ミリには辛い事を宣告しなければならない。それはゼルに命令されてから今日まで、進行側全員の胃にストレスを与えてきた。いつかは言わなければならない、他人が言ってミリを傷付けるくらいなら、自分達で伝えよう。たとえミリが傷ついたとしても、ミリが取り乱したとしても、彼女はまだ18歳―――現実が受け入れられない様ならば、その分自分達が支えよう。だってどう考えたってミリにとって残酷な話でしかないのだから



そう、思っていた―――が、




―――流石にこれは予想外だった








「「「ミリ!?」」」
「待って頂戴!」
「頭を上げてくれ!」

「いいえ、いいえ。これは譲りません。今の話が真実である事は理解しました。そして同時に私の存在が皆様に多大なる迷惑を与えた事にも理解しました。私が行方不明になってしまった事が、ポケモンマスターの身が行方不明になってしまった事への多大なる損害を考えたら、頭を下げて済む問題では御座いません」

「待って下さいミリさん!」
「ちょいちょいちょいちょい!!」
「おい博士ミリを止めろ!」
「分かっている!!」

「土下座で済む問題でしたら、潔く土下座でも致しましょう。それで皆様の気が済む様であるならば」

「「「ミリ!!」」」
「「ミリさん!!」」
「ミリ君…!?」







ステージに立つミリは先程の取り乱した姿を一変させ、毅然とした姿で全員に90度に頭を下げている。雰囲気も重々しく、発する言葉にも彼女は本気で全員に言っている様子が見えた

それはもう見事な謝罪だった。おおよそ18歳が見せる姿とはかけ離れていた。一人のいち社会人として、そしてポケモンマスターとしてミリは全員に頭を下げた。この場にいない他の友人達及び関係各所の者達にも向けて、誠意を込めて頭を下げる。ちなみにミリの隣に立つ闇夜は主の姿に驚く姿を見せたが、主の気持ちを汲んだのか静かにミリの後ろに控えていた

いや闇夜ミリを止めろォオッ!と思ったのはこの場にいる全員。言い訳させてもらうなら、彼等はけしてミリにこんな事をさせたいが為に言ったわけではなかった。この会議に必要だから、避けられない道だったから―――ミリが傷付くのを解ってでも、伝えた

一番の友人、親友、仲間であると自負しているから

だからミリからの謝罪は予想外過ぎた。ショックで泣く、までは予想していた。「うっそだぁ〜またまたぁエイプリルフールならまだ先だぞぅ!」と茶化されるのも想像していた―――むしろそうであって欲しかったのに




唯一ステージの上に立っていたナズナがミリを制止させようと駆け出すが、しかしすぐにナズナの制止を控えていた闇夜が止めた

ナズナの伸ばす手を遮る様に、またミリと闇夜を守る様に。闇の靄が影から現れ、触れたら悪夢へ誘うバリアーとして彼等の行く手を阻んだ

夢魔の影が出す闇の力。当然ナズナは制止せざるおえないし、慌ててステージに登ったダイゴとシロナの手すらも闇は拒んだ。ステージ下にいる者達は唖然とするしかない






「何故だ闇夜!何故ミリさんを止めない!?」

「闇夜!その力を消すんだ!」

「ミリを止めさせたいの!!」

《――――……主、》

「ありがとう、闇夜。…そのままお願い」

「「ミリッッ!!!!」」
「ミリさん!!!」

『ミリちゃん…!?』
『ッ何も出来ないのがこんなにも辛いとは…!』
『クソッ!何か手立てはないのか…!?』






闇夜の出す闇に尻込みしてしまうのは仕方がない事だ

そうこうしている間にミリは90度に下げていた身体を―――ゆっくりと、床に膝を付き始める

その行動の先なんて想像に容易い。流石にステージ下にいた者達もステージに乗り上げようとした



――――が、


講堂内に一つの声が静かに響いた







「ミリ様






いえ、ポケモンマスターよ」






鶴の一声とはまさにこの事


総監として発したゼルの言葉に回りの者達は行動を止め、ミリ自身も動きを止める

ゼルは靴底の音を鳴らしながらゆっくりとステージの上に上がり、闇夜の闇に包まれそのまま膝を付いているミリの前に立つ

厳格で重々しい雰囲気は変わらず、厳しい口調のままゼルはミリに言う







「―――――今、貴女は何をしようとした」

「皆様への謝罪です」

「それは見て分かる。しかし貴女は今土下座までしようとした。…違うか?」

「違いません。土下座一つで皆様に心配を掛けた事及び私が行方不明になった事への償いが済むのでしたら、喜んで致しましょう」

「総監として命ずる。貴女からのこれ以上の謝罪は受け付けない。頭を上げてステージから降りて席に着席しろ」






この場にいる全員(本部組以外)、総監として立つゼルに驚いた様子で見つめていた

それは無理もない話だった。なにせゼルは全員との初対面からミリに対して異常な程の執着を持ち、狂信と盲信めいた発言ばかりしてきた。総監なのにミリを敬い、立場は己の方が下だとばかりと主張する。二人の仲は一体なんだと常々疑問の一つに入っていたわけだが―――

公私混同はしてても、ここぞとばかりに"総監としての顔"を出す。一体どういうつもりかは解らないが、それでミリを止めてくれるなら万々歳だ。総監の命令ならミリも流石に止まってくれるだろう


そう、誰もが思っていた







「総監、その命令は私がポケモンマスターだからでしょうか?」

「!何を…」

「でしたら私はポケモンマスターを降ります」

「な!!??」

「「「「「「!!!!????」」」」」」







皆の予想を軽々と越える女、ミリ

これには誰もが絶句した

流石の闇夜もミリの発言は予想外だったらしく、その金色の瞳は大きく開かれている


せっかく苦労して得た栄光を軽々しく手放す発言。なんて愚かな事だろうか。しかしそれ以上にミリは今回の件を重く受け止め、償おうとしているのは誰が見ても明白で

ダイゴとシロナとナズナは顔を青くし、完全に固まってしまう。ステージ下にいるデンジとオーバとゴヨウとゲンも、コウダイとジンも、アスランも。映像に映るカツラとマツバとミナキも、ゴウキも―――眼前の光景を、固唾を呑んで見守るしかなく







「ポケモンマスターを降りる事で償える様でしたら、このブローチを差し出す覚悟は出来ています。よければ今ここで、外しても構いません」






嗚呼、やはり

自分達の予想は的中した



彼女は責任感の強い子

上に立つ者だからこそ、重責を一番に感じているからこそ、


重く重く、自分の失態を受け止めて

明確な謝罪を、形にしようとする




――――彼女は全く、悪くないのに







「…今の発言は聞かなかった事にする。直ちにその場から立ち、ダークライの能力を解除させろ」

「いいえ、解かせません」

「…もう一度改めて言う。直ちにその場から立ち席に戻れ、ポケモンマスター」

「いいえ、私は戻りません」

「ミリ様!!!」







ゼルの悲痛な叫びが講堂内に木霊する



やめてくれ、それだけは

貴女が謝る必要は全くない


俺は貴女にそうさせたくてこの会議を指示したわけではないんだ

だからやめてくれ

俺は貴女に、頭を下げさせたくないのだから



流石にキリがないと、ゼルは苦渋の選択を取ろうと少し離れた場所で控えるガイルに目配せをしようとする


が―――






「ならば総監、貴方に問う」






ズン、と


空気が重くのしかかる






「何故、黙っていたのですか」






先程と同じように、


再度また、息の詰まるプレッシャーが襲いかかる






「シンオウが現在こうなっている状況にあるのを、総監の立場の貴方なら説明出来たはず。そうでなくとも貴方なら、私が今まで行方不明だった事の説明が出来た。機会はいくらでもあったはずです」







ピキリ、ピキリ、


空気が軋む音が、聞こえる




ゼルは息を詰まらせる

回りの者達も、恐怖で冷や汗を垂らした







「ポケモンマスターの席が空白だった事実は本来なら許されないはずです。かつてリチャードさんはおっしゃいました。私がホウエンリーグを終えた一年間は自由な時間を与えると。その期間が過ぎたら必ず戻ってきてもらうと、もし戻らなかったら実力行使にでも出ると。それだけポケモンマスターの地位は総監にとって大きいはず。その席を空白にさせてしまった事の責任は、なにかしらとらないといけない――――私はそれだけの事を、してしまっています」







ゼルを前にしてもずっと膝を付き、頭を下げていたミリの顔が―――ゆっくりと上げられる


その光の無い瞳は

失望と絶望の光を浮かべていて






「なにより私は、……わた、しは………」






何かを言いたそうに、けれど言葉を詰まらせその先は言わず

ミリは何が言いたかったのだろうか。思い詰め、何かに諦めてしまった様子で、ミリは小さく息を吐く

そしてミリはゆっくりと立ち上がり、その息の詰まるプレッシャーを解いた。一気に空気が軽くなり、温かくなる講堂内に誰もがホッと一息つく






「ミリ……」

「…正式な謝罪に関しては、また後ほどになりましょう。最初に言っておきますが、私は本気です。示しが付かないポケモンマスターなんて―――皆の上に立つ資格など、ありませんから」

「そんな…!」






嗚呼、嗚呼

自分達はあまりにも愚かだ


目の前の愛しい蝶は、あんなにも己を責めて自ら傷付いているのに

自分達は、何も出来ない

自分達の声は、ミリに届いてくれない―――








「………ッ、いけません…それだけは………それだけは、許さない!!」

「ッ!」

「「「「「「!!!???」」」」」」






突然ゼルが動いた

そのカシミヤブルーの瞳は憤怒の色を浮かべ、許さないと狂気の光を走らせて


闇夜の出す闇のバリアーなどもろともせず、回りがギョッとしている中構わずにゼルは単身でその闇の中に入っていく

更に回りが仰天している中、闇の猛威は更に膨れ上がる。ゼルの介入に闇のバリアが防衛反応を起こしたらしい。闇夜の意思とは関係無しに闇はゼルを包んだ


―――しかし、包まれた闇の中から腕が伸び、その手はまっすぐにミリの腕を掴んだ






「ッ、わわ」

「ミリ様!今すぐその言葉を撤回して下さい!俺は認めない………貴女がポケモンマスターを降りるなど……ッ絶対に認めない!!」

《主!》


「なんだなんだなんだ!?」
「あの中で何が怒ってるんだ…!?」
「止めないと!!」
『これがゼルの激おこの姿…!』
『いや空気読んで!?』






カシミヤブルーは憤怒に染まり、気迫した様子でミリに迫る

総監としてけして激情した様子を見せてこなかったゼルの、始めて見せた姿だった






「ミリ様、撤回を!撤回して下さい!さあ!今すぐ!!」






迫真迫る勢いでゼルは撤回を求める

感情がよほど高ぶっているのか、強く握られた箇所からギチリと嫌な音を立てる

ピクリと苦痛に歪めるミリの表情を見ているはずなのに、ゼルは一切気付こうしない

何も言おうとしないミリに痺れを切らしたのか、そのままミリの身体を自分の腕の中に仕舞い込もうとして―――







「――――ちったぁ落ち着け愚兄野郎がァ!!」








ゴッッ!!!










闇の中で凄い音が響いた






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