艶やかな肢体、妖艶な美しさ 静寂の夜に唯一輝く銀色の光 浄化を導き、唄を紡ぐ妖妃 Jewel.52 空に浮かぶ綺麗で温かな満月、闇夜を照らすのは月光の光。月光の光は満遍なくこのホウエンを包み込み、光は宇宙の塵となる星々を輝かせる。勿論此処、サイユウシティ付近も月光の光が届いており、離島の全てに優しい光を降り注ぐ その島に、唄が聞こえた その唄は、唄にしては不思議な声で 優しくも悲しい旋律が、この島全体に響き渡らしている――――… 「今日も美しい唄だね―――炎妃」 「…」 「ミロー」 唄が止まった この唄を聞いて現れた来訪者に気付いて 優雅な歩みで芝生を踏みながら歩いてきたのはミリ、同じく彼女の隣で同様に歩み寄る蒼華に、黄金の鱗を輝かせながら身体をしならして進む水姫。本来なら寝静まっていた筈だったが指図め、唄がとても綺麗だったからもっと近くで聞きたかったのかもしれない。唄に耳を傾けていたミリの表情は、とても安らかなものだった 彼女達の視線の先にあるのは――――…庭の中央、空を扇いで旋律を奏でていた、銀色の光 九本の麗しい尻尾を揺らし、艶やかな肢体を持つ妖艶な存在 銀色の光、それはキュウコン キュウコンの名は、炎妃と言った 「…キューン」 「あぁ、ごめんね。唄を止めてしまって」 「コン…」 「構わず続けて。君がそうやって唄ってくれると、随分と気分がいいからさ」 「ミロー、ロー!」 「…」 「…キューン」 恥ずかしそうに、しかし最愛の主の来訪が嬉しかったのかまた炎妃は空を扇いで旋律を奏で始める。開始した炎妃の流れる唄を耳にしたミリは嬉しそうに微笑むと、瞳を閉じて沈黙を守る 流れ始めた旋律に、水姫は金色の瞳をもっとキラキラさせて炎妃を眺め、うっとりと唄に聞き入る。炎妃と出会った当初から水姫は炎妃に憧れに近いモノを抱いていた。ポケモンにしか分からない何かがあるのかもしれない。それか、人間にも共通するようなものか。炎妃の唄のファンでもあり、同じ仲間の中で初めて出来た女のお友達として(大半そっち)、彼女は最後まで炎妃の唄に耳を傾ける 蒼華はミリの隣で炎妃の後ろ姿を静かに眺める。ちなみに蒼華は勿論ミリの付き添い。就寝前に聞こえてきた炎妃の声に釣られて外に行こうとした本人の意志を事前に汲み取って行動をした彼はまさに騎士だ。そして、今まさにミリを座らせて自分の身体に寄り掛からせてあげるのも彼にしか出来ない特権だったりする その蒼華に促され、彼の身体を預ける様に座ったミリはつい出かけた欠伸を噛み締めながら、小さく息を吐いた 「(身体が…楽になっていく…)」 蓄積され溜まりつつあった疲労が、炎妃の唄を聞く度に癒されていくのをミリは感じていた 炎妃の唄は特別な力が宿っていた。奇遇にもその力はミリとの相性が良く、多様様々にミリの体調の安定を図っていた事は勿論、まだ炎妃は気付いていない。炎妃はただ唄が歌いたいのと、大好きなミリが自分の唄が聞きたいと言ってくるから唄を歌っている。もし、仮にその事に気付いたら炎妃は喜んで毎日唄を歌うだろう。大好きな主の為なら、喉を潰してでも唄を披露するに違いない けど、ミリはそれを炎妃に打ち明けないのはきっと、甘えたくないのかもしれない。炎妃というポケモンを手持ちに加え、炎妃という個性を知った以上、彼女が一体どういう行動をするかなんて手に取る様に分かる だからミリは炎妃には言わない。大好きな唄を、自分の身勝手で酷使させたくないから。大好きな唄を、好きな時に、思う存分に歌ってもらいたい そして今日も、ミリは炎妃の唄に耳を傾ける 「――――…誰しも、一番好きな事を好きなだけ熱中し、専念する姿は一番美しい。使命や宿命なんて、そんなもの、ただ邪魔なだけ」 「…」 「それにしても…炎妃の唄はいいね。こんなに素敵なのに、無知な人間は意味も無く怖がる。この唄が、どんな意味を持っているかなんて知らないから」 「ミロー」 炎妃の唄は浄化と癒しの力があった 浄化、それはミリが言う負のオーラを鎮めさせ、浄化をさせる事。癒し、それはこの唄を聞いた者達に心の安らぎを与える事。悲しくも優しく旋律は、傷付いた心にジワリと浸透していき、負のオーラを、そして成仏しきれなかった彷徨う霊の鎮魂歌となる 銀色のキュウコン、炎妃―――パーティの中では一番大人しく、お姉さん的存在な彼女。バトルでは回りに引けを取らない程の劇的な活躍を魅せ、その艶やかで妖艶な姿から人は炎妃の事を【妖妃】と呼ぶ ダブルバトルではよく水姫とタッグを組み、【艶姫】と【妖妃】で【妖艶】、そして身体が金色と銀色から名付けられた【金妖銀艶】として知られる彼女達から繰り出される水と炎のコンビネーションは見惚れるくらい美しく、しかし相手容赦無く翻弄させる。時間が出来てコンテストに挑戦する機会が訪れたら、きっと炎妃も水姫と同様に活躍するはずだ。彼女の活躍をコンテストの場でも披露してもらいたいと願う人は本人達を予想しないくらい大勢いるのだから ミリと出会う前は、百年という長い時間を渡り歩きながら様々な土地へ足を運んできた炎妃。彼女の唄は、今日みたいな満月によく旋律を響かせていたのは巷で有名な話だ。けれども、それは悪い意味としてだが ――――…その唄には魔が宿っていると誰かが言った。唄を聞いたら魂を抜かれてしまう、唄に魅せられてはいけないとも誰かは言った。古くからの言い伝えは次世代に受け継がれ、それらは人間の恐怖を煽るのには十分過ぎていた 昔は満月に関係無く唄を奏でていた炎妃だったが、その銀色の容姿と唄を歌うキュウコンは珍しいからと、人間に狙われた。いつしか浄化の為に行われてきた鎮魂歌は世間から姿を消した。そしてその唄が唯一響かせる事が出来たのは、誰もが寝静まった満月の夜だけ――――… ミリの手持ちに入ってからは、満月に関係無く唄が島全体に響き渡っている。今日も島には、炎妃が奏でる旋律がこの島を優しく包み込む 「キューン」 旋律が終わった また夜空は静寂に包まれる 満足に唄を歌い、恥ずかしそうに後ろの様子を伺うも、嬉しそうに足取りを軽やかにミリの元へ歩み寄る炎妃。主の前に座り、伏せた状態で頭を垂れる炎妃にミリは微笑を浮かばせながらその銀色に輝く艶やかな肢体をサラリと撫でた 「素敵な唄をありがとう、炎妃。お陰様でぐっすり眠れそうだよ」 「…」 「ロー!」 「…キューン」 さあ、まずはこの子から紹介しよう 何故、炎妃がミリの手持ちに加わったのかを どうして、その旋律を紡ぎ続けるのかを 旋律がまた一つ、響いた (君は何を見てきた?) |