「まず六年前あなたが行方不明になって私達の記憶が忘却されてから、再度あなたの事を思い出したのは―――今から、半年前よ」 司会進行を交代したシロナが話を進める 半年前、突如としてミリと最も親しかった者達を中心に記憶が蘇ってきた。各々思い出すスピードはまばらであったが、時が経てば経つ程ミリの記憶は鮮明に思い出していき―――世間の、ホウエンもシンオウの住人達も、ゆっくりと、しかし、確実に記憶を思い出していき 少なくても、親しかった者達は"ある事"以外全てを思い出す事になる 嗚呼、あの時の喪失感が懐かしく思う 絶対に忘れないと誓ったのに、簡単に忘れてしまった現実。蘇ってくる記憶に涙した日々、胸の内はひたすら喪失感でいっぱいで、あと一つ忘れていたモノが思い出せないあの苦しみは―――きっと、生涯自分達の心の傷として残っていくだろう 「【聖燐の舞姫】…あなたの存在を知ったのは、数ヵ月前に行ったシンオウとホウエン、カントーとジョウトで行われた合同会議。議題は数あれど、この会議は簡単に言うと―――この数年で各地方で猛威を振るい、また少年少女達により解散した犯罪組織達の情報共有よ。勿論、それには解散していたはずのロケット団も名前にあったわ」 「!……少年少女達……」 「あなたが当時チャンピオンにいた時に潜んでいたアクア団とマグマ団も、今は解散しているわ。その道中は本当に大変だったらしいわ………ホウエンのルネシティを中心に被害が強く、ルネシティは被災地とされ、今はリーグを中心に復興に尽力を尽くしてくれているわ。あなたの友人の一人、ミクリが先導してね」 「―――――……は」 シロナの言葉に―――ミリの纏う雰囲気が、静かに重くなるのを感じた やはりこの手の話は絶対に食いつくのは目に見えていたシロナは、ナズナに目配せをしてとある資料をモニターに映してもらう それは―――半年前にホウエン地方を襲った、大災害の詳細 闇夜の眼はしっかりとモニターを映し―――ミリの目が、スッと細くなる 「……グラードンとカイオーガ…そう、あの子達は眼を覚ましたのね………人の手によって、ね……やらかしてくれたね、アクア団とマグマ団のリーダー達は」 「!……ミリ様、その口振りはもしかして…」 「うん、二匹の存在は認知してたよ。私が遊びに行った時は気持ち良さそうに寝ていたから顔を逢わせる事は叶わなかっただけど……真空<シンクウ>…ううん、レックウザが二匹を……そう、そうなのね………」 「…今の話はまたリーグに戻ってからしましょう。…逃がしませんよ?」 「えーん」 小声で呟かれた内容はしっかり隣のゼルに聞こえていたらしい。表情は変えずとも、ゼルはまたミリの手を取り、「に が さ な い」と感情を込めて握った 実は突入時後、本部に連れられてから落ち着いた頃ゼルから「ミリ様、他には?他のポケモンはどれがいます?ミリ様のポケモンとの友好関係を把握しておきたいのです。ミリ様?」「どひぇ」と尋問されていたりした。「総監として貴女を害悪から守る為です」と体のいい事を言ってミリを丸め込もうとしていたが本音は「貴女の全てを把握したいからとりあえず伝説級のポケモン"も"全て教えてほしい俺が貴女を一つでも知らないのは許せない」とバリバリ独占欲の強い感情を抱えながらミリを尋問していた。その思考はレンと全く同じだからこの双子はつくづくそっくりだし、なんならその父親のアルフォンスと似ているから親子揃って本当にヤバい 当の本人は呑気にゼルのヤベェ感情に全く気付いていなく「これだからイケメンは!顔の良さを使って私に聞き出そうとして!眼が見えなくてよかったよ!」と上手く逃げていた。しかし今回でさらに第二の尋問が始まりそうなフラグにミリは遠い眼をした。自業自得でしかない ちなみに反対側にいたレンもばっちり聞こえていたらしく、突入時の偉業の件もあり「こいつはまたしてもサラッと…」と呆れ気味に口をひくつかせていた。しかし結局最後は心の中で「色々落ち着いて記憶が戻ったら諸々吐かせるか…」と考えているので、どの道ミリに逃げ道は無かった 流石に二人の会話は聞こえなかったらしいシロナが話を続ける 「…色々と思う事はあるのは分かっているわ。【聖燐の舞姫】よりもそっちの話に触れたいのは理解している。けれど今は議題からそれてしまうから…資料のデータはあるわ。本部の方にお渡しするから、続きはそちらでお願いしてほしいわ」 「…分かりました。ですがこれだけは……ダイゴ、」 「!!………うん、」 「ありがとう、ホウエンを守ってくれて。色々と尽力してくれたんでしょう?資料だけじゃ分からない事を、苦労を、危険を、ダイゴ達はやってくれた。…落ち着いたら話を聞かせて。そしてホウエンの皆にも伝えて欲しい。"ありがとう、私の大好きなホウエンを守ってくれて"って―――皆が無事でよかった」 「――――ッ、」 もう、ミリは知らなかった事を自分のせいにしなかった そしてミリはこの場にいるかつての部下に、友に―――自分の代わりに尽力してくれた事に、感謝の言葉を伝えた 名前を呼ばれ、あの時の大変さを理解してくれて、そして最も欲しい言葉をもらったダイゴの胸の内は―――強い衝動でいっぱいだった 「ッあぁ!勿論だよ、必ず皆に君の言葉を伝えよう。きっと皆…いや、絶対に喜ぶに違いないからね」 そうですよね、アスランさん そう言ってダイゴは席に座って静聴していたアスランに話を振る アスランはダイゴの言葉に満足げに頷いた後、「そうだとも。ミリ君の無事でさえも彼等にとって朗報なのだ、今の言葉も彼等の活力になってくれるはずだ」と言うのだった さて、改めて話を戻そう 「セキエイリーグチャンピオン、その名はレッド君。【聖燐の舞姫】がシンオウに行く話を彼が私達に教えてくれたの」 「あらあら、皆して大人気ないわね。よほどそのトレーナーと戦いたいのね、フフッ!それでレッド君、その噂のトレーナーの名前は?」 『あぁ、そいつの名前はミリっていうんだ!オレンジの服着てるから多分分かりやすいと思うぜ!』 「そして私達は、あなたの名前を思い出せたわ」 「そうよ…あの子の名前、なんで今まで思い出せなかったのかしら…!」 「思い出せた。そうだ、彼女の名前は…っ」 「レッド君、君のお蔭で…大切な仲間の名前を、思い出せる事が出来た。礼を言う、ありがとう…!」 『え?あ、どうも…』 嗚呼、不思議な話だ 人の記憶は声から忘れていくのに、不思議と声から思い出せた。声から始まって容姿、思い出と徐々に記憶が紡がれていったのに―――肝心の名前が、一向に思い出せなくて 名前を聞いた時のあの衝撃は、今でも忘れられない 「会議が終わって、私達は【聖燐の舞姫】のミリに会いに行ったわ。あなたの発祥の地でもあるナギサシティの、ナギサの港で」 「「ブイ〜Vvv」」 「君達、一体誰のポケモンなんだい?」 「野生のポケモンじゃないことは確かだろうね」 「違いますよー」 「あら残念。この子ゲットして可愛くおめかしさせたかったのに」 「イーブイは人形じゃないぞチャンピオン」 「でも着せ替え人形にしたいくらい可愛いですよね〜」 「本当にね〜。このふわふわもこもこしている毛並みも抱き心地も最高よ!」 「つーかこの白いイーブイの熱い視線がなんで俺にこないのかすっげー気になる」 「アフロだからだ」 「テメェデンジ殴るぞ!!」 「いやいや、アフロでもそのアフロは中々素敵で格好いいと思いますよ私は」 「ブーイ…!」 「ほらデンジ!俺のアフロを分かってくれる奴がいるじゃないか!見ろ!黒いイーブイも俺のアフロ見て目ェ輝かせて……… ―――――………、え?」 「あー、この子って面白いものに目がないんだよねー。好奇心旺盛なこの子の次のターゲットは貴方のアフロさんかぁ〜、みたいなー」 「コラァアアアアアッ!待ちやがれぇえええーーーーッッ!」 「いい加減諦めやがれぇえええッ!」 「くそっ!すばしっこいっていうか逃げ足が速いっていうか!」 「とにかくまず止まってくれーーーーッッ!」 「あはー!鬼さんこちらー手の鳴る方へぇ〜〜だ!」 「「ブイブイ〜♪」」 道中色々とあったが、 そうして自分達五人はミリと―――【聖燐の舞姫】のミリと再会を果たす事が叶ったのだった 「その時にナギサの浜辺で撮った写真がこれよ」 モニターに映された、その時の写真 遠くに建つナギサタワーを背後に、ミリを中心に五人が楽しそうに、嬉しそうに写真に映っていた。シロナはミリの腕をギュッと抱き、ダイゴは嬉しそうにミリの頭を撫で、ゲンは照れくさそうに、オーバはミリの前でキメポーズを、そしてデジカメを構えているだろうデンジが半分見切れつつも楽しそうに映っていた 真ん中にいるミリは苦笑を漏らしているところを見ると、五人のノリに着いて行けてないのか、もしくは遠慮しての表情か―――残念ながら、その答えを知る事は叶わない 「…………………」 「…この写真を見て何か感じる?」 「…………」 「………、ミリ?」 「………………いいなぁ…」 「え?」 「……私も…皆と写真…撮りたかったなぁ……」 「―――――!」 闇夜の眼を通してポツリと呟かれた言葉は、きっと紛れもないミリの本音 眩しそうに、羨ましそうに、 そして、妬ましそうに その姿は、ポケモンマスターではなく、 ただの、一人の女の子で ミリは自嘲気味な表情を浮かべながら、眼前に映る写真を視ていた 「…色々落ち着いたら、いくらでも撮る機会はありますよ」 「…………」 「ミリ様、」 「…………ごめんなさい、シロナ。話を続けて」 「……えぇ、分かったわ」 ミリも嫉妬するのね…とシロナは静かに驚いていた いつも飄々としていてそういう負の感情は抱えないものだとばかりに思っていたから。珍しい姿はシロナは勿論ダイゴ達も小さく驚かせていた ―――しかし、悪い気はしなかった 相手は自分自身だったからだろうか。ミリの感情が"自分達"に向けられ、しかも「本当だったらその場所は私がいたはずだったのに」と言わんばかりの嫉妬を浮かべる姿に、嬉しく感じた ポケモンマスターだから気持ちを押し殺しているに過ぎない。これがポケモンマスターじゃないただの【盲目の聖蝶姫】だったら、もっと違った姿が見れただろうか ちなみに、 「(……あの写真のミリ、少なくとも無理矢理話を決められて仕方なく着いていったって感じか……で、この後は別荘に連れられて軟禁生活ってわけだが……俺が連絡を忘れなければもっと早く合流できたはず……改めて反省する件はあれどくっっっそなんだよあの写真クソムカつくんだがお前等調子に乗るなよ本当だったらその場所は俺だったのに……!!)」 「(ミリ様のお心を健やかにするのが俺の役目だと自負しているが…ミリ様のお心が違うところに向けられるのは俺の本意ではない……ミリ様のお気持ちは俺だけに向けて欲しいむしろお前等調子に乗るなよ絶対色々落ち着いたら俺もミリ様と写真をたくさん撮って家宝にしてやるんだからな…!!)」 『(うわぁ……)』 「(あの二人絶対よからぬ事を考えてるな…)」 「(気を見なくとも分かる。あの二人の嫉妬の方がヤバい。舞姫の嫉妬など可愛いものだ…)」 「(後ろ姿からでもお二人の嫉妬の圧が凄いですね……どうしてミリ様は左右にいるお二人にお気付きにならないのか…不思議です)」 《(主の一つの感情でこの有様。この双子はつくづく厄介な奴等だな…)》 と、一部の外野はそんな事を思っていたりした 話を戻そう 「世間は私達とは違い【盲目の聖蝶姫】の事を思い出すスピードは遅かった。けどこの時点で世間はあなたの事を思い出しつつあった。その中で何も知らない【聖燐の舞姫】のあなたが現れたら世間は混乱するだろうし、当然何も知らない【聖燐の舞姫】も混乱するのは間違いないし、もうじきスズラン大会もある―――被害拡大を抑える為に【聖燐の舞姫】には事情を話して、一時的に旅の中断をお願いしたわ」 【聖燐の舞姫】にとって新たな土地を旅する楽しい日々が待っていただろう。しかし現実はそんな気楽に旅が出来るほど、世間は【盲目の聖蝶姫】の影を追っている 【盲目の聖蝶姫】をこれ以上失いたくないという気持ちが先走って無理矢理だったのは認めよう。けれど現実は【聖燐の舞姫】が何も知らずにシンオウの街を歩いていたら騒動に発展していた事だろう。スズラン大会が近い事からトレーナー達の人口も多い。その中で気楽に楽しく旅を初めようならトレーナー達の恰好の餌食だし、なんなら貞操だって危なかったかもしれない そしてスズラン大会が終わる前提で【聖燐の舞姫】はシンオウ地方の離島にあるリゾートエリア、ダイゴの所有していた別荘にて、約二週間身を潜める生活を送る事となる 【聖燐の舞姫】と家主のダイゴ、 そしてシロナとゲンとデンジとオーバの 六人の、共同生活――― 「はいストップ」 ミリが手を上げた 「!…何か思い出した?」 「ううん、そういうのじゃないんだけど………」 「けど?」 「…………………」 「…………ミリ様、」 「…………(むすー」 「「「「「(えっかわ…ッ)」」」」」」 今度こそ嫉妬する姿を見せたミリに、特に共に暮らしていた五人にクリティカルヒット。効果は抜群だ! あれは完全に嫉妬している。確実に嫉妬している。「本当だったら私も皆と仲良く暮らしていたかもなのに」って嫉妬してむくれているめちゃめちゃ可愛い。むすーしてるの可愛い。あまりそういう感情を面に出さないからこそ衝撃がすごい。ヤバい。あまりの可愛さに胸をギュッと抑えて「うっっ」ってなった。お前はこの会議で俺達の心を殺したいのか? 流石にゼルとレンの機嫌も急降下していき、その様子が手にとる様に分かるゴウキ達は『嫉妬で真っ黒過ぎ』「これはどうにもならんな」「気持ちは分かるが面に出し過ぎだ」とやれやれと溜め息を吐くばかり。そして大人組は一歩下がって彼等の様子を苦笑しながら眺めていた。若いなぁ、と しかし萌殺しに掛かられている五人の情緒は、意外にあっさりと崩される事になる 「……………百歩譲っって、千歩譲っっっって、その状況は理解するとして…」 「(めっちゃ溜めたな)」 「(解せない顔がすごいね)」 「(可愛いしかない)」 「(ハッ……これが…尊い…!)」 「二週間のシェアハウス……………そこは、まぁいいんだけど…………皆はそれで……大丈夫だったの?」 「?…何がかしら?」 「?僕はそのつもりで色々と準備をしていたから、特に問題はないんだけど…」 「いやいや、だってほら……彼女とか彼氏がいたら普通にアウトじゃなかったの?期間限定のシェアハウスとはいえ、相手の人にしっかり説明したんだよね?」 ぽく ぽく ぽく 、 ちーーーーーーーん 講堂内はなんとも言えない空気に包まれた 「男性組からしたらシロナという美貌の女性が一緒に屋根の下にいるわけでしょ?相手が誰であれ、彼女さんが女性二人がシェアハウスの仲間だって聞いて………うーん、あまりいい顔をしなかったんじゃない?」 「いや、いやいやいやいや!」 「まてまてまてまて待ってくれ」 「もしかしなくても誤解している」 「落ち着くんだミリ羨ましいのは分かったからその思考は一度ストップだ」 「えっっっまさかこのシェアハウスの件で既に別れたとか、そんな話が…?ちょっとそれは、おねーさんちょっと…見過ごせないねぇ……?」 「「「「誤解だッッ!!!!!」」」」 そのなんとも言えない空気の中をさらに爆弾と言う疑問を投げ付けるミリ。純粋に心配しているその言葉は男共の柔い心にフルカウンターを決め込んだ。鋭い一撃だった そりゃまぁミリがそう思ってもおかしくない。いい年齢の男性四人、ミリが認めるイケメン枠でもある彼等に女の影がいたって不思議じゃない。仮に女の影がいた前提で話を進めた場合確実にヤバい状況だし人としてどうかと思う しかし残念な事に、彼等には女の影は無かった。いやきっと過去にいたかもしれないが……まぁ、そこから先は野暮な話。いないということはそういう事。男の仁義の為に触れないでおくのが優しさというもの あくまでも仮説だが、記憶が忘却されても心の奥底にミリの存在が根付いて、「女性像=ミリ」というどうみても無理過ぎる壁が出来てしまい、今まで女性と上手くいかなかった―――という話があるかもしれないが、まぁ、真実は闇の中としておこう 「シロナだって、いくら【聖燐の舞姫】さんが一緒だからって彼氏さんがいたらそれこそいい顔をしなかったはずよ。シロナこそ大丈夫?シロナの魅力は世の男をコロッとさせちゃうんだよ?うーん、おねーさん本当に心配」 「大丈夫よ。本当に大丈夫。その無垢で本当に心配している眼で私達を見ないで…本当に大丈夫だから…」 勿論矛先はしっかりシロナに向けられ、ミリの純粋で無垢で本当に心配していますとばかりのまなざしに、シロナは手で顔を覆った 今だけミリの優しさがこんなにも辛い 言い訳じゃないがチャンピオンの仕事と考古学の研究のせいで気付いたら六年経っていたというか、考えていなかったとか、もだもだした言い訳が頭の中を駆け巡るのだが―――今まで逃げていた現実を大切な子に突き付けられ、シロナの心のライフはもうゼロだった。是非もなかった 「ッッ…」 「フッ…」 「クッ…」 「(プルプル)」 『ミリ君、容赦ないな…』 『これが"そこにシビれる憧れるぅ!"ってやつだな!』 『一ヶ月一緒に暮らした僕としてもブーメランになるから心が痛いよ……』 → |