今日<こんにち>まで、ミリはレンとの関係性を追及する事をしなかった

初めこそ突入後の別れ際に爆弾発言を貰い、嫌でも察せれるその言葉と感情の深さを知り頭を抱える事もあった。けれど本部の図書館という魅力的な存在の前に、レンの存在は彼方へと消えた。ポーンとね。興味のあるものへベクトル全振りした結果であり、都合が悪く考えたくない事案を棚上げした結果でもあった

当然ゼルも一切レンの情報を伝えていないし、なんならシンオウの事情を一切伝えていないからミリが全てを知らないのは無理もない。だからこのまま、(シンオウの件は別にして)何も知らないままでいてもいいと思っていた


そうして逃げていた事案を棚上げして、レンに触れられて心臓がバクバクと痛くなる現象に気付かないふりをして、さらに目の前に対峙しただけで語彙力が行方不明になる現象にドン引きして。そうやって、今までの行動全てに対しての、罰が当たったのかもしれない

まさか、まさかこんな流れで―――ミリにとって、特大爆弾発言を貰う事になるとは






「貴方の、私に対する振る舞いに、一切の躊躇も迷いもなく当然の様に接してくる理由が…少しだけ、理解出来ました。【聖燐の舞姫】さんの恋人が、レンガルスさん…








つまり【盲目の聖蝶姫】って言われている私もレンガルスさんの恋人になってしまうのでしょうか?【聖燐の舞姫】さんの恋人であるレンガルスさんと、この私が?……チョット何言ッテルカ私ワカンナイ」

「いや遠いんだわ。戻ってこい」






あまりの衝撃だったらしい。レンとゼルの間に座っていたミリは、音もなく消えた

もう一度言おう。音も無く消えた

音もなければ気配もない。敢えて効果音を付けるとしたら"シュッ…"もしくは"スン…"。人間の眼では捕らえられない速さでその場から消えたミリに、レンとゼルは勿論、回りを大いに驚かせた

一体何処に行ったんだ―――と、慌ててミリの姿を探してみたら、案外すぐにミリの姿は見つかった





ミリはまたしてもステージの上にいた





しかし先程みたいな様子ではなく、彼女は同じステージに立つシロナの後ろへ

シロナの後ろに立ち、シロナを盾にして。シロナのコートをギュッと掴み、だらだらと汗を流すミリ。眼がもし視えていたらシロナの後ろからレンを覗いて警戒しているんだろう、そんな様子で

会議再開前のパウダールームでの様子とは一変した自分の可愛い可愛い親友(妹)の姿に、シロナの心はキュンキュンだった。可愛い、私の可愛い可愛いミリがこんなにも可愛い。真っ先に自分(姉)を頼ったミリ(妹)に感激の嵐。コートをギュッと掴む姿とかかわいすぎる。シロナの心の語彙力は秒で溶けた。これが、萌…!

音もなく消えたミリの行動にめちゃめちゃびっくりしたけど、それを上回る可愛さにそんなものはシロナにとって些事だった






「(コソコソッ)ねぇシロナ、本当なの?この私に恋人だよ?正式には【聖燐の舞姫】さんだけど……こ、こここ、恋人だよ?ここここ、こい、びと…!?」

「あらあら。ふふ、動揺しちゃって可愛いわねぇ〜」

「わたしに、恋人…?いやむしろあの人の恋人が私…?…………は?ごめんちょっとよく分からない。やっぱりちょっとよく分からない。顔面国宝顔面600族のイケメンの恋人にはしっかりとふさわしい人がいるのが相場ってものよ!のっと私!ちゃうねん私!!」






はわはわあわあわガタガタと解釈違いを起こすミリに、シロナはよしよしと頭を撫でる

そりゃまぁそうなるでしょうね、とシロナは可愛い可愛いと高ぶる気持ちの裏腹に、一人苦笑を漏らしていた

七年前、いつの日かミリとそういう恋バナ話に花を咲かせる事があり、シロナは聞いた事があった。「ミリは付き合った人はいるの?」と。当時から清楚でありミステリアスで可愛くて愛らしい、この世の全ての美をギュッと詰め込んだ美貌を持つミリにきっと"そういう話"があっても不思議じゃないと思っての質問だった。シロナも当時は約20才、そういう話には敏感なお年頃だったので

もし万が一にも彼氏の存在が居たら見定めてダメ男でマダ男だったらボコそう―――そんな気持ちを持ちながら

対するミリの答えはこうだった







「誰ともお付き合いした事はないよ〜。今がとても楽しくてそんな気持ちにはならないかなぁ。年齢的にもまだまだ早いし……そもそも眼の見えない私なんかに、わざわざ付き合ってくれる人は誰もいないよ」







相変わらずあの時から自分を自虐した返しは健在だったし、相変わらずミリは全く気付いていない

盲目だからとか、障害者だからとか、その程度の理由でミリを諦める男なんて誰一人とて居ないのに



残酷な話、この時点でズッ友枠のデンジとオーバは眼中になかったし旅仲間のゲンと読み聞かせ仲間のゴヨウは友達でしかなかった。ダイゴに関してはミリと接した歴が突入チームの誰よりも長いから、行方不明にならなかったらもしかしたらワンチャンあったかもしれな………いや、ない。ないわね。男性からのアプローチは常に奇跡的な躱しでスルーもしくはマジで気付かずにいたから、ダイゴも可能性は……うん、薄かったかも

そんなミリにまさか彼氏がいて、相手がレンだったから本当に世の中何が起こるか分かったものじゃない。ひとまずシロナの中ではこの事件が一段落着いてからマジのガチでレンにポケモンバトルを仕掛けようと心に決めているから、レンは諦めて覚悟を決めた方がいい





さて。長々と過去の話を進めていたが、路線を戻そう

そういった理由でミリが恋人の存在にどえらく驚き、解釈違いを起こし、ガタガタと警戒してしまうのは無理もなく。たとえ同一人物とはいえ【盲目の聖蝶姫】のミリではなく、【聖燐の舞姫】のミリの彼氏。【盲目の聖蝶姫】にとって【聖燐の舞姫】は顔がそっくりの他人でしかなく、レンは他人の彼氏の感覚―――心が追いつかないのは、誰から見ても明白で






「えっっっと………レンガルスさん?幾つかお伺いしても…?」

「まずは戻ってこい。話はそれからだ」

「ヒェッ。あああああの、その…【聖燐の舞姫】さんと出会ったのはどちらになりますか…?」

「……それは今言わないといけない話か?」

「コワ……そ、そこをなんとか……私の為にも…」

「……………カントー地方のトキワシティ、ポケモンセンターの中だ」

「…ど、どこそこ…?ン゛ンッ……ポケモンセンター…つまり、ポケモンバトルがキッカケです……?」

「…いや、バトルはしてねぇ。たまたま朝食の時に席が無かったから相席を頼んだのがキッカケだ」

「ほぁ……相席……なにその陽キャ行動…相席お願いするとか同性ならともかく異性にするとか…………






レンガルスさん攻めますねぇ!よっ!色男!!流石はアルフォンスさんの息子さん!狙った獲物は逃がさない!フゥゥゥおっそろしいねェ!ヒューヒューッッ!」

「相手はお前だが?」

「そ う だ っ た」






恐る恐る聞いていたミリだったが、途中テンションが上がってレンを煽りに入るミリ。しかしその相手が自分(舞姫)だとレンによる容赦ないツッコミで、ミリの気持ちが一瞬でスンとなった

嗚呼、これが違う人だったら「恋バナ楽しいー!もっとお話聞かせて!」ってなるのに。現実はこんなにも残酷。自分は解釈違いなのに、何故。本当に何故

間に挟まれているシロナは終始マナーモードで眺めていた。プルプルだった






「俺達は何を聞かされているんだ……?」

「すっごく動揺しているね…」

「波動がぐるぐる不規則に動いているから本当に動揺しているんだな…」

「一匹狼のレンさんと秘密が多いミリさんの馴れ初めは純粋に気になりますね」

「ふむ、では時間があったらレンガルス君に改めて聞いてみよう。きっと楽しくなるだろう。父親としても娘との馴れ初めは純粋に気になるからね」

「…私は猛反発して聞かなかったがな…娘と夫の馴れ初め話は…」

「どの年代も恋バナは良いものですね………え、私ですか?私はまぁ、ほら…ね?」






外野は外野で二人のやり取りを一部はチベスナ顔、一部は遠い目、一部は好奇心旺盛で眺めている。人の話だからこうして他人事の様に眺めていられるが、あれが自分だったらと思うと公開処刑が過ぎる

しかし確かにゴヨウの言う通り、一匹狼だったレンと秘密主義者のミリの馴れ初めは純粋に気になるのは確か。ミリはともかく、レンは女の影を全く見せずいつも飄々と群がる女共を躱していたから―――そういった、恋心も情欲も無欲な男だと思っていたから、つくづく驚かされるばかり

本来なら年齢的にもレンが女を作るのは当然な話で、なんらおかしくない。女を作った事に関しては「あのレンが…」と驚く事はあれど、正直それだけだ

しかし相手がミリだったから話は大いに変わってくる。「あの難攻不落で鉄壁ガードで完璧回避力のミリの心をどうやって射止めたんだ!?」だし、ミリに対しても「めっっちゃモテモテなのに女の影全く見せなかったレンの鋼の心をどうやって癒したんだ!?」である。昔からレンを知っている者ほど二重の意味で驚くしかない






「ちなみにお付き合いに至るまでの期間は、何年単位で……?」

「……約二ヶ月くらいだ」

「えっっっ、短ッッ。うっっっっそ予想していた以上に短くない…?チョロくない…?【聖燐の舞姫】の私チョロくない…?顔面国宝を前に屈したにしてもチョロくない…?」

「…(ビキ)」

「ちなみにお付き合いしてから現在まで年月はどれくらい経ってます…?」

「……今現在を言うなら、三ヶ月くらいだ」

「えっっっっっっっ短ッッッ」

「…(ビキビキ)」

「そもそも付き合いたてだったんです…!?付き合いたてほやほや…!?カップルによくある付き合って三ヶ月目が楽しい時期だって言う、あの三ヶ月目…!?」

「…(ビキビキビキ)」

「付き合いたてほやほやなのに…【聖燐の舞姫】さんが行方不明に…!!?ご、ご愁傷様としか言えないっていうか本当にそれ私です…?チョロくない…?」

「(ビキビキビキ)」







『ミリ姫、自分の事なのに辛辣が過ぎる。容赦がない』

『僕達がキッカケとはいえちょっとこの流れになるのは予想外かな…』

『出会いは人それぞれ、お付き合いするのも人それぞれとはいえ……聖蝶姫のミリ君からしたら本当に信じられないんだね………』

「……新手の詐欺だと言わないだけまだマシだろうな」

「ミリさんの場合麗皇が詐欺に遭ってないかと言いそうだな…」







「えっえっ本当に信じられないんですが……むしろレンガルスさん貴方騙されてません…?【聖燐の舞姫】さんに騙されてません…?大丈夫…?新手の詐欺にあってません…?…彼女詐欺…?結婚詐欺…?………いやいやいやむしろその顔面国宝と男前でイケメンを前に【聖燐の舞姫】さんがドキューンしてレンガルスさんに突撃した可能性も……!?それこそ私の解釈違いだよいやあああ…!ご迷惑をお掛けしてますゥゥゥッ…!」







「…言ったな」

「言ったそばから…」

『早々にフラグを回収してた。ここまでくるといっそ清々しいフラグ回収だ』

『しかもミリちゃんがレンに迫った事になっているのごめんとても面白い』

『(レンの機嫌が急降下していくのがよくわかる…ミリ君が記憶を取り戻した時の反動が凄そうだ…)』







ミリの質問、否暴走は止まらない。本当に自分に恋人がいた事が信じられないらしい。あられもない妄想を繰り広げ、さらには加害妄想を膨らませる。ミリの悪い癖でもあるが、実際にミリ本人も「いつか好きな人にそうしそうで怖い!洗脳ダメ絶対!恋は人を嫉妬で狂わすし恋一つで相手を自分のものにしようとする………それを自分がするかもとか、イヤアアァアァァそれはダメェエエェッ」と言っているので仕方がない。何故だって?何処かの世界の友人が「恋はハリケーンじゃッッ!!」と叫んでいたから。人は恋一つで変わるのじゃよ






「………………」






対するレンの表情は、無だった

見事なまでの"無"だった

しかも影が入る感じの、瞳にハイライトが入っていない、恐ろしい"無"


好き勝手色々と言っているミリに対して、不気味なくらいの無表情―――怒りの感情のバロメーターが上限を越えた故の"無"だった




それはそう。記憶を失ったとはいえ、愛しい存在から全否定を宣告されているものだ。自分の愛を真っ向から否定された。ミリは時間がうんぬん歳月がうんぬんと主張しているが、それこそ好きになったら時間など関係ない。レンとて長い時間をかけてミリを落としたわけで、その努力を無にされたに等しい。それがどれだけレンの"無"を加速させているか。レンの雰囲気も、感情に合わせてどんどん冷えていく―――

相手の感情に敏感なはずのミリは残念ながら気付かない。今は全くそれどころじゃないから



なによりも







「ッッ、………ッッ、………フッ………、ククッ………ミリ様………マジで最高………俺のミリ様マジで最高過ぎる………ッッ!………!!」







そこにシビれるあこがれるゥ!wwもっと言ってやって下さい!wwww奴を絶望に突き落とすくらいに!wwww

草を通り越して大草原。もっと具体的に言うと「ッッww、wwwwww、………フッwwww………、ククッww………ミリ様wwwwマジで最高wwwwww………俺のミリ様マジで最高過ぎるwwww……ッッww!wwwwww!!」とゼルの腹筋は大惨事、一人マナーモードで震えていて

隣りに座るこの愚兄の爆笑っぷりが余計にレンの"無"を助長していた。レンの表情に気付いた者達は「うわなんだあれこっっっっわ…」「あれはマズい。波動が大変な事になっている」「手遅れですね…」「気がどす黒い」「気持ちはよく分かる落ち着け麗皇」と言っているのでレンの情緒は取り返しのつかないところまでいっているらしい






ガタリ、とレンは静かに席を立った







「―――そんなに信じられねぇなら、お望み通り証明してやる







 今 こ こ で 」

「アッ嫌な予感がした!すっっっごく嫌な予感がした!寒気がするほど嫌な予感!これはマジで口塞ごうと模索する悪い男の予感がする!シシシシロナ……ちゃんに危ない男の人の壁は出来ない…!………ハッ、ダイゴ!ダイゴー!たすけてー!ヘルプミー!」

「あらあら。だってよダイゴ?ミリをしっかり守るのよ〜」

「頼られるのは嬉しいけど男女の縺れなのはちょっと、いや結構複雑……」

「おいおいアイツ目がマジっつーか据わっているってか落ち着けレン!」

「落ち着けレンお前らしくない!一体何をするつもり…いややっぱり言わなくていい!ひとまず止まるんだ!」

「……麗皇にしたら耐えた方か。ゴウキ、」

「仕方ないな」

《……うちの主がすまないな…》

「「ブイブイ?」」







「安心しろ、ミリ。お前は【盲目の聖蝶姫】であって、【聖燐の舞姫】じゃない。だから事実上お前はレンの恋人じゃねぇ。それでいいじゃないか?」










「…………あ゛?」








講堂内の気温が一気に下がった






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