魂を浄化するのは妾の役目

鎮魂歌を捧げるのも妾の仕事

いつからそうなったのでしょう


ただ妾は、唄が歌いたいだけなのに











Jewel.53












――――…皆の者は、目にした事はありまするか。皆の者は、聞いた事はありまするか

怨念と憎悪に駆られた存在が一つになって蠢くその醜悪を、絶え間なく嘆き苦しむ叫び声を…

少なくとも、妾は視えておりました…彼等の叫びを、彼等の存在を。百年という長い年月を過ごし、幾多の土地を渡り歩いても、けしてあの"存在"を目にしない事はありませんでした。嗚呼、しかもアレは妾にしか視えないのです。視えないから、誰にも妾の気持ちも苦労も分かってくなかった。…随分と辛く寂しゅう思いもさせられたものです。あの"存在"は視えない者には害は無く、視える者にはかなりの苦痛を与えるのですから…

…そういえば自己紹介がまだでございましたね

妾の名は炎妃、読み方はエンヒと申します






妾がどのような魔獣かは、もうご存じだと存じ上げますが…最近お仲間になったミロカロスの水姫、あの美しゅうて眩しい金色とは対照的な色をしております。銀色のキュウコン、と人は妾をそう呼びまする…

俗に言う、妾も色違いなのでございまする。此処におる者達も、妾も、世に迫害された存在なのです…今となれば、我が君の存在のお陰で色違いに対する偏見も、薄くなっていきましょう…そうなる事を、妾は切に願っておりまする

何故なら妾も、随分と苦渋を強いられていきました。何故、だなんて…他にいる皆の者のお話を聞けば今更な事でしょう。妾もキュウコンになる以前から色が特殊だった故に、忌ましめに晒されてきたものです。嗚呼…あの頃を思い出しますと胸が苦しゅうてなりませぬ…




……さて、お話は既に伺っております

妾の身の上話と、そして我が君との出会いを…お話致しましょう









…唐突ながら、妾は唄を歌うのが好きでございまする

唄を歌うと、辛い事も悲しい事も…一時であれど、忘れさせてくれるのですから…

…唄が好きになったキッカケはと、問われたならば…確か此処より東の土地に見掛けたピンク色で丸く愛らしい魔獣…プリンと、我が君は申されておりましたが…――――そのプリンが、楽しそうにお歌を歌われていたのを見たのが始まりでした

とても、綺麗な歌でございました

…何やらプリンの声は不思議な力でもあるのか、回りにいた者達がパタリパタリと眠りについてしまった様でしたが…今でも原因は分からず。しかし、妾には、その時見たプリンが輝かしゅうございました。妾も、あの様に、お唄を歌いたい、と…



それが、始まりでございました



自分の思うがままに、唄いたい時に、想いを込めて、即興で旋律を紡がせる。人間でも無ければ、あのプリンでもない、声楽の知識は皆無でありましたが、それでも妾は唄を歌い続けました

唄を歌えば唄を歌う事が好きになりました。もっと唄を唄いたいと思いました

唄を初めてから、誰の唄でもない…妾だけの唄を完成させ、今日<こんにち>まで想いを声に変えて届けてきました。唄を歌い続け、多くの土地へ足を運び、多くのモノを見てきました。少なくとも、その時の妾は…幸せだったのでしょう

そんな時でございました

妾は、ある事に気付いてしまったのです




妾の唄には、不思議な力がある事を――――…







―――…先程の問い掛けを、もう一度問わせて頂きまする

皆の者は、その目で視て、その耳で、聞いた事はありまするか

怨念と憎悪に駆られた存在が一つになって蠢くその醜悪を、絶え間なく嘆き苦しむ叫び声を…

…幼少の頃から、妾の目には不思議なモノが視えておりました。気のせいだと思っても、どんなに視界から外そうとしても…現実は妾を苦しめ続けた。しかも、妾の身体は色違い…色違い故にこんなモノが視えてしまう自分が、酷く嫌で、辛くて……故に妾は唄に頼り、現実から目を背けてきました。されど…現実は変わらず妾を、奈落の奥に突き落とすのです…




…――――気付いたのは、そう、満月が一番に輝く夜空の下でございました

いつもの様にお唄を歌いました。大好きな唄を。回りにはいつの間にか集った他の魔獣達と―――――…視界に蠢くその醜悪の存在を

幼少の頃から視えていたので、視界に写るのはいつもの事。あの時は、諦めておりました…何処に行こうが、彼等がいない場所など無い事を、誰にも知られぬままに、彼等に苦しめられていくのだと…

そう思いつつも、妾は唄を歌いました。こんな妾の唄に耳を傾けてくれる観客の為にも、妾は誠意を込めて唄を歌いました…皆の者は妾の唄を聞き入って下さいました、綺麗だと、おっしゃってくださいました…嬉しい言葉を頂きながら、唄を響かせていく中で――――…妾はある事に気付き、それはそれは驚いたのでございまする





…あの黒くて醜悪な不気味な存在が

銀色の光の粒子となって、消えていくさまを…






普段なら、視界の大半があの存在でうめ尽されていたと言ってもいい視界が一気に鮮明になった、あの瞬間を。あの存在が、光となり、消えていく瞬間を。身体の怠さが、楽になった瞬間を。光となり、消えていく刹那、妾の耳にはしかと聞こえました…「ありがとう」と、嬉しそうに――――…




…あの日から、妾は色々な事を試していき、そして分かった事がありまする

妾の唄には浄化の力があり、この力は主に満月の夜が発動でき、最も強く広範囲に浄化が出来るという事を…

…世界に渦巻く醜悪な存在は、妾でしか浄化出来ない。妾しか視えない今、彼等を解放させれるのは妾自身しかいない



なれば尚更、妾が、彼等という存在を浄化させ、解放させてあげなければ



…楽しくて、大好きだった唄が、こうした理由で歌う事になるのは、時間の問題でした。そうして妾は己の唄を、自分の為ではなく、彼等の為に鎮魂歌を捧げる事になりました…。唄うのは、力が発動出来る満月の夜に。あの存在が濃厚に蠢く場所に足を踏み入れ、鎮魂歌を響かせる

毎日唄っていた事が、どうやら人間に妾の存在を知られ、よくこの身を狙われる様になっていました…姿を潜める意味では、毎日唄を歌えなくなる事に関しましては苦ではありませんでした。人間にもあの存在にも、もう疲れていました故…

されど、やはり

大好きな唄を、好きなだけ、唄いたいと…どれだけ願った事でしょう









…少々、お話が長くなってしまいましたね

それでは、先程のお話を踏まえて我が君との出会いを…お話致しましょう













――――…あの日は、満月がとても輝く満天の星空の中でございました

流れに流れ、妾が最後に行き着いた場所は人や魔獣が多く眠る土地「おくりびやま」。誰にも干渉されない、霧が立ち混む静寂に包まれた神秘的な場所…―――されど、それは人間からの主観であり、妾からしてみれば不気味な存在が蠢く場所でしか視えませぬが…

そこで、妾は我が君と出会いました

おくりびやまに辿り着き、来たるべき満月の日に控えて、その日…最も一番唄が響かせれる場所に赴いて、今日も蠢く存在に鎮魂歌を響かせておりました。全ての生き物が眠る場所とだけあって、あの存在がより濃厚に蠢いていて……彼等の存在が、早く成仏する事だけを願いながら、天高く唄い続けておりました



そんな時でございました

何処か、とても綺麗な音色が響いてきたのです



妾の唄に合わせた様にその綺麗な音色は旋律となっておくりびやま全体を包み込みました。妾が驚き、唄う事を止めても音色は絶えず旋律を紡いでいました。その旋律は何処か不思議で、懐かしくて、優しくて、されど胸が締め付けられるくらい哀しくて…。驚かされた最もな原因が、自分が浄化させなければいけない存在が、淡い光の粒子となって浄化されていく姿をこの目で見た事でございまする。そして、自分の唄なんかよりも…とても力が強くございました

この綺麗な音色は一体なんでしょうか、一体誰がこの旋律を…――――この正体を知りたいと、気付いたら妾は走っておりました。今でも何故身体が動いたのか分かりませぬ。衝動的、突発的に…ただただ妾は流れる音色の音源を探しに、闇雲に走っておりました

されど、そのお陰で妾は我が君と出会えたのです

辿り着いた先は、満月の光が差し込める―――…人間が墓参りとしてよく出向く場所、人間が踏み込める領域内でもあれば、逆に人間がそれ以上垣根を越える事は不可能なギリギリな位置に…我が君はおりました。我が君の隣には、初めて見る魔獣達と共に

満月を背に優雅で繊細で…儚さを備えた我が君。月光の光を浴びながら、我が君は不思議な銀色をした棒(後にそれはフルートという楽器だと知る)を口に当て、器用に指先で操りながらとても綺麗な旋律を奏でてらっしゃいました…

初めて我が君をお目見えした時、妾を見えない衝撃が貫きました。この者は、人間であって人間ではない、もっと尊い存在だと…理屈では説明出来ない何かが、瞬時に妾に悟らせたのです。満月の光に反射する艶やかな黒髪を靡かせ、鮮やかな蜜柑色の服を身に纏い、こちらに振り向くその光の無い漆黒の瞳も、今まで見てきた人間とはまるで程遠い容姿でありましたが―――…この人は強い。野生の勘が、本能が、身体中の毛先の一本全てがそう訴えるのです

されど裏を返し、妾は我が君に惹かれ、魅入っておりました。微動だに出来なかった妾に魔獣達は静かにこちらを見ておりました(その時彼等の瞳が何か不思議な光を浮かばせていた気がした)(しかしその理由も後になって知る事になる)。勿論我が君もこちらを視ておりました、されど、光の無い漆黒の瞳は視線が交わされる事は無く、目線が合っている様でいて合ってはいない、そんなもどかしさと歯痒さを感じてしまう様で…

クスリと、我が君は笑いました

慈愛と優しさが籠った、あの満月の様な優しい光を照らす月を連想させる微笑を浮かべて






「―――――…そう、君が浄化してくれていたんだね。生きとし生ける者達が持つ感情から生まれ、また命が尽きた時にも生まれてくる…負のオーラの存在を」






この方は、知っている

この方も、視えている

妾と同じ様に、怨念と憎悪に駆られた存在が一つになって蠢くその醜悪を目にして、絶え間なく嘆き苦しむ叫び声を耳にして…






「視えているから、聞こえているから、彼等の為にその唄を歌い続けていたんだね。とても、綺麗な唄だったよ。でもその分、君はずっと苦しんできた。誰にも分からない苦しみを、辛さを。でも、もう安心だよ。この私がいる限り、もう何も苦しくないんだから」






妾に話し掛けてくれるその声色も、眼差しも、優しくて

目が視えないのは気付いておりましたが、まさか不自然なくこちらに歩まれる我が君が、華奢な腕を伸ばして妾の身体に触れ、撫でてくれて…

妾が一番知ってもらいたかった事、苦しかった事、辛かった事が、我が君の撫でる手でどんどん報われていって…






「君さえよければ、私達と一緒に行こう。君がいれば、負のオーラの浄化が捗りそうだし、いい相棒にもなれそうだからさ。それに、その綺麗な唄をこんな事の為だけに使うのは勿体ないよ。自分の好きな唄は、好きなだけ、たっくさん唄った方がいいんだから」





水色の魔獣、蒼華様が言いました《あの存在を浄化出来るお前は貴重な存在。その鎮魂歌を主人と共に世界に響かせろ》。紅色の魔獣、時杜様が言いました《一緒に行こうよ。皆と一緒なら何も恐くないんだから》。緑色の魔獣、刹那様が言いました《私達はお前を歓迎しよう》。金色の魔獣、水姫が言いました《もっとあなたの歌が、聞きたいです》と…



―――――…そういえば、最近…此処よりもっと遠い地方で妾と同じ色違いという異端者を連れた人間が活躍していると耳にしておりました



すぐに分かりました。この方々が噂の張本人達で、色が違う妾達にとって…この方々の行動全てが、唯一の光

一目会いとうございました

まさか、まさか会えるなんて…どれほど驚いた事でしょうか。どれほど、喜びに満ちた事でしょうか







「さあ、一緒に奏でましょう。新たに出来た仲間の祝福と、この地方に眠る者達に鎮魂歌を」







我が君が奏でる古えの旋律

妾が奏でる鎮魂歌

双方が夜空に絡み、響き、あの存在が粒子となって世界を包んだあの夜は…―――――今でも忘れられませぬ






―――――――
―――――
――










…妾はずっと、一人でございました

色違いだからと迫害され、変なモノが視えるからと回りに不気味がられていきました。唄を唄う妾以外…誰も妾自身を受け入れてはくれませんでした…

されど、我が君と出会い、手持ちに入り、仲間が出来た今は…あの過去を忘れてしまうくらい、とても幸せな毎日を過ごしておりまする

妾の回りにいるのは、妾と同じ色違いの仲間達。色違いという、同じ痛みを知る者達。故に仲間達の結束は硬く、どんな事が起きようが崩れない。妾達を救ってくれた、我が君を守る為ならば







「炎妃、今日も素敵な唄を聞かせてほしいな」








妾達を救ってくれた、色違いにとって唯一の光。妾にとって命よりも大切なお方、妾にとって最愛な我が君…

我が君、嗚呼我が君…今日も一段と麗しくて、儚くて…されどフィールドに立つと凛々しくて頼もしく、妾達に光を与えてくれる美しく尊いお方

まさに太陽光に近い力を与えてくれる我が君は、妾にたくさんの、贈り物を与えて下さいました







「炎妃の唄は本当に素敵。今度余裕があったら一緒に奏でよう。私のフルートと、炎妃の唄。またあの時みたいに楽しく演奏しようね」

「キューン」








我が君、愛しの我が君

我が君のお方でもう、妾は辛く苦しゅう思いをしなくなりました。掛け替えのない、大切な仲間も出来ました。何も考えないで、大好きな唄を、唄える事が出来ました。もう…妾は満足でございます。これ以上を貰えるなんて、どれほど傲慢で、どれほど強欲でございましょう

なれば、次は妾の番です

我が君に、この唄を捧げましょう。大好きな唄を、あの存在の為ではなく…大好きな、我が君へ。そして我が君からもらった恩を、命を代えてもお返しし、この身が尽きるまで我が君に尽しましょう

我が君程のお方を守るだなんておこがましいと思いますが、それでも、守らせて下さい。我が君という、妾にとって偉大なお方を。妾達にとって、唯一の光を…


誰よりも強くて立派で尊い存在な我が君は…誰よりも、弱いのですから…








(だからどうか、ずっと妾達の光でいて下さい)


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