今日も三人でナギサの浜辺で並んで座っていた時に、突然アイツはそんな事を言って来た。あまりの突然だったものだから、俺はアイツが何を言ったのか頭に伝わらなかった。アイツを挟んで座るオーバも目を点にしてガン見をするほどに、突然だった





「二人には言っておこうと思ってね。リーグ以外の人達にはまだ言っていないの」

「え、らい…急じゃないか…」

「私達はずっと考えていたんだ。シンオウで、やる事はやったから…次は、ホウエンで頑張ろうと思ってね」

「……っ…」






紅いポケモンのセレビィを腕に抱え、後ろに控えるスイクンに背を預けながら穏やかな顔でアイツは言う

この時既に、アイツは有名になっていた。トップコーディネーターになって殿堂入りしたとなればマスコミはアイツの姿を追わない訳がない。テレビを付ければアイツの特集、雑誌なんか盗撮と言ってもいいほどたくさん店頭に並んでいた(勿論買い占めたけどな)。行く先々いつも注目されていたアイツの通り名は、いつしか「盲目の聖蝶姫」として慕われていた。アイツらしい、初めて異名を聞いた時オーバと当時のジムリーダーの二人と一緒に笑った事があった






「何時、行っちまうんだ?」

「明日の明朝には、」

「!!」






ズカン、と重い一撃が俺を貫いた










「俺さ…今でもずっと悔やんでいる事があるんだよな」

「……」

「何であの時…"行くな"って言えなかったんだろう、ってな。…そう言ったら、アイツは此所に居てくれるのか?……いや、アイツは悲しい笑みを浮かべるだけだ。アイツはトレーナーだ、帰る家もある。…俺の一言で、アイツを止どめる資格なんざ、ないんだよ…」

「デンジ…」

「こんな事、俺だけじゃない…アイツと関わった奴等も、ずっとそう思っているんだ。…オーバだって、そうだ。お前も、俺も、今のチャンピオンも当時の関わりのあったジムリーダーも、全員…」







「そうか…。寂しくなるけど、俺はお前を応援するぜ!次の地方でもバリバリ活躍してくれよ!」

「うん、オーバーありがとう!」

「ついでにオーバーからオーバに直そうな?」

「あはー」

「ほらデンジも何か言ってやれよ……デンジ?」

「……………」

「デンジ…?」

「…っ……いや、何でもない。"  "…頑張れよ、応援するからな」

「うん!」






綺麗に笑うもんだから、嬉しそうに笑うものだから、言いたい言葉も言えずにアイツが喜ぶ言葉を言ってやった。アイツは勿論嬉しそうに表情を深めるが、俺の心は締め付けられる思いだった

頑張ろうね、そう言いながらセレビィを撫でるアイツが居なくなると考えると胸が締め付けられる。止めてくれ、行かないでくれ、そう言いたいのに言葉は全く逆な事ばかり。向こうにいるオーバも笑っていても、俺と目が合えば寂しそうに苦笑を漏らしていた。あぁ、思う事は俺だけじゃないんだ。抱き締めたい衝動を押さえ、俺はアイツのセレビィを撫でる事しか出来なかった

アイツは目が見えなかった事で俺達の表情を見る事は出来ない。それが唯一の救いだった。オーバはともかく、俺はその日アイツと別れるまで――…自分でも笑える程、とても情けない顔をしていたのだから



そして―――…








「じゃあね、二人共

 遠くにいても二人を忘れないよ

 二人の夢を応援しているからね」








またね―――…


スイクンとミュウツーを隣に、肩にセレビィを乗せ、アイツは綺麗に笑った。船の汽笛の音が鳴り響き、無情にも船は出港する。俺達以外の他の親しい奴等にも見送られるアイツ。見えない目で、でも心で見えるその瞳で俺達を捉え、手を振る。明朝の、陽の光が眩し過ぎてアイツの姿が霞んで見えて――なんとか堪えて見送った俺達は、その後静かに涙を流した……――








「アイツは見掛けによらず、ユーモアがあって面白い奴だった。か弱く見えて実はかなり強い奴で、目の前で大の男を背負い投げした時はかなりびっくりしたぜ…。ポケモンの知識は勿論、色んな知識が豊富で、博識で…一言で言えばアイツは凄い奴だった。才色兼備だなんてアイツの為にある言葉だった。俺達はアイツに、多くの事を学んだ」

「オーバは四天王、俺はトムさんから託されたジムリーダーとして。俺達の目標や勤めを、アイツは応援してくれた。たまに停電にさせちまった時は、まっすぐに飛んで俺を怒ってくれた。オーバが無茶振りで事故った時なんて自分の身体を大切にしろって空手チョップを食らわした位に…アイツは、友達思いの奴だった」

「一年間、長い期間だったし短い期間だった。でも一年間は俺達にとってかけがえのない宝物だった」

「三人で居るのが当たり前だと思っていた。でもそれは叶わなかった。俺達には俺達の道がある。なら…また会おう、会ってまた笑い会おう。絶対に。そう、俺達は約束した」

「アイツは指切りが嫌いだった。けどアイツは嫌いな指切りをしてくれた」

「だからまた会えると、信じて疑わなかった」







アイツがシンオウから離れても、話題は尽きる事なく情報は俺達の耳に入っていた

今アイツはバッチを集めて早くも五個目、そしたらホウエンチャンピオンとして君臨する事を伝えるなど、テレビは雑誌に映るアイツは変わらず輝いていた。俺達とすればまさかアイツがチャンピオンになる気があった事に驚いたが、まあそんな事はいいんだ。シンオウで仲間になったポケモン、そしてホウエンで仲間になったポケモン達と共に進みながら―――いつしか情報はホウエンのトップコーディネーターを伝え…―――アイツが夢見てたポケモンマスターになった事もシンオウ全土に広がった

俺達は喜んだ。アイツの夢が叶って、アイツがホウエンで頑張っているのを。同時に寂しい気持ちにもなったが、でも喜びの方が大きかった。アイツは頑張っている――なら俺達も頑張らないでどうするんだ。よく、そんな事を思いながら互いを励ましあったのを覚えている








「アイツが帰ってきたら、全員で盛大なパーティをしようぜ!今のシンオウチャンピオンとかジムリーダーの奴等とか皆で呼んでさ、アイツを喜ばそうぜ!」

「流石はオーバー(笑)行動力パネェな。つーかお前いつの間に知り合いになってんだよ」

「テメェこのデンジレンジ(笑)め。今俺真面目な事言ったつもりなんだけど」

「おい兄貴!そんときはぜってぇー俺を呼んでくれよ!?俺も"  "さんに会って握手してサインもらいてぇ!」

「あー忘れなかったらな」

「ひでぇ!」

「ははっ」







俺達はアイツの再会を待ち望んだ

他の奴等もずっと待ち望んでいた

アイツがまた海の上で、スイクンの背に乗って、いつもの微笑で戻って来るのを

またあの時みたいに、笑いあえる日が戻ってくれるのを






"またね―――…"






そして俺達が念願の目標に到達し、今か今かと再開を楽しみにしていた矢先に、それは起きた










――盲目の聖蝶姫が、行方不明になった
















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