僕はリーグに出なかった



興味が無かったのもあったし、自由になったとはいえ肩書きは副社長を背負っていた僕にそんな重みは要らなかった。今の僕にはチャンピオンになる実力はあったと思っていた。ミクリに誘われたけど、僕は断った。リーグに挑戦してチャンピオンになったとしても、僕は彼女みたいに立派なチャンピオンになれる自身は無かった。彼女は、あまりにも存在が大きかったから




ミクリがチャンピオンになった



彼程の実力ならチャンピオンになるのは容易かっただろう。僕は彼がチャンピオンになって、自分の様に喜んだ。チャンピオンの席で座っていた彼女は嬉しそうに拍手をしていた。でも、瞳は別の色を秘めていた。それを知ったのには時間は掛からなかった




ミクリがチャンピオンの座を降りた



理由はすぐに分かった。彼は優しい奴だったから、当時付き合っていた女性を取った事は明白だった。勿論彼女はミクリの心境を理解していた。彼女の特権でミクリはチャンピオンの座を降りて、ミオシティのジムリーダーを指名した。最初っから、彼女は分かっていたんだ。こうなることを、予想ではなく、核心で





ミクリにチャンピオンの座を譲られた



リーグに挑戦していないのに、どうして僕なのか。協会の方も否定したらしいが、彼の頑固がそれを許さなかったらしい。しかし彼女はミクリに賛成したらしく、すぐに話はこっちまで来た。始めは勿論断った。彼女が座っていた席を僕が座ってはいけない。彼女みたいな立派なチャンピオンにはなれない、と。キッパリとミクリに言ってやった。でもミクリはめげなかった。何度も何度も言ってきた。何度も何度も断った。でもやっぱり、彼女には敵わなかった






「ダイゴ、貴方は充分立派なトレーナーよ。何を謙遜するの?私の居場所がなくなる?私みたいなチャンピオンになれない?馬鹿を言わないで。私はチャンピオンの座とか、そーゆーのにはこだわってないの。それは貴方自身が知っている事でしょ。後ろめたい事の原因が私なら、全然構わない。私の事はいいから。これは貴方の道よ。貴方の肩書きや重みなんて頭から離して、今一番にやりたい事、正直に話してみればいいよ」






彼女の言葉は不思議な力がある。彼女が褒めれば褒める程本当にその気にさせてくれる。決定的な一言で、僕の意志は決まった





「ダイゴ、貴方は強い。強い貴方なら誰にも負けることは無い。――貴方が私の居場所とか考えているなら、そうね、こうしましょう。貴方がチャンピオンになって、私の席を他の人なんかに、座らせてはいけない。座ってもいいのは、ダイゴ、ミクリ、そして私だけ―――」







こうして僕はチャンピオンになった


ミクリは喜んでくれた。まさかの父親も喜んでくれた。勿論彼女も喜んでくれて、ずっと着ていたチャンピオンマントを僕に渡してくれた。まだ、彼女の温もりと彼女の匂いが残っていた。この温もりと共に、彼女との約束を守ってやる。そう決心した


僕がいて、ミクリがいて、彼女がいる。僕がチャンピオンになって、ミクリがジムリーダーになって、彼女がポケモンマスターになっても、ずっといる事が当たり前だった。この先もずっと変わらないだろうと、そう思っていた

チャンピオンと副社長の仕事をしていると、ドアからミクリがケーキを持ってやってきて、窓からはラティアスに乗った彼女がケーキを持ってやってきて、二人の持って来た物が一緒で爆笑する僕。この光景が日常化していて、僕は、ミクリは信じて疑わなかった






「ミクリ、貴方それ何処で買ったの?」

「ミナモの限定販売のケーキだって書いてあったから…君達の無類の甘いもの大好きさを思い出したらつい行列に並んでしまってね」

「ミクリが行列にかい?それは是非見たかった光景だよ!」

「"  "はそのケーキ、何処で買ったんだい?」

「…私も、ミナモの限定販売で。つい」

「え、嘘」

「プッ、…あはは!二人してあの行列に並んだのかい!?しかも君達有名人なのに!!よく大騒ぎにならなかったじゃないか!…よし、とりあえず紅茶を入れて、そのミナモ限定販売のケーキを食べようか」

「はーい」

「あ、ダイゴ。私は砂糖は入れなくていいからね。提供する前に砂糖とか入れる事なんてしなくていいから。私は君達みたいに砂糖入れなきゃ飲めない人間じゃないからね」

「あ、ごめん手遅れ」

「ナンデスッテ!?」

「あははははっ!!」








そう、これが当たり前

こんな風に、笑いあえる日をずっと望んでいたのに








「またね、二人とも――――」







そして彼女は姿を消した






* * * * * *










何でこんな大切な事を忘れていたんだろう。何で彼女を忘れていたんだろう。どうしてあの笑顔を忘れていたんだろう

徐々に思い出して来る彼女との記憶。霧がかかった世界が徐々に徐々に、鮮明にはっきりしていく様な、そんな感じだ


知っている、知っている

彼女の事を

彼女の笑顔も

鮮明に―――――






「幻想の蝶。…彼女にぴったりな言葉だよ」






彼女は、消えた


まるで神隠しにあった様に、僕の前から消えていった。彼女が何故消えたのかは分からない。別れの言葉も無く、置き手紙も無く、まるで彼女の存在が無かったかの様に




そして人は忘れていった


最初は行方不明だと騒いでいて、全員が彼女の生死を気にしていたのに、忽然と、まさに忽然と。全員が彼女の存在を忘れてしまった。まるで誰かに記憶を操作された様な。僕は忘れない様必死で彼女を探していたのに、はたりとそれは止めた

何故かは、そう

僕も彼女を忘れてしまったからだ






「忘れない、そう心に刻んで彼女を追い求め、探していたのにね。馬鹿だよな…あんなに楽しかった日々を、簡単に忘れてしまったんだから」

『………そう、だな』

「―――…今更になって、何で記憶が蘇ってくるのか…僕にはサッパリ分からない。このまま…彼女の事を、忘れていれば皆は、僕は…彼女と言う蝶から、解き放たれる事が、出来たのだろうか」







もやもやしていた霧が晴れていくのと同時に、早く彼女の顔が見たいという気持ちに駆られた。彼女は笑っている。笑っているのに顔が見えない。なんて、どうしてこんなにも、もどかしいのだろうか


手を伸ばせば彼女の手

繋がれた僕と彼女の二つの手


彼女は笑う

太陽の様な笑顔で







「――――…ダイゴ」








あぁ、そういえば彼女の名前は一体何だったっけ?







(それだけは、思い出せなかった)

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