また一つから始めよう

此処からが、私達のストーリー














Jewel.50













ホウエン支部に、有力者で権力者の人間が続出と退職届を提出し、ホウエンの土地を立ち去っていた事は内部で騒然となった

まるで何かに怯えて、何かから逃げる様な姿だったと―――…最後にその姿を目にした従業員は呟いた

一体何故、と誰もが疑問に思った。何せ様々な部署の責任者や幹部の人間がここぞって辞めていったのだから、何かあったのは必然。しかし彼等は何も口を開く事は無く姿を眩ましてしまった為、真相は闇の中。結局誰一人として原因を知る事叶わずに終わってしまう


そんな事よりも、事態は急変する事になる


何せ殆どの人間が責任者や幹部を勤めていた人間。それらの人間が急に辞職してきたものだから、彼等の穴埋めとして新たな人選を要したり、引継ぎなんて関係無いとばかりに早々と消失した為、残った仕事なんて山の様で。暫くはバタバタと忙しない毎日を送る事となってしまう――――…










しかし、それでも

どんなに忙しくなろうが、どんなに大変だったとしても、彼等にとって変わらない日常がそこにはあった







「「「おはようございまーす!」」」

「やあ皆、おはよう」

「おはようございます、皆さん。今日も一日、お互い頑張りましょうね」

「…」
「キュー」
「……」
「チュリリ〜」

「「「はいっ!」」」







いつもの様に出勤して、いつもの様に廊下を歩いていれば元気な声で挨拶をしてくる従業員

今日も今日とて二人と挨拶を交わした彼等は「相変わらずチャンピオンふつくしー!」「相変わらず三強かっこえー!」「相変わらず幹部長ダンディー!」と感想を零しながら和気藹々と元気よく通り過ぎていく

そんな彼等を微笑ましく見守っているのも、また一つの日常






「おっはよーミリちゃん!幹部長もおはようございます!」

「おはよう、ミレイ。今日も元気いっぱいだね」

「フフーン、まあね!」

「おはようございます幹部長、そして我等がチャンピオン。おやおやチュリネ、とても羨ましい特等席に座っていますね。さぞ、座り心地の良いんでしょうねぇ。クスッ」

「チュリチュリ〜」

「ご機嫌様、ミリさん、幹部長。今日もお変わりないようで」

「今日も忙しくなりそうだのう」

「ハハッ、そうだね」







偶然にもばったり出くわしたミレイ、ロイド、プリム、ゲンジのホウエン四天王

ミリ達の姿を見つけた途端、元気よく駆け付けてきたミレイを筆頭にミリ達の元に集う彼等。ミレイがセレビィや(最近卵から産まれた)チュリネに木の実をあげたり、ロイドがミリに紳士と思わせつつもセクハラ発言をサラリと言いのけたり、微笑ましく眺めるプリムとゲンジも、これもまた一つの日常






「幹部長、ミリさん。おはようございます」

「おおリンカ君じゃないか、おはよう」

「おはようございます、リンカ"副幹部長"」

「…」
「キュー」
「……」

「フフ…なんか、まだその名前が馴染みませんね」

「ハハッ、無理もない。君には本当に苦労を掛けてしまったと思っている。しかし君はよくやってくれている。大変だと思うが、副幹部長として頑張ってもらいたい」

「はい、ありがとう御座います幹部長」






この女性の名はリンカ。他三人の幹部が辞職した事により、彼女が副幹部長としてリーグを支えていく事になる

四人構成で今までやってきたのに、三人が辞職した事での副幹部長への昇格。自信が無いのもあれば、まだその名に馴染めないのかもしれない。しかし副幹部長になったとしても、彼女なら立派にやってくれるだろう。何故なら今まで他幹部の仕事を、殆ど一人でやっていたのだから

今まであった日常の、ちょっとした変化

しかしこれからのリーグにとって、上層部の人員が変わる事は大きな変化に繋がっていく






そして、大きな変化がまた一つ







「さて皆さん、今日も元気よく、フラワーロードの手入れを一緒に頑張りましょう」

「…」
「キュー!」
「……」
「ふりぃ〜」
「チュリリ〜」

「「「「はいッ!」」」」

「おーい!こっちに種届いてないぞー!」

「でぃやあああ受け取れ俺の剛速球ううううッ!」

「好き、嫌い、好き、嫌い、好き…」

「おいコラお前いい歳して花占いしてんな手を動かせヤメロ花を毟るなミレイさんに怒られんぞ」

「まだ肥料蒔いてないのはあるかー?」

「クセェェェ!肥料クセェェェ!」

「Σッギャアアアアケムッソォォオオオオ!!」

「ギャアアアア!!」

「ギャアアアアこっちくんなぁああああ!」

「ちょっとー!誰か蛇口捻ったー!?ホースから水が出てこないんだけどー!」

「ああ悪い俺だ(ギュッ」

「(ビシァァァァッ!)Σブワブォフベボバババババ」

「Σトシィィィ!!」






このリーグに来て暫くした後、職場に慣れて回りの環境が色々視えていた頃、ミリは気付いた。此処の職場は何かある、と

由緒続くリーグなだけあって設備も宜しく福利厚生もしっかりと整っている中で、一体この違和感はなんだろうかとミリは思った。後になってミュウツーにより色々と発覚出来たのだが、それをさておいて、ズバリ、職場の空気が悪かったのだ。これらはきっと職場関係にあるんだろうなと予測した結果、見事に的中したのだから何処の職も大変だなぁとしみじみと思ってしまったのは此処だけの話




あの日からもう何週間の月日が流れたが、職場の空気がガラリと変わった





原因でもあった"悪種"が居なくなった、のかもしれない。理由なんて人それぞれだ。結局原因なんて様々あって、一つに厳選する事は難しい

だけど今、誰もが皆、とても素敵な笑顔で笑っていた

纏う感情が清々しくて、楽しんでくれている。仕事にやり甲斐を感じてくれている。就任当初の、あの暗い空気とは一変した晴れ晴れとした姿

ミリは彼等の姿を、その光の無い漆黒の瞳で微笑ましそうに見つめていた








「―――――…ミリ君、君には本当に感謝をしているよ。久々に見たよ…皆がこうして一つになって、楽しそうに取り組んでいる姿を」

「アスランさん、」

「上に立っている人間の殆どが、自分の私利私欲や昇級にばかり目がいって、彼等みたいな下で働いてくれる者なんて眼中に無い。君みたいな、彼等を思い、彼等の為に動き、それでいてチャンピオンとしてまっすぐに立ち進む純粋な人間はそうはいない」

「…………」

「…結局私は、何もしてやる事が出来なかった。彼等に苦しい思いをさせてしまった」

「いいえ、そんな事はありません。アスランさんはリーグの為、そして彼等の為に一生懸命頑張っていました。それは誰もが分かっています。でなければ、いくら上司とはいえ、あんなに嬉しそうに…アスランさんを慕うはずありませんから」

「ミリ君…」

「だからアスランさんは前を向いて下さい。そんな弱気な姿は幹部長として見せてはいけませんよ?あ、私は見えませんから大丈夫ですよー」

「―――…ハハッ。そうだね、そうだったね。せっかくミリ君が頑張ってくれたんだ…彼等の為にも、頑張らないとね」

「…」








「キュー」

「ふりぃ〜」

「おー流石はチャンピオンのセレビィとアゲハント。どんどん花が開いて木の実になってらぁ」

「……」

「いやーんミュウツー相変わらずかっこよくてすてき…!」

「………」

「おーい、ダークライ出てこーい。君も一緒に手入れしよーぜー。ずっと影の中にいるとネクラになるぜー」

「チュリー!」

「こらこらチュリネたん。あまりはしゃぎ過ぎると身体が汚れちゃうよ〜」

「ギャアアアアケムッソォォオオオオ!」

「ギャアアアアアアッ!」

「アイツらまだやってんのかよ」








「――――…あはははっ」









これが、ミリの理想としていた職場

リーグ協会ホウエン支部としての、誰もが羨ましがる環境

たとえ、非合理で全ての事実を白紙に返し、強行手段で得た日常だとしても―――…皆が幸せだったら、それだけでいい




ミリには、迷いなんてものは無かった








「さあ皆、最後まで楽しく頑張りましょうね」

「「「「はいっ!」」」」

「…」
「キュー!」
「……」
「………」
「チュリー!」









元気に溢れる返事を前に、ミリは満足げに笑ったのだった







(温かい風が彼等を優しく包み込んだ)


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