――――あの事件から、幾日が経過した本日、ポケモンリーグ協会本部からシンオウ支部に一報が入った

それはミリの人間ドックの検査とカウンセリングの結果を報告する内容だった。資料を持ってきたのはガイルで、まさか総監の執事がわざわざ検査結果を届けてくれるとは思わなかったコウダイ達は驚きつつも幹部長室に案内した後、ミリの現状を知る事となる




「心因性健忘症」

それは精神的ダメージを原因とする記憶障害の事を指す

多くの場合、心理的なストレスを原因として発症。代表的なのは解離性健忘症である。心因性記憶障害の障害は新しい情報が困難になる前向性と、過去の記憶が失われる逆行性に分類されている




本部の見解ではミリは後者―――過去の記憶が失われる逆行性と決定した

カウンセリングによってさらにミリの失った記憶が絞られていき、やはり予想通りミリは"六年前の送別会から現在に至るまでの記憶"が失われている事も分かった。彼女の記憶もそうだし、この六年間で起こっていた全地方の動き―――ポケモンマスターとしたら些か致命的だと言われてもおかしくない程の記憶の欠落も判明する事となる

当然数ヵ月前から活躍していた【聖燐の舞姫】としてのミリの記憶すらなくなってしまっているので、事実上【聖燐の舞姫】の名は彼女の中から消滅した事にもなった。きっとこのまま思い出さなければ、【聖燐の舞姫】も世間から忘れ去られる事になるだろう










「そう、ですか…」





検査結果を見たダイゴの表情は、暗い

ダイゴの持つ検査結果を横から覗くシロナの表情も暗いものだった





「……まだ身体に異常が無い事だけ、よしとしましょうか」

「うむ…」

「一体彼女に何があったのか……真相を知るには細心の注意が必要ですね」

「そうね…」





幹部長室に沈痛な静寂が広がる

この部屋にいるのは幹部長であるコウダイと副幹部長のジン、そしてシンオウチャンピオンのシロナとホウエンチャンピオンのダイゴ、シロナの近くにいた四天王のゴヨウの姿もあった。他の部長達も同席してもよかったが、ガイルがそれを許さなかった。何故だろう、と思っていたが理由はこれだったのかと全員は知る事になる

他の部長達及び従業員達はミリが救出された時点で記憶喪失になってしまっている事は知らない。後にゼルがコウダイ達に情報規制を敷いたが、そもそも突入チーム全員は検査結果が出るまでは沈黙を決めるつもりでいた



ポケモンマスターが記憶喪失だなんて、万が一外に漏れた場合―――きっと世間は、否世界は、何も知らないくせにあらぬ事を捏造して、

ポケモンマスターの地位を、ミリ自身を傷つける事になるのは間違ないだろう




彼女は被害者だ

まぎれもない、被害者だ

しかし世間は真実を曲解して捏造をして、この凶暴化現象も、犯罪組織『彼岸花』も、全てはミリが関わっていると取り上げる。その可能性は絶対に無いと分かっているからこそシンオウ支部も、リーグ本部も小さな可能性を根絶せねばならない

それが自分達に出来る最大の課題でもあるのだから






「総監から伝言を預かっております」





―――お前達シンオウ支部に、ミリ様にお会いする許可を与える

そしてミリ様に、今までの事全ての真相を話す許可も与えよう





「貴方達がそれを望むのであれば、と―――総監、ゼルジース様はそうおっしゃっておりました」





ゼルの言葉を悠然と代弁するガイルに、全員は驚きの声を上げた





「……総監が、どうして…?」

「どうして、とは?」

「………総監は、わたし達に選択肢を与える前に、その…ミリに全てを話しそうだと思いまして…」

「……ミリさんを本部に連れていってしまった以上、私達がミリさんと連絡を取り合える手段はありません」

「戸惑われる、その気持ちは理解出来ます」





ゼルがミリに向ける視線の異様さは、この場にいる全員が感じている

コウダイとジンはゼルの数々の言動から疑問を感じていたし、シロナとダイゴとゴヨウは実際に眼にしている。総監という立場がゼル自身に自制を掛けているとはいえ、誰もが見てもゼルとミリの関係性は異質でしかなかったから

そんなゼルが自分達に空白の六年間の出来事を話す大役を与えるなんて、正直信じられない気持ちでしかない






「……何か目的があるのですか?」

「おや、ダイゴ様……目的、とは?」

「…………いや、聞かなかった事にして欲しい。ただの疑問が口から零れたまで」

「左様ですか」






早々に自分のテリトリーに閉じ込めて、他者からの介入を許さない。ミリの気持ちを尊重する姿はあれど、そのカシミヤブルーから覗く瞳の奥は、全ての存在に対する嫉妬に溢れていて

ゼルの思考が読めない。彼は一体何がしたいのだろうか。総監の立場としてか、それとも私情なのか。ダイゴにはゼルの考えがまるで理解出来なかった





「勘違いされている方々が多くいらっしゃいますが、これらは全て総監であらせられるゼルジース様の、貴方達への最後の慈悲だと考えてもよろしいかと存じます。特に、突入チームの方々に対してですが」

「!最後…?」

「何故か、とは…愚問でございましょう」

「「「………」」」






―――突入チーム達は敵の罠にまんまと掛かり、ミリを救出するどころかその本人に救出されかけていた。そして最後はゼルの一手によって救出されている


総監からの叱咤はあの場で受けている。そしてまた、ミリに彼等の失態を庇われている。この件は既にコウダイ達にも耳に入っているが、結果オーライだと、命あっての事だとお咎めは免れている。しかしやはりゼルは、総監はそれを許さなかったらしい

面目丸潰れな結果を挽回する為に、責任を果たせと総監は言う

これは選択肢云々の話ではなかった

総監からの、命令だった





「…分かりました。僕達突入チーム達全員が、責任持ってミリに説明します。数週間前にナズナさん達が僕達に説明した内容から始まり、今回の事件の事、そして……ミリの今の、現状の事を」

「宜しくお願い致します。当日はゼル様もこちらに足を運ぶ予定でございますので、先にお伝えします」

「それはそれは………とても、緊張してしまうね」

「日取りはまた後日連絡を入れますので、一報をお待ち下さい」

「分かりました」

「ダイゴさん、シロナさん、ゴヨウさん。この件は貴方達に任せます。私達に出来る事があれば言って下さい」

「可能な限り力を貸そう。状況が纏まるまでそちらに専念してくれて構わない」

「ありがとう御座います、コウダイ幹部長、ジン副幹部長」

「ご配慮、感謝します」





これはまた情報を整理しなければ、とダイゴは小さくため息を吐いた

重大で、そして最も嫌な責任を与えられてしまった。少なくてもミリにとって深刻な内容を伝えなければならないし、もっともミリを傷つける立場にもなってしまっている。シロナもゴヨウも何処か表情が沈痛した様子なのを見ると、おおよそダイゴと同じ考えに至ったらしい

18歳で記憶が止まっている少女に、親の庇護下にいるであろう歳にいる子に、全てを伝えるのはあまりにも酷過ぎる。ミリの心身を優先させたくても総監がそれを認めないのは何故だ。あのゼルが、ミリを甘く蕩けた瞳で見るあのゼルが何故………いや、考えるのはよそう。元々ミリには聞き出したい話ばかりだったから

帰ったらナズナ達とも合流して、事の顛末を説明しよう。それから全員で来たるべく日に備える。突入チームの失態を挽回する為にも、ミリの悲しむ顔には蓋をして







「…最後に一つ、聞いてもいいでしょうか」

「シロナ様、構いません」

「……ミリは、その……」

「元気かどうかと問われるのでしたら、ご安心下さい。心身共に元気に勉学に励まれていますよ」

「……………、勉学?」

「本部は数多の地方の情報がつまっています。彼女の知らない情報様々に置いてありますので、退屈には困らないかと。…盲目であらせられるのに、知識欲が大変目を見張るものがあります。とても眼が輝いておられました。今日も本部の者を連れて図書館に篭りっきりです。本部の者が引きずられていく姿は中々の光景でした」

「あらあらあらあら」










不思議と想像出来てダイゴ達は小さく笑った







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