世間はポケモン凶暴化現象で恐怖に震えているというのに このマンションから見える光景は、全く何も変わらない美しい景色である 「ミリ君の事が気になるかい?」 ソファーに座るアスランは、問う 窓の外を静かに眺める娘のポケモン―――黒銀色のダークライである、闇夜に向けて 「………」 「大丈夫だ、あの子は無事だよ。…と言ってもやはりその目で見れないと安心できないのも事実。気持ちはよく分かるとも」 「………」 「ミリ君は元気よく向こうで勉学に励んでいるそうだ。空白の六年間を取り戻すのは容易ではないが…大変だろうけど、あの子ならやり遂げてくれるはずさ」 なんてったってミリ君だ、勉学に対する姿勢は誰よりも意欲的だ、とアスランは笑う 現在時刻は夕方。シンオウ全土を美しい夕陽が差し込む時間帯である。このコトブキシティも例外ではなく、アスランの部屋にも美しいオレンジ色の光が差し込んでいる 闇夜はアスランに引き取られて今日まで、この時間帯になると必ず窓の前に浮遊し、ただただ静かにマンションからの景色を眺めていた。ビルが並び人々とポケモンが行き交う街並みを、オレンジ色が差し込む景色を―――アスランにはとても寂しく思えてならなくて 自分の大切な主人をひたむきに想うその姿は、一体何を考えているのだろうか 「…ブーイ?」 「おぉ、黒恋君。ミリ君の名前を聞いてこっちに来てくれたのかな?」 「ブイブイ…」 「よしよし、大丈夫だ。すぐにでもミリ君に会えるだろうから、もう暫くの辛抱だ。…おぉ、お寝むなのかな?ハピナス、黒恋君を部屋に連れてってあげたまえ」 「ハピハピ〜」 「ブーイ…」 ミリをひたむきに想うポケモンは闇夜だけではない 廊下からテトテトと現れたのは黒色のイーブイ、黒恋。アスラン言ったミリの単語に反応してやってきた訳だが、ただ話題に出ただけだと気付いてシュンと悲しそうに鳴く 黒恋も、違う部屋にいる白色のイーブイ、白亜も。とても、とても寂しい想いをさせていた。なにせミリと無事再会出来たのに本人は二匹の事を忘れ、眠気から覚めたら本人は本部へと行ってしまったわけだから、ただただ悲しく寂しい気持ちでしかない 嗚呼、早くこの子達とミリを再会させたい。だけどもう自分にはその権限は無い。無力な自分はただミリの無事を信じ、この子達を預かるだけ 「あの子達には不自由させてしまっている。…勿論、君にもね」 「………」 「…綺麗な景色だろう?君は確かシンオウ出のポケモンだったね。……この景色、私も大好きでね。君にも気に入ってもらえると嬉しい」 待つだけしか出来ない己が あまりにも不甲斐なくて、嫌になる 闇夜はただ静かに景色を眺めるのであった * * * * * * 「さて、次はどうされる予定ですか?」 此処はコトブキシティにある、人気喫茶店で有名な「リコリスの華」 店の扉に掲げられているのは、「臨時休業中」と書かれた看板がカラリと風に揺れている 誰もいないはずの店内には、二人の男の姿があった 「ふむ、次なる手かね。少し性急過ぎると思うのだが」 「そうは言いましても。あちら側は着々とこちらに近付いて来ていますよ」 「ほう?」 「おや、貴方の事だからご存じかと思っていたのですが。…喫茶店に、あの波動使いが通い始めたのは前に伝えてありましたよね?次は彼が来ています。【白銀の麗皇】…あの、聖蝶姫の恋人がね」 今日も彼が来ましたよ、とチトセは言う とても―――嫌そうに 「いらっしゃいませ。本日もお越し頂き、誠にありがとう御座います」 「……へぇ?俺が何度か此処に来ている事に気付いているのか」 「お客様の顔を覚えるのは接客業では常識ですし、常連になって頂ける方となれば覚えていて当然ですよ」 「そうか。…ならいつものやつを貰おうか」 「はい。いつもの当店自慢のコーヒー、ブラックをお持ち致します。少々お待ち下さい」 「うっとうしいので殺してやりたいんですが、どう思います?」 「君にしては性急過ぎる考えだ。普段の冷静さは何処にいったのかね」 「彼は私の地雷なので。聖蝶姫の恋人?…ハ?解釈違いにも程があります。彼女は高嶺の花であるべきです。故に恋人の存在は滅するべきです」 「ククッ、君のその欲望にまかせて静かに怒り狂う姿を眺めるのも一興だが、それは止めてもらおう。まだ彼を殺すのは早い」 常に余裕を見せる姿を崩さなかったチトセが、地雷を垣間見て嫌そうに憎悪を燻らす 新たな一面と、新たな地雷を踏まれた姿にカンザキはクツリと喉の奥で笑う チトセがミリに恋人がいてその相手が【白銀の麗皇】だと知ったのは数週間前からである。具体的にはロケット団を彼岸花に本格的に引き入れた際には認知していて、今までその嫉妬と憎悪を眼鏡の下に隠し続けてきたわけだから忍耐が凄いと言えよう しかしそう問屋が許すわけもなく。どういう理由かは分からないが、最近チトセの視界にはあの白銀色がちらつく事が多くなった。あのピジョンブラットの瞳が鋭くこちらを見抜いている視線を感じた。【白銀の麗皇】は情報屋として名高く、【白の鬼才】ならぬ【歩く情報屋】の息子であれば自ずとこちらに気付くのには納得出来よう しかし、しかしだ。やはり己の地雷原と毎回毎回顔を合わせなくちゃいけないストレスは、チトセの心労を欠く所業だったらしい。不愉快だと歪められた瞳の裏には明確な殺意が込められていて 彼が何故【盲目の聖蝶姫】にそこまで入れ込んでいるかは分からない。何故歪んだ感情を抱いているかも分からない。何故【盲目の聖蝶姫】を高嶺の花と評し、恋人の存在を許さないのか――― 理由を知るカンザキは一人クツリと笑う 「未だ聖蝶姫に付けていた発信機と盗聴器の行方は分からず、そうこうしている内に彼等は我等のアジトの一つを見つけた。彼等の目覚ましい活躍に、横槍を入れるのは実につまらない。……我等が彼等と対峙するのは、彼等がこちらまでたどり着いてから。楽しみは取っておくものだぞ、チトセ君」 → |