心を鬼にしろ

妥協を許すな

自分に対して、相手にも対して











Jewel.48













いつ頃気付いたのか―――…と言われたら、就任してすぐと言っておこう

偶然にも、奇遇にも、"そういった場面"に遭遇してしまったのがこの次のお仕事のキッカケになってくれた





「これは本当にたまたま、自分の気紛れから発覚した事です。自分、これでもちょっと飽きっぽくって。ずっと椅子に座って黙々とお仕事するのも色々と苦しくなって、この子にリーグ内を探索してきてってお願いしたんです。頑張る従業員さん達の姿を見て、改めて自分に活を入れて少しでも頑張ろうって」





この子―――…それは緑色のミュウツー、刹那の事

刹那はミリの言葉を忠実に受け、その自分の姿を消せる【物理透過】<インヴィジブル>を使ってリーグ内の探索に乗り出した。既にリーグ内の案内を済ませたとしても、リーグ協会内は広く、大きく、部屋も部署も沢山ある事から誰もが一人は迷ってしまう。目が視えないミリには道を覚える事は出来ないが、心夢眼という便利な能力があるなら問題はない。まだ十分に覚えきれていないリーグ内のマップを、仕事をしている間にも刹那に行ってもらう。そしてその眼で従業員の様子も見てもらい、彼等が何をしていて、何かトラブルになっていないか等をチェックする為にミリは抜かりなく回りに神経を配らせた


…―――上に立つ者、下で一生懸命頑張る皆さんに気を配るのは当然の事でしょう?


そう言って、ミリは妖艶に笑う





「そんな時です。少々、怪しい動きがあったんですよ」






まぁ本当だったら「見ちゃったんですよね」って言いたいところなんですけどね

ミリはおかしそうに笑う





「人が滅多に通らない廊下で、様子からして随分と物騒なお話をされていた様で。少しだけその場面を見ただけなので、全てを断言出来るには証拠が不十分。ですがお陰様で、疑問と違和感を感じれる様になりました」





心夢眼を通じる場合、眼と眼のシンクロを要するので、勿論聴覚に関するシンクロは行われていない

しかしミリは読唇術の知識があった。盲目になってからソレは、より技に磨きが掛かったと言ってもいい

その中での"目撃"は、充分にミリの注目を当てるものだった。まるでコソコソ隠れる様な不審な行動、纏わせるそのオーラからも不審そのもの

キッカケ、まさにそれがキッカケだった





「元々、職場の雰囲気が悪いような気がしていたんですよね。就任したてだから分からないのも無理はないんですけど、それにしても違和感が拭いきれなかったんですよね。会議でも、全然話が纏まらないし、逆に不穏な空気になっていくばかりだし。……あの頃の私は前任の仕事を終わらせる事に頭がいっぱいでしたので、後回しにしちゃっていたんですが、やっとこさこの件に終止符を着ける事が出来そうですよ






―――――…だから、今日は皆さんに御足労を掛けて頂きました」






ミリの前に座るのは、悪種とも言えるべき数十名に及ぶ人間の姿

様々な分野で活躍する職員を始めとし、そして、中には幹部レベルの人間も在席していた

此処は、主に上層部が使用する会議室。U字形になっている長机に腰を掛ける彼等の対面に立つ様に、ミリは相変わらず三強を従えて悠然で妖艶な態度を変わらずに立っていた





「私が貴方達をお呼びした理由―――…聡い貴方達なら、もうお分かりかと思います」

「…何を言っているか、サッパリ分からんな」

「その通り。全く、話が遠回し過ぎで一体何を言いたいのかもっと簡潔に言ってもらいたいものだ」

「第一に、我々は幹部長から直々に収集があったはずなのに、来てみれば幹部長は此処には来なく現れたのはチャンピオン…我々にも時間があって仕事があるのだよチャンピオン。とんだ戯言で我々に不愉快な思いをさせないでくれないか」





そう真っ先に抗議の声を上げるのは、幹部の地位に在籍する三名の男性

ちなみに幹部長はアスランを始め、他幹部は彼等三人を含め計四名で構成されていたりするが、まあこの話はさておいて

幹部達からの抗議を火種に、次々に不満の声を上げる者達が続出する。意味が分からない、早く職場に戻らせろ、幹部長を出せと、等々

次々に現れる不満の声、中には罵倒してくる声。まさに不服不満の大合唱と言ってもいいだろう。しかしミリはそんな声をモロともせず、終始変わらずの態度で彼等全員をその光の無い漆黒の瞳で見返す

ミリの表情には、相変わらず笑みが浮かんでいた





「フフッ、確かに幹部長に呼ばれてわざわざ来てみれば現れたのはひよっこの小娘ごときが、図々しく物を言っているのですからね。言いたい事なら端的に、且つ分かりやすく。私達にはお仕事もしなくちゃいけないので、正直時間が惜しい」

「そうだ!だから君とのお遊びに付き合っている暇が無いのだよ」

「身分を弁えたまえ、チャンピオン。君は自分の首を締めているのだぞ」

「何も分かってはいないな、チャンピオン。我々は幹部、君より上の立場にいる。分かるかい?ん?―――…改めてもう一度言おう。我々は、忙しいのだよ!くだらない話には残念だが付き合ってられな――――…」

「あらあら、おかしな話だ。他の人間に仕事を押し付け、責任も押し付けて支部の貴重な経費を浪費しまくって全員で豪華な贅沢をしているというのにお忙しいだなんて―――…フフッ、とんだ戯言ですね」

「「「「―――…!!!!」」」」





騒然としていた空気が、ミリの嘲笑とも言える一手により、沈黙

シンと静まり返る会議室

ただ聞こえるのはミリの含み笑いのみ。やはり態度は相変わらずに、ミリは流れる詩の様に口を開く





「調べはとっくに済んでます。一体誰が、とは控えておきますが。他にも色々とやらかしてくれた様で、調べれば調べる程、拭いきれない悪種がたっくさん出てきてくれたようで。経費の横領から始まり、従業員達に過大な重労働、…―――しかも、これが公にしてしまったらリーグにとって大きなニュースになってしまい、損失にも伴ってしまう罪を貴方達は犯した





―――…そう、脱税です」





脱税―――…それは「偽りその他不正な行為」により納税を逃れる犯罪

脱税でもあれば、これは粉飾決算とも言ってもいいかもしれません

そう言ってミリは流暢に言葉を並べる





「まぁ最も最悪な殺人を犯したわけではないのでこちらとしたらそれはそれで安心なんですが。でも脱税は脱税、横領は横領、立派な犯罪です。しかも、これだけの人数と相応な地位、冴える知恵…鬼に金棒ですよねぇ、よって貴方達の犯行は今まで発覚される事はなかった。仮に発覚されたとしても、その地位で簡単に相手を陥れる事が出来た。貴方達には、簡単な事なのですから」





そして彼等にはもう一つの金棒があった





「前任チャンピオンの後ろ盾です」





全ての特権を握るのが幹部長であるアスラン

だがチャンピオンの地位もまた(幹部長程にはならないが)殆どの特権を持っている

幹部長の許可が得られなければチャンピオンに許可を得ればいい。そうやって彼等はチャンピオンという存在を大いに利用した

チャンピオンにも特権を与えるこのリーグ内のシステムが、相手の思うがままに使われてしまっていた





「しかも前任チャンピオンも、貴方達の仲間…―――つまり、グルだったのです」





前任チャンピオンも彼等の仲間

彼等と前任チャンピオンが手を組み、実質このリーグ協会ホウエン支部の実権を握った。巧みな策や知恵で相手を説き伏せ、反論する者には鉄槌を。自分達の欲望のままに、彼等は思うがまま好き放題にやりたい放題し続けた

随分と、居心地が良かったはずだ


しかし、


長年続いた楽園も、呆気なく終わった







「私という―――…新任チャンピオンの存在です」







前回行われたリーグ大会

前任チャンピオンはいつもの様に向かってきた挑戦者を叩きのめす。彼は、強かった。やはり長年チャンピオンを務めていただけあって、その実力は確かなもの。彼に勝てる人間はいないだろう。だから彼等はまたいつもの様な生活に戻れる事を信じて疑わなかった

けれど、前任チャンピオンは破れた

シンオウで活躍していた、盲目の聖蝶姫と呼ばれる小娘なんかに






「彼の実力を誰よりも確信していた貴方達だからこそ、彼が敗北が決定したあの瞬間を、信じたくないと否定した。同時に貴方達に沸き起こったのは、焦りです。今まで自分勝手に出来た事が、融通利いていた事が出来なくなる不便さも勿論―――…自分達が犯した過ちが、もしかしたらバレるかもしれないと」







新しいチャンピオンの就任を、アスランや四天王を含めた大勢の従業員が歓迎した

前任チャンピオンは自分勝手で横暴な振る舞いを起こし、迷惑を掛けてきた。そんなチャンピオンがいなくなり、新しいチャンピオンが就任…しかもあの聖蝶姫となればモチベーションも違ってくる

だが、彼等は違った

彼等はミリの就任を認めなかった

今日<こんにち>まで、ミリが少しでもミスを犯したりしたら彼等は目敏くミリを批判してきた。若い小娘がチャンピオンなんて弁えろ、眼が見えない人間に仕事をさせない方がいい馬鹿げてる、様々に。そうやって少しずつミリをチャンピオンから遠ざけようとするも、残念ながら当の本人は全く気にした様子も見せず、しかも見えない眼のくせに仕事をそつなくこなしていった事態にかなり驚かされただろう



何よりも、彼等は恐怖感を日を増すごとに蓄積されていった



聖蝶姫という少女が気に食わなかった最もの原因が、その光の無い漆黒の瞳だ

見えないはずなのに、相手を見透かし鋭く見抜く、嘘を受け付けないまっすぐで純粋な瞳が恐ろしく感じた

この少女は、年齢に似合わず大人引いた雰囲気且つ、空気が読める。眼が見えないから、余計に回りの空気が読めてしまうのだろう。しかし、ソレが危険なのだ。彼女は誰よりも鋭い。どんな小さな事でも、その瞳の前では無意味。彼女がこの職に慣れて自由が利く様になったら―――…バレるのも、時間の問題かもしれない






「前任のチャンピオンは自分が破れたと分かれば、残った膨大な仕事を放り投げてさっさと退職。まぁ多分引継ぎがめんどくさかったりあの仕事を最後まで片付けるのが億劫だったからかもしれませんが…あ、別に根に持っているわけじゃありませんよ。何よりも、自分が犯した犯罪がバレる前にさっさと居なくなった方がいいとでも考えたのでしょうね。そしてリーグ大会を機に、貴方達に全ての罪をなすり付けて彼はリーグを去った」






かなり焦ったのだろう。今後の対策をどう考えたらいいのかと、彼等の頭の中はそれだけしかなく、仕事なんてままならない。いつバレてしまうかという恐怖に駆られ

偶然にも、奇遇にも―――…今後の事をどうするべきかと誰もいない廊下で話してしまったのが運の尽きだった。近くには、ミリの命令で探険に来ていた第三の存在が居るとは知らずに…














「―――――…と、大まかでザックリ且つ簡潔に説明させて頂きましたが、どうやら私の説明に間違いは無かったみたいですね。あー良かった良かった」






これでもまだ、何か言いたい事はありますか?


そう言って、ミリはまた一つ―――…笑った










(その笑みに含まれる意味は、一体)


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