「……本当に、お邪魔しても宜しいのですか?」

「勿論よ!自分のお家の様に過ごしてちょうだい。ミリちゃん達用にしっかりお部屋用意しておいたわ!」

「りゅー!」

「色々コンテスト関連で忙しくなるんだ、センターで過ごすよりここでしっかり休んでくれ。君達は有名人だ…中々センターで休まる事も出来ないだろう。ここはミオシティの外れだ、君達の存在がバレる確率は確実に低いから安心してくれ」

「ミリちゃん今日の夕飯何が食べたいー?久し振りにはりきっちゃうわよ!」

「りゅー!」

「ハハッ、ユリもカイリューも喜んでいる。息子達が家を出てから随分静かだったからな…君の来訪はかなり嬉しい。ユリの言っていた通り、自分の家だと思ってゆっくりしてほしい。君の性格上中々それが難しいのは察せれるが…ま、その内慣れてくるさ」

「……ありがとう御座います、アルさん。お言葉に甘えて、ゆっくり過ごさせてもらいますね」

「…」
「キュー!」
「……」








頭に過ぎるのは、

あの頃の記憶



―――――――――
――――――
―――











「俺達の両親―――アルフォンス=イルミールとユリ=イルミールは、」


「五年前に『彼岸花』の手によって―――殺されている」







「次は僕が説明しよう、かつて何があったかを。『彼岸花』が過去―――何をしてきたのかを、ね」








その言葉をキッカケに


ダイゴの説明が始まる







犯罪組織、『彼岸花』

14年前にシンオウに脅威を振り撒こうとした、犯罪組織

ミオシティからそう遠くはない小島を占拠とし、テレビ映像にて大々的な犯罪予告をした、渦中の存在


しかし彼等はあっという間に壊滅されてしまう。当時ハッカーと活躍していた【隻眼の鴉】により、彼等は自滅の道へと辿った。この事件は『シンオウ怪電波未遂事件』と処理され、次第に世間から忘れられる事となる






「その【隻眼の鴉】こそ、ここにいるナズナさんだ」

「…サラツキ博士、が…そうですか………だからあの場にも、サラツキ博士がいらっしゃったんですね」

「…俺が出来た事は僅かなもの。…結局貴女に助けられた」

「……シンオウ怪電波未遂事件、当時の貴方の目から見て…彼等は何を企んでいたのですか?」

「当時の視点でいったら、奴等の狙いはまさに今回の件だ。怪電波を使い、野生のポケモンを凶暴化させ自分達のいいように操る―――しかし、当時の技術ではそれは無理な話だったのは確かだ。設計図もハッキングした際に確認したが…到底今回の件が上手くいくとは思えなかった」






だから自分はあの時、犯罪集団『彼岸花』は取って足りぬ存在だと決め付け、アジトを警察にリークし全てを終わらせたつもりでいた

過去は過去だ。あの時が最善だと思い行動した事が、結果的にこのような結末に至ってしまうだなんて、誰が想像したか


そして犯罪組織『彼岸花』は警察に逮捕され、首謀者達全員が牢屋に入れられた。今回の件で誰かしら出所し、再犯を企てたかと思ったが―――現在の時点で、首謀者達全員は亡くなっている事が判明した。死因も時期もそれぞれ様々なので、事実上壊滅している…はずだった

結局今回の渦中の『彼岸花』は模倣犯すら分からず終い。しかし結果は結果、現実では14年越しに猛威を振るう事になってしまう

彼等は誰にも気付かれる事なく、誰にも悟られる事なく、地道に怪電波を流し続けた。いつから流していたのかは当然不明であるが、各発電所から微量ながら電気を盗み、野生の電気タイプのポケモンを乱用し―――そうして怪電波の影響を受けたポケモン達は意図も簡単に操られる結果となってしまう

そうして暴走したポケモン達の事を、「ポケモン凶暴化現象」と名付けた

同時に彼等はこのポケモン達を使い、自分達と一戦交える事となる

それが―――数週間前の出来事に繋がる






「――――……」






ギリリ、と―――ミリの怪我した腕にミリのもう片方の手が、痛いくらいに強く握られる。誰からの介入を、許さないとばかりに


先程と同じだった

痛みを与える事で、爆発しそうな自分を律しようとしていた。一体『彼岸花』がどのような手段でユリとアルフォンスを死に陥れたのかと、身構えていて―――






「ミリ様」

「なに」

「……怪我をした腕をさらに握ると悪化をしてしまいます。手を離して…握るなら俺の手を、」

「気にしないで」

「ミリ様、」

「気にしないで」

「駄目です。…俺が気にします」

「やだ」

「俺も嫌です」

「…さっき俺はしつこい男じゃないって言った」

「時に男はしつこくならなくてはいけない事もあるんですよ」

「…話の続きを聞きなよ」

「話よりまずミリ様の手が先です」

「しらない」

「知らなくないです」

「大丈夫だから」

「大丈夫じゃありません」

「お前ら何やってんだよ」






流石に二人の押し問答に近くに座っていたレンの呆れたツッコミが入る

当然二人のやり取りもまた他の者達に気付かれているわけで、「嫌がれてやんのウケる」「けど傷を悪化させるのはいけない」「ミリー、見てて痛いからやめろー」という声が入る


不意にレンが席を立った






「チッ、仕方ねぇな……ゼルジース、お前はそっちだ。んで俺はこっち。これなら勝手な行動は出来ないはずだ」

「!ちょっと…」

「「はぁぁぁん??」」
『『あーあ』』
「やると思った…」
「歪みないですね…」
「(ため息)」

「文句ありありだが?何我が物顔でミリ様の隣に座ってんだ手を離せ席に戻れ」

「ハッ、このまましつこく言ってミリに嫌われても構わないんだぜ?俺としたら万々歳だ」

「テメェ…!」





席を立ったレンはため息を吐きつつミリの隣の席に当然の様に座り、ギチギチ握り締めるミリの手を無理やり解き、怪我をしている腕の方の手を握った

確かにこうすればミリは自分で自分を傷付ける事は出来ない。所謂恋人繋ぎをしておけば尚更だ。ビキリと固まるミリにお構いなく、さらにふざけんなと野次が飛ぶ声すらもレンは何処吹く風である。レンの勝手な行動にブチ切れそうだったゼルも、やがては舌打ちをした後にミリの空いている手を取り、何も出来ない様にしっかりと握った

三人の後ろにいるお世話係の四人は、それはそれは素敵な笑みを浮かべながら眼前の尊い光景に揃って手を合わせていた






「…話を続けても?」






ダイゴはひきつった笑みを浮かべた

その額には青筋がビキビキだ






「……続けて………」






ミリは死んだ目をしながらそう返した


囚われた宇宙人状態だった

ここまでくるといっそ憐れである




話を戻そう






『彼岸花』はポケモンを凶暴化させるだけではなく、ポケモンを眠らせる怪電波をも発明させた。それが催眠怪電波装置。範囲は限定的とはいえ、彼等の振り翳す一手は予想を上回るばかりである

アジトの中にいた、操られていたポケモン達には全員、赤い彼岸花のブローチが着けられていた。そのブローチは既に回収済みで現在早急に用途の特定を急いでいる。少なくてもあのブローチは催眠怪電波を妨害出来る何かであろうと推察している






「犯罪組織、『彼岸花』――――今はまだ仮定でしかないけど、壊滅した後に初めて行動を起こしたであろう事件がある。………そう、とても悲しい事件が」






ダイゴのコバルトブルーの瞳が、まっすぐにミリを映す






「…悲しい事件……それは、何?」

「……そう、あれは六年前だった」






ダイゴの瞳が、鋭くミリを映した






「"暴行猥褻及び殺人未遂事件"―――当時のホウエンチャンピオンが、男女合わせて六名の人物達に襲われたのが始まりだ」

「―――――!」

「当時のチャンピオンは奴等からの暴行を受け、酷い傷を負ったのにも関わらず…自分の身よりもチャンピオンで在る事を優先した。その姿は立派なものだったと…当時を知る者はそう言っていたそうだ」

「…………」






予想外の事を言われた事で、ミリの両手がピクリと動いた

そして同時にミリの手をギュッと握られる―――二つの存在






「…まさか貴方達、最初からこれを分かって…」

「…ミリ様、今だけはお静かに」

「…今は黙ってダイゴの話を聞け」

「ッ……」


「…この事件は、不可解な事が起きていた」








1「情報の漏れ」

犯人の中にハッカーがいて、情報を盗み、彼女の行動パターンを推測した。他にもリーグに通じていた外部の人間がリーグ内が手薄だと漏らしたからだ。しかも防犯カメラも警備員の位置を把握しての行動。その為、誰にも気付かれる事なく進入出来た



2「犯人は全て初対面の人間の集まり」

犯人は六人の集団で形成されていた。男が四人、女が二人の計六人。彼等は彼女に対して歪んだ感情を携えていた。それがいつしか爆発して犯行に及んだのだろう―――だが、彼等は初対面だった。初めは嘘だと思った。こういったケースは必ずどっかで出会っているものだ。例を上げればインターネットなど非公式交流場所かなにかで。しかし厳重な調べで彼等全員が本当に初対面だという事が発覚した



3「犯行が同一日に重なった」

彼等は何かしらの原因で感情が爆発した。そして単身で犯行に臨んだ。しかしそれは自分一人だけではなかった。同じ考えや思考を持ち、犯行に及ぼうとした彼等全員が初めてその場に揃っていたのだ。そして彼等は初対面な筈なのに―――自分が揃っている事を当たり前の様に、共に犯行に及んだ



4「ハッカーだけしか知らない情報を彼等全員が知っていた」

ハッカー以外の犯人達はコンピュータの無縁な生活を送ってた。コンピュータを使っていても技術がない者、リーグには無縁な者、むしろ情報に乏しい者まで。勿論様々な可能性を見て彼等と繋がりのある者達を調べたが、結果は白。本当にハッカー以外の人間は何も出来なかった。なのに彼等は知っていた。今、リーグ内がどういう状態で、今彼女が何処にいて、何をしているのか、防犯カメラや警備員の位置等全てを





「まるで何かに操られている感覚だった」










「この犯人達の証言は当時あまりにも不可解で、警察もホウエンチャンピオンも頭を捻らせた。しかし所詮は証言に過ぎず、結果は重大な犯罪を招いた。ホウエンチャンピオンは警察に全てを任せ、自分は療養のために二週間の有休取った。…心に深い傷を負ったまま、その後チャンピオンは復帰した。何でもなかった様子で、いつも通りに笑って」






ダイゴの話を聞いていたミリは―――顔面蒼白するわけもなく、反論するわけもなく

ただただ静かに、ダイゴの言葉を静聴していて



ダイゴは奥歯を噛み締めた






「………この件に関して、相違は?」

「ありません」

「……事実、なんだね…」

「はい」

「ミリ…君はどうして……」

「私の沽券に関わるので、発言は控えさせて頂きます」

「ッ……!」

「続きをお願いします、ホウエンチャンピオン。…この事件がユリさん達と、どう関係があるんですか?」






光の無いミリの眼に、感情の色はない。ただただ静かにダイゴを映す

ダイゴ達には分からなかった。何故、一切の反応を返さず平然としていられるのかを。今でも心に深い傷を残しているのに、おくびにも出さないその姿勢―――ミリの体感で言ったら半年前の出来事なのに、何故普通でいられるのだろう





「………」





レンは自身が握っているミリの手を―――親指を動かして、誰にも気付かれない様に優しく甲を撫でる

細く白く、きめ細かい柔い手。数ヵ月までは何度も握っていた愛しい手。自分の知らないところで痛みに耐え続けた手は、こんなにも、弱々しくて


大丈夫だ、俺がいる

その気持ちを込めながら、レンはミリの手を握った





しかし、ミリからの反応は無かった



そう、何故なら



―――実はゼルも同じ事をしていたから



ゼルもまた、レンと同様にミリの手の甲を撫でては安心させるように動かしていた


愛の力ってすごい

いや双子のシンクロ率がすごい

ここまでくると一周回って笑い話になるだろう



気付かないのは本人達のみ

ミリが何も言わない限り、彼等の耳に入る事は一切ないだろう






話は続く




「レンとゼルのお父様は生前、あらゆる情報に強かった。始めこそ『彼岸花』の存在に気付かなかったにしろ、何処かで奴等の存在に気付いた。そしてミリが行方不明になった事で疑惑が確信になった。『彼岸花』のアジトを発見し、元エリートトレーナーだった奥様と共にアジトに行き―――帰らぬ人となった」

「ッ……具体的な死因は、」

「………まだまだ未成年の君には、とても言えたものではないよ」

「未成年だとかそんな配慮は要りません。包み隠さず話しなさい、ホウエンチャンピオン」

「……レン、ゴウキさん、総監。ポケモンマスターはこう言っていますが?」

「………構わねぇぜ」

「あぁ。警察としても向こうの許可は得ている」

「教えて差し上げろ。…ミリ様も、覚悟の上だ」

「…今回の件の様に、操られたポケモン達による攻撃で、致命傷を受け…出血多量によるショック死。身体は一部食べられ、損傷が激しく判別が難しかったそうだ。発見された場所は、ハードマウンテン」

「ッ―――」






ミリの顔が驚愕に染まり、次第に顔面蒼白へと変わっていく

未成年とはいえ聡明なミリの事だから、ダイゴの説明で全てを理解したらしい。はく、と口から漏れる吐息には音はない。頭上で静かにミリの眼に徹していた闇夜も、その金色の目を開かせ驚いた様子を見せていた

カタ、とミリの身体が一瞬震える

それは悲しみによるものなのか、怒りによるものなのか―――押し殺された感情を把握するには、あまりにも一瞬過ぎていて





「…証拠不十分なのと、土地的にも不安定、雨で証拠が流された事もあり事故死扱いになってしまったが―――今回の件をもって、改めて殺人罪として警察には再度調査に入ってもらっている」

「!証拠、不十分―――…分からない。何故…二人だけでアジトに乗り込んでしまったの?どうして二人の死が、証拠不十分とはいえ…事故死扱いになってしまったのですか?」

「――――君にとって、これから話す事は僕達の言い訳にしかならない」







ダイゴは意を決して、口を開く






「……君が行方不明になった後、」





嗚呼、あの時の絶望が蘇る






「世間は何故か―――君の記憶が、喪われていった」






赤の他人から始まり、ミリとの関わりの少ない人へと、猛威は確実に人々からミリの記憶を奪っていき


記憶を保有していた者達の絶望は、恐怖は、トラウマとなり

今でも払拭出来る事は無いだろう






「勿論それは僕達も同じさ。僕達は世間がミリを忘れてしまった後に、例外なく君の事を忘れてしまったんだ。…びっくりしてしまうくらい、呆気なくね」






忘れてなるものかと、

絶対に見つけてやるんだと


強い意志でミリを捜索し、無事を信じて祈ってていたのに、


嘘の様に―――自分達の意志を、無かった事にされた







「だから僕達こそ、君に謝らなくてはいけないんだ






大切で、かけがえのない友人を、呆気なく、忘れてしまったんだから―――」







あの日出会った思い出



笑いあった思い出



楽しかった思い出



嬉しかった思い出



あの日別れた思い出






己の手から奪取された恐怖は

今でも―――自分達の身体を竦ませるばかりだ













構内は静寂に包まれた







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