って貴女は私を倒したいと頑張って此所まで登り詰めて来た。この時を、待っていました。シンオウリーグチャンピオンである貴女と、シンオウトップコーディネーターであるこの私。あの時の約束を果たした今、私も本気になって勝負を挑みましょう」








そして私達は戦った

激しい戦いだった。激しかったけど、楽しかった、嬉しかった。いつものバトルじゃなくて、本気でぶつかってくれている。彼女のポケモンは強かった。隙が無い彼女のポケモン達は一匹一匹が強かった。私達は全ての力を振り絞って戦った








「ガブリアス、戦闘不能!スイクンの勝ち!






よって、このチャンピオンバトルの勝者は――"  "選手の勝利です!」







結果、負けてしまったけど、彼女と本気勝負が出来ただけでも満足だった













×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -