さて、視点を地上へと変えよう。ハクタイシティの外れ、ハクタイの森の中にある屋敷。そこから数キロ離れた場所に構えるのは、今回「シンオウ怪電波事件」の名目でリーグにより発足された本部。事件解決の為に発足された突入チームを数時間前に見送り、厳戒態勢の中で終始敵の動向を警戒していた

リーグ関係者は勿論、警察各所の関係者が入り交じる本部の中。総監が現れた事で指揮官が総監に移されるも、しかし総監は何かに気付いた様子で姿を眩ました。故にまた指揮官をシンオウリーグ幹部長であるコウダイに戻され、さらなる厳戒態勢に入っていた。催眠怪電波は相変わらず発動されていたが、不思議と凶暴化されたポケモンが襲って来ることはなかった。一層不気味なほど沈黙を守る奴等に緊張感が走るばかり。突入チームに仕込ませた発信機で居場所を特定出来ていても一切の動きは見えないし、盗聴機は電波のせいか繋がらず、彼等の様子が分からずじまい

ただただ無事であってほしい

固唾を呑んで彼等の生存を切に願う中―――本部に報告が入った





「報告します!催眠怪電波の発動が停止した事を確認しました!」

「「「「!!!」」」」

「なんと…!!」

「シロナさん達、やってくれたんですね!」

「良かった…彼等が無事で…!」

「報告します!〇〇地点の各所にて突如空間に赤色亀裂が走り、そこからたくさんのポケモン達が現れるのをG地点観測場にて確認しました!」

「その数およそ約100体!まだまだ亀裂から出て来ているとの事です!」

「ポケモン達の容態は瀕死状態が多く、他は主に氷付けや火傷状態になっている個体がいるとの連絡がありました!」


「待って待ってすごい情報量多いって!?」





一つの報告から始まって、怒濤の報告の数々にリョウの叫びが木霊する

催眠怪電波が止まった事はつまり突入チーム達が無事で、彼等は役目を果たしてくれた―――と安堵するが、その報告を上回る報告に喜ぶ隙を与えない。当然本部は騒然するし、予想外すぎる報告に思考停止しかける。なるほどこれが巷で言う宇宙猫、否、宇宙ニャース。いやここはシンオウだから宇宙ニャルマー

しかしすぐさま気持ちを切り換え、待っていましたと各所各々動き出そうとする。催眠怪電波が止まってくれたなら、自分達も波動ポケモンがいなくてもハクタイの森に入れる。凶暴走化するポケモン達には気をつけなければいけないが、少なくてもそれらしき戦力は大幅に削がれている。リーグは勿論、警察各所も、救助隊も、自分達も負けじと動き出せれる。緊張の中何も出来ずにずっと待たされたから、気持ちは晴れやかに仕事ができるってもんだよねとは誰かが言った



そして――――





「報告します!只今突入チームのチャンピオン・シロナから連絡がありました!」

「「「「!!!」」」」

「スピーカーに繋げます。…コウダイ幹部長、よろしくお願いします」

「…代わりたまえ」





そして彼等はシロナからの報告を受け、一同は地面が揺れるほどの喜びの雄叫びを上げたのだった







* * * * *








「ミリ君!!!」

「アスランさん!」

「嗚呼、ミリ君!ミリ君!よかった…本当によかった…本当に、本当に無事で、本当によかった…!!」

「アスランさん…ご心配をお掛けしました」





此処は立ち入り禁止区間外にある拠点にて、主内部として構えていた簡易テントの中

アスランは、念願の、最愛の娘と再会する事が叶った

仕事の関係シロナ達と別れたミリは、確かな足取りでテントに踏み入れ、すぐにアスランの腕の中に迎いれられた。ゼルのコートを羽織り、些か半乾き状態で身体はボロボロのミリ。嗚呼、彼女はこんなにも辛い思いをしていたんだと嫌でも痛感させられた。こんな目に合わせた敵に憤りしかないが、今はただ娘が無事だった事を実感させて欲しい。静かに泣くアスランの背中を、申し訳なさそうにミリはゆっくりと―――自分の知るアスランの背中とはかなり弱くなった背中を、優しく撫でた





「皆さんもお久し振りです。皆さんにも、多大なる心配とご迷惑をお掛けしたみたいで…」

「いいんだ、そんな事、君が無事で戻ってきてくれたならそれだけで十分だ…」

「本当に、よかった…!」

「うぇぇぇん本当に無事で良かったよぉぉぉん!!落ち着いたらサイン下さいぃぃぃ…!」

「あ、この子の事は気にしないで下さい。後でまた紹介しますね」

「うぇぇぇんジンさん辛辣ぅぅぅ…!またね聖蝶姫さーん…!」

「えっと、またね〜…?」





アスランに続き、コウダイとジンも続けてミリの無事を喜んだ。この中で多大な責任を抱えての捜索は二人の心身を大きく疲弊させたのは間違ない。けれど彼女が無事だったなら、それだけでいい。静かに涙する二人のその後ろでえぐえぐ泣いていたリョウだったが、早々に他の従業員達に回収されていった

回りの従業員達も手や足を動かしつつも、憧れだったポケモンマスターのミリの無事を喜び、咽び泣きつつ、四人の再会を遠くで祝っていた





「…色々と積もる話があるが、まず君は身体を休めて欲しい。医務室に移動した後、リーグ管轄の病院に行って精密検査を行なってもらう。ひとまず案内人をつけよう。着いて行ってくれ」

「本当はシロナ達と一緒に行ってもらえたら良かったんですが、彼女達にはまだ仕事が残っていますからね。今の貴女には心細いですが…」

「はい、分かりました。皆によろしく伝えて下さい」






――――シロナからの簡単な説明であったが、三人はミリが"【盲目の聖蝶姫】の記憶を取り戻したと同時に【聖燐の舞姫"としての記憶が失われた"事実を知っている

まだ他の者達には知らされてはいない。ミリの生存の報告をシロナから受けた際、内密に報告したい事があると伝えられた為、スピーカーを切った上で報告を受けた。天にも上る気持ちが一気に地獄へ叩き落とされる気持ちになった。とはいえ無事でいてくれた事には変わりはない。総監であるゼルが知っているのなら後で判断を仰げばいい。ひとまず問題を棚上げしてミリと対面を果たしたが―――

確かに、今のミリは数週間前にあった【聖燐の舞姫】のミリではない。三人はミリの雰囲気で察せた。【盲目の聖蝶姫】なのか【聖燐の舞姫】かはどうであれ、彼女には早急に身体を休めてもらわねばならない。今の彼女はあまにりも、心身共に不安定なのだから


しかし、コウダイ達の会話に待ったをかける存在がいた






「いえ、ミリ様にはリーグ本部に来て頂きます。検査はこちらの管轄の病院へ。状況が一段落つくまでミリ様には本部で身を置いてもらいます」

「…そうですか。確かにリーグ本部なら安心です。分かりました、シロナ達にはこちらから説明しておきます」

「ミリ君…またしばしのお別れだ。リーグ本部なら安全だ。ゆっくり、休んでほしい。ポケモン達は私の方へ預かっておこう」

「………(コクリ」
「「Zzz…」」

「あ、はい。闇夜をよろしくお願いします。…あの、アスランさん」

「何かな?」

「あの子達がいないんです。私、探しに行かないと…」

「……大丈夫だ。あの子達なら無事だ。…まずは自分の身体を優先してくれたまえ。ガイル君、よろしく頼む」

「畏まりました。ではミリ様、ゼル様の元へ行きましょう」

「はい。では皆さん、また後で」






彼女は今回の件を知ったら、どんな反応をするのだろうか。彼女は優しい子で、責任感が強い子。今回の件を聞いたら確実に心を痛める事は間違ない

願わくば、自分を責めることのないように。その笑顔が曇らない事を切に願うばかり


名残惜しそうなアスランの視線を背に受けながら、ミリはガイルの腕に誘導されていく。少し離れた場所ではゼルが現場の指揮を取っていた。本部の出らしき部下にテキパキと指示を出していたゼルは、ガイルとミリの姿を目にした後、最後の指示を下す。指示を受けた部下は頭を下げるとその場を後にし、入れ違える様にガイルとミリはゼルに近付いた

総監として立っていたゼルの瞳が、ミリを見た事でゆるりと優しい色に変わる





「ゼル様、ミリ様をお連れしました」

「あぁ。…ミリ様、こちらに。今からリーグ本部に戻ります。俺のサーナイトのテレポートを使います。俺の腕に捕まって下さい」

「はい。よろしくお願いします。…初めまして、サーナイト。よろしくね」

「!…サー」






「―――ミリ!」





ガイルの手からゼルの手へ

ミリの手を導かせていたその時だった。少し離れたところからミリの名を呼ぶ声が上がる

声の主はレンだった。総監という存在の前に臆する事無く、且つ苛立ちを隠さない足取りでミリに近付いた。隣に立つとすぐさまミリの腕を掴み、グイッと自身のところに引き寄せた

はわわ、と語彙力の無い声を漏らすミリを前に、ゼルは片眉を吊り上げてレンを睨む






「ゼルジース、ミリを何処に連れて行くつもりだ」

「フッ、愚問な事を。ミリ様をリーグ本部にお連れするに決まっている。…その汚い手を離せ。さっきの事…忘れたとは言わせねぇぜ?」

「ッ。…俺も一緒に、」

「お前は馬鹿か?部外者が俺の許可無しに本部に来れるわけねーだろ。立場を弁えろ」

「………」

「あわわわ」
「ミリ様、お気を確かに」
「はわわわ」

「…話はそれだけか?だったらさっさと現場に戻るんだな。お前にはまだ仕事があるはずだ。…早くミリ様を休ませてやりてぇんだ。察しろ」

「………ミリに絶対変な事するんじゃねえぞ」

「当たり前だろ。この俺を誰だと思っている?」

「方向音痴で甘党馬鹿」

「おいミリ様の前で何を言いやがるシバくぞ」

「ミリ、」





ビキビキと青筋を浮かべるゼルを差し置き、レンはミリの腕を掴んでいた手を離し、自身の手をその細い腰に添えてゆるりと引き寄せる

さらにぐっと縮まった二人の距離。小さくバランスを崩したミリの身体が、自然とレンの腕の中に入る事になる。突然レンに引き寄せられて、しかも腕の中に入ってしまった事に小さく驚いている様子だ。眼が見えなくて状況が判らないとはいえ、流石に今の状況は気付けたらしい。じわりじわりと頬が赤らめていくミリに、レンは囁く様に口を開く






「はゎ、」

「交わした約束、待っている」

「―――!」






レンのピジョンブラットの瞳が、ミリを鋭く捕らえる

反らされるのを許さないとばかりに。けして自分を忘れさせない為に。眼が見えないはずなのに、視線すら合っていないはずなのに―――ミリには、レンと視線が合わされている錯覚を覚えた


ドクリ、と心臓が大きく跳ねる






「あ、の…レンガルスさん…?」

「…今日はゆっくり休んでくれ。しっかり手当ても受けろよ。お前は自分には頓着なところがあるからな…落ち着いたら色々話をしよう







―――ミリ、愛してる」

「――――!!!」






引き寄せたミリの耳に、囁くだけの愛の言葉を。誰にも聞こえない様に、けれど気持ちを込めて

それ以上の言葉は要らない

言わなくても、この言葉は全ての意味を込めてくれるのだから



ついでとばかりにレンはミリの手を取って―――見せつける様に、口付けを落とす。勿論、しっかりと音を鳴らして

目の前で爆発寸前の憎き兄に見せつける為と、しっかりとミリに気付いてもらう為に。こうでもしねぇとコイツは一切気付かねぇからな、盲目だし。後にレンはケロリと言ってのけるのだった

―――まぁ当然、そんな事を許さない男の堪忍袋は簡単に爆発するわけで





「どさまぎに何してくれやがる!!気安くミリ様に触れるな馬鹿野郎!」

「ハッ!知らねーな!もたもたしてないでさっさと行くんだな!早くミリを休ませてやれよ!愚兄!」

「黙れ愚弟!!…ン゛ンッ!――ミリ様、お手を。奴の触れたところは消毒しましょうね。キレイキレイで除菌しましょう除菌、汚物は殺菌です」

「テンメェエエ何言いやがる人を汚物扱いするんじゃねえぜぶっ飛ばすぞ!!」

「…お二方、回りの目もありますので戯れはここまでにして下さい」

「サー…」






ドクン、ドクン





「…………」





ドクン、ドクン


ドクン―――…





「………………くる、しい」




















そしてミリ達は、

リーグ教会本部へと、消えていったのだった








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