全員が全員、沈黙を守っていた。何故なら顔を上げる資格が、声を出す資格が無かった。顔向けが出来ない気持ちでいっぱいだったから この会議が執り行うと決まりミリへの説明をする際に、この件の説明は必須で、内容が内容だった為に―――何度心を痛めたか。何度自分達の胃にダメージを与えまくっていたか。当時関係者でなかったレンとゴウキとナズナとカツラとマツバとミナキの六名はともかく、バリバリ関係者なシンオウホウエン組の気持ちは沈んでいくばかり ミリが行方不明になっていただけでもショックが大きいだろうに、さらに自分達がミリの記憶が失ってしまっただなんて―――ショックどころの話ではないだろう 結局現在も何故そんな事象が起きてしまったのかは、分からない。レン達も【盲目の聖蝶姫】と【聖燐の舞姫】の関連性を調べるも、その内容に口を開く事はなかった。なので今もなお、この事象は謎のままである 皆が内心びくびくしている中、対するミリの反応は――― 「――――私の事を忘れてしまった、その件については理解しました」 存外、あっさりしたもので 「しかしそれはイルミール夫妻が亡くなった事とどう関係があるんですか?私が聞きたいのは、イルミール夫妻の件です。何故、殺人罪ではなく事故扱いになってしまったのですか?」 あくまでも、自分はポケモンマスターとして ミリは彼等に言う 自分が聞きたいのはイルミール夫妻の件だと。記憶が云々の話は理解したが、それとこれとは別の話だとミリは続けて言った 「あんまりじゃないですか。二人にとって大切な家族が、明確な証拠があるにも関わらず、事故死として処理されるだなんて…ユリさん達も報われない……なによりも、お二人も、辛いじゃないですか………」 明確な証拠、それは今回起こったポケモン凶暴走化現象の事。彼岸花の猛威は確実な証拠になるのに、あまりにも理不尽な結果に終わってしまったのは―――なにより遺族である二人が、一番納得のいかない気持ちでしかない ギュッと、ここで始めてミリの手が二人の手を握り返した その力は、あまりにも弱々しかった 「「…………」」 「…………まず、二人のお父様がアジトに向かわれた時期は、世間がミリを…忘れた頃」 ダイゴは続ける 世間はミリを忘れていく中、彼は最後まで記憶を保有していた一人だった それはユリも同じだった。二人はミリと親しい関係だったのもあり、ダイゴ達同様にミリを最後まで覚えていられた 「二人のお父様は一人『彼岸花』の存在に気付き、世間が世間だった為―――誰の力も借りれずに、自分自ら乗り込む事になった」 自分の職場の上司だったコウダイとジンは、既にミリの記憶を失っていた 故に強力な戦力を集める事が出来なかった。真意は不明であるが、状況的にそうせざるおえないのは想像に容易い事で それでも、二人は動いた 「全ては、ミリ―――君を助ける為に」 「え………」 「二人は亡くなられた。遺体が発見された頃は僕達も含めて完全にミリの存在は忘れられ、それこそ『彼岸花』の存在も無かった事にされた。アルフォンスさんが誰にも知らせていなかった事もあり、誰にも真相が知らされる事なく―――そのまま、事故扱いになってしまった」 アルフォンスがどんな情報を入手したかは分からない 犯罪組織『彼岸花』の脅威を知った上での行動。シンオウの為に動いたのだろう、しかし一番の目的はミリの救出に他ならない ダイゴ達がチームを組んで乗り込んだのと同じように 二人もミリを助けたいと、無事であって欲しいと―――願っていたはずだ 「そして今日まで、『彼岸花』の被害に遭われ、命を落としたであろう人達がいる」 そう言って、ダイゴはナズナに向けてアイコンタクトを取る ミリは闇夜を通して世界が視える。ならモニターを使っても問題ないだろう。ナズナはダイゴの視線に頷くと、軽快な音を鳴らしながらエンターキーを押した ミリ達の眼前にある大きなモニターに映っていたのは―――亡くなられた、被害者達の写真 「――――――ッ!!!」 ミリの顔が更に驚愕に染まる 「………知っている……あの人を……私はあの人達を知っている…………カズマサさん、キョウタさん……ショウさん…」 いくつかある写真の中に、見知った顔があった その人物達は以前ミリが六年前の事件でお世話になった警察の人達も中にはいて 「セキ、さん………」 写真の一覧の中、 一番最後に表示された、一番新しい写真に―――彼等警察の中で一番見知った顔もあって 「…………………………………………………………………………………… う、そ………」 長い長い沈黙の後、 遂にミリの口から 「うそよ………うそだといって………」 溜め込んでいた本音が、零れ始める 「だって、それって………『彼岸花』によって…みんなは……無駄死にさせられたって…ことでしょ…?」 自分の行方不明をいいように 世界の理解不能な現象を利用して 大切な存在に、牙を向かれた 「……………わ、わたしの……せいだ……」 ―――全てミリを中心に事件が起きていた 聡いミリは、気付いてしまう これは、愚かな判断により自分が招いた結果なんだと 「私が、わたしが……行方不明に、ならなければ……」 何故、こうなってしまうのか 「ちゃんと家に帰って……いや、先に帰らないでアスランさんと一緒に帰れば………ううん、そもそも送別会なんてやらなければ…………」 大切な存在を作れば作るほど、 自分の手から、零れていく 大切にしたいのに、皆の平和を、幸せを願っていたいのに いつも、いつも、 自分が気付く時にはもう、手遅れになっている 「みんなは……生きてくれていた……」 「チャンピオン、」 「ミリちゃん、」 「聖蝶姫、」 嗚呼、 既に私は―――約束を、破っていた 「……………ゼル、」 「ポケモンマスターを降りる、責任を取るなどという発言でしたら断固拒否致します」 「――――ッどうして!!?」 先手を打ったゼルの言葉に ミリは始めて声を荒げた 「これは確実に範疇を超えている!!私の失態で人が死んでいる!!かけがえのない未来ある尊き命が亡くなってしまっている!!私のせいで!!」 「…ミリ様、」 「私があの時手を下していたら!疑問に思わず出来る事をしておけば!皆さんは生きていた!!そしてなによりも私が…私が行方不明にならなければ!あの時ちゃんと帰っていれば――――全てはこんな事にはならなかった!!」 「落ち着け、ミリ」 「落ち着つけると思う!?人が死んでいるんですよ!!?」 ずっと感情を抑えていたミリだったが、流石に爆発をしてしまったらしい。細い身体を震わせ、ありえないと、許せないと怒り狂う 無知で愚鈍だったが故に招いた、己自信に ミリは席を立ってでもゼルに迫った。しかしゼルは静かにミリを見つめ返すだけで、撤回の言葉も言わなかった。手を振りほどこうとしたミリだったが、ゼルはその手を離さなかった。勿論レンも振りほどかれた手を離す事はなく、落ち着かせようとミリに言うが―――余程冷静を欠いているだろうミリは、止まらない 「これはポケモンマスター以前の問題!!一個人の人間が人に多大な迷惑を掛けた上で、心配させたがゆえに!優しい人達を、こんな目に遭わせてしまった!わたしが…私が!!」 ミリの悲痛な叫びは 誰も、止められないだろう 「私が!ッ皆を!!」 「!―――待て、ミリ!」 「落ち着いて下さい、ミリ様!」 「―――殺した事になる!!」 「ミリ様!」 「ミリ!!」 それは違う。絶対に違う だからそれ以上何も言わないでくれ レンとゼルが同時に叫び、またミリを止めようと腰を上げたのも同時で――― 『いけっ!白亜アンド黒恋!』 『ミリちゃんに向かってアニマルセラピー!』 「「ブイブイ!」」 ドッ!! 「ングフウゥっ!?」 「「うおっ」」 「「「「ええええええ」」」」 モニター画面で静かに見守っていたマツバとミナキからの予想外の行動。賢い白亜と黒恋は忠実に二人の言葉に従い、小さい身体を懸命に走らせて―――白亜はミリの顔へ、黒恋はミリのお腹へとたいあたりもしくはとっしんを繰り出した 勿論ミリにダイレクトアタック、急所一発。そのままミリは後ろに倒れるはめに。レンとゼルの救出もあって強打する事を免れたのだが、予想外過ぎる展開に回りで見守っていた者達を驚きの声を上げさせた 「イブイブ!ブイブイ!」 「ちょっ…ウグッ……今はそういうの要らないかウグッ……」 「イブイブブブイブイ!!」 「あぶっ!…もうなによ…空気読んでよ…君達賢い子達じゃなかったの……?ちょっと誰かこの子達回収して……うっっ息が……」 「…ま、落ち着いてくれてなによりだ」 「いやおいミリ様を救出しろや。お前達落ち着け、ミリ様が限界だぞ」 「お前達……」 「現場にいないからと自由過ぎないか?」 『時にはやらねばならぬ時があると思ってな!』 『ちょっと過信出来ないところもあったからね!後悔はないよ!』 「シリアスクラッシャーかよ」 「シリアスが一瞬でシリアルなんだよな」 「まぁ…それでミリが止まってくれたからよしにしようか…」 「この話はレンさん達の問題ですからね…私達は静かに見ていましょう」 「そうね…」 猛抗議を食らうミリの足の上には黒恋がドスドスとジャンプして、顔には白亜の腹がギュッと抱き締められる。容赦ない連携に流石のミリもお手上げ、いや死にかけている。ギブギブと降参を示したいところなのに、レンとゼルは全然手を離してくれないから余計に窒息を加速させている 対する二匹をけしかけたマツバとミナキは清々しい笑顔で親指を立てていた。色々とツッコミをしたいところだが、ミリの暴走を止めてくれた意味ではグッジョブである レンとゼルは二匹を回収し、「「ブイブイイブブイ!」」と未だわちゃわちゃする二匹を宙に浮かぶ闇夜へと預けた。本当に限界だったのか、「ゼー…ハー……し、しぬかと…おもった…」と息を整えるミリ。流石に二人はミリの手を離し、二人してその細い背中を擦ってやった。始めから手を離していればこんな事にはならなかったのに、というツッコミはスルーである 息をなんとか整えたミリは―――顔を上げず、隣にいる二人に、小さな声で言う 「…………貴方達は、私の事―――憎くはないの?」 「は?」 「憎い?何故、」 「元凶。私は貴方達のご両親を死なせた元凶そのものよ。私が貴方達両親を奪ったのも同然なのに………なんで、なんで……」 そんな優しい眼で、 愛しい気持ちで 私を―――視るの? レンは呆れた様子で、ゼルはやれやれとした様子で小さく溜め息を吐いた 「お前…さっきアスランに言われた言葉を忘れたのか?自分を過度に追い込むのは欠点だと。今その悪い癖が出ているぞ、少しは落ち着け」 「…ですが、」 「まず前提が違います。貴女は誰もが見ても被害者です。俺達遺族が見ても、ミリ様は被害者だって確信して言えます。他の誰が何を言おうとも」 「…被害者も、内容次第では加害者になりうるのですよ」 「けど実際に、お前はなにもしていない」 「当時の状況的にも何も出来ないのは当然の事……それが、本来力を持たない普通の人間の在り方です。貴女はそれに、従っただけ」 「………」 アスランに言われた欠点は、本人が自覚しない限り治る事はないだろう。何故自分を過度に追い込んでしまうのかは分からないが、そもそも全てを抱え込むには普通の人間であったら不可能なレベルなのだ ミリには力がある。二人は特に知っている。ゼルはともかくレンはミリの力の存在を知っているし、その力が不可能を可能にしてくれる事を知っている 力があるから不可能を可能にさせれる。だからこそ何も出来なかった事を悔やみ、あの時自分がいたのに、自分が気付いていればこんな事にならなかったのに――― その考えそのものが傲慢である事に、果たして本人は気付いているのだろうか 「…ミリ、遺族の身として、今からお前に卑怯な言い方を言う」 「ッ……は、い…」 「けして、自分を責めてくれるな」 「ッ!!」 「両親はミリを救いたくて『彼岸花』に乗り込んだのは事実。その気持ちに偽りはない。二人はお前の事を友人であり…きっと娘の様にも思っていたはずだ。その娘を取り戻したい―――二人がミリを想う気持ちを、無駄にしないでくれ」 「ッ…」 「俺も概ね、こいつの言う事と相違ありません。総監という立場を抜きにして、遺族の者として―――ミリ様が心を痛める事こそ、両親はそれこそ報われないに違いない。あの二人は…ミリ様が生きて、笑ってくれているだけで…十分なはずですから」 ミリの性格的にも両親の事を聞いたら確実に自分のせいにするのは予想が着いていた しかし自分達の知る両親は、けしてミリを責める事はしないはずだ。むしろミリが自分達の死を聞いて悲しむ姿を見て、心を痛めるはずだ …いや、むしろ「んぎぃぃ!もっと私達に力があったらもう一度奴等をボッコボコにしてやるのに!ミリちゃんを悲しませる奴は即☆死刑よ!!」「りゅー!」「やはり精神的にも痛みつけて社会的死も与えるべきだったな」という脳内会話が広がってしまうのは何故だろうか。我が両親ながら血の気が多いことだ。レンとゼルは遠い目をするばかり 二人の言葉を聞いてしばらく茫然としていたミリだったが―――やがては表情を変え、困った様に笑みを浮かべた 「……ずるい、ひとたち。そう言われてしまうと……何も言えないじゃないですか……」 「狡い?…おいゼルジース、俺達は今狡い事でも言ったか?」 「いや?俺達は別に当然の事を言っているだけ。何も狡くはないはずですが?」 「………本当に、ずるい人達」 小さく苦笑を漏らしたミリは、自分の背を撫でてくれていた二人の手を取った 驚く二人に気付かないで、ミリは二人の手をそれぞれ握り―――自分の腕の中へギュッと抱き締める。引き寄せられた二人はさらにミリに身体を寄せられ、二人の距離もミリを挟んで縮まる事になって ミリはゆるりと小さく笑った 「ユリさんとアルフォンスさんのお話………またゆっくり話させて下さい。あの二人は…どんなに遠く離れていても、貴方達の事を愛していましたよ」 「あの二人の無事を願っての母親だもの!私はあの子達を信じているわ」 「そうだ、俺達は諦めない。いつか必ず四人でまた、ユリの手料理を囲むんだ。アイツ等もいい年齢になる…きっと俺の知らない話で盛り上がってくれるはずさ」 「……はい、是非聞かせて下さい」 「楽しみにしている」 ユリさん、アルフォンスさん お二人の息子さんは、 こんなにもかっこよく、頼もしく成長していましたよ 「ゴウキ、いる?」 「―――あぁ、ここにいる」 「実は貴方の事はセキさんから聞いていました。セキさんは貴方の事を慕っていました。…またセキさんの話を聞かせて下さい」 「…構わない。アイツのやらかし具合はかなりあるからな…話のネタにはなるだろう」 「…楽しみにしています」 セキさん、 貴方の尊敬する師範長さんは まだまだ若い年齢なのに、本当に頼もしそうな人でしたよ 「(嗚呼、やっぱり私は―――)」 皆の疫病神でしかないんだ → |