オンラインを繋げていたモニターの画面が消え、全ての音が消えた研究所の一室。唯一聞こえるのはパソコンの起動音くらいか。別のモニターの光が薄暗い部屋をぼんやりと照らす

キィ、と音がするのはナズナが座っていたチェアの軋み音。チェアを深く座り、脱力気味に背もたれるナズナの表情は、沈痛なもので。ハァ、と彼に似合わない大きなため息が静かな部屋に響き渡る





「…ミリさんの診断待ちとはいえ、何も出来ないこの時間は…とても、もどかしいな」

「…そうだな」

「……………」






ナズナの独白の呟きに、ゴウキもレンも沈痛の面持ちで返事を返す

三人の脳裏には、それぞれ数時間前の光景が絶えず流れていた






『ちょーっと待って、待ってね。もうちょっと詳しく調べるね………………あと三人、中に捕らわれているね。……?誰だろう。闇夜、知っている?』

『うん、知らない人だね。男性なのは分かるよ』

『本当だって。こんな状況で嘘は言わないよ』

『んー、誰だろう………アルフォンスさんに似ている人が一人いるけど、だからといってアルフォンスさん本人かって聞かれたら違うし……あ、もしかしてこの子達のご主人様かな?』

「………貴方の、お名前をお聞かせ下さい」

「そこにいる御二方の名前も伺っても?」

「レンガルスさん、ゴウキさん、ナズナさん。またお会いしましょう




みんな、またあとでね!アスランさんのところ行ってくるね〜」







いつも自分達を慕ってくれた、

あの時のミリの姿は今は無く

他人行儀で一線を引き、どこか警戒しているだろう彼女の姿が頭から離れない







「――――…俺達の事は絶対に忘れねぇと……不思議とそんな気持ちがあった」





オレンジ色の腕輪を愛しそうに撫でながら、レンは呟く

思い返すのは、レンがこの腕輪を所持していた事に驚いていたミリの姿。やはり自身の力で作った腕輪だったのだろうか―――盲目なのに、よくこの存在に気付けたものだ。内ポケットにしまっていた腕輪に、ミリは自己紹介の前に真っ先にレンに問い掛けた。心底信じられないという驚愕と、隠しているだろう恐怖の色をその視えない眼に写しながら

独白に呟き始めたレンの横顔を、呟きを、ナズナとゴウキはただ静かに耳を傾ける






「いつもみたいにアイツらしい笑顔でまっすぐにこっちに戻って来て、久し振りに会えた事を喜び合う……んで、予想外な行動を起こして周りを驚かせて、本人は呑気に笑うんだ。…こっちの気を知らないで、な」

「…そうだな、舞姫はそんな女だ。予想外な事を平気でやらかす…今回もそうだった。あれには驚いたな…」

「本当だぜなんだよあれ誰があそこまでやれって言ったんだ規模が違い過ぎるアイツは一度腹を割って話してもらわねーと伝説のポケモンは反則過ぎるそれで助かった事はありがてぇがけど違うそうじゃない!!」

「……俺としてもあの時の件は色々とミリさんに物申したい気持ちでしかないが………この答えを簡単には応えてくれそうにないな…」

「記憶が失ってしまっている以上…かつての俺達の仲とはいかない。…解ってはいるが、心が追いつかない…どうにも冷静を欠いてしまう」

「……一番辛いのは、ミリ本人なのにな」

「「………」」






ただでさえミリには記憶が無い

自分が生まれてから15歳までの、少女としてかけがえのない大切な記憶を

記憶を、思い出を一番大切にするミリだからこそ、今回の件はミリ自身が己を深く傷付ける結果でしかない。消えてしまった記憶を思い出せない、蘇らないと知っているからこそ、辛い現実を享受せざるおえない

数ヵ月前に最後のテレビ電話で交わした、ミリが真情を吐露した姿。あの悲痛な顔を見たからこそ、この結果はレン達には到底受け止められるものではない




現場から去る際、幹部長から「本部で精密検査を実施していると連絡があった。検査結果を待て」と言われている

あの時黙視出来る範囲ではミリは大きな傷を負っている様子はないが、ミリを触れた者達全員がミリの身体の冷えを懸念していた。実際に冷えていたのは間違ないからこのまま風邪を引かない事を願うばかり。マジックミラーを破壊しようとした際に浴びた電流の怪我も、きっとあの恐ろしい治癒能力で完治しているはず。だからといってわざわざ自分自ら傷を負わす真似は言語道断であるが

問題なのは精神面だ。どこまで診断してくれるかは分からないが記憶が喪失している以上、今のミリの精神はとても不安定なのだから






「………俺の事は気にするな。二人は二人の役目を果たせ。…自分の自制くらい自分で決着を着ける。ミリとは関係無く、俺達にとって相手は因縁の相手には変わりないんだからな」






レンは気付いていた

ゴウキとナズナはレンに気を遣っていると同時に、万が一にもレンが間違いを犯さないようにと密かに警戒をしていた事を


今回の件ですらレンの彼岸花に対する憎悪は膨れ上がる一方だ。大切な者が自分の手の上で零れていく絶望感はレンでしか分からない。まだ救いなのはレンが冷静で物事に対処し、客観的に己を省みる手段を持っていた事だろう。だからこそレンは眼前の二人が自分の感情の振れ幅を警戒していた事に気付けた

仲間が過ちを犯さない様に

いつでも止められる様に

実際のところ二人の警戒は正しく、レンは何度かミリに対してブチ切れた際に手を上げた前科がある。相手がミリだから事態は軽く収まっているしお互いの自業自得なので収拾出来ていたから幸いか。だが、これが関係なくむしろ渦中の敵である「彼岸花」相手になったら―――

本当に己自身の憎悪を自制する事は出来るのだろうか





「…俺は四天王代理として、警察関係者として…セキの仇を取る。犯罪組織「彼岸花」―――奴等を絶対に、俺達の手で検挙する」

「【隻眼の鴉】として、かつて奴等を取り逃がした責任をもって…犯罪組織「彼岸花」の本拠地を絶対に暴く。俺の持てる全ての力を使ってでも、奴等の全てを明かしてやる」

「…両親の仇は勿論だが、俺は…奴等から大事なモノを取り返す。アイツらに盗まれた、ミリの大切なものを…この手で、必ず」






この後―――明日を迎えた日から、各々自分の役目を果たす為に別々で行動する事になるだろう


ナズナは怪電波装置の解析及び彼岸花の本拠地を見つけ出す為に

ゴウキは四天王と警察を両立しつつも自分の門下生のカタキをとり、己の正義感を貫く為に

レンは己の情報屋の力を使ってでも奴等の居場所を見つけ、「彼岸花」から盗まれた全てを取り戻す為に



不意にゴウキが拳を握り、二人の前に突き出した。始めこそいきなり行動したゴウキに訝しげな眼を向ける二人だったが、ゴウキの意図に気付いたレンは小さく笑い、ゴウキに続けて自分の拳をゴウキの拳に当てた。レンの行動でやっと気付けたナズナも、こっぱずかしい気持ちを隠す様にやれやれと頭を振った後に二人に続いた

これ以上の言葉は要らない

これが三人の決意表明






「いつか絶対…全員でまた、グレン島でピクニックでもしようぜ」







アイツはまたあの時の様に張り切って、デケェバスケットの中にたくさん美味いものを作ってくれるはずさ

そう言ってレンは小さく笑う




三人の脳裏を過ぎったのは、数ヵ月前に訪れたグレン島でのミリの姿

一体何処でそんなデカいバスケットを買ったんだとツッコミしたい気持ちになるも、蓋を開ければそれはそれは美味しそうな手料理の数々。これだけの量、通常作るのは一苦労のはずなのに、レンが眠っている最中に作ってくれたミリ

全員が驚く顔、美味しそうに食べる姿、取り合う姿など仲間達のそんな楽しくわちゃわちゃする光景を前に、ミリは嬉しそうに笑うのだ






「また皆でピクニックしよう!今度はもっとたくさん作るから楽しみにしててね〜」












「あぁ、違いないな」


「ミリさんならやってくれそうだ」










そう言って、二人も笑った






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