大講堂の中は沈黙が広がった

誰一人、何も言わず音すらも立てなかった

皆、ミリの発言を待っていた。ピクリとも動かないミリが何を思い、何を感じているのか、どういう判断をしているのかを―――固唾を飲んで、見守っていた




何分、もしくは何十分か



時間にしたら短く、

体感にしたら長く感じる中、




ミリの瞳が、ゆっくりと開かれた






「…………正直な気持ちを言うと、驚きしかありません。シンオウがそういう状況に陥っているとは知らずに……皆が大変な思いをしているのに……私は本部で、呑気に…本の虫になっていた………」






胸の内を搾り取る様に、

信じられない、ありえない、

己の全ての気持ちを押し殺す様に、ミリは長い長いため息を吐き出す



吐き出して、吐き出して


そして口を開いた言葉は―――想像に容易い






「皆、ごめんなさい。…ポケモンマスターなのに、全然何も分かっていなかった」






嗚呼、やっぱりだ


やはりミリは、自分を責めた






「違うわミリ!…あなたが謝る必要はないのよ」

「そうだ。俺達は貴女に謝って欲しくて説明しているわけではない。…そこは間違えないでほしい」

「ミリ、分かってほしい。ここにいる者達はけして君を傷付けるつもりはないんだ。だからミリ…ポケモンマスターだからって全てを背負わないでくれ」






自分を責めた様子でそう言ったミリに、三人はすぐに制止の声を上げた



こういう結果になってしまうのは目に見えていた

だから避けたかった

知らないままでいてほしかった



三人が制止の声を上げても、回りに座る者達も同様に声を上げても、やはりミリは静かに頭を振るばかり

これも、誰もが予想出来る展開だった






「けど私は、」

「ミリ様、落ち着いて下さい。…これ以上謝罪の言葉を言う様でしたら、俺は貴女に命令をしなければなりません」

「!」

「どうかご理解を。俺に…命令させないでくれ」






現実は無情だ。ミリはポケモンマスター、無知である事は許されない

実際にここにいる彼等はゼルという総監に命じられてこの場に立っている。どういう意図で命令してきたかは知らないが、やはり上の立場からは厳しい目で全てを見なければならない。いくらミリを盲信し狂信している気があるゼルとて、立場の前では総監として前に立たたざるおえないのだろう


だからゼルは言う

俺に命令させないでくれと

ミリが下げなくてもいい頭を下げようとするなら、それを命令で阻止させてみせる。卑怯と言われても構わない。それで結果ミリを守れるなら、自分は愛しい存在の前ですら鬼になろう―――

その気持ちを込めて、ギュッとゼルはミリの手を握った






―――またミリの方も、総監から直々にポケモンマスターとして前に立てと言われている。つまり全ての経緯を受け止め解決しろ、無知である事は許されない。そう言われているのと同義である、と

ミリ自身がそう思っている

ので、






「………」





ぐりぐりぐり


ぐりぐりぐりぐりぐり





「……………………………ミリ様、ミリ様。流石にそれは痛い。ツボ押しはずるい」

「……(つーん」

「『「(なにしてんだ)」』」
『(やっぱミリちゃんすごい。あのゼルが面白い事になってる…)』
「「『(若いな…)』」」

「(拗ねたミリ様可愛らしい…)
「(新たな一面です…よき…)」
「(心のシャッター激押ししまくろ…)」
「(今日勤務でよかった…)」

「(ゼル様がたじたじになる姿は中々見れませんね)」

「いやそもそも何ずっと手を繋いでるんだ手を放せ」





少しばかりお互いの気持ちがすれ違ってしまうのは

仕方がない事である





話を仕切り直そう







「………亡くなってしまったポケモン達……具体的な数はどれくらいましたか?」

「報告の数では総勢二十五匹だと聞いている」

「主に小型のポケモンだったそうだ。…パチリス、ブイゼル、マリル、ピチュー、ケムッソ等の。怪電波に操られた後遺症というよりは、操られたポケモン達の攻撃が致命傷だったらしい」

「…そう、ですか……弔った場所は…ロストタワーですか?」

「えぇ。今から三日前にはロストタワーに納骨されたわ。…わたしとゲンもその場に行って黙祷を捧げてきたわ」

「…そう。……この犯罪組織『彼岸花』…現在も、過去も、巻き込まれた人はいますか?」

「………ッ」

「…そ、れは…」

「「「「………」」」」
『『『…………』』』

「……まさか、」

「……あぁ、いる。過去に彼岸花の手によって…尊い命が失われている」

「………そう。そう…ですか……」






やはりミリは鋭い

鋭くて目敏くて、他者の痛みが分かる人


ポケモンが亡くなった話などさらりと聞き流す人が多い中、ミリは具体的に聞き出して、静かに心を痛める

そして被害の対象が"人"に替えても同じだった。ダイゴとシロナが口を噤んだ様子だけでも気付き、顔を青くする。そしてナズナが決定打を伝えた事で、さらにその顔を青くした




また、沈黙が広がった






「………会議が終わったら私も、」

「なりません」

「!!……ッ何故?ロストタワー、そして亡くなられた被害者に弔いの花を手向けるだけでも、」

「"全ての事"が終わったら、その要望に答えるのは吝かではありません。…しかし、まだ会議は終わっていません。まずは彼等の話を全て聞いてからにしましょう…話はそれからです」

「………」








そしてナズナは続けて"ある事"をミリに伝えた


彼岸花は、我々の行動は筒抜けだという話を






「……全てを、見ている……」

「私達の行動は筒抜け、そして私達の行動を高みの見物をしているそうよ。…どういう手を使っているかは、未だ不明なの」

「向こうが怪電波を使うくらいだ、何か別の電波を使っている可能性を探ったが…結果はゼロ。こちらのデータベースをハッキングしている様子も盗聴器を使われている様子も今のところはない」

「…………」





そう、奴等は一体どんな手段を持って我々の行動を見ているのか

未だその謎は解明されていない


ナズナのハッキングの力を持っても彼岸花の本部が未だ掴めていない。尚更謎の解明なんて二の次である

こんな事、口に出して言いたくないが―――お手上げなのだ

リーグの力、警察の力、ナズナの力―――こんなにも姿を見せない敵は、史上初だと言ってもいい






また沈黙が広がった




―――が、




割と早い段階で沈黙が破られる事になる






「―――――許さない」








ミリの小さい囁きが


大堂内に、広がる






「 許 さ な い 」







ピキリ、と


大講堂内の気温がゆっくりと低下し、

何かが軋む音が聞こえた






「私の帰る場所に、

私の大切な人達が暮らす大地に、



大好きな人達に牙を向く存在を


私はけして 許 さ な い」








感情を押し殺し過ぎて

もはや無感情の声が、

波紋の様に、大講堂に広がる



じっくりと

ゆっくりと

この場にいる全員に襲いかかる―――まるで心臓を握られている様な、プレッシャー


いつ日か対面した時に感じたディアルガとパルキアのプレッシャーとは、また違った重圧で






「―――闇夜、」

《―――ここにいる》

「蒼華と時杜と刹那はどこ?」

《―――――》

「あの子達を呼んで作戦会議だよ。皆にも集まってもらおう。…他の子達にも手伝ってもらわないと。…またあの時の様に、おバカさん達にちょっとお話しないと、ね?」

《ッ――……》







重苦しい空気の中、

冷えていく気温の中、

恐ろしいプレッシャーが降り懸かる中、



ミリは闇夜に言う


かつて自分に見せた、闇の一面を覗かせて

かつてあの小島で愚かな人間を闇に落としてきた、あの時に浮かべていた表情を浮かべて




―――誰もが動けない中、ミリはふわりと笑う



この場にいる全員に、安心させる為に









「―――皆、待ってて


全て私に任せて頂戴


私が、皆の憂いを払ってあげる


無念に散ってしまった、尊い命を救う為にもね」






嗚呼、これが、

これが、【氷の女王】


今目の前にいるのは自分達の知るミリであるが、自分達の知るミリではなかった



安心させる様に浮かべる笑みは

恐ろしい程に無感情で


感情のない瞳の奥には

怒りの感情が、赤い色がちらついていて―――








「ッミリ君……!!」





アスランの悲痛の叫びは、

残念ながら―――届かない




ミリはゼルと握っていた手をそのままに、ゼルの意思と反して彼を立たせた。驚いた様子でミリを見るゼルに気付く様子は無く、誰もが動けない事をいいようにミリはスルリと動き出す

闇夜を撫でながら有無言わせずゼルを引っ張っていく。何も出来ない様子のゼルはこの雰囲気の中でなければとてもシュールの一言だった。ミリの不思議な力がそうさせているかは分からないが、ゼル自身も何故自分の身体が動いているのか分からないといった感じで

ガイルと付き添いの四人が目を見開いて、皆も固まっている中――――ハッ、とダイゴは弾ける様に声を上げた







「ッ待ってくれ、ミリ!!まだ話は…終わっていないんだ」

「!…………ダイゴ、」

「それに僕達は―――まだ君に、一番重要な事を伝えていないんだ」







そう、まだ会議は終わっていない

この会議にとって一番の本題だと言ってもいい内容を、まだ自分達は伝えていない




このクソ重いプレッシャーの中、

ダイゴは意を決して、口を開く






「ミリ、驚かないで聞いてほしい」






今からミリにとって



一番、残酷な事を告げる






「君は先程20XX年〇月〇〇日と言ったね。それがミリにとって最後の記憶。…けれど、日付としたらそれは間違いだ。今日の本当の日付は20XY年〇〇月〇日……君がさっき言った日付から、六年も先の未来だ」






――――六年


そう、六年も先の未来だ






「君は送別会の後―――行方不明だったんだよ、ミリ。六年間も、ずっと」



















「…………………、え?」











重苦しいプレッシャーが、嘘の様に止まった







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